居座る鬼
お待たせしました。
始まり何ですが前話を少しだけ加筆しているのでもしよろしければ一度戻ってください。
申し訳ありません。
「後悔するなよってどういう事ですか?」
謎の貧血の原因探索を始めて少ししてからルティアが話を切り出す。
それに対してソリトは舌打ちした。
流れからして首根っこを掴んだ今手を離すと、という意味で捉えられる。が、ルティアはそう考えなかったらしい。
「視たんだな」
「はい、〝視えました〟……だから教えてください。私は何を後悔するんですか」
何となく、この雰囲気だとルティアは絶対に聞くまで引かないと理解してソリトは尋ねる。
「お前は、自分の行動でこの村の連中が死ぬような事になると言ったらどうする」
「そんなのいやです」
予想通りの解答。
続けて尋ねる。
「ある村で疫病が流行った。数は百人。このままでは他の人間達も死ぬ事になる。その数は二百、治す手立てはない。さあ聖女であるお前はどちらを救う?」
「…………」
ルティアは答えず沈黙する。
ソリトは短く息を吐き捨てる。
「悪いが、選べないなら教えるのは無理だ。あとこの件は俺だけでやっておく」
ルティアは悔しいそうに下唇を強く噛み締める。
「ドーラ、聖女と一緒にいろ。ただし、教会には絶対戻るな」
「あるじ様は?」
「俺は村を探索する。何かあったら知らせろ」
「はいやよ」
*
ルティアは離れていくソリトの背中を見つめながら、何も答えられない事に悔しい気持ちを抱いていた。
ソリトはこの村で何が起きているのか自分より少し理解している。
そして、先の言葉はそれを解決することで確実にここの村人達の命を左右するのだろう。
自分の手が届く所にいる人達を助けると決意していたが、もし、助ける手立てがない状況になったとしたらどうするのか、その問いへの自身の答えがルティアは分からなかった。
多かれ少なかれ人は死ぬ。
そんな事は分かりきっている。分かりきっているが、それでも目の前で苦辛している人達を助けたいと思っている。
傲慢だと理解していても絶対に助けたい。その思いが問いへの答えを阻んで出させてくれない。どちらも助けたいと思ってしまう自分がいるから。
さっきソリトに一言でも何か自分の気持ちを言っていたら、何か変わったのだろうか。
ソリトはもう答えを出しているのだろうか。
もしそうなら……。
考えている内にルティアはソリトが羨ましく思えてきた。
今は周りに振り回されたりしているけれど、何処かに自分の目的を持って行動しているソリトに。
けどそれは、自分だって同じ。自分も心に決めた事を指針に迷うことなく動いて来た。
今だってそう。自分の心のままにソリトを助けたいと思いここまで付いてきた。その道中変わらず他の人にも出来ることをしている。
それが今は一つの問いによって揺れ動いている。
〝後悔する〟。
その一言に「構いません」と覚悟あって言えたらどれだけ良かったかと既に小さな後悔をしている。
今だってドーラに一緒にいるように言って、この場合命令が適切だろう言葉を出し、ある程度対処出来るようにしてくれている。守ってくれている。
確証はない。協力関係だからというのが理由としては今一番強い。だが、ルティアはそう思った。
何故か。
後悔するな。その言葉を言った時に視えた中に〝心配〟の感情があったからだ。
ソリト本人はきっと無意識だろう。また、ソリトの心に纏わりついているものとは違う〝怒り〟の感情があった。
それでもルティアには十分な理由だった。
ただし、質問に対しての答えとは別。
考えている内に人の命が懸かる事での後悔に比べれば自分の悩みが何だかちっぽけなものにルティアは思えて来てしまった。
「ソリトさん……」
そう呟いた時、中央都市に入って宿で再会した宿主のチヤさんに変わったと言われた事をふと思い出した。
確かに変わったのかもしれない、と、ルティアはそう思った。これまで一人で大抵の事は何でもやって来たのに、今は何処かでソリトに頼りたいと思ってしまっている自分がいることに気がついた。
助けると言っておきながら何を考えているんだろうか。何を今守られているのだろうか。
でも、考える度ソリトの側にいると居心地が良いと感じていく。罵倒からの言い合いや協力関係という立場が楽しくて、心地好く感じる。
邪魔されたくない。
壊されたくない。
誰にも奪われたくない。
「って違うでしょ!」
「ルティアお姉ちゃん、大丈夫?」
「う、うん大丈夫だよ……はぁ」
途中自分でも分からない妙な考えにルティアは自己ツッコミしながら頭を横に振って、突然の事にビクッと驚きながらドーラが心配する。
もっとしっかりしないと。そう思ってもルティアは溜息を吐くしかなかった。
*
ソリトは初めに姿を消したという村長を探すことにした。
村を歩き回り原因の手掛かりを探すソリトだが、手詰まっていた。
気配感知を使ってはいるが、今のところ教会以外にはいる様子はなく、新たに獲得した【魔力感知】も余り役に立たない。
村を覆っている霧、この霧は魔力で生成されているらしく、村の至る所に充満して阻害しているようで上手く魔力を感じ取れないのだ。
既に村長はこの村にはいないのか。ただそれだと疑問が残る。
それに根本的な原因はクロンズ達が持ってきた封印石のなかにいる邪悪な存在の何かだ。
何かスキルの中で使えるものがないかソリトはタグで見てみた。
【魔力感知】
周囲の魔力を感知可能。(一段階アップ状態)
特定感知可能。
スキル効果により感知範囲拡大。
「特定感知か」
