459 暇つぶし
なんか最近は平和だなあ。
椅子に身を委ね、執務机に行儀悪く足を上げて欠伸をする。
謹慎生活は休息を取るのにはピッタリだったが、さすがに退屈になりつつあった。
宝具もあらかた磨いてしまったし、昼寝もけっこうした。それでも時間は余っている。
何より、これまでの休暇は外に出るくらいはできたが、今回はそれもできないのだ。如何に堕落を極めた僕でも暇になるってもんだろう。贅沢な悩みだと思うけど。
こうなれば読書くらいしかやることはないのだが、最近は本を買ったりする事もなくなっていた。昔は空想が大好きで色々読んでいたのだが、ハンターを志すようになってからほとんど読んでいない。
都市伝説とか、ホラーとかけっこう好きだったんだよな……まぁ、物語よりハンターになって遭遇した諸々の事件の方が余程ホラーだと思うけど。
机においていたスマホが震えたのは、ダラダラ益体のない事を考えていたちょうどその時だった。
「!! ようやくやってきたか、暇つぶしが!」
僕のスマホの番号やアドレスを知っているのは兄狐と妹狐だけだ。
前回、通話をしてからずっと繋がらなかったのだが、ようやく僕の事を許してくれたらしい。
まぁ悪い事をした記憶もないのだが、僕は許してくれるならいつでも土下座する覚悟だ。
スマホを手に取り、確認する。どうやら届いたのはメールのようだ。
「なになに……? 【異次元の宝物庫】?」
メールの件名を読み上げる。どうやら差出人は兄狐でも妹狐でもないようだ。
そして、メールには、想像すらしなかった素晴らしい情報が記載されていた。
『このメールが届いた幸運な人だけに朗報。帝都には望みのままの宝具が手に入る宝物殿が存在する。しかも安全で幻影もいないよ! 気になる人は下記の番号まで↓』
マジで!?
こんなメールが届くなんて初めてだ。異次元の宝物庫? 安全で幻影もいない宝物殿?
心臓がどきどきした。最高すぎる。幻影がいないならば僕一人でも探しに行けるじゃないか。まぁ、謹慎中は外に出られないけど、何なら他のメンバーに探しに行って貰ってもいいし。
しかし、まさかスマホにこんなお得情報を送ってくれる機能があるなんて……ちゃんとメモしておかないと。
もしかしておひいさまに貰った最新のスマホだからかな?
書いてあった番号を入れて発信する。兄狐、妹狐以外に電話をかけるのは初めてだ。
発信する事数秒、電話が繋がる。
「もしもし、僕だよ」
『え??? 嘘??? なんで? なんか、電話がきたんだけど!???』
動揺する声がする。兄狐のものでも妹狐のものでもない声だ。
まさか三人目の電話の相手ができてしまうなんて、今日の僕は本当についてる。
「メールを見て電話したんだけど、安全で幻影もいなくて宝具が手に入る宝物殿があるって本当?」
『え!? あれを見て電話をかけたの!? 引っかかったの? 本当に? なんで?』
いや、そんな宝物殿があるなんて聞いたら誰だって行ってみたいと思うだろう。
まぁ、電話が来て驚いたのはわかるけどね……ほら、スマホを持ってる人なんてこの帝都でも多分ほとんどいないから。
電話口でドタバタ騒いでいるのが聞こえる。続いて、女の子の静かな声が聞こえた。
先ほどとは違う声だ。ちょっと震えている。
『もしもし、本当に聞こえているの?』
「もちろん聞こえるよ。ちゃんとチャージしてるからね!」
チャージをしたのはルシアだが、通話中にチャージが切れないようにするのはスマホマニアとしては当然のマナーである。自信満々の僕に電話口の声はおずおずと言った。
『……も、もしもし、わたし、メアリーなの」
「え? マリー? 誰? 《魔杖》のマリー? それとも同名?」
『!! わたし、メアリー! 今あなたの後ろにいるの』
『展開が早い早い! 少しずつ近づかないと!』
なんか電話口が騒がしいなあ。僕はスマホを持ったまま、後ろを確認した。
そこにはなんと――何もいなかった。
まぁ、いるわけがない。この部屋には出口が一つしかないし、そこには大勢の監視がいる。
ついでに唯一存在する窓も外から見張られているのだ。
「誰もいないけど?」
『わたし、メアリー。え!? 嘘!? 見えないの!? いるでしょ? ほら、手を振ってるでしょ!?』
「? いないよ」
目を凝らしても何も見えないものは見えない。電話口が騒がしくなってくる。
『わたし、メアリー。まさか霊感がないの!? ちゃんと噂を踏襲してるのに見えないなんてありえないの』
『でも、これまで噂を使って見えなかった人なんていないでしょ? どういう事?』
『誰よりも霊感がないって事だろ。くそっ、せっかく電話を持ってるのに――』
何言ってるのか全然わからん。
だが、重要なのはこのメールに書いてあった情報が真実なのかどうなのかだ。
「それで、ここに書いてある情報って本当? 詳しく教えて欲しいんだけど」
『!! す、少し待って――』
またばたばたしている。僕は暇じゃないんだけどなあ……暇か。
わくわくして待っていると、先ほどよりかは落ち着いた男性の声に変わった。
『【異次元の宝物庫】に行くには簡単なプロセスを踏む必要がある。本当に子どもでもできるような簡単なプロセスだよ。大丈夫かい?』
「大丈夫だけど……今、僕は外に出られないんだよ。それでも大丈夫かな?」
『!? ちょっと待った、外に出なくてもいい方法を探すから――あった!』
幾つか方法があるのかな……というか、僕が話しているのは何者?
『ちょっと複雑だけど、ちゃんとやれば大丈夫だ。簡単だから是非試して欲しい。いいかい、まずは大きな鏡を用意するんだ』
「大きな鏡ね。どれくらいの大きさ?」
『人が入れる大きさの鏡だ。用意できるかな?』
なるほどね。エヴァに頼めば用意してくれるだろう。しっかりとメモを取る。
『そしてその鏡をね、朝の四時四十四分四十四秒ぴったりに覗き込むんだ。そうすると、電話がかかってきて、それに出ると鏡の中に吸い込まれる。そこが君の求める場所だよ』
なんと……本当だろうか? 鏡の中に入れるなんてにわかに信じがたいが……まあやってみるだけならタダだろう。
………………部屋から出てないし、多分監視役としてもセーフのはず……。
「安全ってのは本当?」
『ほ、本当だよ、本当本当! マジで安全だから武器とかもいらないよ。絶対に来た方がお得だよ。何なら帰りたくなったら帰ってもいいし……』
「本当に宝具はあるんだろうね?」
『あるよ! 宝具以外も求めるものは何でも手に入る。しかも先着順だから、来ないと損だよ!』
それは……急がないといけないな。次の時間に間に合うだろうか。
僕は鏡、四時四十四分四十四秒、スマホと書いたその下に、求めるものが手に入ると書き込んだ。
「わかった。じゃあ準備するから切るよ。ありがとう」
『わたし、メアリー。ま、待って!』
声が再び女の子のものに変わる。言葉を待っていると、女の子は大きく深呼吸をして言った。
『わたし、メアリー。今あなたの隣にいるの。見えるでしょ?』
懇願するかのような声。
電話口から耳を離し、隣を見るが、やはり何も見えない。




