441 謹慎処分
高機動要塞都市コードでの一月にも及ぶレベル9試験をなんとか終え、帝都ゼブルディアに帰還する。
僕は開放感でいっぱいだった。結果的には僕はほとんど何もしなかったとはいえ、レベル9試験という本来ならば命がけの試験をくぐり抜けたのだ。レベル9は辞退してしまった(まぁ多分辞退しなくてもなれなかっただろうけど)が、もともとなるつもりはなかったし、一度試験を受けて駄目だったので二度目の試験を受けさせられるのは当分先だろう。
おまけに、何故かおひいさまがスマホまで作ってくれた。
リィズ達も戻ってきたし、足取りも自然と軽くなってしまうのも無理はないだろう。
「ああああああああああああん、私もコード行きたかったのにいいいいいいいいいいいいいッ!」
「くッ……世界樹じゃなかったのかッ! 最強の剣士がいるのは世界樹じゃなかったのかッ!!」
「…………世界樹に、剣士なんているわけない」
相変わらず騒がしいリィズとルークに、ぼそりとエリザがつっこみをいれる。
まだ軽くしか話は聞いていないのだが、どうやらルーク達もユグドラで大暴れしていたらしかった。エリザのいつも以上に疲れ切ったような表情を見ればなんとなく察しがつく。逃げ足の早いエリザでも疲れ果ててしまうくらい、リィズ達は元気なのだ。
悔しげなルークに、コードの――高度物理文明のお土産を受け取り比較的上機嫌なシトリーがなだめるように言う。
「まぁまぁ、ルークさん。コードに剣士なんているわけないでしょう。高度物理文明の都市なんですから……どちらかというと遠距離武器かと」
「うむうむ」
コードにいたんだよなあ。僕は犯罪者達についてはノータッチだったので結局あの凄腕の女剣士――ケンビがどうなったのか詳細は知らないが、カイザー達が軽く片付けたのだろう。さすがはレベル8ハンター、頼りになる。
うんうん頷いていると、それまで黙っていたルシアがため息をついて言った。
「……しかし、自分のパーティそっちのけでレベル9試験を受けに行くのはどうかと思いますよ、リーダー」
レベル8ハンターに負けず劣らず頼りになるルシアのジト目。
確かに、僕はこれまで一人でレベルアップ試験を受けた事はなかった。僕はその辺の新米ハンターにも負けるかもしれないくらいの力しかないので、当然である。今回だってカイザーやサヤがいなければ絶対にコードに行ったりしなかった。
だが、そもそも、僕がルシア達を置いて帰ったのは、あのままユグドラにいたら彼らのユグドラでの大冒険に巻き込まれる事が目に見えたからだ。さすがの僕も冒険に引きずられていく事がわかっているのにその場に留まったりはしない。
結果的にはおかしな事に巻き込まれてしまったが、僕は少しお休みしたかっただけなのである。
「いやー……ちょっとお休みしようと思ってさ……」
「お休み……」
「お、お休みで、コードを落としたんですか…………ますたぁ。さ、さすが、ますたぁ……そこしれない…………」
皆の後ろからついてきていたティノの表情が一瞬で強張る。
底しれない……ちなみにシステム評価は四点でした。皆の評価と比較したいよ。
まぁ、ともあれ、みんな元気そうでよかった。
半端な笑みを浮かべていると、そこでリィズがティノの頭をぼんぼん叩いて自慢げに言った。
「そうだ、クライちゃん。聞いて聞いて! 私達ねえ……世界樹を、てっぺんまで登ったの!! ティーも登りきったんだよ? 凄くない!? 日頃訓練つけてたかいがあったなーって!」
「へー…………やるね…………」
「そんな……………………お、お休みで、浮遊都市を落とした、ますたぁと比べれば、私なんて塵芥……」
ティノが完全に涙目で言う。そんな事はないと思うよ……世界樹って何メートルあるのかもわからないくらい巨大だったし、どうやったらあんな木を登れるのかわからない。本当にあの場に残らなくてよかった。
そして、コードが落ちた理由については有耶無耶になったはずなのに、なんで僕のせいだと言い切るのだろうか? それもさっぱりわからなかった。
普通に考えたら、あんなでかい島を落とす手段なんてないだろうに。
「…………しばらくはのんびりしようかなー……いや、コードでもけっこう何もやってなかったんだけどね。ははは…………ほ、ほら、皆の話も聞きたいしさ…………」
皆の何か言いたげな視線に思わず頬を掻く。許しておくれ、僕には何もしないのが精一杯なのだ。
