旧地下水路 Ⅰ
まずは謝罪を。申し訳ありません。
二案あったうちの一つを一度投稿しましたが、やはり違うと思い始めて直ぐに削除して、もう一つの方を書き上げて投稿しました。
そして、大変お待たせしました。
着替え終わると、ルティアからコート・オブ・ガードを返して貰うと、ソリトは袖を通して軽く整えた。
「それで、私達は何処を目指すのですか?」
「とりあえずこのまま西に向かって皇国を目指そうと思ってる」
「……そうですね。私が油断して招いてしまった結果なので、一刻も早く【天秤の聖女】を探さなくては行けません」
思い詰めたような表情でルティアは言った。
確かに捕まらなければ、このような事態にはならなかっただろう。結果的にそうなっただけ。
原因で言うのであれば、下卑た行動をおこそうとしたクロンズであり、その要因を作る対象となった自分自身だと、ソリトは断言する。
だが、その輪に入ったからこそ起きたというのもまた事実。とはいえ、狙われる可能性を考えても甘く鑑みて、聖槍には監視という命令を優先させ、恐らくルティアが言っていた騎士達、もしくはファル達が居たであろう場所に置いていかれてしまい対処が出来なかった。ドーラにも遠くからの護衛ではなく、共に行動させていれば少しは警戒させるか早い対処が出来たかもしれない。
「お前が落ち込む必要はないだろ。これは俺が蒔いた種だ。お前は俺のその種を対処しようしているから巻き込まれただけの付き纏い。そこを勘違いするな」
「………ありがとう、ございます」
ルティアは恥ずかしそうに俯かせてままの顔の頬を少し赤らめながらソリトの目を見ながら言った。
やっぱり可笑しな奴だ、と微笑を溢す。
「ドーラ、火を少し近づけろ」
「はーいやよ」
松明で周囲が明確になる。
ソリトは右ポケットから折り畳まれた紙を取り出して広げた。
「それ、何ですか?」
「この地下水路の地図だ」
「そんなの、何処で手に入れたんですか?それに地下水路への階段が何故ギルド内部に?」
驚き気味に尋ねてきたルティアの質問にソリトは返答していく。
「ここは地下水路。ただし旧が着く。旧地下水路はある問題で停止することになったらしい。その問題が何かは俺も分からない。ただ、その問題で新しい地下水路が作られて今はこの通り。まあ用途は緊急用か何かじゃないか?」
「聞いた訳じゃないんですか?」
「俺が聞いたのは緊急用として使え、使うときは気を付けろの忠告だけだ。だから言っただろ。その問題は俺も分からない。旧地下水路を潰すことなく残ってるという事は今の用途は緊急用に使われてるんじゃないかって思っただけだ」
それを聞いたルティアは少し間を空けてから「…なるほど」と呆けたように納得する。
「でも、そのくらいの推察力があれば不貞行為の事とか見抜けたのでは?」
時折、無意識なのか意識的にか本音を溢すルティアの悪い癖だ。今のは首を絞める行為になっても可笑しくない。
しかし、そうはならなかった。
ルティアは察しが良い。だから近い内に気付いてしまうだろう。
こうして今考えている時にもルティアの言った通りの事が起きているんのだろうという事に気付いたからだ。
だが、見抜けたのならば今こういう状況になっていない。見抜けなかったから――したのだ。――したから感情より理性がより強く表へ顕現し、集中出来るようになった。決してソリトの頭が良くなった訳ではない。全から個、もしくは全から少数に対して思考シフトした故に出来るようになっただけ。
だからといって、感情が平坦になった訳ではない。感情が揺らげば普通に動かされる。でなければソリトは自分以外の存在の感情に振り回され、そこに生まれた選択を取ることなどしない。感情に呑まれて、それ任せに覚えのない惨殺などしていないのだから。
「あっ…すみません。軽率でした」
ただ、痛いところを突かれたという事には変わりない。その場合の人の反応というのは大抵決まって思考停止したように一瞬硬直する。
その硬直で生まれた間でルティアはやってしまったという表情を浮かべて謝罪した。
「気にするな、事実だからな。それに、お前の玉に傷な部分は理解してる」
