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嘆きの亡霊は引退したい 〜最弱ハンターは英雄の夢を見る〜【Web版】  作者: 槻影
第四部

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151 バカンスの終わり⑥

 力なく横たわったアーノルドの口に、シトリーの薄水色のポーションが突っ込まれる。


 半分開かれた双眸がびくりと震え、真っ青だった顔が瞬く間に血の気を取り戻す。それは、側で険しい表情をしていたエイが呆然とするような急激な変化だった。


 解毒の魔法が効かない強い毒を受けたらしいが、毒と一口にいっても種類は多岐にわたる。最適な解毒薬を与えない限りそうはなるまい。

 先程まで明らかに死期が迫っていたアーノルドが、強張った表情で身体を起こす。


 レベル7は化物かな?


「!? な、なんだ…………か、身体がぁ……軽く…………」


「とっても高価な回復薬です。当然、代金は後ほど請求します。死ぬよりはマシでしょう」


 そういえば、シトリーはアーノルドがお気に入りだったな。

 とても嬉しそうなシトリーに、エイがなんともいえない表情で礼を言った。


「あ、ああ、助かった。くそっ、借りを作っちまったな。…………毒の種類はなんだったんだ?」


「…………一般流通していない、ハンターを殺す毒です。精製には優れた錬金術師の手が不可欠で――おそらく、アカシャから流れたのでしょう。名前は……ソフィアンです」


「……聞いたことがない名だ」


「私やティーちゃんは耐性もありますが――薬を持っていて正解でした」


 さすが、困った時に頼りになるシトリーだ。アーノルドには散々追いかけ回されたが、死ねばいいとまでは思っていない。


 とりあえず命に支障がなくなったので、話を聞いていく。そして、僕はすぐに少しだけゲロ吐きそうな気分になった。


 どうやら、何故かこの街は今盗賊団に襲われているらしい。

 それも、アーノルドの証言によると、先日名前を聞いたばかり、グラディス伯爵から指名依頼が来ていたバレル盗賊団だ。正規の騎士団を翻弄しているというとんでもない賊である。


 スルスの街はグラディス領にかなり近いが、グラディス領との間には山がある。どうしてこんな事になるのだろうか。


 悪夢のような状況にげんなりする僕に、シトリーが花開くような笑顔で言う。


「まさかあの慎重なバレル盗賊団が襲ってくるなんて……さすがの私も予想できませんでした。確かに、あの隠密性も納得です!」


 ……なんでシトリー、そんなに嬉しそうなの……。


 こういう時に限ってリィズはいない。

 いや、シトリーによれば、外からかなりの数が近づいてきているらしいので、そういった集団に飛び込むのが大好きなリィズが不在なのは逆にラッキーかもしれない(まぁ、諦めずに山にドラゴン探しに行っちゃっただけなのだが)。


 アーノルドが立ち上がり、深く熱い呼気を吐き出し、低い声で言う。さっきまで死にかけていたのに、凄い威圧感だ。


「クソ、一度は油断したが――二度と同じ轍は踏まん」


「落ち着いてください、アーノルドさん。貴方はクライさんに恩がある。今は従うべきでは? それとも、霧の国のハンターは受けた恩すら返さないんですか?」


「ッ………………くそっ!」


 シトリー……なんてことを言うのか。


 アーノルドが射殺すような目で僕を睨み、強く舌打ちすると、腕を組み、どっかりと座る。

 僕に打開策なんてない。力もない。ティノが頑張って戦ってる間に、僕は温泉に入ってたんだよ?


 僕は即座にぱちんと指を鳴らした。


「よし、決めた。アーノルドさん達に全部倒してもらおう。僕は温泉に入ってるから」


「はぁッ!?」


 半ば本気だった言葉に、アーノルドが目をひん剥く。エイ達、《霧の雷竜》の他のメンバーも唖然としている。

 その反応に防衛本能が働き、僕は即座に言動を翻した。


「じょ、冗談だよ。冗談…………あはは……でも、今回はバカンスだからなぁ……」


 完全に状況に流されるままであった。エイが情けない僕に、真剣な声で進言する。


「……敵の数もわからねえ状況だ。こっちはレベル8と7がいるが……見た限り、相手はかなり統率された集団だ。慎重に行動した方がいいってのが、こっちの見解だ。人質もいるらしい」


 なるほどね……とても逃げたい。白剣の集いをサボり、温泉に浸かってぐーたらしていたせいで天罰でも下ったのだろうか?

