5:非常識な客人
一応『最新話』のリンクで来た方ように、更新の履歴を載せておきます。
1:九月一日 1日午前0時
2:文化祭特別企画『七不思議イベント』 1日午前8時
3:七つ目の不思議 1日午後3時
4:魔女の手口 1日午後9時
⇒5:非常識な客人 2日午前0時
結局、新学期初日は話し合いで昼過ぎまで学校に残ることになった。とは言え、むしろ話し合いが一日かからなかったのは僥倖だったと見るべきだろう。もしもミシオの存在が無ければ、一日かけて魔女の計画を自分たちの技術レベルに直さねばならないところだったのだ。それをしなくて済んだうえ、文化祭の企画が思った以上に高レベルのものになるのだから、智宏としてはミシオ様々である。
全員で昼食をとり、その後は各々が自由に解散。智宏はミシオに学園内を案内するべくその場に残り、生徒会の会合があるという火観子を除いた残りのメンバーは皆用事があるからと言って帰っていった。
(……まさか変に気を使われたんじゃなかろうな?)
新校舎内を案内し終わり、体育館やその下の温水プールを見せ、さらにその先の旧校舎へとたどり着いたあたりでふとそんなことを思いつく。帰ってしまったメンバーの中には気を使うという行為自体を嫌悪していそうな魔女がいるため考えにくいが、しかし周囲から見た場合、ミシオと智宏のペアがそういう目で見られる可能性が高いのも事実だ。一緒に住んでいることこそ明かさなかったが、親戚であるとは言ってしまったため、見知らぬ土地に来たばかりのミシオにとって、智宏が一番親しい人間であることはすでに周知の事実である。
(だからってすぐさま色恋沙汰にまで発展させるのはどうかと思うが……)
『そもそも色恋沙汰の基準って何だ?』と内心でぼやきながら、智宏は見取り図を片手に旧校舎のあちこちを見回すミシオに視線を向ける。普通に学園生活を送る上では案内する必要のなかった旧校舎だったが、先ほどミシオが自身の実力のほどを示してしまい、見事に現場監督の座を手に入れてしまったため実際の現場を見る必要性が出てきてしまったのだ。
(……まさかこっちでもミシオのあの技能が役に立つ局面が来るとは……)
流石にミシオ本人が嫌がるようなら顰蹙を買ってでも止めようと思っていた智宏だが、現場監督の任を任されたミシオは、恐縮してはいたものの嫌がる様子はまるで見せなかった。
というより、今旧校舎内を見回すミシオの目はどことなく生き生きとしているように見える。
まるで水を得た魚のように。
むしろ水を得たミシオのように。
(……まあ、気付いてはいたけどな。ミシオの罠やら家やらが、生きるためってのを通り越して趣味の域に達してたのは……)
本人に聞いた訳ではないが、実際に作ったものを見たからわかる。あの森にあったミシオの作品は皆かなり凝っていて、必要に駆られて作ったというような受け身な姿勢よりも、勢いに任せて作ったというようなある種の熱意が感じられたのだ。この世界に来た当初も、自分の住む場所を自分でつくろうなどと考えていたようだし、ミシオにとってこういった作業は生きるための技術というレベルを超えたものとなっているらしい。
そんなことを考えながらしばらくミシオの動きを観察したり窓の外を歩く複数名の生徒を眺めたりしていると、ようやくというべきか、ミシオが一通りの下見を終えて帰って来た。
その手にある見取り図には、智宏には読めない異世界の文字でびっしりと何かが書き込まれている。
「……とりあえず見終わったか?」
「うん。一応一通りは。今のところ問題になる所はなさそう。多少なら壊してもいいんだよね?」
「……まあ、取り壊す予定だからな」
