後援は多分聖女
「ところで防衛戦の配置についてなんだが、俺は北をやる」
「おお!それは有り難い話だ」
「その代わり、俺一人でやる」
ソリトの言葉で驚愕の余り呆気に取られた後、カロミオは応接机を勢い良く叩いて立ち上がり強く反論し始める。
「待て。確かに君は強い、それは認める。だが、北となれば三千を越える魔物の殆どを相手にすることになる。無謀だ!」
「俺だけにすれば、本命や他の防衛陣に戦力を割けることが出来る」
「それは、そうだが」
「俺のスキルは一人の時に真価を発揮する」
「だが、【癒しの聖女】様とはパーティなんだろう?」
「俺は一度もあの聖女と組んだ事はない」
あくまでパーティとしてはだが。ここに来る前も鍛練ではソリトはいつもソロで戦闘を行い、ルティアとまともに組んで戦ったことなど一度もなかった。
パーティという存在はソリトの場合、それは足枷になる。また、一人で戦うことができれば、ステータス向上やスキル獲得が出来ると思ったからだ。
だが、カロミオにも譲れないものがあるのだろう。それがギルドマスターとしてか、一市民としてかは解らないがソリトの意見に退かず話を続ける。
「だとしても、一人では限界がある」
「その限界を可能にするのが俺のスキルだ。安心しろとは言わない。だが、都市に一匹も入れないと誓ってやる」
「……分かった。だがせめて、後援を一人付けて貰えないか?」
しばらく考えると、カロミオは渋々ながら条件付きで了承した。
カロミオとしては少しでも都市を守る為に戦力を多くしておきたいのだろう。その気持ちは理解できる。
それに流石に全てを任せても良いというほど信頼関係ではない。
それはソリトも同じだ。
つまり、ソリトの要望は些か無茶、やり過ぎの部類となる。
ちなみに自覚はある。
後援を一人付けて欲しいと提案した事を考えると、カロミオはかなり譲歩してくれているのだろう。
これ以上は結んだばかりの協力関係に早くも亀裂が入る恐れがある。
「分かった。一人だけだ」
「すまない。ありがとう」
「いや無茶を言い過ぎた。ちなみにその後援ってのは【癒しの聖女】で良いか?」
「いや、【癒しの聖女】様は最前線に行くことになる。魔族ともなると回復支援は強力な方が良いから」
ソリトとしては余り最前線にルティアに出すのは反論したい所。
実力不足という事はない。
ルティアならば、魔王四将でも出なければ最前線で回復支援を中心に状況に応じて前衛に出て戦うことが出来る筈とソリトは思っている。
問題は【嵐の勇者】パーティの方だった。
プライドの高いクロンズなら、戦闘中に仕掛けてこないとも限らない。ファル達はどうかは分からないが、一人の男にご執心な三人だ。命令されていれば迷わないだろう。特にフィーリスは決闘に横槍をいれた前科がある。不安要素としては十分だろう。
「何か不安があるような顔だ」
「……まあな」
「最前線には私も行かされる。聖女様の護衛役という名目でね。つまり、私のパーティに入る予定だ。ギルドは信用あってこそだ。必ず守り抜いてみせよう」
クロンズ達と接近させることは余りしたくないソリト。
敵を誘導して、ルティアに攻撃を向けるという事もありえる。クロンズにそんなテクニックがあるとソリトは思えない。それに一応勇者の一人なのだ。後々危険を招くような真似はしないと……考えたい。
防衛戦に入る以上、ソリトはカロミオに後を任せるしかない。
だが、中々不安が拭えない。
ならば、カロミオに少し事情を話しクロンズ達を警戒にしてもうようにしておき、念のためこちらでも少し対策しておけば良いだろうとソリトは考えた。
「なら【嵐の勇者】パーティにも警戒しておいてくれ」
「分かった。それと戦いは今日から二日後だ」
明後日ならば、今のうちに買い揃えて置くべきだろうとこの後の予定をソリトは考える。
「ところで、その後援って誰だ?」
「【守護の聖女】リーチェ様だ……多分」
「【守護の聖女】か……ん?多分?」
カロミオの曖昧な返答に少し困惑したソリトは眉を八の字に寄せ、目を細める。気になったソリトは説明を求めた。
「どういう事だ?」
「二日前にアルスに入った後に、教会から話を聞いた【守護の聖女】様は周辺の町村に防御結界を張りに行くと行ったきり戻ってこないらしい」
「魔族に捕らわれた可能は?」
「無いとは限らないが【守護の聖女】様には少し噂があってな。【守護の聖女】リーチェ様は方向音痴である」
つまり、戻ってこないのはその噂の方向音痴によって何処かをさ迷っているかもしれないという事らしい。
本当なら信憑性がないと切り出したいソリトだったが、二日前からとなると事実かもしれない。
付き纏いに方向音痴。聖女には癖の強い人物しかいないのだろうか。せめて、探し人の【天秤の聖女】くらいはまともであって欲しいという願いを、ソリトは心の中で会ったことのない【天秤の聖女】に向けて祈った。