「ちょっと、それ酷くないですか!?」
「よし、把握した通りだ。ドーラ前を走れ!」
「わかったやよー!」
「行くぞ、聖女!」
「え、あの…」
ルティアの手を掴み、有無を言わさずソリトは通路を走る。
異臭が漂う。
発生源など考えている時ではないとソリトもわかっているが、余りにもキツイ為に気になってしまったのだ。そして、その発生源は使われなくなった筈の旧地下水路から流れている水だった。
今はここまでにしようと思考を切り替え、ソリトは水路に道に意識を向ける。
「ハ………ハッ、ハ……ハ………!」
走行距離が十メートル程して、二メートル先に別れ道が現れた。
ソリトは前日の夜の一夜漬けで頭に叩き込んだ地図ルートと先程改めて確認したルートを思い出しながら即座に指示を出す。
「ドーラ左だ!」
「やよ!」
ドーラは飛び跳ねる形で、隣の通路側に渡れる橋に方向転換して橋を走り渡る。ソリトもそれに倣うように左に曲がって橋を渡る。
「痛い、痛い、痛いですソリトさん!引っ張られてます。突然のことで引き千切られそうです!少し速度を合わせてくださいー!」
ルティアは走りながら痛みを訴える。
考慮したいのは山々だが、今はゆっくりとしている時間は既に着替えで十分に与えた。突然走り出したことで、引っ張られてしまうのは仕方ない。それでも、ルティアであれば問題なく対応できる速度だ。
ソリトはルティアの訴えを無視して走り続ける。
「いたたたた!」
「うるさい!痛いなら速度を上げて体勢を安定させろ!」
「ぴゃ!」
掴んでいる手を引っ張り、自分の方へ引き寄せて、少しだけ体勢を整えられるようにソリトは補助する。いつまでも痛いと叫ばれ続けられても困るからだ。あくまでも黙ってもらうための処置であった。
「だっ!」
その勢いでルティアは体勢を完全に崩してしまったらしく、それによってソリトにぶつかり、共に体勢が崩れた。
だが、ソリトは崩れかけた体勢を右足を軸に踏み耐えて、そのまま走力に変えて踏み出す。
同時に体勢を崩したルティアがソリトの方へ自然に引き寄せられる。
ソリトは左側に来たルティアを正面に来るように引っ張り上げて、抱き抱えた。
橋を渡りきって直進する。
それからソリトはドーラに指示を出しながら旧地下水路を進んで行った。
「くさいんよー」
「本当に、この水路臭いですね」
「我慢しろ。俺だって臭い」
閉鎖はしても水を流しているという事は他の使い道があるのかもしれない。漂う異臭からして生活で使えたものではない。となれば使った後の排水用等として使われているのかもしれない。
「!」
風の音か何かが聞こえた。だが、風の音にしては響きの通る音。つまりは【気配感知】で捉えている何者かの音、声だ。
ソリトは壁に張り付くようにして背中を付けて、ぐっとその場に留まる。
その行動でルティア達も何者かが付近まで来ていると理解して同じ様に壁に寄る。
「…か………誰か助けてくださーーーーーーい!」
「「!」」
どちらが先かは分からないが、ソリトとルティアはドーラを追い越して走り出す。
何か言いながらドーラが松明が消えないように気を付けながら、ソリト達の後を追って来る。
ソリトも心底驚いていた。ただ、通路の奥から聞こえてきた女の悲鳴に理性よりも直感が勝っただけ。それでも、ソリトは、自分の行動に叫ばずにはいられなかった。
「ああ、くそっ!」
異臭漂う通路を走る。
向かう先からまた音が聞こえた。水の弾ける音と何度も衝撃音が響く。
そこには壁際に追い込まれ、周囲を二足歩行の魚の姿をした魔物に囲まれ逃げ道を塞がれている一人の少女の姿があった。
ここにいる全員が見覚えのある少女だった。
何故ここに、と思うが大方予想が付く。
少女と魔物の距離はあと一メートル。魚人型の魔物は手に持つ細いトライデントを少女へと突き出す。
しかし、トライデントは少女に当たることはなかった。
「ッ!」
と、同時にルティアが魔物に向けて預けていた聖槍を構える。
攻撃が当たっていないことに気付いていないのか、攻撃した事に対してなのか、ルティアから殺気をビリッとソリトは肌で感じた。
