469 嘆霊会議③
《始まりの足跡》クランハウス四階。大人数でも収容できる会議室には今、《嘆きの亡霊》のメンバーが集まっていた。
珍しい事に、皆、どこか沈痛な表情だ。最初に出会ってもう数年が経つが、エヴァの知る限り彼らが全員こんな表情をしている事は初めてである。
だが、それも無理はないのだろう。パーティリーダーが逮捕されたのだ。エヴァだって突然クランハウスに騎士団が押しかけてきた時にはかなり衝撃だったし、その騎士団が眠ったままのクライを運んで行った時には何かの冗談かと思った。エヴァがそれを止めなかったのは、クライが一切抵抗する気配を見せなかったからなのだが、つっこみくらいは入れても良かったのかもしれない。
だが、少なくともクライの逮捕は冗談ではないようだった。
これは、かなりのイレギュラーである。エヴァの知る限りレベル8ハンターがこの国で一方的に逮捕されるなどなかったし、罪状が公表されないのも異例だ。
だが、探索者協会に連絡を取ったが、抗議はしないようなので、相当な事をしでかしたのだろう。エヴァに知らされたのは、クライ・アンドリヒが自白して捕まったという事だけだった。もうめっちゃくちゃである。
状況がわからないので動きようがなかった。何しろ、逮捕の決め手も収監される事になったのも自白のせいなのだ。
これで、帝国が常日頃からクライを捕まえるタイミングを狙っていたのならばまだやりようがあった。
だが、帝国は絶対にクライを逮捕などしたくなかったはずなのだ。
その状態で、逮捕せざるを得なくなるような――自白。
その本人がトップを務めるクランの副マスターにも通達できないような――罪状。
そして、多くのメディアが《千変万化》の逮捕などという大事件を大きく取り上げていない事実から見える強力な情報統制に、クランハウスに立ち入り捜査すら入らない状況。
その全てが今回の件の裏で蠢く闇を示していた。いや、闇じゃないかもしれないけど……。
果たしてこの状況で、幼馴染みで構成された《嘆きの亡霊》はどう動くつもりなのか?
テーブルを囲んだ中の一人、シトリーが手を合わせて言う。
「それでは、これより臨時嘆霊会議を行います!」
「いえええええええええええええええええ!」
「うおおおおおおおおおおおおおお! やるぜえええええええ!」
「おー……」
その号令に、リィズが叫び、ルークが咆哮し、エリザが力なく右腕をあげる。
何で盛り上げようとするんですか……っていうか、なんで私がいるんですか!? いや、聞きますけど!
「議題はクライさんが逮捕された件です。何も知らない無能な帝国側に正直に自白して捕まるなんて流石クライさんですね!」
「…………まぁ、捕まって当然だと思いますけど」
ルシアがこめかみを押さえ、小さくため息をつく。義妹であるルシアが捕まって当然だと思う程度には大事を起こしたらしい。
本当に一体何をしたんでしょう……謹慎中だったはずなのに……。
まぁ、謹慎中に鏡の中に消えただけでも大事件ではあるんですが。
黙り込むエヴァの前で、シトリーが皆を見回して言う。
「収監先はイーストシール監獄島らしいです。誰か意見がある人はいますか?」
「俺も入りたいんだが何人斬ればいい?」
真面目な表情でめちゃくちゃな事を言い出すルーク。
「ルークちゃんさあ、斬らなくても普通に侵入すればいいじゃん。ねえ?」
「……まさかこの会議、クライさんを助け出すための話し合いじゃないんですか!?」
「まぁまぁ」
思わずつっこんでしまうエヴァを、シトリーが半端な笑みで諫めてくる。
まっとうなクラン職員のエヴァとしてはルークの意見もリィズの意見も却下なのだが、この二人ならば本気でやりかねないのが恐ろしいところだ。
「助け出すなら……帝都にいる間に、動いた方がいい…………」
「エリザさんも何言ってるんですか! まずは面会でしょう。リーダーが何を考えているのか確かめないと」
「うーむ…………」
各々マイペースに意見を出し合うメンバー達。どうやら誰一人としてクライの嫌疑を晴らせるとは考えていないらしい。まあ自白なのだから、それはそうだろう。
それにしても、皆この事態を甘く見ているのではないだろうか?
もやもやしているエヴァに、シトリーがぱんと手を打って言った。
「どうやら皆、イーストシール監獄島について何も知らないみたいですね。エヴァさん、説明をどうぞ」
何で私に振るんですか!!
