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嘆きの亡霊は引退したい 〜最弱ハンターは英雄の夢を見る〜【Web版】  作者: 槻影
第四部

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125 とあるバカンス⑥

 市長や町の者たちに見送られ、グラを出る。


 馬車には前回の戦いで重傷を負ったメンバーが乗り込み、御者役を除いたアーノルド達残り三人が周りを守りながら外を歩く。 

 新たに用意された馬車は特注で、これまでアーノルド達が使用していたものよりも一回り大きく、大柄なアーノルドでも余裕を持って乗れるだけのスペースがあった。馬も大きく鍛えられており、拠点の変更と同時にとりあえず購入した、これまで使っていた馬車よりも一段階グレードが上がっている。

 

 生意気そうな少年ハンター――ギルベルトが感心したように言う。


「しかし、レベル7ともなると、さすが立派な馬車を使うんだな」


 ハンターはあまり立派な馬車を使わない。値段を上げれば上げるほど乗り心地は良くなるがとかく破損の機会が多く、高額な馬車を買い替えるのは費用面で負担が大きいためだ。ポーションや武器などで大金が飛んでいくハンターにとって馬車の値段は頭が痛い部分でもあった。

 アーノルド達の馬車の後ろには一回り小さく質素な馬車が続いていた。エイが連れてきたギルベルト達の馬車だ。


 緊張したように馬車を守る若いハンター達の姿を振り返り、アーノルドは眉を顰めた。


 事情は聞いた。エイがギルベルト達を連れてきた理由はアーノルドにも察しがついていた。保険のつもりだ。

 パーティの事を考えての行動だ、文句を言うつもりはない。だが、保険をかけねばならないという事実がアーノルドを苛立たせる。


 丸二日の休日を挟み、負傷していたメンバーもある程度回復し、疲労もそれなりに回復したが、アーノルドの気は全く晴れなかった。目をつぶれば別れ際に放たれた《絶影》の嘲笑が浮かんでくる。


「ところでおっさん、竜を倒した事があるって本当か? 竜ってどのくらいやばいんだ?」


「ちょ、ギルベルト! ご、ごめんなさい、悪気はないんです……」


 それと比べればギルベルトの言葉など可愛いものだ。恐れ知らずで元気のいい若手など何度も見てきている。


 慌てて横から入った仲間に羽交い締めにされるのを見て、アーノルドは鼻を鳴らした。

 馬鹿にされているのならばともかく、言葉が多少乱暴だったくらいで威嚇するほど、アーノルドは暇ではない。


 そこにすかさず、表情に笑みをはりつけたエイが割って入った。


「ああ。ただの竜でもかなりの強敵だが――俺たちが戦ったのはただの竜じゃなかった。ネブラヌベスの雷竜は千人規模の軍団を退けた大物だ。今回戦ったオークの群れもかなりの数だったし、群れのリーダーは強敵だったが、あの雷竜と比べれば大したことはねえな」


「そうか……竜はやっぱり違うんだな。竜殺し……俺も、いつか絶対になってみせる。この剣に誓ってッ!」


 自信満々に腰から剣を抜き宣言するギルベルトに、さすがのエイも表情に呆れを浮かべる。


「剣だけで竜は倒せねえよ。空を飛ばない地竜ならまだ可能性はあるが……まず引きずり降ろさないと、戦いにもならねえ」


「そうなのか……いや、だけど、剣が届かないなら、届く位置までジャンプすればいいんだろ?」


「そりゃ、跳べば届くかもしれねえが……空中でどうやってブレスを回避するつもりだよ……」


 雷竜の討伐。それは、《霧の雷竜》の自信の源でもあり、誇りでもある。


 竜の咆哮。迸る閃光に、怒号。身体を震わせる熱い滾りに、ついに竜が伏した時の光景まで、今でもごく最近のことのように思い出せる。


 どれほどの強敵が現れようと、国を滅ぼす竜を落としたアーノルドが退くことはない。

 あまりに身の程を知らない言葉に呆れたのか、エイが話を変える。


「そういえば、俺たちはこの国に来てから浅いから詳しくは知らないんだが――《嘆きの亡霊(ストレンジ・グリーフ)》ってどんなパーティなんだ? 何か知っていたら教えてくれないか……?」


 情報を調べさせたが、有用なものはほとんどでてこなかった。特に力を入れて調べた《千変万化》の情報は皆無に近い。

 レベル8の時点で強敵なのは間違いないが、帝都を拠点としているハンターならば知っているかもしれない。


 エイの言葉に、ギルベルトが胸を張り、何故か少しだけ自慢げに言う。その仲間たちが少しだけ呆れたように肩を竦めている。


「そうか。俺は強者の情報は一通り調べたぞ。いつか越える目標だからな。…………まぁ、詳しい情報はでてこなかったし、会ったことがあるのも《千変万化》と《絶影》だけだけど――」


 嬉しそうに語り始めるギルベルトだったが、その話の内容には特に目新しいものはなかった。

 来たばかりでこの帝都に慣れていないエイが調べた情報とあまり変わらない。


 剣士に守護騎士。魔導師に錬金術師に盗賊が二人。そして――戦闘技法も何もかもが不明の《千変万化》。

 錬金術師の存在だけ珍しいが、特に目新しい構成ではない。隙がない構成だとも言い換えられる。


 全ての情報がアーノルド達の不利を示していた。


 あまり評判がいいパーティではないようだが、実績は確かだ。

 今はほとんどのメンバーが不在のようだが、いずれ交戦することになるだろう。


「――俺は剣士だから、目標にしているのは《千剣》のルークだ。ゼブルディアでも有名な天才剣士――ゼブルディア中の剣術道場を巡ってあらゆる流派を修め、それでも気に入ったものがなくて最終的には自分で技を作ったらしい」