…………いや、良く考えてみたら、余計な事をやってコードを落としてたわ。でも、それはなかった事になったから。
おひいさまにも口止めはしたし、きっと大丈夫だ。
うんうん頷き自分を納得させていると、その時、押し殺すような声が聞こえた。
「ッ…………クライッ! よく、帰ってきたな。帰って早々、悪いんだが、話がある。支部長室に来てもらおうか」
「ガ……ガーク…………さん?」
そこに立っていたのは、探索者協会帝都支部長。僕がレベル9試験を受けるきっかけを作ったガーク・ヴェルターその人だった。
だが、いつものガークさんではなかった。まず、顔色が悪い。目の下に隈も張り付いているし、明らかにその表情に濃い疲労が滲んでいる。
こんな姿、見た事がなかった。彼は引退済みだが、それでも元レベル7ハンターなのだ。マナ・マテリアルだって相応に保持しているだろうし、その戦闘能力は全盛期ほどではなくとも、十分一流の域のはずだ。
何も戦争に行ったわけでもあるまいに、元レベル7ハンターであるガークさんがそこまで憔悴するなど、そうそうあることではない。
リィズ達まで何も言えなくなってるじゃないか。
ガークさんが頭を押さえながら歩き始める。僕はただならぬガークさんの姿に覚悟を決めてその後ろについて行った。
§ § §
「はぁ? クライちゃんが謹慎処分っ!? どういう事!?」
支部長室に、リィズの素っ頓狂な声が響き渡る。
予想外の話に目を瞬かせる事しかできない僕に、ガークさんは腕を組み、難しい表情で言った。
「……これは、本部の決定だ。簡単に言うと、クライ――お前は、やりすぎた」
トレジャーハンターが探索者協会から謹慎処分を受ける。そんな話、聞いた事がなかった。
そもそもハンターとは基本的に自由業なのだ。探協は依頼の仲立ちや諸々の手伝いをしているだけで、ハンターの雇い主というわけではない。
悪事を働けば謹慎処分ではなく除名処分になるし、それよりちょっとマシなペナルティとなると、シトリーが受けたようなレベルダウンという形になるか、誰も受けない依頼――罰ゲームを押し付けられたりといった形になるはずである。
それが、謹慎処分とは、どういう事だろうか?
「あぁ。もう完全にキャパシティオーバーなんだ。本来の探索者協会の仕事はただのハンターのサポートなんだぞ? だが、最近は色々な事が起こりすぎて完全に手が足りなくなってる。コードの一件でそれがどうにもならない域に達した。これはもう――前代未聞だ!」
「お、おお……?」
確かに最近の帝都は物騒だった。呪物周りの騒動でも探索者協会は協力していたし、忙しかったといえば、忙しかっただろう。
だが、呪物騒動も半分くらい僕のせいではないし、ユグドラ関係だって僕は大したことをやったわけではない。
それなのに僕が謹慎とは……一体?
「まだ呪物関連の事件の影響も収まっていないのに、ユグドラ関連の事業と墜落したコードの後始末で探索者協会もゼブルディアももうリソースがない。呪物関連の解決もユグドラ関連のあれこれもコード攻略も、言ってしまえば全てがこちらから要求した事だが――これ以上何か持ってこられたら困るって事だ。普通、探協はこんな事は言わねえ。トレジャーハンターってのは自由だからな。だが、これは探索者協会の本部とゼブルディア帝国、両方からの要請だ! わかるな!?」
わからない。なんで全ての責任が僕のせいみたいになっているのか、さっぱりわからない。
僕はとりあえずハードボイルドにため息をつくと、ガークさんを見てはっきりと言った。
「望むところだよ!」
「!?」
謹慎処分だって? 最高じゃないか。
ガークさんどころかリィズ達まで目を見開いているが、僕はこう見えても働けと言われても働きたくない男だ。もちろん、働きたくないと言ってもそれは危険な仕事はしたくないという意味なのだが、何をやっても危険な目に遭うので、もはや引きこもるしかないだろう。
普段ならば引きこもっていると誰かしらが仕事を持ってくるのだが、謹慎処分という事は、公認でダラダラできるという事である。もしかしたら《始まりの足跡》のクランマスターとしての仕事はしなくてはいけないかもしれないが、まぁそれはエヴァもいるしどうにかなるはずだ。
最近は外に出てばかりだったから、たまには事務仕事もいいよね(事務仕事もエヴァが処理するからほとんど来ないけど)。
誰かが僕に仕事を頼みに来ても、今の僕には動かない明確な理由がある。
お世話になっている探索者協会から謹慎なんて言いつけられては、僕としても従わざるを得ない。いやー、仕事したいんだけどなー。
