467 勾留
ゼブルディア帝国帝都、第三騎士団詰め所。
帝都内外で発生した犯罪や、指名手配されたレッドハンター、犯罪組織などへの対応など、治安維持を役割とする部隊のための建物の一画に、その部屋は存在していた。
元々は罪を犯した貴族を一時拘留するための部屋だったらしい。現ゼブルディア皇帝の代になってからは一度も使用されていなかった部屋には今、一人のハンターが収容されていた。
部屋の前。警備を担当している第三騎士団の騎士二人が顔を合わせ話し合っていた。
「本当にこの程度の設備で大丈夫なのか? 貴族用の房だぞ?」
「仕方ねえだろ。そもそもレベル8ハンターを拘留しておける場所なんて帝都にはないからな。それに、上は逃亡の可能性は低いと見ている」
「だけどよ、本気で逃げだそうとしたら――」
緊張したような表情で言いかける相方に、もう一人も青ざめた顔に無理矢理笑みを浮かべて言った。
「大丈夫、心配いらねえ。その時は俺もお前も――生きちゃいねえよ」
高レベルハンターというのは人外の力を持つ化け物揃いだ。いくら帝国臣民の憧れの職の一つであり、他国でも高い評価を得ているゼブルディアの騎士でも、その力の足元にも及ばない。
現在その部屋に軟禁されているのは、帝都有数のハンター。
帝国で勇者の称号を与えられているあのロダン家の、アーク・ロダンに先んじてレベル8の認定を受け、並のハンターではとても手が届かない功績を幾つも打ち立てた神算鬼謀の《千変万化》、クライ・アンドリヒである。
皇帝の護衛に抜擢され、犯罪組織の暗殺の手を防いだ事すらある凄腕のハンターが軟禁されるなどどれほどの悪事を働いたのか、第三騎士団の下っ端には詳細な情報は降りてきていないが、帝都で最も重い十罪クラスの罪を犯さなければ、探索者協会の切り札でもあるレベル8ハンターが捕らえられるなどまずあり得ないと思われた。
とりあえず、当の本人は今のところ、部屋の中でおとなしくしていた。時折肩を落とす様子なども見られたが、そんなのがただの見え透いた演技である事は考えるまでもないだろう。
レベル8ハンターならば金属板の入った壁だって容易く破れるし、この建物を脱出するなど散歩するくらい気軽にできるはずだ。
沈黙を保つ部屋の扉を見ながら、一人が言う。
「上も随分予想外だったみたいだな。噂では――自首したらしい」
「自首!? どういう事だ?」
自ら罪を認め出頭してきたのならば、今の緩すぎる軟禁にも納得がいく。
だが、そもそもレベル8ハンターならばこの国では大抵の行為は罪にもならないはずなのだ。
未来予知に近い神算鬼謀を誇るとされる男が一体何の罪を告白したというのだろうか?
「……まぁ、俺達には関係ない事だ。罪を認めてここに入れられた以上はすぐに監獄に移されるだろうしな」
「レベル8が収監されるとなると…………最近作られたあそこか」
度重なる犯罪組織の暗躍に、マナ・マテリアルを大量に吸収したレッドハンターの台頭。数年前のサウスイステリア集団脱獄事件を機に新たに計画設計された、通常の監獄に収監するには危険過ぎる凶悪犯を閉じ込めるために生み出された監獄島。
帝国貴族の一人。オルター侯爵領。イーストシール監獄島。
サウスイステリア大監獄に代わり、手に負えない賊を封じ込めるために生み出された帝国の切り札である。
高レベルハンタークラスを収容する事を想定して生み出されたその監獄ならば、《千変万化》でも脱獄は困難だろう。
実際、現時点でその監獄島から脱獄できた者は誰一人いないのだから。
「だが、本当に《千変万化》を収監していいのか? ユグドラとの交流も始まるのに――」
「なに、その辺りは上の連中がしっかりと考えているさ」
§ § §
とんでもない事になったなあ。
深紅の絨毯に大きなベッド。ソファにサイドデスクにシャンデリア。僕のクランマスター室よりも品のいい家具が設置された部屋で、僕は何十度目かになるため息をついた。
一つだけ存在している小さな窓にはしっかりと鉄格子が嵌められており、否応なく自分が犯罪者になってしまった事を思い知らされる。
まぁ、騙されていたとはいえ、謎のスイッチを押してしまったのは事実だし、そのせいで幻影が帝都に出るようになってしまった可能性が高いのも事実なのだが、まさか眠っている間に運ばれるとは思っていなかった(全然起きなかっただけらしいが)。