 僕とて、何とかできるならしたい。この街の温泉は盗賊団にくれてやるなんて勿体無い代物だ。


 と、そこで、僕は先程、仮面が言っていた言葉を思い出した。


「人数ならわかるよ。三百人くらいだ。空からも来る」


「……何だと!?」


「も、もちろん、多少の誤差はあるかもしれないけど……」

 

 仮面の言っていた事である。僕の能力ではないから、信憑性はわからないが、仮面は宝具だ。

 アイテムの機能というのは時に人間よりも正確なものである。


 人数を知った所で僕にはどうにもならないが、シトリー辺りが何かいい方法を思いつくかも知れない。

 ティノが緊張したように僕を見ている。ちらりと視線を向けると、シトリーが目を瞬かせて言った。


「三百人くらい、ですか……依頼書によると、バレル盗賊団は百人前後という話でしたが……」


「…………まぁ、誤差はあるかもだから……」


「二百人は多少の誤差に入るのか」


「うんうん、そうだね…………」


 アーノルドがギロリとした目で僕を睨むが、僕に言われても困る。仮面に言ってくれ。

 視線が僕に集中している。何故僕を見るのか。萎縮を表に出さないようにしつつ、必死に考える。


 仮にもレベル7を昏倒させる実力に、シトリーが逃げ帰ってくる程の規模。そして、おそらく取られているであろう人質と、好意的材料が見つからない。状況は絶望的だ。


 ……うんうん、割といつもどおりだね。


 と、しばらく目を瞑っていたが、僕はある事に気づいた。


「シトリー、バレル盗賊団は百人前後だって言ってたよね?」


「はい、そうですね……ただ、グラディスからの情報ですし、相手が人数を隠蔽していた可能性はあります。彼らの用心深さはなかなかのものです」


「なるほど……」


 腕を組み、もっともらしく頷く。


 これは……もしかしたら、もしかするのでは?


 思わず笑みを浮かべる僕に、アーノルドが眉を引きつらせる。


 仮面の言っていた人数は三百人だ。冷静に考えて、前情報にあるバレル盗賊団の人数との差が余りにも激しすぎる。もしも前情報が間違っているとするのならば、それを調べたであろうグラディス騎士団は間抜けだ。ありえない。


 そもそも、いくら大規模な盗賊団とはいえ、空を飛べるような乗り物を持っているというのは考えにくい。人が騎乗できる空飛ぶ幻獣は超高級品なのだ。プラチナホースよりも更に高価である。


 前情報との人数差と、空から降りてくるという本来考えにくい襲撃者。

 たどり着く結論は一つだった。


 しっかり浴衣で肌を隠したティノが、畏れ敬うような視線を僕に向け、呟く。


「人間の……敵――これが、今回の《千の試練》、ですね……ますたぁ」


「いや、違うよ。今回はバカンスだからね。試練はなしだって言っただろ?」


「!?」


 口元に手を当て、ハードボイルドな笑みを浮かべる。呆然とするアーノルド達と、薄い笑みを浮かべるシトリーに順番に視線を回し、説明してあげる。


「大丈夫、僕たちはとりあえずは、何もする必要はない。もしも襲撃者がこの宿を襲ってきたら撃退するくらいかな」


「…………どういう事だ?」


 簡単だ。増援がくるからだ。


 今日の僕は――冴えている。いや、冴えていなくてもちょっと考えれば分かる話だ。

 おそらく、アーノルド達はこのようなピンチに慣れていないのだろう。だから、思い当たらないのだ。

 僕の認定レベルは実力が伴わないものだが、巻き込まれた修羅場の数だけは負けていない。僕はにやりと笑いかけた。


「わからない?」


「ッ……こいつ……」


 アーノルドが拳を強く握りしめ、唇を震わす。


 バレル盗賊団は百人だという。仮面の告げた数字は三百人だ。では、その二つの数字が正しいとすれば、その人数差は何なのか?


 そう。僕の考えが正しければ、残りの二百人は――増援である。

 それも、おそらくはグラディスの騎士団だ。


 歴戦と名高いグラディスの騎士団だったら、飛べる幻獣を所有していてもおかしくはないし、もともとバレル盗賊団はグラディス領を暴れまわっていたのだ。逃げるバレル盗賊団を追ってきてもおかしくはない。


 きっと、仮面はその両者を混同していたのだろう。

 ここはグラディス領の外だが、境界線ぎりぎりの場所だし、盗賊団の人数が三百人いると考えるよりは余程現実的だろう。


 となれば、僕達ができる事はグラディスが街を解放するのを待つことだけだ。


 人質が取られている状態では迂闊には動けないし、百人もの盗賊団相手に僕たちができることがあるとも思えない。倍の人数がいるグラディスの騎士団に任せてしまうのが最善だ。そもそも、皆、僕を頼り過ぎじゃない? 今まで役に立ったことあった?


