434 アリシャの場合
ノーラさん達がやってきたのは、ようやく崩御の悲しみから落ち着きチョコバーを感慨深そうにゆっくり食むおひいさまを観察していた、そんな時だった。
僕たちは色々なエリアに行ったが、他のエリアから人が来るのは初めてだ。しかも、やってきたのはノーラさんだけではない。
後ろにはザカリーさんやトニーさんや、見た事がない人も連れている。
先導して案内してくれたオリビアさんは既に真っ青だった。
ノーラさんが、チョコバーを口に入れたまま目を丸くするおひいさまをちらりと見て言う。
「アリシャ、クライ。想定外の事態が発生した。このままではまずい事になる」
突然の事に戸惑う僕に、ノーラさんが事情を説明してくれる。
正統な王位継承権を持つ男が近衛に紛れ込んでいて。アンガス王子の権力を奪い取った事。ノーラさん達全員に宣戦布告している事。
その目的はなんと、コードと探索者協会への復讐であり、探索者協会本部に襲撃をかけようとしている事。
そもそも先程までの状況すらしっかり把握していなかった僕にとって寝耳に水の話である。
つまりそれは……王族が増えたって事は、厄介な保護対象が増えたって事かな?
ぴんと来ない僕とは違い、おひいさまがチョコバーを食べ終えた包み紙をくしゃりと握りつぶして言う。
「この、コードを私欲のために乗っ取ろうなんて……許せないッ。クライ、止めないとッ!」
「あ、はい……」
どうやら止めないといけないそうです。
まぁ、コードを止めるのは僕のそもそもの目的だからいいんだけど、おひいさまにはもっと僕より頼りになる仲間を手に入れてもらいたい。
ノーラさんの後ろについてきていた金髪の青年が前に出て、緊張したようにおひいさまに言う。
「は、初めまして、アリシャ。僕はモリス・コードだ。僕も君につくよ」
「ありがとうございます、モリスお兄様。観光中に私を見ていた方ですね?」
笑みを浮かべるおひいさまに、モリスさんが少し恥ずかしそうに言う。
「う、うん。そうだ。そして、このままではダメだと思う。でも、僕の最大戦力はケンビに破壊されてしまったけど、あの女は気づいていなかった。多分、剣にしか興味を持っていなかったから――あれが斬った物は、皮だけなんだ。外も重要だけど、重要なのは中身だ」
モリスさんが手を翳すと、床が開き、台が登ってくる。
台に安置されていたのは、小さな金のペンダントだった。不思議な輝きを持つ丸い金属片がついている。
「これが、コアなんだ。鎧に接続してコントロールするためのものだけど、万能のユニットでもある。アリシャ、君にあげるよ」
「!! ありがとうございます、モリスお兄様」
首にかけられた万能ユニットとやらに、喜色満面のおひいさまを見て、モリスさんがほっと息を吐く。
モリスさんって言うと、あの女剣士が言っていた名前だ。つまりあの女剣士が、クウビの言っていたケンビか。
ようやく関係が見えてきたぞ。もうなんとなく最終決戦みたいな雰囲気出てるんですが…………。
ノーラさんが大きく頷き、続ける。
「問題は……如何にしてジーンより先んじて王杖を手に入れるかだ。無論我々は皆、お前に味方をするが、それを加味しても奴は手強い。そもそも用意周到で慎重で、一際力を持っていたこの馬鹿の基盤を丸々引き継いだんだからな」
ノーラさんが、冷ややかな目で言い、後ろにいた男を顎で示す。大柄な壮年の男だ。
ノーラさんやトニーさんと同じ赤髪に紫の瞳。表情は憔悴していたがその身のこなしからはどことなく余裕が感じられる。
男は僕とアリシャを見ると、舌打ちをして言った。
「ッ…………顔をあわせるのは初だな。私はアンガス・コード。王の座に最も近かった男だ」
「初めまして、アンガスお兄様。アリシャです」
短く挨拶し、観察するような眼差しを向けるおひいさまに、アンガスさんが続ける。