驚くべきことにこの企画では、校舎の多少の破壊が公に認められている。どうせ取り壊すならと雰囲気を出すために火観子が安全な作業を条件にとり付けた許可らしい。確かにあちこち壊れていたほうが雰囲気は出るかもしれないが、それでも学校という場所でこういった許可が出るというのは智宏としては驚きである。
「まあ、一応壊す前に了解は取れよ? それと安全第一な。怪我人でも出したらいろいろと問題になる」
「うん。それは大丈夫。やり方もいろいろ考えてるから」
「……ちなみに、どういう壊し方をするつもりだ?」
「ん、天井をブチ抜く」
「……妖装は使うなよ」
突っ込むのを我慢してどうにか突きつけた最低条件にミシオがうなずくのを見ながら、智宏はこの先の未来に暗雲を見出す。何をするか分からないという意味では、目の前の少女も魔女と同じかもしれない。
と、そんな漠然とした不安を智宏が内心でかき消していると、ポケットの中に入れていた携帯電話が突然震えだした。取り出して見ると、一通のメールの着信が表示されている。
「ん? レンド達からだな……」
「なんて?」
「えっと……。ああ、例の実験をやりたいから、夕方の五時ごろに来てくれって」
言いながら、智宏はミシオに自分の携帯電話の画面を見せる。そこに書いてある文面にはおよそ科学技術を知らない、魔術の世界から来た異世界人が打ったとは思えないほど見事な日本語メールが存在していた。驚くべきことに顔文字まできっちり使いこなしている。この世界の住人である智宏でさえ、日常生活ではほとんど使わないというのにだ。
「さて、どうする? 五時に向こうとなるとかなり時間があくけど?」
「ん……、ここで見なきゃいけない所も一通り見たから……、後は少し落ち着いて見直したいかな」
そう言ってミシオは手元の図面に視線を落とす。どうやらかなり張り切っているらしい。
「それじゃあ、早めに岩戸荘まで行ってるか? 途中で寄り道してもいいし、あそこなら多少は落ち着けるだろう」
本当は学園内で見直しても良かったが、厄介なことに『七番目の不思議』に潜む魔女は智宏達に情報の漏えいをかなり厳しく注意している。正直漏れたからと言って真似できるものでもないのだが、それでも学園内で企画をまとめて、魔女に喧嘩を売るようなまねはしたくない。
目の前でミシオが首を縦に振るのを確認すると、さっそくとばかりに智宏は校舎の外へ向かって歩き出す。
時刻は午後の二時半。ミシオの記念すべき登校初日は、こうして遅めの終わりを告げたのだった。
『岩戸荘』というアパートがある。
元々は大家の大野翔が、その名とは正反対の引きこもり生活を送るため、その基盤となる収入源として経営し始めたアパートで、本来ならば大野はこのアパートによって、大家としての仕事こそあれ、世間の煩わしさをことごとく排除した、理想的な引きこもり生活を送るはずだった。
だが、その計画は二年ほど前のある日、唐突に頓挫することになる。
とあるイベントの帰りに大家が通った近道に、魔方陣という名の落とし穴が設置されていたからだ。
五つの異世界をつなぐ転移魔方陣。同じ言葉を使い、レキハと呼ばれる土地同士をつなぐこの魔方陣には、出口となった場所に魔方陣がそのまま残り、魔力を勝手に再チャージして次に上に乗った人間を異世界へと送り飛ばしてしまうという厄介な性質がある。
製作者も出現時期も不明なこの魔方陣に運悪く引っかかってしまった大野はそれによって異世界へと渡り、そこで刻印という奇妙な力と、各種身体能力の向上という変化を得た。
刻印の方はまだ良かった。大野が得た刻印【帰巣本能】は、どんな場所からでも自宅に帰りつけるという効力をもった刻印で、大野のライフスタイルから考えればプラスにこそなれ、マイナスにはならないものだからだ。実際大野はこの刻印の効力によって無事に自分の世界へと自力帰還を果たしている。それができただけでも大野はこの刻印の効力に感謝するべきだろう。
