475 監獄島②
ヒューと分かれ、刑務官の人達に連れられて門の中に入る。
入ってすぐ真っ先に目に入ってきたのは無骨で巨大な金属製の建物だ。
マナ・マテリアルを吸収した者にとって一般的な建材は脆いクッキーのようなものだ。恐らくあのやたら威圧感のある建物は高レベルハンタークラスの賊でも易々と破れないような物質で出来ているのだろう。他にも結界やらなにやら、対策が施されているはずだ。
「あの建物の中に監獄があるの?」
「…………」
「囚人は何人くらいいるの?」
「…………」
「何人で管理してるの?」
「うるせえッ! 囚人に答えるわけねえだろッ!」
先頭に立った刑務官(どうやらジンという名前らしい)が苛立ったように言う。
それは確かにおっしゃるとおりである。特別待遇は知らされてないって言ってたしね……後でヒューに確認しよう。
門の内部には人気というものがほとんどなかった。その後建物の中に入るが、やはり静まりかえっている。
「ちょっとコードの監獄に似てるねえ。あそこも人はほとんどいなかったし」
僕が見たのは囚人と案内役の女の人だけである。
だが、それはコードのよくわからない都市システムが全て担っていただけで、この監獄島はまた違うだろう。
「コード……? この監獄に似ている監獄なんてあるわけねえだろ」
「うんうん、そうだね。僕も偶然見に行く機会があっただけだし……」
まぁ、いくら最新の監獄でも高度物理文明の産物には敵わないだろうな。
幾つもの鍵付きの格子扉を潜り、僕の後ろに連行されていた他の三人と分かれて部屋に案内される。僕についたのは最初からやたらとあたりが強いジンさんだった。
「監獄内に私物は持ち込み禁止だ。ここで没収する。本来ならここに連れてこられる前の手順だ」
私物持ち込み禁止か……それはそうだよな。ヒューから取り上げられなかったのは特別待遇だったからであって――。
「…………後で返してくれるよね?」
「それは状況次第だ。隠しても無駄だぞ」
隠したりしないよ……というか隠す場所なんてなくない?身につけていた宝具を順番に外し、渡していく。
さすがに監獄の中は警備が厳重だろうし、結界指がなくてもきっと恐らく大体大丈夫だろう多分。
ジンさんが僕の持っている宝具の数に目を白黒させている。
「チッ…………服も着替えて貰う」
ルールって厄介だな。別に収監されるわけでもないのに……だが、囚人服に着替えるなんてそうそうある事ではない。面白い経験かもしれない。
ジンさんが持ってきた囚人服は柔らかく肌触りのいい極めてシンプルなものだった。
「破損しても再支給はない。どうあがいても武器にならない素材で作られている。悪用しようとしても無駄だ」
……なるほど。囚人服にしては妙に柔らかいなと思ったんだよ。当然だが、色々考えられているらしい。
しかし、全く信用されていないな。
…………いや、まてよ? もしかして僕が監獄を見学したいと言ったから、実際の監獄がどういうものなのか教えてくれている可能性もあるな?
ここまでしてくれなくても良かったのだが、それならそれでありがたい配慮だ。
隣の部屋から悲鳴のようなものが聞こえる。ジンさんが肩を竦めて言う。
「反抗的だとああなる。もっとも、てめえにとっては反抗する理由もないって事だろうが、そのふぬけた面が監獄の中でも続くか楽しみだな」
「そんなに監獄の中は凄いのか……わくわくしてくるね」
「………………高レベルハンタークラスはどいつもこいつもイカれてやがる」
眉を顰めぼそりと呟くジンさん。
その意見には同意だ。さすがにイカれてるとまでは言わないが、僕の知る高レベルハンター達はどいつもこいつも人間離れした力や精神性を誇っていた。レベルが高いだけの僕もちょこちょこ一緒にされるから迷惑しているのだ。
しかし、高レベルハンタークラスの賊が大勢収監されているとなると、シトリーもきっと大喜びだろう。
普段なら絶対会いたくないけど、気合を入れて見学する事にしよう。
着替えが終わると、再び部屋の外に出される。
あちこちに分岐した迷宮のような通路を案内に従って進んでいくと、大きな黒い扉が見えてきた。メアリーさんに誘導された部屋のように様々な警告のステッカーが貼ってある。
「この先が監獄棟だ。監獄棟の様子を見たらもう二度と罪を犯そうなんて思わねえだろうな」
扉が開く。中には、細い通路が続いていた。これまでの通路と違うのは、左右天井が格子状になっており、その向こうが見える事だ。
金属製の格子の向こうには、ぎらぎらした目をした者達が群がり、こちらを凝視していた。隈の張り付いた目に、ボロボロの服。半裸の者も居れば、痩せ細った者もいる。
格子の壁は何重にもなっているので触れられる距離にいるというわけでもないが、その眼光から伝わるプレッシャーに、僕はいつの間にか息を呑んでいた。
ここにいる者全員が危険人物なのか。
周りを良く観察するが、僕の見知った顔はいなかった。
もしかしたら忘れているだけかもしれないが……。
これだけ沢山の人間がいるのに、誰も声はあげていなかった。ただ、こちらを見ているだけだ。だが、それが無性に恐ろしい。
まるで人喰いの怪物が静かに罠を張って待ち構えているような――今は宝具を一つも持っていない過去一弱い僕だというのに。
確かにジンさんの言う通り、ここを見学したら二度と罪を犯そうなど思わなさそうだね。
「皆、新入りを歓迎しているようだな。身ぐるみ剥がされねえように気をつけな」
「……秩序も何もないなあ」
その辺りは管理されていないの? 囚人の食事とかはどうしているのだろうか。
「だが、設立以来、誰もこの監獄から脱出できたものはいねえ。せいぜい仲良くやるんだな」
「え…………やらないけど」
「好きにしろよ。さあ、歩け」
やらないっていうか、格子の中には入らなくていいかな。この人達、皆、拘束されていないみたいだし、危険じゃない?