覚悟をする時間が欲しかったよ僕は。
といっても、待遇は謎の好待遇である。与えられた部屋は風呂トイレ付きだし家具も高級だし、食事も三食、やたら豪華なのが出てくる。外を自由に出歩けない点を除けば、普通に普段の生活よりいいかもしれない。結界指などの宝具についても没収されなかったし。
友達と会えないのは辛いが…………僕が捕まった事でリィズ達が無茶しない事を祈るばかりだ。
しかし、僕はどれだけの罰を受けるのだろうか。年単位の懲役? 極刑? あるいは追放刑だろうか……このトレジャーハンター黄金時代、国に貢献している高レベルハンターの罪は大幅に減刑される事が多い。
騙されたと言う点がどこまで考慮されるだろうか……皇帝陛下の護衛した事あるけど、それもテルムとケチャチャッカを仲間にした上に飛行船が落ちたし、情状酌量は無理か? 今思い返しても、僕って碌な目に遭ってないな。
今頃、事の次第を知ったガークさんはガチギレしてるだろうなあ……。
まあだが、今の僕に出来るのは粛々と帝国の沙汰を待つ事だけである。必要な弁護とかはシトリーやエヴァが手配してくれるだろうし、僕に出来る事は何もない。
僕はスマホを取り出し、妹狐にメールを送った。
『捕まっちゃった、監獄に入れられちゃう。どうしよう』、と。
返事はすぐに返ってきた。もしかしたら妹狐は暇なのかもしれない。
『草』
草…………どういう意味?
スマホについては妹狐の方が詳しいので何か特別な意味があるのかもしれない。でも最近余り返事してくれないからな……。
僕は気を取り直すと、続いて通話機能を呼び出し、画面に表示された数字をぽちぽちと押した。
「もしもし? メアリーさん? 僕だよ、僕」
『!? 私、メアリー。そっちから掛けてくるのやめて欲しいの』
お、ちゃんと出てくれた。
僕の電話に一発で出てくれるのはもうメアリーさんだけだ。
「そう言わずに。今どこにいるの?」
『…………私、メアリー。目の前にいるけどどうせ見えてないの。それよりも、今は今後の事で忙しいから…………また後で電話掛けてくるの』
確かに目の前には何も見えない。
メアリーさんとは一体何者なのだろうか?(今更)
ルシアは幻影でしょって言ってたけど、幻影にしては無害だよね。
「もう電話掛けてくるなとは言わないんだ」
『私、メアリー。私がそんな事言ってしまったらそれこそ存在意義が揺らぐの……』
よくわからないが、メアリーさんは最近忙しそうでなかなか返事をくれない兄狐や妹狐と違って相手をしてくれるらしい。
僕は小さく咳払いをすると、クレームを入れる事にした。
「そうだ、それより困るよ。君が教えてくれた押しちゃいけないボタン押したら大変な事になったんだけど?」
『………………私、メアリー。私はちゃんと押しちゃ駄目って言ったの』
「!? ……………………確かに」
………………あれ?
確かにメアリーさんは押しちゃ駄目だと言っていた。あの時通話は途切れ途切れだったが、それだけは覚えている。
いやでも、それまで散々指示を聞いて色々な事をしていたわけで…………あれえ?
『私、メアリー。それよりもクライが押しちゃ駄目って教えたボタンを押したせいで、レディがかんかんで、凄い怒られたの。謝って欲しいの』
「え、えっと…………申し訳ございませんでした」
逆に謝らされてしまった。まあ僕にとって謝罪なんて呼吸みたいなものなんだが……ところでレディ、とは?
何もわからない。わからない事がわからない。
『……私、メアリー。ま、まあ、わかればいいの。次は私の姿が見えるようになったら連絡するの』
「待って。今の帝都の中で幻影が出てくる状況、どうにかして欲しいんだけど……できれば、なんだけど」
ダメ元でお願いする僕にメアリーさんがため息をついて言う。
『私、メアリー。それについてはもう解決済みなの。あのサメ野郎も外の世界なんてもうこりごりだって言ってたから、もう誰も外には出てこないはずなの。ちゃんとそっちの貴族とも話し合ったの』
予想外の言葉を残し、メアリーさんとの通話が切れる。僕は目を瞬かせてスマホを見た。
解決済み? えー、本当に? しかも話し合い済みだって?