幸い魔力の霧は村を覆っている。この魔力を利用して発生源を特定する。初めてで分からないが辿る事が出来る確信が不思議とあった。これで駄目ならソリトもお手上げだ。
一か八か。ソリトは【魔力感知】を特定感知に切り替え魔力の霧を辿る。
反応があった。
かなりの魔力。高いレベルなのは間違いない。
場所は教会の裏先の村の下、方向はその反対。もしかするとその場所には地下があるのかもしれない。家があり道に沿って行くと少し時間が掛かる。
そう思いソリトは【気配隠蔽】で周囲に溶け込みながら屋根伝いに跳び移り進んでいく。
その道中、ルティアをドーラが教会から少し離れた場所に変わらずおり、悩んでいるようだった。
「って違うでしょ!」
ついに自分の考えにもツッコミ出したルティア達の声を耳にしながら通りすぎる。
『スキル【立体機動】獲得』
辿り着いた場所は、他と比べて少し立派な家だった。
そんな家、村では村長くらいだろうと思いながら屋根を降りる。
そこに気配もあった。数は二つ。どちらが村長か邪悪な存在かは分からない。
スキルの確認は後回しにしてソリトは慎重に家の中へ入る。
その瞬間、ソリトは魔力を鮮明に感知出来た。
おそらく家の中に霧がないからだろう。だが、油断せずに地下へ続く通路か階段かを魔力を辿って探す。
辿った先にあったのは本棚だ。
ソリトは本棚を横に押してみた。
その下に手を引っ掻ける場所があったので、上に引き上げた。
そして、そこには階段があった。
床扉も古い事からして前からあるものだろう。
当然、中は暗い。しかし、ソリトには【夜目】がある。聖剣を抜いてから階段を足音をなるべく出さないよう下りて行く。
その途中、この家にある二つ気配の内一つが近付いてくる。
「ア゛ア゛……アア」
現れたのは腐敗したような体をした魔物だった。以前出会った屍食鬼というアンデットの魔物に似ている。
しかし、こんな村の地下に魔物がいるとは考えづらい。
「胸くそが悪い」
ソリトは冷たい声色で呟きながら、アンデットを縦に叩っ切る。
「悪く思うなよ」
そう言って殺したアンデットに威力は種火程度に【魔力操作】で下げた火魔法を【想像詠唱】で放ちゆっくりと燃やして先に進む。
底に着くと扉があった。
足音を消そうとした行動に意味があったかはともかく、気配と辿ってきた魔力は目と鼻の先。
対処は出来るようにしてある。
そして、ソリトはゆっくりと扉を開け入る。
「いつの間にここに入りやがった?」
中にいたのは一人の女で、今気付いたとばかりにソリトに問い掛けた。
「お前が封印されていた奴か?」
「質問を質問で返すなよ。無礼だぞ」
「そりゃ悪かった今さっきだ。で、どうなんだ?」
「癇にさわる人間。まあ良い。確かに私は忌々しくクソ封印石に封印されてた」
「そうか。なら今度は殺してやるよ」
「恐ろしい事を言うじゃねぇか。なんでそんなに怒りを覚えてる?」
「理由はお前が一番良く分かっていると思うが」
確かにソリトは怒っている。不思議と頭は冷えているが今にも腸が煮えくり返そうなくらいには怒っている。
「なるほど、貴様あれが魔物ではなく元人間だと分かっているのか」
「ああ、教会の中にいる奴等に関してもな」
それでも激情まで行かないのは、ソリトが他人事と思っていて、人を信用しなくなったからだろう。
それでも、
「ほう。貴様【感知】系を所有したものか?」
「それがなんだ?俺はな平気で仲間を裏切ったり、人の人生弄んだり、お前みたいな人の命を物みたいに扱う奴が許せないんだよ」
返したものの、今ソリトと対面している女、もしかするとスキルに関するかなりの知識を保有してるのかもしれない。
反転スキルに関しても知っている可能性がありそうだ。
とはいえ、それは口だけ利ける状態にしてから。出来たらだが。そして、ソリトは女の懐にまで接近する。
「っ!速い」
その言葉に構わずソリトは聖剣を斜め上に振る。
だが、女は斬られる事はなく、突然目の前から姿を消した。
気配はある。だが、肝心の本人の姿が見えず、上にいるような下にいるようで上手く感じ取れない。
女を探していると、突如【暗殺者】危険察知が後方に反応した。
ソリトはサイドステップで右に移動する。
直後、危険察知が反応した場所から女がヌッと現れた。
「良くわかったな」
「なにただの勘だ」
「スキル【危機察知】」
その言葉に思わずソリトの顔が一瞬ピクッと引き顰った。
「当たりのようだな。気配を感知する能力に危険を察知する能力……ここに来るまでの気配を感じなかったことも考えると……」
女が考えている隙にソリトはベルトから毒針を出して、相手に放つ。
「ハハハ、そうか!貴様のスキルは【暗殺者】か」
やはりスキルの知識を多く持っていそうだ。
【暗殺者】は【孤高の勇者】で得たスキルの内一つというのは伏せておき話に乗る。
「お前、何者だよ」
「そうか、自己紹介がまだだったな。私はルミノス・ヴァンピール、吸血鬼王にして魔王四将が一人だ!」
魔王四将。
魔王が従える中で最強の魔族四人。その強さは時代によって異なるらしいが、魔王の誕生前から守護するようで、計り知れない高レベルとステータスやスキルを持った魔族ばかりという事らしい。
普通なら怯えたりするところだろう。だが、寧ろ自分の感情的理由にしても、スキルを極める相手としても好都合だと思った。
そこで、ソリトは方針を変え、魔族の女、ルミノス・ヴァンピールは殺すことにした。
何故呑気にこんな場所にいるのか分からないし、反転スキルの件も惜しい。だが、魔王四将という相手を倒すとなれば、油断も加減も出来ないだろう。
ソリトはスッと姿勢を低くして聖剣を構えた。