監獄の様子はもう大体わかったから、後は収監された人の情報を教えて貰えればシトリーへのお土産には十分だ。
格子状の扉の前まで先導される。五重の扉を挟み、向こう側には人が群がっていた。
「ルールを教えて貰え。なに、ここに来ているのはまだ安全な連中だ。監獄内のどのグループからもあぶれた奴らだからな」
「え? 本当に?」
とてもそうは見えないんだけど……。
一枚目の扉の鍵を開けるジンさん。どうやら本当に僕はこの中に入るらしい。
別に罪人とコミュニケーションを取りたいわけではなかったのだが……。
「あ……新しい、エサ……血……肉……」
「男か……チッ、しけてやがる」
「新品の服……」
「弱そうだ……いけるぞ……俺の目は確かなんだ」
うんうん、そうだね……半裸の君からしたら新品の服は羨ましかろう。
近づいてみると、罪人達は傷だらけだった。中はかなり過酷な環境なんだろう。
最後の扉はこれまで以上に頑丈そうだった。だが、よく見ると表面には薄ら傷が入っている。引っ掻いたような跡だ。つまり、ここに入れられるような連中は表面だけとはいえ、引っ掻きで金属に傷をつけたという事である。
…………やはり、この中に入るのは危険では?
ジンさんが戸惑いを隠せない僕を置いて、さっさと一枚目の扉の前に戻る。
「最後の扉は内側からしか開かねえ。開けたら閉めろよ。こっち側に来られたら押し戻すのが面倒だからな」
「!? 随分アグレッシブな見学だね」
「…………思う存分、好きなように見学してくれよ」
見学するにしても安全第一でいきたいんだけど…………いや、でも、ゼブルディアは先進国である。ここも危険に見えて実は安全な可能性もある。
一見何もないように見えるが、攻撃を仕掛けられたら自動的に迎撃してくれるコードみたいなシステムがあるのかもしれない。
血走った目で舌なめずりをしながら見てくる罪人達。扉を開けたら即飛びかかってきそうだ。
さてどうしたものか……そんな事を考えたその時、扉の前で陣取っていた者の内の一人が突然素っ頓狂な声をあげた。
「!? !!??? げええええええ、お前は――《千変万化》。こんな所になぜえええええ!?」
「え……?」
どちら様でしょうか?
「!? な、なにものだ?」
「こいつぁ、あの悪逆非道な《嘆きの亡霊》のリーダーだ。下っ端をだまし、うちのグループに参加すると油断させて壊滅させた外道だ。他にも突然切りつけられた奴やポーションの人体実験に使われた奴もッ!! いつか捕まると思っちゃいたが、まさかこの監獄にぶち込まれてくるなんてなッ!」
……どちら様でしょうか?
