442 謹慎中

　籠城……謹慎のための物資を色々買い込み、速やかに家――《始まりの足跡》クランハウスのクランマスター室に戻る。

　久しぶりに歩く帝都は、僕の記憶よりもだいぶ人の数が多かった。今は特にイベントなどやっていないはずだが、大通りはもちろん、普段は余り人のいない路地まで、人で溢れかえっていて、ガークさんが言っていた言葉の信憑性を高めている。

　多分この人混みはユグドラの皇女、セレンがやってきた影響とかとかなのだろうが、こんなに人が増えたら国も探索者協会も大騒ぎだろう。

　ただでさえ帝都は人が多かったのに、この先どうなってしまうのか。

　景気がいいのはまことにけっこうだが、これが日常的なものになったらうちも拠点を変えねばならないかもしれない。

「謹慎…………特に悪事を働いたわけでもないのに自宅から出るななんて、前代未聞ですね……」

　話を聞いたエヴァがこめかみを押さえ、難しい表情をする。確かに、僕もそんな話、他に聞いたことがない。《嘆きの亡霊》で一番知識を持っているシトリーも聞いたことがないようだったので、本当に珍しい処遇なのだろう。

　さらに珍しいのは、その謹慎を食らう張本人が良い事も悪い事も何もやっていない事なのだが、まぁ探索者協会が休めというのならば断る理由はない。

「有給休暇だと思ってしばらくのんびりするよ。探索者協会から補填も出るみたいだしね」

　交渉してくれたシトリー様々だな。

　僕の言葉を聞いて、ガークさん相手に物怖じせずに交渉してくれたシトリーが両手を合わせて言う。

「私達もしばらくは帝都にいる予定です。最近ちょっと忙しなかったですし、持ち帰った物も整理しないといけないので……みみっくんがいたので、少し欲張りすぎましたね」

　普段から高レベル宝物殿に挑むシトリー達の戦果は並外れていたのに、欲張りすぎたとは、どれほどの成果を得られたのだろうか。

　もともと、《嘆きの亡霊》は時空鞄を保有していなかった。値段はともかく、希少すぎて購入できていなかったからだ。

　今回は、自走式宝箱型時空鞄――みみっくんのおかげでいつもよりも沢山の物が持ち帰れたのだろう。何しろ、みみっくんは街を一つ飲み込んでるくらい大喰らいだからな…………。

　ちなみに、シトリーは僕が持ち帰ってきたコードのお土産にも目を輝かせていた。《嘆きの亡霊》のメンバーは基本的に物欲も金欲も低いのだが、錬金術師だけあってシトリーのアイテムに対する情熱というか、知識欲はかなりのものだ。もしかしたら彼女ならば時間さえかければコードの生成物を分析する事もできるかもしれない。

　シトリーの言葉に、ルークが腕をぐるぐる回してワイルドな笑みを浮かべる。

「俺も最近、人を斬っていないし、鈍った腕を取り戻さないとな。魔獣や幻影相手も悪くはねえが、純粋に剣技を鍛えるならやっぱり人型を斬るのが一番だからな」

「確かに、毎日同じ相手と組み手してても代わり映えしないし、たまには相手を変えないと…………クライちゃんが謹慎なら、私達もしばらくは鍛錬かもねえ」

「お姉様、ルークお兄様…………ユグドラでまた強くなりましたし、相手を選ばないと、その、死んでしまうような――い、いえ、なんでもないです」

「うむうむ」

　僕が謹慎なら他のメンバーは鍛錬ってどういう理屈でしょうか…………ま、まぁ、周りに迷惑かけないならいいんだけどね（無理そう）。

　ルーク達という護衛もいるんだし、久々に帝都を見て回るのも悪くなさそうなのだが、謹慎だから今回は仕方ないな……ガークさんも参っていたみたいだし、今回はクランマスター室で大人しくしていよう。

「そうだ……久々にクランマスターとしての仕事でもしようかな」

　ぱちんと指を鳴らす僕に、エヴァがすかさず答える。

「クラン運営は滞りなく行われています。こちらの事はご心配なく……謹慎なのだから大人しくしているべきかと。ガーク支部長にまた叱られますよ…………何もするなと言われるなんて、本当にあり得ない話なんですから」

　ふむふむ、なるほど…………どうやら本格的にお休みになりそうだな。

　そんな事を考えていると、ぼーっとした表情をしていたエリザが囁くような声で提案してきた。

「クー…………ユグドラで謹慎する？」

「…………しないよ」

　帝都から出るなって言われてるでしょう。

　もしかしたらユグドラに向かうのは転移魔法なりでどうにかなるのかもしれないが、ユグドラがあるのは大森林のど真ん中だしゼブルディアよりも危険だからな。

　ところで、結局エリザはハンターを続けていた目的は達成したはずだが、このままハンターとしてパーティに残るのだろうか？

　

　エリザに視線を送るが、エリザは不思議そうな表情で瞬きをするのみだった。まぁ、むしろこちらとしてはありがたい限りなのだが……もしかしたらルーク達の暴れっぷりが今くらいで済んでいるのはエリザが入ったセラピー効果ありきなのかもしれないし…………。