「私の全てを引き継いだあの男は、兵力などの主要な情報を全て把握している私を殺す事なく解放した。それはつまり、解放しても問題ないと判断したという事だ。そして、それは正しい――くく……我が軍勢は圧倒的だからな」
この人が、カイザー達が保護しようとしていた人か。なるほど、手こずりそうな人だ。
しかし、何で偉そうなんだよ、この人。ノーラさんが頭を掻きながら言う。
「残念ながら、この馬鹿の言う通りだ。この男を拾う道中に確認したんだが、信じられない事に、私が把握していた倍以上の戦力を蓄えていた。単純な数だけで――私の軍の五倍はいる。トニーやザカリーの兵力をかき集めても到底足りん」
「そもそも俺の軍勢は下級民だからなあ。数だけが売りなのに数で負けてちゃどうしようもねえぜ」
「加えて、問題になるのは切り札だ。カイにサーヤ、そして、ケンビ。この三人には有象無象では立ち向かえない。恐らく奴はこの三人の戦力を王塔の正面に置くはず。王塔には入口が一つしかない、そこを押さえれば王位は取られないからな。この三人には《雷帝》とクウビをぶつけるしかない」
「カイやサーヤは向こうの陣営に残ったままなの?」
意外な言葉に、目を見開く。アンガスさんが悔しげに言った。
「……あぁ。その通りだ。奴め、支配権をいじっていたらしい。私は兵の管理をあの男に任せきっていたからな……クソッ」
何だ、それなら全て解決じゃん。
カイザーやサヤはレベル8、そう簡単に操られるなんてヘマはしない。ということは、二人共状況を見極め、新たに現れた王族を保護するために向こうの陣営に残ったのだろう。
という事は、実質的に向こうの切り札はケンビ一人。カイザーは大勢の相手をするのが得意と言っていたし、サヤも恐るべき継戦能力を誇っていたはず。
ケンビをクラヒ、クウビ、カイザー、サヤで取り囲んで即座にぼこぼこにすれば、後は兵力差なんて簡単にひっくり返せるだろう。
恐らくまだカイザーやサヤがジーンを保護していないのはケンビが邪魔だからだ。だが、仮にケンビがどれだけ強かったとしても四対一ならばどうしようもあるまい。
後は黒幕をひっ捕らえて全員まとめてコードを脱出して探索者協会につれていけば依頼は完了だ。
スマホは手に入らなかったけど、まぁ大団円と言って差し支えないだろう。
僕はハードボイルドな笑みを浮かべて言った。
「なるほど、ね。わかった。何の問題もないのが、ね」
「!?」
「確かに、兵力差だけならかなりの差なのかもしれないよ。だが、あいにくこの程度の修羅場――何度も潜ってる」
何しろ僕は割と敵に群がられているからね! 最近は数より質になってきているけど。
アンガスさんが眉を顰めて言う。
「クライ・アンドリヒ……お前…………何者だ?」
「僕には……僕のプランがある」
「……あんた、それ口癖になってねえか?」
格好をつける僕にザカリーさんがツッコむ。ほら、色々説明とか言い訳が面倒くさいからさ。
僕はただ笑みを浮かべて誤魔化すと、早速プランを説明し始めた。
§
僕の完璧なプランを聞いても、ノーラさん達の表情は全く優れなかった。
「……単純な作戦だな。何か奇策があるのかと思えば……これでは正面突破ではないか。我々は兵力差をひっくり返さねばならないのだぞ?」
「全く、軍略というものがわかっていない。完全に《雷帝》とクウビ頼みとは」
「そもそも肝心の部分が秘密って、どういう事だよ」
僕のプランはこうだ。
カイザー、サヤ、クウビが集まると予想される中心にクラヒとクウビをぶつける。そこを制圧したら、残りの大群を制圧してもらう。
そこから先は秘密という事にしておくが、そこまでやれば、ケンビの邪魔がなくなった事で動けるようになったカイザー達がすぐにジーンを捕らえてくれるだろう。
後は皆でさっさとコードから脱出すれば僕に与えられた依頼は終わりである。後は好きにやってくれ。
そこで、プランを聞いていたトニーがにやりと笑みを浮かべて笑う。
