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嘆きの亡霊は引退したい 〜最弱ハンターは英雄の夢を見る〜【Web版】  作者: 槻影
第四部

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115 わくわくバカンス④

 さすが名産品だけあって、グラの町並みには明らかに洋菓子店風や喫茶店風の建物が多かった。中にはチョコレート専門店なる心躍る看板を掛けている物もある。


 僕は甘い物が好きだ。生クリームも好きだしあんこも好きだ。そしてチョコレートも大好物である。いつも栄養食であるチョコレートバーのストックがあるくらいには好きだ。三度の飯よりチョコレートが好きだ。


 時間があったらじっくり回るところだが、残念ながら今回、そこまで長居する時間はない。


 旗が立っているだけあって町の様子はどこかざわついていたが、いつもの事なのであまり気にならなかった。これがハンターになった当初だったら気になってチョコレートどころではなかったはずだが、能力がない人間でも無駄に経験をつめば慣れるという好例であった。


 一方で、いつもよりも地味な格好のティノは、どこか萎縮している様子だった。


 彼女は僕と同じくらい(といっても、僕は隠れ甘党だが)甘い物が好きだ。いつもならば甘い物を食べに行く時はこっちも楽しくなるくらいに嬉しそうな表情を見せてくれるのだが、もしかしたら旗が立っている町を歩いた経験があまりないのかもしれない。


「大丈夫だよ、ティノ。ティノは帝都をあまり離れた事がないから珍しいかもしれないけど、旅していれば旗なんてしょっちゅう見るし。ははは……僕なんてもう何回見たか忘れちゃったよ」


「……え!? そ、そうなのですか……」


 そして大体の場合、ルーク達が突っ込むのでひどい目に遭うのである。といっても、僕はいつも後ろにいたし結界指があるのでほぼほぼ無傷だったのだが、傷だらけになる幼馴染達を見るのはきついものがあった。

 ティノは危ない所につっこむような性格ではないので、僕も安心だ。


 それでも初めてだとどうしても気になってしまうのだろう。ざわつく人々に不安げにきょろきょろ視線を投げるティノはいつも冷静な姿を知っている身からすると少しだけおかしい。


 これでもハンター歴は僕の方が上なのだ。ここはビシッといいところを見せてあげるべきだろう。


「それでも気になるなら……そうだな。こういう時は、目を閉じ耳を塞ぐんだ。ゆっくりと深呼吸をして楽しいことを考えればいい」


「…………」


 そして、他人から何か声をかけられた場合は腕を組み考えている振りをしてうんうん頷くのである。これが現実逃避のコツだ。

 人一人にできることなんて限られている。他にも優秀なハンターがいっぱいいるんだから、自分の責任範囲外の事はそういう人たちに任せておけばいい。


 黙り込んでしまったティノに、少しばかり調子に乗って続ける。


 そうだ。ずっと思っていた。ティノは考え過ぎ――真面目過ぎなのだ。確かに彼女は才気溢れる優秀なハンターだが、現時点でもっと優秀なハンターはいくらでもいる。背負い込みすぎて潰れてしまったら元も子もない。


「ティノも頑張ってるけど、まだ若いんだし、あまり背負い込むのも良くないと思うよ。最悪リィズとシトリーもいるし、もっと気を楽にするといいよ。昨日から酷い顔色だ、心配だよ」


「!! は、はい……ありがとう、ございます……」


 隈は消えているが、それでも疲労は隠しきれていない。

 僕の指摘に、ティノが少し恥ずかしそうに瞳を伏せた。



§



 少しだけ元気が戻ったティノと一緒に町を散策する。

 大本命の店は大きな通りの一画にあった。いかにも洒落た店構えをした喫茶店だ。人通りは多いようだが、旗が上がっているせいかお客さんの姿はない。好都合である。


 今回の目的はパフェだけではない。ティノのメンタルケアも兼ねている。

 もともと、リィズのティノへの風当たりは長年気になっていたのだ。リィズの性格からしてそこまで酷い目には遭わせていないとは思うが――甘い物を食べながらならば少しは話しやすくなるだろう。