「……我流剣術、か」


 アーノルドも剣士である。だが、技術的な面だけでいうのならば剣の腕は『そこそこ』ということになるだろう。

 あらゆる技能が求められるハンターにとって、剣術とはあくまで強さを構成する一要素でしかない。

 そもそも、剣術の試合は基本的に対剣士を想定しているが、ハンターの相手は魔物や幻影だ。深く修める事でいざという時に対応を誤る可能性すらでてくる。


 天才剣士。普通ならば一笑に付す単語だが、ハンターとして二つ名まで持っているとなれば話は別だ。剣の腕はもちろんだが、総合的な強さも相当なものだろう。

 強敵の情報に自然と笑みが浮かぶ。報復とかそういう話の前に、強敵を知れば刃を交えたくなるのがハンターという職だった。


 道なりに進むこと数時間、木がまばらに生えた平原のど真ん中で、アーノルドは馬車を止めた。

 後ろをついてきていたギルベルトの馬車も同じように止まる。


 アーノルドが馬車を止めた理由は地面に残る轍だ。

 踏み固められた道を外れる形で、新たな轍が続いている。


「? あの……どうかしましたか?」


「道を…………外れているぞ。エイ」


「…………間違いないですね。そこまで時間は経ってねえ……一日かそこらか?」


 真剣な表情で顔をあげ、エイが轍の続く方向を見る。

 町を目指すのならば道なりに進めばいいはずだ。アーノルドもそのつもりだったし、普通の感性ならば安全な街道を行く。


 だからこそ、道を外れた轍は目立った。柔らかい草を踏み潰した車輪の跡は些細だが、アーノルド達の眼はそれでごまかせるほど甘くはない。


 轍は多数の魔物が生息するというガレスト山脈の方向に続いていた。


「十中八九、彼らでしょう。魔物が出ると聞いた、ただの旅人がそこを越える選択をするとは思えない」


 山越えが選択に入るのは相当実力に自信がある者だけだ。魔物もいれば、山賊が出ることもある。業突く張りの商人でも、その道を選んだりはしない。

 偶然にしては出来過ぎている。《千変万化》が町を出ていったタイミングを考えると、この轍の跡が彼らの物であることは明らかだった。


「山を越えるつもりか? よほど急いでいるのか……? いや――」 


 目的地がグラディス領だとすると、山越えをしても大したショートカットにはならない。魔物と戦う時間を考慮すれば、よほど戦闘能力に自信がなければ入らない選択肢だ。


 そしてまた、《千変万化》があえてこの轍を残したのも――自明の理である。

 仮にわざとではなく、アーノルド達がこの程度の跡も見落とすと思われていたのならばそれはそれで馬鹿にされているということだ。


 別れ際の《絶影》の挑発を考えると、結論は一つだった。

 アーノルドは歯をぎりぎりと食いしばり、轍の先を睨みつけた。


「来てみろと、この程度かと、誘っているのか……《千変万化》ッ!」


「……どうしますか?」


「…………おい、ギルベルト。一つ聞く、あの男は――魔物の群れを恐れるか?」


 絞り出すようなアーノルドの声に、ギルベルトは一瞬思案げな表情で首を傾げたが、すぐに大きな声で言った。


「恐れない。レベル8の男が、幻影を前に武器を抜きすらしなかったあの男が、恐れるわけがないだろうッ! おっさんは恐れるのか?」


「!?」


 ルーダが止めに入るが、もう遅い。もとより、ギルベルトに問いかけるまでもなく、アーノルドの選択は決まっていた。


「…………行くぞ。山越えだ」




§




 ガレスト山脈に出来た古い道は、新調した馬車のサイズを考えるとギリギリだった。

 左右に鬱蒼と茂る木々により視界は狭く、時折どこからともなく魔物の鳴き声が聞こえる。


 だが何よりアーノルド達を閉口させたのは――打ち捨てられた魔物の死骸だった。

 種類を問わず撒き散らかされた死骸は明らかに最近生み出されたものであり、獣や魔物に食われた物もあることを考えると、あまりにも数が多すぎた。


 ギルベルトやルーダ達、若手のハンターはともかく、これまで酷い戦場を幾つも見てきたエイまでもその光景に顔を顰めている。


「これ、全部《千変万化》達がやったのか……」


「……確かに山は魔物が多いものだが、いくらなんでも多すぎる。何かあったのか……?」


 魔物の死骸は売れる。これだけ数があれば一財産になるはずだが、一切持ち帰られた気配がないのは、手間を惜しんだせいか。

 違和感を後押ししているのは、アーノルド達の馬車に襲いかかってくる魔物がほとんどいないことだった。


 これだけ血肉が撒き散らかされていれば餌を求めた魔物が集まってきてもおかしくはないはずだが、まるで全員どこかに逃げてしまったかのように姿が見えない。


 山には知性の低い魔物も多いはずだ……全員が《千変万化》から逃げ出したのか? 実力を感じ取ったのか?


 状況が理解できない。嫌な予感がした。

 魔物は多いが、大物の姿は多くない。アーノルド達の実力でもやろうと思えばこの光景を作り出す事はできるだろう。


 だが、それには前提条件として大量の魔物に襲われなくてはならない。


 オークの群れに襲われた時の事が、フラッシュバックするように脳裏に浮かぶ。

 今回襲われたのは《千変万化》の方なので状況は真逆だが、気味の悪さは同等だった。


「何をやった……《千変万化》。いや、そもそも……何のためにこの道を選んだ?」


 本当に俺たちを挑発していただけなのか?


「アーノルドさん……戻りますか?」


 同じことを考えていたのか、エイが小さな声で尋ねてくる。


 アーノルドは死骸の続く道を見上げ、無言で首を横に振った。



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