 幸い、この旅館を守り切る事くらいはできるはずだ。こちらには一人で十人を相手に善戦したというティノがいるし、シトリーもアーノルドもいる。


「まぁ、落ち着いて。僕の計算が正しければ増援がくる。人質もまあ、何とかしてくれるだろう。焦っても仕方ない。今僕たちがすべき事は、いざという時のために英気を養うことだよ」


 この勝負、勝った。



§ § §




 何が……起こっているの?


 大きな建物の一つの影に身を潜め、ルーダは息を呑んだ。後ろでは、ギルベルトを除いた《焔の旋風(クリムゾン・フレイム)》の面々が不安と緊張の入り混じった表情で周囲を窺っている


 状況が理解できなかった。理解出来ないくらいに、その動きは迅速であった。


 街で唯一の出入り口(街を取り囲む壁は一応、飛び越えられる程度の高さではあるが)は、正体不明の集団により完全に封鎖されていた。


 既に、ルーダ達を除き、街の中に人はいなかった。観光客の姿が見られなかったとはいえ、昨日までは街に住んでいる人を見かける事はあった。

 観光客に扮した者たちに捕らえられ、一箇所に集められているのだ。尋常な手際ではない。


 ルーダ達が捕まっていないのは、ただ幸運に過ぎない。


 さすがのギルベルトも、こんな状態で騒ぐつもりはないのか、目を見開き愕然と呟いている。


「すげえ……数だ。どうなっている?」


「見て! 空飛ぶ幻獣までいるわよッ!?」


 外から馬に乗ってやってきた増援を含めると、百人はゆうに超えるだろう。それらが一糸乱れぬ迅速な動きで散開し、外壁付近を抑え街を包囲する様子はどこか軍隊めいた者を感じさせる。


 最初に街中を歩いていたのは観光客のような姿をした者達だったが、後からやってきた者は皆、完全武装だった。顔立ちから装備まで、全てに荒事に従事している者特有の気配があった。


 中でも一際目につくのは、一番最後に入ってきた巨躯の男だ。


 間違いなくこの集団の頭目である。研がれた刃のように鋭い双眸に、頬に傷の入った容貌。全身鍛え上げられた肉体は体格のいいアーノルドよりも更に大きく、顔立ちから見て年齢は四十に近そうだが、感じる威圧感は尋常ではない。ルーダではとても持ち上げられないような巨大な戦斧を背負い、悠々とした振舞からは強いカリスマを感じさせる。


 トレジャーハンターだったとしても一角の人物だろう。だが、その男がそんな綺麗なものではないことは明らかだった。


 あれは――無理だ。間違いなく、格上だ。ルーダ達以上にマナ・マテリアルを吸収している、圧倒的な気配がある。


 運び込まれた巨大な樽に座った男が、不意に背負った戦斧を地面に叩きつける。


 通常の武器ではない輝きを持った刃が地面に突き刺さり、轟音を立てる。

 場にはひりつくような緊迫感が漂っていた。捕らえられた人質だけではない。仲間までも皆、その男を畏れている。


 男が、眼の前に転がされた男を見て、低い声で言う。


「んん? これの、どこが、《千変万化》だ? 明らかに覇気がねえ。答えてみろ。俺は、《千変万化》を捕らえるべく、てめえらを送ったんだ。負けて帰ってくるならまだしも、違え奴を捕らえるとはどういう事だ?」


「す、すいません、オヤジ。しかし、こいつしか旅館には――」


 眼の前に転がされ、被っていた袋を剥ぎ取られ出てきた顔は、ルーダにも見覚えのある顔だった。

 クライ・アンドリヒと共に行動していたはずの男だ。確か…………ハイイロと、言ったか。


 まるで魂が抜けたような表情をしたハイイロに、オヤジと呼ばれた男がぎりぎりと歯を噛み合わせる。


 その口から出てきた声は、しかし、存外に落ち着いていた。


「もう一度、探し直せ。人を使え、こっちは三百人いるんだ。長居をしている時間はない。街を包囲して出てこないんだ、《千変万化》が評判程強くないことは明らかだ。奴を殺せば傘下も増える。忘れるな、俺たちは盗賊……一対一で戦うな。人を使え、奪え、蹂躙しろ。俺たちは――戦士じゃない、卑怯者だ。さぁ――」


 男が片手で戦斧を持ち上げ、空を仰ぎ叫ぶ。


「――バレルに、栄光あれ」


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


 爆発するような歓声が空間を揺らす。散開する影を見て、ルーダは慌てて頭を引っ込める。


 まずい。今すぐ、クライに知らせなくては。



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youtubeチャンネル、はじめました。ゲームをやったり小説の話をしたりコメント返信したりしています。
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― 新着の感想 ―
さ、300人いる?と言うことは、どこかの騎士団はおバカと言うことに…
「これのどこが千変万化だ、覇気がねえ。」 うんうん、そうだね、本物はもっと覇気無いけど...
シトリーおまぇ ワルイコダ
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