161 白剣の集い①
『白剣の集い』。
それは、ゼブルディアのハンターの間では最も有名な、そして最も格式の高い会合である。
皇帝が主催し、ゼブルディアに貢献したと認められたごく一部のハンターのみが出席を許される由緒ある会だ。
僕は未だ出席した事がないのでよく知らないのだが、皇帝の他にも帝国の重鎮達が大勢出席し、集いにハンターとして出席を許されるというのは帝国では成功を約束されたも同然らしい。
噂では、かつてアークの先祖が、死闘の末、帝都の場所に存在していた宝物殿を攻略した後、皇帝に呼ばれた事から端を発しているとか。白剣の集いの白剣はロダン家に伝わる宝具――聖剣が由来らしい。
『集い』への招待はわかりやすい栄光へのプロセスだったが、僕は今すぐにでも引退したい気分でいっぱいだった。
皇帝が出席するイベントというだけでも行きたくないのに、この帝都を根城にする高レベルハンター達が何人も出席するともなれば行く理由がない。
そいつら歴戦の勇士と比べたら僕なんてダンゴムシみたいなものである。
おまけに僕は礼儀作法もしらないので、大体こういうイベントに行くといつの間にか失礼な事をしてしまうのであった。
既に始まりの時は目と鼻の先だった。
バカンスの余韻を楽しむ余裕もなく、丸一日じっくり対策を考えたが、僕の空っぽの頭では全く対策が見つからなかった。
大体、三日後とか開催が早すぎる。ああ、一日経ったから後二日後か。
絶対に行きたくない。なんかお腹痛くなってきた。
「行きたくない……お腹痛くなってきた」
クランマスター室で鬱になり泣き言を言う僕に、エヴァが深々とため息をつき、力を込めて言う。
「駄目です」
単刀直入であった。わざわざバカンスまで入れて逃げ出したのに延期って……ずるくない? いや、ずるい。
どうやら、全ては《深淵火滅》が悪いらしい。《魔杖》とアカシャの塔の抗争で帝都が蜂の巣をつついたような騒ぎだったので、延期せざるを得なかったとか。
発足以来一度も延期したことがないというイベントを延期させるのだから、レベル8というのは本当に恐ろしいものだ。
文句は言いたいが、もちろん直に文句を言ったりはしない。一言出しただけでも焼き尽くされかねないからだ。ハンター業界では力なき者に発言権はないのであった。
さすがにもう一度バカンスに行くという手も取れない。一度あからさまに逃げ出しただけでも呆れられているだろうに、次また逃げようものなら逆にエヴァに逃げられてしまう。
でも、凄く行きたくない。僕は指を鳴らした。
「そうだ、アークに行ってもらおう」
「…………ご存知の通り、アークさんはアークさんで呼ばれているので」
そうなのである。アークはアークで呼ばれているのである。
彼はロダンの血族だし、集いの常連なのである。何年前から呼ばれてるって言ってたかな……。
「……着ていく服がないよ」
「トレジャーハンターのドレスコードは厳密に指定はされていないようですが……一応、用意してあります。オーダーメイドです」
僕の戯言に対して、エヴァはハンガーに掛けられた服を持ってきた。いかにも仕立ての良さそうなタキシードだ。
タキシード……タキシードで行くの? …………絶対に無理だ。
「……サイズ測られた記憶ないんだけど」
「シトリーさんが持ってました。何なら、ハンターによっては鎧兜の重装備で出席したりしている人もいるようですが……クライさんは普段から鎧など装備してませんし」
それはそれで目をつけられそうだな。
冷静に考えよう。まず、出席は嫌だ。絶対に嫌だ。何がなんでも嫌だ。
こちらをじっと見つめるエヴァに警告する。
「まぁ、僕は別に構わないけどさ……うちのパーティメンバー連れてったら絶対に問題を起こすよ」
「? 招待されているのはパーティの代表者として、クライさんだけですが……」
「頭おかしい」
嫌だ。一人でそんな死地に赴くとか絶対に嫌だ。
だって《深淵火滅》の婆さんとかいるんだろ? その時点でアウトである。アンセムに行ってもらおう。
戦々恐々しながら、なんとか回避策を考える僕に、エヴァが眼鏡を光らせ、追加の情報をくれた。
「随伴者が一人だけ認められています」
「よし、アークを連れて行こう」
「駄目です」
「アンセムを連れて行こう」
「それは……会場に入りません」
エヴァの口調は至極真面目なもので、僕は何故か責められている気分になった。
入れなくもないと思うけど、確かにこういう場にアンセムを連れて行くのは問題かもしれない。何しろ彼は威圧感があるでかい男だから、不必要に貴族や他の脳筋なハンター達を刺激してしまう可能性がある。
逃げ出すという方法が使えないのならば、思い切りへりくだろう。隅っこの方で目をつけられないように大人しくしていよう。やり過ごす事に掛けては僕の右に出る者はいないのだ。
なんなら、土下座も辞さない。となると、随伴者は土下座を辞さない僕を辞さない者に限られる(意味不明)。
その時点でだいぶ絞られるな…………やはりアークには欠席連絡をしてもらって、僕の随伴者としてついてきて貰う方向で行くしかない、か。
「アークさんはいつもパーティメンバーから一人選んで連れて行っているようですね。熾烈な争いが繰り広げられるとか」
「それは……殺意が湧くね」
強い上にイケメンでおまけにパーティメンバーの誰を連れて行っても問題が起きないなんて、なんて優等生なんだ。やはり持つ者は違うという事か。
