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CROSS WORLD ―五世界交錯のレキハ―  作者: 数札霜月
第三章前編 第三世界アース 夏休み編
58/103

16:大切な新生活

 傍から見れば何秒、あるいは何分、事と次第によっては何時間何日も消えているように感じられる未来への跳躍も、跳躍する本人にとっては一瞬の出来事だ。

 感覚としてはむしろ周囲が突然変わると言ったほうがいいし、それだとて今回ほど劇的に変わることの方がむしろ珍しく感じられた。

 再出現した畑橋の目の前に広がっていたのは、爆発によってまき上がった粉塵の中に垣間見える、滅茶苦茶に破壊された工事現場の風景だ。周囲を囲っていた仕切り板は残らず吹き飛び、いくつかの工事機材が地面などに突き刺さり、果ては立てられていた鉄骨が横倒しに倒れ、一部は他の鉄骨に引っ掛かる形で危うい均衡を保っている。

 あたりに粉塵が立ち込めていたことはむしろ幸運といえよう。こんな爆発に巻き込まれては間違いなく同時に現れた三人は無事では済まない。下手に見晴らしがよければ畑橋は見たくもない死体を三人分見るはめになっていたはずだ。

 あのミシオという少女に関しては生き残っている可能性もあるため警戒が必要だが、そちらは魔力の感覚で位置が大体わかる。

 なにより、戦闘などというものに慣れていない畑橋としてはこれ以上この場所に留まらず、早いうちにこの近くで待ち合わせている【同志】と合流したかった。

 騒ぎが大きくなってしまっているため向こうもこちらの異常には気がついているだろうが、それだけにあまりグズグズしていると合流できなくなってしまう危険性もある。

 そう考えて粉塵の中を一歩踏み出したそのとき、


「どこに行くんですか? 畑橋さん」


 あり得ない声が、掛けられるはずのない言葉をかけてきた。


「なっ!?」


 振り返ったその瞬間、背後から景色の一部が歪んだような空気の塊が飛んでくる。とっさに手に魔力を流しながら無力化したそれは、しかし消し飛ばす間にも畑橋の体を易々と殴り飛ばし、背後の地面に叩きつけた。

 同時に、周囲の煙が空気の塊によって吹き飛ばされ、晴れていく。


「……がっ、ああ……!! なぜ……、どうしてあなた達が!!」


 叩きつけられたショックで咳きこみながら、畑橋は現れた四人分の人影に驚愕する。ミシオという少女はまだいい。ウィル、レンド、そして智宏。先ほどの爆発で消し飛んだはずの、生き残る余地などあり得なかった三人が、爆発に巻き込まれたとは思えない健在な姿でそこに立っていた。






「ありえない……。こんなこと、あっていいはずがない……」


 四人の姿を捕らえた畑橋の口から、ほとんどうわ言のようにそんな言葉が吐き出される。無理もないだろう。彼は自身のミスにまるで気がついていないだろうし、ミシオ自身それに気が付かなければ三人を生き残らせることができなかったのだから。


「逃がさねぇよ畑橋。お前にはシャノンの落とし前をつけてもらわなくちゃならない。ついでにお前の元上司もな」


 普段の陽気でおどけた声とも、真面目な話をする時の硬い声とも違う。冷たい刃物のような声でレンドがそう声をかける。それに畑橋は、ようやく現実に思考が追い付いたかのように呆然とした表情を蒼白なまま歪めると、立ち上がりながらこちらに向けて激しく捲くし立てた。


「どうしてだ!! 一体どうやった!! お前たちは爆発に巻き込まれて死んだはずだ!! あの爆発を防御できたはずがない!! それともそいつか? そいつが何かしたのか!?」


 そう言いながら畑橋は、ミシオめがけて強烈な憎しみに満ちた視線をぶつけてくる。普通なら怯みかねない視線に、しかしミシオが怯むことなくにらみ返そうとすると、額に刻印の光をともした智宏が二人の間に割って入った。


「彼女は答えじゃありませんよ。確かに僕たちを助けたのは彼女だし、そうなる余地を生みだしたのも間違いなく彼女の功績だ。だけど根本的な問題として、あなたが求める答えは、あなた自身のミスにある」


「ミス、だと?」


「ええ、そうです。それも酷く単純なケアレスミスだ。レベルとしては小学生のレベルと言っていい」


 智宏の言葉に、畑橋の顔が屈辱に歪む。だが、確かに彼の犯したミスはその程度のレベルなのだ。なにしろ彼のミスとは算数の計算ミスなのだから。


「あなたは確かに僕たちを同じ時間に向けて消し飛ばした。レンドとウィルさんを九時に現れるように消し飛ばし、僕を九時に現れるように消し飛ばし、周囲の空気を九時に一斉に現れるように消し飛ばした。だけど実際に僕たちが現れる時間には、それぞれ二秒ほどの差があったんですよ」