とんでもない事をしてしまったと思っていたが、全ての懸念が解決してしまった。
しでかしてしまった事は忘れてはいないが、それなら今の捕まったとは思えない待遇にも納得がいく。焦っちゃったよ。
といっても、前代未聞の事態と言えば事態だし、この事態をどう決着させるか慎重に検討しているのだろう。
ほっと息をつく。なんだか肩の荷が下りた気分だ。心配事がなくなった途端に今の生活を続けるのも悪くはないかなと思えてきた。
しかも、何か必要な物があれば声を掛けろとまで言われているのだ。
僕は少し考えると、二十四時間扉の外で見張ってる騎士の人に声をかけた。
「すいませーん、チョコレート欲しいんですけど!」
§ § §
町中での幻影の出現。帝都は今、前代未聞の未曾有の災害に見舞われていた。だが、連日連夜新聞の一面を飾っているその事件も、その情報と比べればただの新聞の四コマ漫画に過ぎない。
マスターが拘留された。
同じ《始まりの足跡》のメンバーであるが故に、世間よりも先に知らされたその知らせは、ティノ・シェイドにとって世界崩壊に等しい衝撃だったのだ。
最初は誤報かと思った。だって、マスターは今帝都でもっともホットなハンターである。その功績は全て普通のハンターでは生涯を掛けてもなしえないものだが、特にユグドラとの橋渡しは全帝都民が知る功績だろう。その功績を以てレベル9認定試験を受ける権利を得たくらいである(レベル9認定は辞退したみたいだけど)
それほどの功績を誇り、帝国側も今絶対に失いたくないと考えているはずのマスターが、何をどうやれば捕まる事になるのだろうか?
そもそも…………これまで散々帝都を騒がしても一回も捕まらなかったのに……。
クランハウスのラウンジは副クランマスターからもたらされたその話で持ちきりで、珍しい事に朝なのに席が埋まっていた。
マスターはこのクランのトップである。自分の所属クランのマスターが捕まったのだから、集まるのも当然だろう。
マスターが捕まるなんて絶対におかしい。何者かの陰謀かもしれない。
それも、絶大なる力を誇るマスターを陥れたのだから、きっと相当な大物の仕業だ。
貴族ならば侯爵以上の大貴族、ハンターならばレベル9以上、賊ならば狐のボスクラスの大物だろう。
暗い気分で歩くティノに、ライルが話しかけてきた。
「おう、ティノ。マスターが逮捕された話は聞いたか? あれ、自白らしいぜ」
「!? えぇ!?」
!??? じは……自白? な……何をやったんですか、ますたぁ!?
先ほどの陰謀論が一瞬で頭から吹っ飛ぶ。冷静に考えたらあのますたぁを陥れられるような存在がいるわけがない…………ますたぁ本人を除いては!
拳を握るティノに、ライルは深々とため息をつくと、疲れた声で言った。
「最近幻影が帝都に現れるようになっただろ? あれ、マスターが帝都民に千の試練を下したせいらしい……」
!?
そんな馬鹿な……と言いたいところだが、否定しきれなかった。
その根拠の一つは、今回の騒動が、その規模に対して死傷者が驚くほど少ない事である。いや、死者に至っては、ティノの知る限り出ていない。
それは、千の試練の特徴の一つでもあった。マスターは完全に全ての人間の実力を見切り計算ずくで試練を下しているので、ぎりぎりで大体皆生きているのである(多分)。
まさか、前代未聞の幻影出現事件とマスター逮捕事件が繋がっていたとは……。
…………でも、それは、流石にそんな事をしたら、捕まりますよ、ますたぁ……。
どうやって幻影が自在に外を出歩くような状況を作り出したのか、塵芥なティノでは想像もつかないが……今回の事件は仮に下手人が皇帝だったとしてもクーデター勃発間違いなしだろう。
しかも自白だなんて、捕まえてくれと言っているようなもの…………はっ!!
ティノは顔を上げ、震えながら言った。
「まさか……マスター、わざと捕まって、また何かやるつもりでは!?」
「…………次は、何するつもりなんだろうな……」
ティノ同様、幾度となく千の試練を目の当たりにしてきたクランの古参ハンターでもあるライルが、遠い目をして言った。
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引き続き『嘆きの亡霊は引退したい』をよろしくお願いします!
/槻影