「おまけに、魔物をアジトまで誘導して、自分の手を汚さない徹底っぷりだ。それでいてレベル8まで上り詰めやがったッ! こいつは真性の悪だぜ!」
「……ちょっと待って、全然絞り込めない」
酷い言われようだが、まあレッドハンターから見ればうちのパーティも悪にも見えるだろう。ほぼほぼ覚えがないけどね。
「俺達も潰された。別に《嘆きの亡霊》には喧嘩を売っていないのに!」
「こいつら、私達に点数をつけてゲームみたいにスコアを競いやがった!!」
「ボコボコにやられた上に身体の上でタップダンス踊られた!」
「ちょっと敵対しただけなのに協力組織に切り捨てられた!」
「《不動不変》を見て若い連中が皆やめちまった!」
「仲間が蛙にされて今もそのままだ!」
めっちゃクレーム来てる…………しかもどの顔も全く覚えがない。
だが、このままではまずい。見覚えは全くないのだが、取り囲むその罪人達は完全にやる気満々の顔をしていた。痩せ細っているし表情は切羽詰まっているし震えている者もいるが、その程度のハンデでは僕の負けである。というか、僕の負けである。彼らを捕まえたのは《嘆きの亡霊》であって僕ではないのだ。そもそも数も多すぎるし。
ジンさんの方をちらりと見るが、ジンさんは何も言わずにしかめっ面でこの状況を静観していた。
この監獄、誰も彼もが僕に厳しすぎる。
大きく深呼吸をして説得にかかる。
「お、落ち着いて! この際過去の話は水に流そうじゃないか!」
「!? て、てめえが、言うな!」
……ごもっともです。いや、でも悪い事したのは君達なんだよ。一般的にレッドハンターなどの賊は、社会の害虫として認識されている。いくら切り伏せてもルークが逮捕されない程度には、彼らは厄介者なのだ。
やっぱり中には入らなくていいかな……迎撃システムが仮にあったとしても、怖すぎるし。
ジンさんにその旨を伝えようと後ろを向こうとしたその時、馬鹿にしたような声が聞こえた。
「くっくっく……報復だ何だと馬鹿な連中だ。この島にやってきたばかりの元レベル8ハンターには、てめえらが束になったところで敵いはしねえよ」
「!?」
声があがったのは、僕がたった今通ってきた通路の前だった。
いつの間にか、そこには僕と同じ格好をした三人が立っていた。僕と同じ船に乗せられた三人だ。どうやら身体検査は終わったらしい。
声をあげたのは先頭にいる鋭い目つきの暗い赤褐色の髪をした男である。手錠はまだされているが、拘束衣や目隠しが取れていた。
僕同様、刑務官の先導で格子扉が開き、三人が歩いてくる。
通路を堂々と歩きながら、まるで威圧するかのように男が大声で言った。
「てめえらに許された選択肢は恭順するか、尻尾を巻いて逃げ出すかだ。どちらが賢い選択なのか、その空っぽな脳みそで考えるがいいぜ。そうですよね、《千変万化》さん!」
その後ろにいた、黒縁の眼鏡をかけた長身の男が通路に群がる罪人達を見回して続ける。
「データから考えても、お前達が《千変万化》に勝てる可能性はほぼゼロだ。マナ・マテリアルが抜けた今は更に勝ち目はない。そもそもお前達は一切統率が取れておらず、覚悟もない。そこを退け」
「…………」
最後にその男に隠れるようについてきた女は何も言わなかった。ただ、眉を顰めて僕を凝視している。
新雪のような白い髪をした、恐らく僕よりも若い女の子だ。群がっている収監者を入れても圧倒的に若い。一体どんな罪を犯せばこの年齢で監獄島に送られるのか。
というか、なんか仲間みたいな立ち回りされてるけど、僕、君達の名前すら知らないんだけど?
ジンさんが呆れたような表情をしている。だが、それ以上何かを言うことはなかった。
僕のいるエリアまでやってきた男が馴れ馴れしげに肩を組んでくる。
「それでもやり合いたいってんなら、この《千変万化》さんの味方、元レベル6ハンター、人呼んで血塗れのジャックが相手をしてやるよ。へへ……同じ馬車で護送されたのも何かの縁だ。そうでしょう、《千変万化》さん」
「あ、はい……」
…………まぁ、僕はすぐに出て行くけど、やり合いたいってなら好きにしてくれてもいいよ。
完全に流されるままに答える僕を余所に、ジャックの後ろで品定めでもするかのように周りを見回していた男が追従する。
「安心しなさい。僕達は寛容だ。恨みを捨て理性を持って僕達に付き従うというのならば、悪いようにはしない。《千変万化》、雑事はこの不戦のグランドにお任せください。データは既に揃っています」
「…………悪くないな」
眼鏡を掛けた人は頼りになるイメージがある。全てエヴァのせいである。
それに、不戦ってのも良い感じだ。まあ、言うて監獄島にぶち込まれている訳なんだが。
最後の一人を見ると、億劫そうに言った。
「…………悪食のザック。秘密組織『死骸邪喰』の最高幹部。大いなる意志の結果ここにいる。罪状は…………五百人殺して食べた。好きな部位は……睾丸」
!?
やばすぎだろ、この子。血塗れのジャックとかよりもよっぽど恐ろしい。
女の子なのにザックって変わった名前だと思ったけど、それ以上に言ってる内容がエグすぎる。
ジャックやグランドの言葉に困惑していた連中がドン引きしている。
賊なんて掃いて捨てる程いるけど人肉を食らう者は稀だ。この世界にはもっと美味しいものが沢山あるからね……誰か助けてくれ。
「…………よろしく」
「…………うんうん、そうだね」
まあだが、五百人も殺して食べた相手に文句を言えるわけもない。
扉の前で待ち構えていた囚人達が、波が引くようにさっと場所を空ける。ジャック達が扉を開け放ち、まるで僕の道を作るかのように左右に待機する。どうやら逃げ場はないようだ。
僕はため息をつくと、扉の中に足を踏み入れた。