だが問題だったのは身体能力の向上の方だ。厳密にはその中でも魔力を感じる感覚、アース人のほとんどがが元々持ちながらも弱すぎてほとんど使っておらず、強化されたことで初めて感じられるようになったこの感覚こそが、大野にとって大きな問題となった。
帰ってから感じる五感のどれとも違う奇妙な気配。それに興味というものをもってしまったことで、大野は出会うことになってしまったのだ。
せっかく異世界に行っても関わらずに済んだ、異世界人という名の煩わしさに。
そして出会ってしまったことで押し掛けてきた、岩戸荘の新たな住人たちに。
「だ、か、ら、どうして貴様らはそうも非常識極まりないのだぁぁぁぁっ!!」
智宏達が岩戸荘にたどり着いたとき、アパートの近所に響いていたのは聞き覚えのある男のそんな切実な声だった。まだ夕方というには早い時間だがそれでもそれなりに人がいる時間である。当然、近くにいる人々が声に反応して何事かと振り返るが、しかしその声が岩戸荘から響いているとみるとすぐに興味を失って歩き出していってしまった。どうやらこの騒ぎはここいら一体では珍しくもないらしい。
「……これって大家さんの声だよな?」
「うん。聞き覚えがあるしそうだと思う」
ミシオと顔を見合わせその認識を一致させると、智宏は二人揃って塀の陰に隠れ、顔だけ出して声の主を探し始めた。
すると案の定一人の男が、庭先に立つ二人の逞しい体つきをした少年を怒鳴りつけていた。
全体的に青白く、尖った印象のある細見の男。無駄に鋭い目を持つその男は、しかしまったく迫力のない剣幕で、長く伸び切った髪を掻き毟りながら少年二人に対して声を荒げていた。
ただしドアの陰に隠れて、である。つくづく威厳に欠けるというか、相手が智宏達と同年代か一つ二つ上程度の年齢であることも相まって、うだつの上がらない印象が拭えない。
(まあ、怒鳴る相手があれじゃ無理もないか……)
そう思いながら智宏は、視線を声の主である大野から外し、怒鳴られている二人の男へと向け直す。大野が怒鳴りながらも怖気づいている理由がよくわかる。少年二人はそれぞれ細見の方が長大な槍を、大柄でたくましい体つきをした方が巨大な戦斧をその手に携えているのだ。
『トモヒロ、あの二人ってエデンの人だよね?』
『ん? ああ、そうみたいだな』
声ではなくテレパシーでミシオにそう話しかけられ、智宏は二人の様子からそれを正解だろうと判断する。
体格こそ違う二人の少年だが、共通する特徴として髪が白く、頬や腕に鱗のような模様があるのが見て取れる。髪の色だけならこの世界の人間という可能性も残るが、肌の鱗模様はエデン人の最もわかりやすい種族的特徴だ。加えてあんな武器を携えているとすれば、それは森に出て、時に巨大な獲物と戦うエデンの戦士と見て間違いない。あの世界では十五歳で成人と認められるため、年のころこそ智宏達と近くても、彼らは立派に村のために命をかける戦士なのだ。
と、そんなことを考えている間に、視線の先では二人の男が視線を合わせ、細見の男のほうが一歩前に踏み出した。
途端に大野が腰を抜かし、背後へと倒れる鈍い音がする。はたから見ていても、まったくもって情けない有様だった。
「あー……、オオノ殿、でしたでしょうか? 我々はただ鍛錬を行おうとしていただけなのですが……」
「だだだ、だからっ、だからって本物の槍や斧を振り回す奴があるか!! いい、いくら私有地の中だからって、そんな物騒なものを振り回したら、近所からっ、苦情が来るわ!!」
細見の方の以外にも高めの声に盛大に怖じ気づきながらも、しかし至極まともなことを大野はその口から注意する。なるほど、彼らはどうやら、自分の世界にいたときと同じように斧や槍を振り回し、そこを大野に見とがめられて今に至っているらしい。