「しっかし、帝都も、本当に人増えてるよねぇ。外部からやってきたハンターも大勢いるみたいだし……」

「探協は帝都拠点のハンターにそれとなく忠告しているみたいです、お姉様。外からやってきたハンターとトラブルを起こさないように、と」

「つええ奴いるかな？」

　賑やかなのはいい事だけど、探協が忠告するほど、か。こりゃ謹慎がなくてもある程度落ち着くまで外に出るのはやめた方がいいかもしれない。

　…………ルークが物騒な事を言っているんだが、彼が大暴れしたら外部のハンターも大急ぎで逃げ出すかもしれないな。

「《足跡》にも何件もパーティ単位でのクラン加入希望者が来てましたからね。推薦がなかったので弾きましたが」

「あぁ…………基本的には弾いちゃっていいよ。なんたって謹慎中だからね」

「後は、有名な《千変万化》の顔を見てみたいという人も何人かきていたみたいです」

「………………謹慎中だからなあ……僕に会いたいならせめて、クランメンバー達を倒してからにしてもらいたいね」

「……そんな道場破りじゃあるまいし」

　いや、そういう人って大抵ハンターなわけで、道場破りみたいなものでしょ……言うまでもないが、会うことはできない。

　僕はほら、謹慎中だからさ。

　今考えるべきは謹慎中に何をするかだよ。僕はルシアの方を見て確認した。

「…………ちなみに、ルシアは何をするの？」

　久々に宝具が手元にあるんだし、ルシアが暇なら付き合ってもらって、最近使っていなかった宝具で遊ぶのも悪くないかもしれない。

　そんな目論見で出した言葉に、ルシアは目を瞬かせると、一瞬思案げな顔をして言った。

「実は、先生から調べて欲しい事があると、一つ依頼を受けていて………………そちらに手をつけようかと」

　先生。

　ゼブルディア魔術学院の教授の一人にして、ルシアが所属している研究室の教授、《不滅》のセージ・クラスタの事だ。

　黒き世界樹の件でけっこう怒らせてしまったような気もするが、どうやらルシアとセージさんの関係には影響しなかったらしい。

　まぁ、誰も彼もに怒られている僕と違ってルシアは優秀だからな……。

　しかし、ルシア、忙しいのか……どうやら宝具チャージはクリュスあたりに頼むしかないようだな。

　うんうん頷く僕に、ルシアが続ける。

「…………どうやら、最近、魔術学院の生徒が何人も消えていた事が発覚したみたいで…………状況や人数から考えてもただの誘拐などではないみたいなんですけど」

「それは……物騒な話だねぇ」

　ゼブルディア帝国における魔術系学術機関の最高峰、ゼブルディア魔術学院の生徒というのは生粋のエリートだ。周辺諸国から才ある魔術師の卵が集まっており、貴族の子弟も少なくなかったはず……それが何人も消えているとなると、大きな騒ぎになっていないのが不思議なくらいである。

　…………まあ、大きな騒ぎになっているけど僕が知らない可能性もあるかな。

　ルシアの言葉に、リィズが目を丸くして意外そうな表情をする。

「へー、ルシアちゃんに頼むって、相当な事態ね。あいつってなんだかんだ、公私混同しないタイプだし……大抵の事じゃルシアちゃんに話を持っていかないでしょー？」

「もしも大変そうなら私達も手伝うけど？　成果物のチェックは後回しでも問題ないし……」

「ルシア、剣士がでてきそうになったら遠慮なく俺に言えよ！　剣士じゃなくてもいいぞ！」

「うむうむ……」

　《嘆きの亡霊》のメンバーが行動を共にするのはハントの時がメインだ。個々人に持ち込まれた依頼については個人個人でうまい事こなしている。

　だが、なにか困った時に気軽に助け合えるというのは、昔馴染みで組んだパーティの強みといえよう。

　言うまでもなく僕は助けてもらうばかりなんですが。

「ありがとう。でもまだしっかり調べてないから…………」

「そうそう。なにかあったら言いなよ。まぁ、僕は謹慎中だけど！」

「…………なんで楽しそうなんですか、リーダー」

　呆れたような、微妙な表情で言うルシア。言いなよとは言ったが手伝うよとは言っていないのが肝である。僕にできることはルシア一人でもできるのであった。

　でも、話を聞くことくらいはできるからね。

　しかし、皆本当に働き者だなあ。

　そこで、リィズが気を取り直したように満面の笑みを浮かべて聞いてくる。

「それで…………コードはどうだった？　楽しかった？　レベルアップは辞退しちゃったみたいだけど――」

「それは……最後に余計な事やっちゃったからね。一緒に試験受けた他のレベル８の二人には本当に申し訳ない事をしたよ。許してくれたけど」

　まさか、深く突き刺したら都市が落ちるなんて驚きである。大地の鍵の時は深く突き刺したらなんかうまい事丸く収まったのに、似たようなシチュエーションだからって短絡的すぎる行動だった。

　カイザーやサヤは何も言っていなかったけど……まったく、二人は人格的にも良くできた人物だったらしい。

　シトリーが両手をあわせてにっこりと笑う。

「是非、詳しいお話を聞きたいです。頂いたお土産についても！」

「おー！　クライ、それで、やばい剣士(ソードマン)はいたか？　いたんだろ？　今からでもなんとかならないか？　ユグドラの修行の成果を試してえんだが……」

「だーかーらー、シトも言ってたけど、いるわけないでしょ！？　高度物理文明の都市なんだから。ねー、クライちゃん？」

　……いたんだなあ。ちなみに、皆の偽者と僕の本物まで揃っていた。エリーゼなる新メンバーまで増えていたし、おひいさま達の話もある。話題には困らない。

　レベル９試験をどう攻略したかについては、ほぼ観光している間に終わってしまったので余り詳しく聞かれると困るのだが――。

　

　僕は腕を組むと、ハードボイルドな笑みを浮かべ、とりあえず皆が興味を持ちそうな一緒に試験を受けたレベル８ハンターについて話す事にした。