「捜索はしているし、村や町の防衛にも割いるのだが、二日も見つからないとは」
【守護の聖女】。悪しきものから人々を守ると言われるくらいなのだから、何か余程の事がない限りは問題視する事はないだろう。既に方向音痴という問題があるのだが、もしその方向音痴によって魔物の群れの方にいる先へ本当に向かってしまい捕らわれた場合、魔族に人質として使われる可能性がある。
なるほど、カロミオが頭を悩ませているのはこれかとソリトは思った。
「この場にいない人間に期待しても仕方ないだろ。当日まで来なかったら一人でやらせてもらうが、良いか?」
ソリトが確認のために伺うと、カロミオは腕を組み、頭を捻りながら少し考え「……分かった」と小さく頷いた。
その後、ソリトはカロミオと軽く挨拶を交わして部屋を出た。
そのまま、南側の職人区域にあるアランの店へと向かった。
「て、訳だ」
「私とは違う聖女が来てるんですか!?」
ギルドで聞いた話を伝えるとルティアが【守護の聖女】に食い付き、話の途中で目をキラキラと輝かせながらソリトにグイッと迫った。
【天秤の聖女】と知り合いなようだが、反応からして他の聖女とは面識が無いとソリトは思った。
「何処ですか!?教会ですか!?」
「行方不明だ」
「え……行方、不明」
「その聖女、方向音痴みたいでな。村とか町に防御結界を張りに行ったきり戻ってこないらしい」
「探しに行きましょう!」
話の流れから、これは探しに行くと言い出すだろうとソリトが予想していると、予想通りルティアが言い出した。
「必要ない。俺だけで行く」
「おぉ……じゃなくて私も行きます」
「お前が何に驚いているかは分かるが必要ない」
「行きます!」
ソリトとしては、本当は【守護の聖女】を探しに行く等したくない所。カロミオにも「この場にいない人間に期待しても仕方ない」と言ったくらいのだから。
しかし、その時同時に少し探してみようと考えていた。
理由としては単純。頭を悩ませている様な不調な状態で警戒されても穴が生まれてしまう。悩みの種はそれだけではないだろうが、万全な状態でルティアの護衛を兼任して最前線に出てもらわなければならない。
それに、【守護の聖女】を連れて帰れば、教会に恩を売ることが出来るかもしれない。
反応から見て可能性は薄いが。
「お前は先ず他人より自分を優先に考えろ」
「無理です、行きます」
「即答するなよ」
またルティアの意固地が発動してしまったらしい。こうなると、平行線が延々と続く事になるだろう。
溜息を一つ吐いて、ソリトは言った。
「いいか、お前はまだ体が万全じゃない。来るべき戦いに備えて体力を温存しておくべきじゃないのか」
「私は【癒しの聖女】ですし、後方に…まさか最前線ですか!?」
「そうだ。お前は最前線で後援として出ることになる。三勇者と一緒にな」
「三勇者!?」
「物凄い助っ人達が来るのね」
驚愕の余り呆け気味なアラン。だが、ルティアは驚愕の反応を見せてはいるが、その表情の中に怒りが含まれていた。
三勇者がソリトを含めてではないことを理解したのだろう。ルティアはその中の一人に感情を向けているのだろうとソリトはすぐに分かった。
その反応に対してソリトは嬉しいではなく、お人好し過ぎる、という感想を抱いた。
「私も、防衛戦で戦います。ソリトさん無茶しそうで放っておけませんから」
「俺優先か……危ういな」
「危うい?」
「いや、それなら明日にでもギルドに行ってカロミオに言ってこい。お前が入るのはカロミオのパーティだからな」
「はい」
「ただ、それがお前の本当の選択なら止めはしない。止めるつもりもない。だが、もし違うなら少し考えろ」
「もちろ…あれ……私は」
悩むということは少なからず、本心ではない部分があったと考えるべきだろう。理解できなくないが、今の選択では今度こそ後悔することになるかもしれないとソリトは思っていた。
「猶予は明日まであるらしい。それまで宿を取って部屋で考えればいい」
「はい」
「ドーラ、聖女に付いててやれ」
「はいよー!」
悩みに沈んだ表情を浮かべるルティア。だが、今回に関してもソリトは何も言えることはないと思った。
ルティアは自分の選ぶ選択肢にソリトを含めすぎている。おそらく本人は無意識だろう。言葉が出なかったのがその証拠だ。
それでは協力関係が終わった後の行動に支障が出る。今のうちにソリト個人を優先する思考をどうにかする必要がある。
ルティアには助けてもらった恩がある。冤罪を晴らすために尽力してくれている感謝がある。
これくらいはしておくべきだろうとソリトは思った。
それからソリトは店を出た後、【守護の聖女】を探すべく北門から外へ出た。