常識的には確かに大野が正しいのだ。だがしかし、現在それを分かっていない二人は、まるで何を言っているのだと思っているかのように、大野に自分たちの世界の常識を諭しにかかる。
「しかしですな、我らは常に戦う力を持ち続けなければならないレキハの戦士。我らにとって鍛錬の日課は必須といってもいい。一日でも鍛錬をないがしろにすれば、それを取り戻すのに何日かかるか……」
「それに、俺達、昨日までいたオズでは普通に鍛錬させてもらえた。同じ異世界なのに、なぜこっちでは駄目か?」
「国がバックについてて、施設をいくらでも用意できるオズと一緒にするなぁっ!! こっちは民間人の私有地なんだよ!! 異世界なんて知らない人間しかいないんだよ!! 世界によってその辺の事情が違うことを、いい加減わきまえてくれぇぇぇぇっ!!」
無自覚に威圧感をまき散らしながら詰めよる二人の異世界人に対し、大野は至極もっともな意見を悲鳴のように叫ぶ。
どうやら二人は昨日までオズで生活していたらしい。確かに国が異世界との交流に向けて積極的に進出しているあの世界なら、鍛錬の場所くらいいくらでも用意してもらえたかもしれない。どうやらその認識が、二人からは今も抜けていないらしいのだ。
とはいえ、このままでは大野の旗色が悪いのも確かだ。言っていることは至極まともな大野だが、いかんせんその言い方が悪すぎる。あれではどんなに正しいことを言っていても、それを判断できない異世界人にとっては説得力が皆無といってもいい。
助けに入るべきかもしれない。
そう智宏が判断し、動きだそうとしたそのとき、背後に突然誰かが現れ、二人が振り向くよりも早く声を上げた。
「うるせぇぞおめぇら!! 誇り高きエデンの戦士が、異世界来て早々に問題起こしてんじゃねぇ!!」
その場の全員が驚き、声の主に視線を向ける。智宏達もそれは例外ではなく、むしろ声を上げる前に気配でその人物を感知していたため見るのはだれよりも早かった。
背後にいたのは、鋭い雰囲気を醸し出す他の二人に比べれば小柄な男。年のころはやはりというべきか智宏達より少し上くらいで、髪の毛が白いことや話しぶりからはエデン人のようだった。だが、顔などにはエデン人特有の鱗模様は見られず、服装も他の二人がどことなく古臭いデザインのものであるのに対し、この男は日本の若者が着るようなおしゃれな格好をしており、その髪の色と相まってどこかのロック歌手のようないでたちだった。
と、その背後から今度は、どことなく落ち着いたいでたちの、同じくエデン人と思われる白髪の女性が現れる。
「アースへようこそ、ソウカクさん、ウンサイさん。こちらにはこちらの決まり事がございます。戦士としての心構えは見事と思いますが、どうかこちらではこちらのやり方に従ってくださいませ」
「こっちではトドモリの奴が鍛錬の場所を作ってくれている。場所を選ばないと面倒なことになるみてぇだから、そこのところは弁えて過ごしやがれ!!」
「は、はい!! エイソウ戦士長、リンヨウ様」
「了解、した」
現れた男女の言葉に、槍と斧を持った男たちは姿勢を正してそう応じる。残る三人が呆気にとられていると、エンソウと呼ばれた男のほうが智宏達へと視線を向け、強気な笑みと共に口を開いた。
「よう、今日来る協力者ってのはお前らか?」
「え? ああ、はい。そういうあなたも関係者ですか?」
「ああ。オレの名前はエイソウ。レキハの戦士にして、その戦士長をやっている。まあ、よろしく頼まぁ」
そう言ってエイソウは、隣にいるリンヨウと共に手を前に差し出す。智宏とミシオはしばし戸惑いながらも、少ししてそれを握手だと悟り、それに応じることとなった。
次の更新は一時間後の午前1時です。
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