「ところで謹慎処分ってどこまで大人しくしてないといけないの? クランハウスから出て帝都を歩き回るくらいはいいよね?」
さすがに帝都から出る事は許されないだろうから、バカンスは無理だろうな。
さて、謹慎処分中に何をやろうかな。まず最近磨いていなかった宝具を磨いて――そうだ、もらったばかりのスマホも使い倒さないと! 甘味巡りもご無沙汰である。僕にはおひいさまに再会した時のために最高の甘味を見極めるという義務があるのだ。
今後の事を考えてにやにやしていると、それまで黙っていたガークさんが震えるような声で言った。
「ッ…………ぎり、ぎりを、見極めようと、するなッ! クライ、てめえは、部屋から出るな! 少しでいい、多少状況が落ち着くまででいい! わかったな?」
「えー………………まぁ、そこまで言うならそうしようか。部屋から出ない、だね。オーケー!」
僕はお家も大好きだからね。
外出禁止となると買い物も行けないが、それは誰かに頼めばいいのである。本当は自分で買いに行きたいんだけど謹慎処分だからなー。
「…………」
ガークさんが疑いの眼差しで僕を見ている。いや、大丈夫だよ。僕は自慢じゃないが部屋から出ない事にかけては誰よりも上である。もちろん襲撃されたら話は別だが、クランマスター室ならばその心配もない。
しかし、ガークさんから声をかけられた時には何を言われるのかと思ったが、まさか仕事するなとはね。
ガークさんもたまにはいい事言うじゃないか。
完全に謹慎処分に乗り気の僕。そこで、それまで黙っていたシトリーが声をあげた。
「ちょっと待ってください、ガークさん!」
「…………なんだ?」
「クライさんがそれで良いと言うなら、前代未聞の謹慎処分については何もいいませんが――何か忘れていませんか?」
「…………」
???
目を丸くしていると、沈黙するガークさんの前でシトリーがにっこり笑い、右手を持ち上げお金の仕草を作る。
その仕草に、疲労困憊のガークさんの表情が更に曇った。
「レベル8ハンターをさしたる理由もなく謹慎処分にするんです。事情はわかりますが、しっかり補償をして頂かなくては困ります」
「チッ…………わかってる。《嘆きの亡霊》の過去一月の収益から計算して一定額を渡す。それでいいな?」
有無を言わさぬガークさんの強い視線。
え? 働かなくてもお金貰えちゃうの? 僕ずっと謹慎処分されたいんだが?
その言葉に、リィズが目を細めて言った。
「へー、ガークちゃん、うちの戦果、知らずに言ってるでしょ? 過去一月って、私達、ユグドラの大樹海を探索した上に、世界樹を登ってきたんだけど? おまけにクライちゃんはコードを攻略したんでしょ? 破産するよ?」
「お姉ちゃん、余計な事言わないの! 破産なんてしません。マイナスになる程絞りとるなんて無駄なので、ちゃんと妥協できるぎりぎりを見極めますから! …………足りなければ分割でもいいし」
「うーむ…………」
「ッ…………こ、こいつらッ――」
スマート姉妹の言葉に、顔を真っ赤にして拳を握りしめるガークさん。シトリーは隙さえあればお金を引っ張ってこようとするのである。
比較的常識人のルシアも難しい顔をしたまま止める気配もないし、ルークなど壁にかけられている剣を眺めている。珍しく同席しているエリザはなんだか眠そうだ。皆自由すぎであった。
一番欲しいお休みを貰えるんだし、別にお金なんてそんなに沢山入らなくても僕は万々歳なんだが。
そこで、僕はため息をつくと、空気を少しでも良くすべく、ガークさんに話しかけてみた。
「ところで、今日はカイナさんいないんだね。珍しい」
「ッ…………カイナは、まだ本部にいる。仕事が死ぬほど溜まっているからなッ!」
本当に仕事大変そうだなあ。なんか悪いね、僕だけお休みもらっちゃって。今度エヴァに頼んで差し入れでもしようかな。
ガークさんはその場で立ち上がると、ぎろりとこちらを睨みつけて言った。
「謹慎の補填は、国とも相談した上で決める。いいか、クライ。お前は、絶対に、外に出るな! 何もするんじゃない。わかったな?」
本日から第10部を更新していきます。
まったり更新になりますが、お付き合いください!
アニメも放送開始しておりますので、そちらもよろしくお願いします!
/槻影
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