「な、に……?」


 屈辱に歪んでいた畑橋の顔に再び疑問の色が混ざる。どうやらここまで言われても彼はまだ気付いていないらしい。それだけ『あれ』は彼にとって計算外だったということか。


「確かにあなたは同じ時間に向けて僕らを送り飛ばしたつもりだったでしょう。でも、あなたが送り飛ばした同じ時間って言うのは、あなたが両腕につけている時計が九時を示すタイミングだ。そして、あなたの時計はウィルとレンドを送り飛ばしたときと、僕を送り飛ばしたとき、そして空気を送り始めたときのそれぞれの間に二秒づつの遅れが生じていたんですよ」


「バカな!! それこそあり得ない!! 私の時計が二つ揃って遅れたり止まったりしたというのか!? そんなはずがある訳――」


「いいえ。ありますよ。思い出してみれば分かるはずだ。一回目と二回目、そして二回目と三回目の間に何があったかを思い出してみればね。非常に簡単な話だ。あなたはそれぞれの間に、それぞれ一回づつ自分を未来に(・・・・・・)飛ばしているんですよ(・・・・・・・・・・)


「な、に……?」


 言われた言葉に、畑橋は一瞬だけ考え込むように目を細める。だが次の瞬間、全てを悟ったようにその眼が大きく見開かれた。どうやら彼も自分の犯したミスにようやく気がついたらしい。


「気が付きましたか? あなたの能力は対象をそのままの状態で(・・・・・・・・)未来に送る能力だ。つまりあなたの時計は、あなたと一緒に二秒後に跳躍した際に、二秒前の時間・・・・・・を示したまま(・・・・・・)この世界に現れているんですよ」


 時間を跳躍した際に跳躍した分だけ時計に生じる遅れ。それこそが畑橋の定めた運命に亀裂を入れたものの正体だった。畑橋は自身の時間がそれ以外の時間と比べてわずかに経過していないという事実を見過ごしていたのだ。

 そして、生まれた数秒のズレは彼の攻撃にとってみれば致命的だ。爆発の発生する二秒前に現れたとはいえ、智宏は【集積演算(スマートブレイン)】を持っているし、ウィルとレンドにとっても四秒という時間は防御魔術を展開するにはギリギリだが間に合う時間だ。あらかじめ起きる事態を知っている人間が指示できれば、防御はできてしまう。

 単純だが戦闘中には気付きにくい、非常にややこしい事態を引き起こしてしまう、『ミスを・・・引き起こしやすい・・・・・・・・刻印(・・)』と、そのミスに直前に気付くことができたミシオの存在。それこそがこの場で三人が生存できた決定的な要因だった。

 だが、そんな簡単な理屈も、畑橋にとっては受け入れがたい事実だったらしい。


「ありえない……、ありえない……、ありえない……」


 現状の受け入れを拒むように、畑橋はぶつぶつとそう呟き続ける。認めないと、現実を受け入れないとでも言うように。


「ありえない……、あっていいはずがない……。これは、何かの間違いだ。そもそも私は……、そうだ、私は何も悪くないじゃないか!!」


「畑橋さん。いい加減に――」


「そうだ!! 私のせいじゃない!! そもそもこれは偏見と過剰な恐怖心を君たちが抱くからいけないんだ!! 私だって君達を信頼していたんだ!! それを裏切ったのはあくまで君たちで――」


「いい加減にしろ畑橋耕介!!」


 さらに見苦しく続けられようとしていた言葉を遮ったのは、やはりと言うべきかレンドの怒声だった。

 この場で最も力のないはずの、非戦闘員であるはずのレンドは、しかしこの場でだれよりも強い迫力をもって三人の前に踏みだしていく。


「あんたが自分勝手な理由で、自分の憂さ晴らしを見られたなんて理由でシャノンを殺したことを、俺達はとうの昔に知っている。弁解の余地もないほど、誤解の余地もないほどな」


「なっ、ち、違う。私は、お前たちの私たちに対する姿勢が――」


「たとえそうだったとしても!! たとえお前が本気でそんな悩みを抱えていたんだとしても!! 今のあんたの言葉は俺たちには言い訳にしか聞こえない」


「なっ!!」


 レンドの一方的なものいいに、畑橋はわずかに怒りを取り戻し、反論しようとする。だが、直後に発せられたレンドの言葉にそれは遮られ、封じられた。


「理念は手段を肯定しないが、手段は理念を貶める。俺達が絶対に見失ってはいけないと叩き込まれている原則だ。タブーを犯すことによって発せられた言葉は、どんなにご立派で切実なものでも、その瞬間からタブーの言い訳に変わる。人殺しであるおまえの言葉は、もうおれたちには人殺しの言い訳にしか聞こえない」