「なるほど、《雷帝》で奴らの兵を足止めし、その隙にクライとアリシャが王塔に侵入し、ジーンを止めるって事か。確かに、杖を手に入れてアリシャが王にさえなれば、数の差なんて関係ない…………だが、それは向こうも一番良くわかっているはずだぜ」
「王塔内部では破壊兵器の使用は制限されるけど、僕がアリシャにあげたユニットは問題なく動くはず。中に入ってしまえば追いつけると思うよ」
「だが、アリシャが塔に侵入したと知れば、ジーンは軍の一部を王塔に突入させて追わせるはずだ。王族の俺達ならば都市システムを使って牽制もできるが――何しろ数が数、確実に漏れる」
あれこれ議論を交わし始めるノーラさん達。
ちなみに僕は……おひいさまと僕で王塔に突入するなんて言った覚えはないのだが……なんだか話が変な方向に動いている気がする。
「一番の問題は王塔の中にアリシャ達を送り込めるか、だな。立地的に奴らが守りに入る前に塔に突入するのは無理だ。アリシャ達が塔に辿り着いた時、ジーンは既に王塔に入り、カイ達は入口を守っているだろう。王塔には入口は一つしかない。警備をこじ開け、しかもアリシャ達が侵入したらその後を追わせないように入口を守らなければならん」
なんか大変そうだな。できれば、作戦が始まる前にカイザー達には隙をついてジーンを捕らえてもらいたいんだが――そんな事を考えていると、トニーさんと目があった。
トニーさんがニヤリと笑みを浮かべ、皆に言う。
「あるぞ…………王塔には正面以外にも他の入口が。上だ」
その言葉に、ノーラさんが一瞬目を見開き、すぐに眉を顰める。
「……飛行型警備機装兵の出場口か。確かに、当日、警備はいないだろうが――王塔周辺のエリアは特別だ。乗物も機装兵も王塔の一定範囲に入れば止まってしまうのを知らないわけでもあるまい。あの手がかりのない塔を身体能力のみで上るなど論外だ」
「くっくっく……エリアに入っても止まらないクモがいるとしたら、どうする?」
「何だと…………?」
アンガスさんががたりと音を立てる。そう言えば……トニーさんから貰った小クモは王のエリアに入っても止まらず、ザザ達を驚かせていたな。
「助走のための台だって準備している。試走もした。それが俺の研究だ。なぁ、クライ?」
「…………うんうん、そうだね」
あの妙に斜めに立っていたビル、助走台だったのか! しかも試走って……意図した試走じゃないんだけど……だが、今更ツッコむ気にもなれない。
「トニーめ、油断ならない男だ。まさかこの私に隠れてそんな碌でもない物を研究していたとはな。まさか王座を狙っていたのではないだろうな?」
「余りに圧勝じゃつまんねえだろ、兄貴」
憮然としたアンガスさんに、トニーさんがからかうかのように言う。そこで、ノーラさんが、チョコバーを片手に黙って座っていたおひいさまを見て言った。
「別の入口があるならリスクは大きく減らせるな。後は……アリシャ、お前の意思だけだ。これは、今後のコードの未来を決める重大な任務だ。全てうまく行ったとしても、王塔内ではジーンとの戦いが発生するだろう。もしかしたら死ぬかもしれん。今ならまだ誰かと交代も――」
「ノーラお姉様…………私は、逃げるつもりはありません」
おひいさまが立ち上がり、毅然とした態度で皆を見る。その姿は可憐で、勇敢で、ある種の選ばれた人間のみが纏う輝きが見えた。
「倒す。あの、偉大なるコードを脅かす賊を倒し、王になる。そして、皆で世界を見て回る、それが私の使命です。そうでしょ、クライ!」
「…………うんうん、そうだね」
何で皆僕に同意を求めるんだ? もしかしたら僕には同意を求めたくなる何かがあるのだろうか?
どうやら皆やる気満々らしい。僕は仕方ないので自信満々の笑みを浮かべつつ、内心でカイザー達がさっさと仕事を片付けるよう、ただ祈りを捧げるのだった。
ストグリ速報、活動報告にて投稿されています。
新刊情報や店舗特典情報、キャラデザなどの公開をしておりますので、是非ご確認ください!
/槻影