だが、文句を言っている時間が惜しい。
エヴァは小さく咳払いをすると、自分が知っているイーストシール監獄島について説明を始めた。
「イーストシール監獄島はゼブルディア帝国オルター侯爵領に存在する、世界でも類を見ない高レベルハンタークラスの危険な力を持つ賊を収監するために生み出された監獄です。島一つが丸ごと監獄であり、数年前のサウスイステリア集団脱獄事件の発生をきっかけに急ピッチで建設が開始されました」
サウスイステリア集団脱獄事件は記憶に新しい。帝都で話題になったというのもあるが、何よりその犯人の有力候補がシトリーだったからである。脱獄犯は今もまだ見つかっておらず、その大失態を払拭するためにサウスイステリア大監獄に代わって生み出されたのが監獄島だった。
「イーストシール監獄島はただの監獄ではありません。元高レベルハンターのレッドを確実に封じ込めるための監獄です。元々、前々から監獄島の構想は存在していたらしいですが、その危険性から計画凍結されていたという、曰く付きの施設です。監獄島が生み出されてから脱獄した者は今のところいません。外からの侵入もゼロです。サウスイステリアの集団脱獄は外部協力者の存在があると推測されていますから、そこは対策されています。リィズさんの言うような外部からの侵入は不可能でしょう」
「シト、てめーのせいじゃねーか!」
イーストシール監獄島は、軽い罪の囚人も収監していたサウスイステリア大監獄とは違うのだ。
監獄島には軽微な罪の囚人は収監されない。
「監獄島には世界各国から手に負えない犯罪者達が移送されてきます。そこに収監される賊には一般的に認められる権利は認められていません。監獄島の囚人には面会も差し入れも何も認められていないのです。脱獄の可能性を少しでも減らすために――」
エヴァの説明に、ルシアが眉を顰める。
賊を封じ込める事。イーストシール監獄島の目的はそれだけだ。
立地も特殊である。広い湖の真ん中に存在するその島の周辺はほとんど風も吹かず、周辺数十キロには生物は何もいない。
元々その周辺は、監獄島が建てられる前は凪の領域と呼ばれる帝国も持て余していた土地だった。監獄島の建造計画が長らく見送られていた理由もそこにある。
そこで、シトリーがにこやかな表情で言った。だが、その目は笑っていなかった。
「イーストシールは、空白地帯です。地脈の穴です。極めて珍しい土地の属性ですが――イーストシール監獄島の周辺にはマナ・マテリアルはほとんど存在せず、生命が蓄えたマナ・マテリアルも地脈に吸収されます。だから、あそこには魔物すら立ち入らないのです」
空白地帯。地脈の穴。凪の領域。探索するだけで強くなれる宝物殿とは真逆の、いるだけで力を奪われる呪われた地。
この星には時折そういう奇妙な場所が存在する。
シトリーの言うとおり、そこには寒気がするほど何もないのだという。ただの噂だが、嵐ですらもその一帯を避けて通るらしい。
「もっともマナ・マテリアルを吸われる速度は才能次第みたいですが――長くいればいるほど力が落ちるでしょうね。他にも、魔法の威力などにも影響があるとか」
ハンターにとっても賊にとっても最悪の地である。だから、あえて帝国はその特性を利用した。
商人達から聞いた話では、開発には相当苦労したらしい。いるだけで力を奪われる土地の開発など誰もやりたくはないだろう。
詳細はわからないが、恐らく、土地の特性以外にも、帝国はあらゆる手を使って収監された賊達を封じ込めているだろう。運用管理だって多大なるコストを払っているはずだ。
だが、もしかしたら何かと物騒な昨今、その監獄島が生み出されるのは必然だったのかもしれない。
もっとも、今回ばかりは最悪だが。
クライがどれだけの期間、監獄島に入れられるかはわからない。だが、いくらレベル8ハンターでも長く収監されていれば無視できないレベルでマナ・マテリアルを奪われるだろう。
状況が深刻な事はわかっただろうか。皆の様子を固唾を呑んで見守るエヴァの前で、ルークがやはり真面目な顔で言った。
「状況はわかった。で、その監獄には強え剣士はいるのか?」
この人、全然わかってないんですが…………。
ルークの言葉に、シトリーが頷く。
「そうですね。とりあえず潜入方法や差し入れ方法を考えましょう。クライさんも手伝って欲しい事もあるかもしれませんし!」
「マナ・マテリアルなんてまた貯めればいいしねー。逆に弱くなったら修行になっていいんじゃない? 能力下がったら逆にスキルが上がると思わない?」
「空路はどうですか? 地上から見えないくらい高い所から下りるとか」
「うーむ…………」
「逃げるプロの立場から言わせて貰う。移送される前に手を打ってクーを奪還するのが一番楽……」
ああ、わかった。
この人達、帝国法を守るつもり全然ないですね……。
どうやらいつもと違う雰囲気だと思ったのはエヴァの勘違いだったらしい。エヴァは目を背け、ただ祈った。
クライさん、早く帰ってきてください……《嘆きの亡霊》をコントロールするのは私では無理です。