と、そこで僕は頭を回転させすぎた反動で、大きく欠伸をした。目を細める。
なんか考えるのが面倒になってきたな……もう集いまで時間がないし、予定空いてる人を適当につれていけばいいような気がしてきた。
アピールしたいわけでもなし、野心があるわけでもなし、空気を読んで田舎者は田舎者らしく静かにすごしていれば集いなんてあっという間に終わるだろう。
そうだ、僕には『踊る光影』がある。それで顔を変えればいいのだ。貴族はけっこうな数集まるようだし、それに紛れてしまえばいい。タキシード姿なら格好からバレる心配もない。
今日の僕は……冴えてる。
ナイスなアイディアに、にやにやしていると、不意に扉が勢い良く開いた。
入ってきたのはリィズだった。長旅から帰ったばかりなのに相変わらず元気いっぱいのようで何よりだが、思わずその姿に目を見開く。エヴァも硬直している。
リィズはいつもと違って真っ赤なドレスを着ていた。太ももの所に深くスリットが入ったドレスだ。詰襟のぴったりと身体に張り付くようなドレスはすらっとした体型によくあっている。スリットからは日に焼けた肌が垣間見えて、なんとも言えない色気があった。
だが、唯一、いつもどおり脚部を覆った『天に至る起源』のせいで雰囲気が台無しであった。
その場で意気揚々と回転して、リィズが少し恥ずかしそうに言う。
「ねぇ、クライちゃん似合ってる?」
「似合ってるけど……どうしたの? その格好?」
「えへへ……『白剣の集い』、一人だけ連れていけるんでしょ? クライちゃんに迷惑かからない格好しなくちゃと思ってぇ、用意してたの」
……いや? いやいやいやいや、駄目だよ君は。格好は似合っているけど、一番駄目なパターンだよ。
しかもめちゃくちゃ派手だし、特に喧嘩売られてなくても売りに行くでしょ。皇帝相手にも喧嘩売りに行くでしょ。
しかし……なんというか、準備万端だね。遊びに行くんじゃないんだよ?
まるで誘われるのが当然のような態度に、僕は何も言えなかった。
うんうん、特に大事なイベントじゃなかったら喜んで連れて行くんだけどね……。
上機嫌のリィズに、エヴァも若干引き気味である。いくら服装自由と言っても、真っ赤なドレスはない。
大丈夫だよ、そんな顔しなくても……わかってるから。連れて行かないから。
と、そこでリィズが開きっぱなしにしたドアから、シトリーが入ってきた。
シトリーは黒いロングドレス姿だった。肩から胸元まで白い肌が大きく剥き出しになっていて、(温泉に行ったばかりだが)いつもローブ姿ばかり見ているので新鮮だ。いつも何もつけていない髪にはあまり派手ではない髪飾りまでつけていて、思わず見入ってしまう。
シトリーは先客の姿を見ると顔を顰めたが、その慎ましやかな体型を確認し口元だけ笑みを浮かべた。
僕の方に向き直り、満面の笑みでしなを作ってみせる。
「如何でしょう、クライさん。『白剣の集い』用に誂えたんです。この格好ならクライさんの迷惑にはならないと思います!」
「……はぁ? シト、あんたそれ、どういう意味?」
「もちろん、戦闘能力もバッチリです。ほら……腕は隠せませんが――」
頬を染めながら、大胆にスカートの裾をまくって見せる。血管が浮き出るような白い大腿部。そこには革のベルトが巻かれていて、何本も小型ポーションの瓶がセットされていた。
さり気なく喧嘩を売られたリィズが早速噛みつきにかかる。
「シトじゃ、急な戦闘に対応できないでしょ? 引っ込んでろよッ、私が一緒に行くんだからぁッ!」
「お姉ちゃん、礼儀作法知らないでしょ」
「はぁ? 礼儀作法なんていらないでしょッ!」
いや、いると思うよ……。
どっち連れてくってなったら……シトリーかな。ドレス姿も派手すぎないし、とても似合っている。確かに近接戦闘能力に不安は残るが、彼女だったら僕がミスをしてもフォローしてくれる事だろう。
「あ、あの……ますたぁ……よろしければ――――なんでもないです」
顔を覗かせたティノが、にらみ合うお姉さま二人を見て、部屋に入る前に慌てて逃げていく。もしかしてティノも僕が『白剣の集い』に行くという情報を聞きつけてやってきたのだろうか。
実は……行かないんだが。
「おう、クライッ! 強い奴と戦いに行くって本当かッ!? 俺も連れて行けッ!」
ルークが目を輝かせて駆け込んで来るが、趣旨がそもそも間違ってるし、なんでも斬りたがるルークを連れて行くパターンはリィズを連れて行くパターンと同じくらいありえない。
連れて行くとしたらシトリーかルシア……大穴でエリザだが、シトリーを連れて行くとリィズが機嫌を損ねるし、ルシアは反抗期だ。
そしてどうせエリザは行方不明である。エリザはすぐに行方不明になるのだ。最初に出会った時も砂漠で行き倒れていたのを覚えている。
なにせ、二つ名が……《放浪》のエリザだからな……。
「クライちゃん、私を選んでくれるよね? いい子にするから、ね?」
「くすくす、クライさん、お姉ちゃんにビシッと言ってあげてください。こういう場には不適切だってッ!」
リィズとシトリーが、二人共自信満々な様子で僕に詰め寄ってくる。エヴァが緊張したように僕を見ている。
僕は目を擦り、大きく欠伸をして言った。
どうせ会場にはアークがいるのだ。何かあったらアークがなんとかしてくれる。
「エヴァ、悪いけど……準備しといて。一緒に来てもらうから」
「…………はい?」
エヴァが目を丸くし、あっけにとられたように僕を見返した。