その時、水路から水飛沫が上がり、通路に魚人型の魔物が三体立ち塞がった。
何故今になって自分達の前に現れたのか、何故気配を感知出来なかった事を考えるのは後にして、ソリトはルティアを追うのを止めて、聖剣を抜く。
戦いで感情に偏るのは危険だ。それでは突然の事態での対応が困難になる。
何故敵かもしれない相手を助けようと思うのか自分でも分からないが、幸か不幸か【気配感知】で把握した気配の位置が予定の順路と同じ方向だった。だから仕方なく助ける。ソリトはそう結論を出した。
「頭を冷やせ聖女。その間取り持ってやる」
ソリトはルティアを追い越しながら下がるように言い、聖剣の形状を短剣に変えてグッと握る。
魔物との距離は二メートル。その差を一瞬で積め、短剣を振るい、三体の魔物達の首を斬り落とす。
『ハイディンギョンを討伐により全能力が上昇します』
頭に響く声も魔物の生死も無視して群がる方へ進み続ける。
その距離メートル。接近は数秒と掛からない。
「っ!」
横に一線を描き、少女に攻撃を仕掛けようとしていたハイディンギョンの首を切断した。
力は当然抑えられている。本気を出すほどの相手ではないし、本気というのは疲れる。
だが、〝本気〟でなくとも力を抑えている分、それを補うように展開を脳内で組み上げ、〝全力〟を尽くしてソリトは立ち向かう。
この先に進むために、速やかに敵を排除し、少女を救出する。逃げ出すものがいれば今回は見逃し、先を進むことを優先する。
作戦は極シンプル。
実行に移すのも容易いか困難か、ソリトの精神は考えるまでもなく経験から教わり理解している。
間髪いれずにソリトは汚水の流れる水路に降り、その直前に空中を物体を押し飛ばすように蹴り、魔物達に跳びかかる。
一体目は先程同じように首を斬り飛ばし、二体目は突進して、頭を貫く、三体目は二体目を足場にして跳び上がり、上から聖剣を振り下ろす。
「ソリトさん!」
ルティアが血気迫る声を掛けた。同時にソリトの背後に三又の槍が迫り突き刺さる……筈だった。
「え?」
しかし、トライデントはソリトの体を通り過ぎ、旧地下水路天井に突き刺さった。
その光景にルティアが驚きで呆けた声を溢す。
標的となっていた本人であるソリトは【危機察知】で予め察知することが出来ていたため、武技の〝幻歩〟で残像を残して跳び上がり回避していた。
その間に、仰け反る体勢のままソリトは視線を下に向け、顔と腕を水から出しているハイディンギョンの姿を見つけた。
【気配感知】では感じ取れなかった。【気配隠蔽】か【遮断】の系統なスキルを持っているのだろう。
潜られては困る、麻痺針と毒針を収納しているベルトホルダーから麻痺針を取り出して、体を捻り、針を投擲した。
そして、ハイディンギョンがトライデントを投げた直後、プスッと額に命中した。
麻痺で動けなくなったハイディンギョンを目指して落下し、地上に出てきている奴等に向かって蹴り飛ばす。
命中した一体は、麻痺で身動きの取れなくなった仲間が重りへと変わり、抜け出そうと足掻く。
そこに標的をソリトに変えて、残りの一体が襲い掛かってくる。
「スネークソード」
再び形状を変える。それは聖剣という名とはかけ離れた無骨な百足の如き蛇腹剣。圧し潰す事も可能な程の二メートルの複合可変型の巨剣。
「ふっ!!」
襲い掛かる一体の胸を抉る。重りとなっている一体の頭を割る。足掻く一体の腕と脚を片方ずつ断つ。
ソリトの振るう聖剣は一切の容赦なく致命傷を与える。
そこで、二体が絶命した。
残りは重りとなっていた一体が盾となり絶命を逃れた。
だが、そんな事はソリトも百も承知。
伸びた蛇腹剣の剣身を自身の方へ戻す。その勢いに右腕が後ろに引っ張られる。勢いに逆らわずソリトは腕を引き、再度聖剣を形状変化させる。
「レイピア」
弓の如く腕を引いた腕を矢の如く魔物に向かって突き出した。逃れようのない状況下での死の一撃は最後の一体の頭蓋を貫く。
ルティアに頭を冷やせ、とソリトは言ったが、その時間があったかさえ疑問に終わった。