 ……やれやれ、甘い物は苦手なんだけど、後輩のためならば仕方がないな。


 案内されたのは、通りを一望できる日当たりのいい席だった。

 店構えと同じく、内装もとても洒落ている。明らかにハンターが来るような店ではない。


 帝都のあらゆる洋菓子店や喫茶店を網羅してきた僕の目からしても、これならば相当な期待が持てる。

 ティノの表情もすっかりいつもの物に戻っていて、目を輝かせてそわそわと店内を見回している。喜んでもらえると連れてきたかいがあったというものだ。


 微笑ましい光景にほのぼのしていると、ティノがおずおずと上目遣いで言った。


「ますたぁ……その……シトリーお姉さまからますたぁに、お金を預かって来ました。好きに使っていい、と」


「…………」


 何かな? シトリーは僕の保護者かなにかかな? ……格好くらいつけさせて欲しかったな。


 少しばかりシトリーのおせっかいに気勢が削がれたが、まだ初チョコレートパフェへの期待は大きい。

 テンションを表に出さないように注意しつつ、お目当てのパフェを注文する。店内の甘い香りに、帝都を出てきてよかったという思いでいっぱいになる。


 発端は会合から逃げるというネガティブな理由だったが、ついてきてくれたリィズやシトリーも含め、皆でバカンスを楽しめたらいい。……帰ってから発生するであろう面倒事は帰ってから考えよう。


「ますたぁ……ありがとうございます。その、私、ますたぁに心配をかけてしまって……」


「構わないよ。迷惑だなんて思ってないし、そもそも僕もいつもティノには迷惑をかけてばかりだからね」


「そんな……事、ないです」


 誰かを頼ることに掛けて僕の右に出るものはいないが、たまには誰かに頼られるのもいい気分だ。

 特に、ティノがハンターになったのは半ば僕達の影響である。どうして頼られる事を厭おうか……むしろもう少し頼ってもらってもいいくらいだ。それに応えられるかは別にして、だが。


 少しだけ笑顔を見せ始めたティノと一緒にパフェを待つ。会話のほとんどはやはりというかハンター関係のことだ。

 デートでするにはあまり相応しい内容ではないが、指摘するつもりはない。ティノは真面目なのだ。真面目に、一流のハンターを目指している。


 そして、僕も経験だけは積んでいるので、知識はともかくとして、それを話すことはできる。


「え!? ますたぁ、今まで戦闘で負傷したことがないんですか?」


「ルーク達が強かったからね」


 ティノが目を見開き、驚いたように言う。


 アンセムがバリア張るし、結界指はあるし、そもそもこっちに飛んでくる攻撃はほとんどなかった。

 もとより、マナ・マテリアルの吸収率が段違いに低い僕は戦場ではあまり目立たないのである。おまけに戦場でやることもないとなれば、負傷する理由がない。隅っこで座って観戦していたこともある。そんな経験のあるハンターはトレジャーハンター業界ひろしと言えど、僕くらいだろう。


「さすがです、ますたぁ…………私には真似することができません」


 何故か話していると、ティノの尊敬の眼差しが高まってくる。僕はそんな尊敬されるような身分じゃないんだよ。

 僕はその見当違いの尊敬に少しだけ申し訳ない気分になりながらも、さらっとリィズのフォローを入れた。


「……傷を負わないなんて自慢できることでも何でもない。むしろ、負傷しても平然と動けるように精神を鍛えるべきなんだ。だからさ、リィズの修行は大変かもしれないけど、絶対にティノのためになっていると思うよ。厳しいかもしれないけど、リィズも別にティノをいじめたくて色々やっているわけじゃないから――」


「? はい。お姉さまには、良くしていただいています。私は、ますたぁとお姉さまに出会うことができて本当に幸運です」


「……シトリーも、悪い奴じゃないんだよ。少しだけ感性が変わっているだけで――ほら、錬金術師ってそういう所があるし、別にティノをいじめたくてやってるわけじゃないから――」


「……? はい、シトリーお姉さまは……少しだけ、少しだけますたぁの目の前で身体を触れてくるのは恥ずかしいですが、いじめられているというほどでは――いつも、触られているわけではないので」


 ……あれ? もしかして、問題ない?

 考えていたよりもティノの反応が軽い。お姉さまとシトリーお姉さまのプレッシャーに憔悴していたのかと思ったのだが、その口調からは無理をしている様子はなかった。そもそも、ティノは嘘を言うような性格ではない。


 内心首をかしげながらも念の為もう一度確認する。


「…………嫌な思いとかしてない? 何かあったら言ってくれれば対処するよ?」


「はい、大丈夫です。むしろ……ますたぁの要求が一番心が折れそうに――いえ、ますたぁが、その、私の事を考えてくださっているのはわかっていて、ですが……」


 ティノが下を見て、もごもごと言い訳する。僕がなんかやった? 誘雷薬飲まされて雷に撃たれる訓練より辛いこと、やった?

 確かに無能采配は何回かしたが、悪気があってやったことは一度もない。


 いや、まて。だが、ならばずっと調子が悪かったのは何が原因なのだろうか?

 過去はともかく、今回、僕はティノに何も要求していない。思い返してもいつも以上に人畜無害だ。

 

 その時、不意にティノの表情が変わった。勢いよく席を立ちかけ、僕が見ているのを見て、慌てて座り直した。


「す、すいません、ますたぁ。今――外で声が――その――聞こうとしているわけではないのですが、声が大きかったですし、お姉さまの訓練で自然に聞き耳を立ててしまって――」


「どうかしたの?」


 外で声って、どれだけ耳がいいんだよ。窓際を背にしている僕が何も気づかなかったのに、一体ハンターというのはどうなっているのか。

 何もわかっていない僕に、ティノが顔を耳まで染め、早口で捲し立てる。


「私、ますたぁの言うこと、信じきれていませんでした。でも、だって今までの事がありますし、ますたぁにとって簡単でも私にとっては命がけですし、それにますたぁはずっと一緒にいたはずで――ご、ごめんなさい。私、自分の事がとても………………恥ずかしいです」


 膝でぎゅっと拳を握りしめ、ティノが身を縮める。


 一人で恥ずかしがっている所、申し訳ないのだが、こちらは事情が何もわかっていない。

 わかったのはティノが僕の言葉を一切信用していなかったという事と、顔を真っ赤にするティノの様子がいつもとのギャップもあって年相応でとても可愛らしいという事だけだ。


 興奮しているティノに、豪華なパフェの載ったお盆を持った店員さんが運んでくるタイミングを見失っている。


「決めました。私、もう二度とますたぁの言葉を疑いません!」


 ティノが覚悟を決めたように頭を上げ、宣言する。

 しかし、そこまでの信頼を受けるような事をした記憶はないし、そもそも僕はボンクラなので信用されすぎるのも困るし、そしてその上――その言葉を聞くのは数度目であった。


 何回も裏切ってごめん。僕がすべて悪いね。


「その言葉何回か聞いた記憶があるなぁ」


「こ、今度こそ、本当です。ますたぁ。ますたぁがカラスは白いと言ったら白です! ますたぁの意思が私の意思です!」


 テンションの落差、激しすぎじゃないだろうか。まぁ、嬉しそうで何よりだ。

 全ての疑問を封じ込め、いつも通り、知った風に「うんうん、そうだね」と答えようとしたその時、ティノが指先をいじりながら言った。


「それで、ますたぁ。僭越ながら……私が聞いても理解できないとは思うのですが、その……後学のために、お聞きしても、よろしいでしょうか。今、外のハンターが喋っていたのですが…………どうやってオーク達を砦から追い出したのですか?」


「……うんうん、そうだね」


 ……何の話だろうか?

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