 声を落ち着け、静かな口調に変えながら、それでもレンドは畑橋に糾弾の言葉を投げかける。

 その言葉の中に込められるのは、怒り。仲間を殺され、それに対してくだらない口上を述べる人間への怒りがそこにはあった。


「さあ、話してもらうぞ畑橋。下らない『言い訳』じゃなく、お前にろくでもない理屈を吹き込んだ『同志』ってやつについてな!!」


「う、あ、あああああああああ!!」


 最後に放たれたレンドの言葉に畑橋は悲鳴を上げて背後へと走り出す。

 畑橋のなかにあるのはただただ恐怖。物理的な脅威への恐怖ではない、踏み外した自分を肯定していたものを、片っ端から崩されていくことへの精神的な脅威への恐怖だ。

 だが、そんな恐怖から来る逃走も、この場にいる人間はだれ一人許さない。

 ウィルと呼ばれた、がっしりとした体格のオズ人が魔法陣を構える。恐怖に駆られてやみくもな逃走を図った畑橋など、すぐにでも魔術で撃ち抜けるだろう。

 智宏も魔術を構える。おそらく彼は畑橋がどんな行動に出ても動けるように準備していたのだろう。魔術の展開はウィルより早く、対応にも迷いがまるでない。

 だが、そんな二人よりも、さらにミシオの対応は早かった。


「え?」


「なに!?」


 走り抜けた背後からウィルと智宏の驚きの声が聞こえてくる。畑橋の刻印の効力は接近することが脅威となるものだ。わざわざ近づかなくても魔術でうちぬける今、接近する必要もミシオの出る幕もない。

 だが、理性でそれを理解していてもミシオは止まろうとは思わなかった。元より、抱いている怒りならレンドに劣るつもりもないのだ。

 近づく気配にこちらを振り向いた畑橋の顔面めがけ、思いきり拳を叩き込む。


「うげぇっ!!」


 潰れたような悲鳴を上げて宙に浮く畑橋を、しかしミシオは逃がさない。頭の後ろの尾を伸ばして畑橋の体を捕まえると、そのまま引き寄せてもう一度拳で迎え撃つ。


「イィィィィィィッ、ヤァァァァァァァアアアアアッ!!」


 怒りをぶちまけるように声をあげ、ミシオは目の前の畑橋の全身に次々と拳を叩き込む。巨大化はさせていない、鱗模様の手甲を纏っただけの攻撃だが、妖装によって強化された体の放つラッシュは生身の人間には十分な暴力だ。


「うっ、げっ、がぁっ……!!」


 畑橋が白目を向いたところで、ようやくミシオは攻撃をやめ、体ごと尾を振り回し、畑橋の体を投げ捨てる。投げ捨てられた畑橋は地面を跳ねながら飛んでいき、トモヒロ達三人のそばまで投げ戻されたところでようやく動きを止めた。


「よ、容赦ねぇ……」


 つぶやかれたその言葉が、すべてを物語る結末だった。






 耳を澄ますと遠くからサイレンの音が聞こえてくる。

 眼を凝らすと騒ぎに惹かれてよってくる野次馬らしき人々が目に映る。

 当然と言えば当然な話で、畑橋を昏倒させ捕まえた後も、智宏達は悠長にその場で胸をなでおろすことなどできなかった。

 何しろ住宅地にほど近い工事現場で爆発が起きているのだ。周囲の住人は当然のように爆音を聞きつけているし、近所で爆発が起きれば常識的な人間は警察や消防に電話する。そんな中で工事現場に留まれば、やってきた人々に見とがめられるし、下手をすると警察に『関係者』と見られて捕まりかねない。

 結果として智宏達は、遅れてやってきた先ほどの二人のオズ人と共に大急ぎでその場を逃げ出すこととなった。

 しかし、合計で七名、しかも一人は半ばコスプレのような鎧をまとい、一人は全身痣だらけで手錠をかけられ、さらには残る全員が妙に長い耳を持つ人間たちとなれば非常に目立つ集団である。当然七人全員で逃げるのは無理があり、結果としてウィルとオズ人二人が畑橋を担いで、智宏とミシオがレンドを連れて、それぞれ人目に触れない方法(・・・・・・・・・)でその場を離脱することとなった。


「今だ。あの公園まで駆けこめ!!」


「うん」


「ひぐっ!!」


 魔術の巨腕で小脇に抱えられ、これから行われる疾走に悲鳴をあげかけるレンドをその口を封じることで黙らせ、智宏はミシオと共に直前までいた民家の屋根から飛び降りる。すぐ下にあった塀を蹴ってワンクッション置き、地面になるべき音をたてないように着地すると、すぐさま目の前にある公園の林のある一画まで飛び込んだ。

 すぐさま暗がりから周囲の様子をうかがい、周囲に気付いた人がいないかを確認する。どうやら誰かに気が付かれた様子はない。というよりも、このあたりにはあまり人がいないらしく、人影自体が見られない。そのことに安心すると、ようやく智宏は魔術と額へ流れる刻印への魔力供給を絶った。

 途端に猛烈な精神的疲労が襲ってくる。


「とりあえず野次馬の多い地区からは逃げられたみたいだな」


「死ぬ……。今度こそ死ぬ……」


「たかだか二階建ての民家の上を飛び回ったくらいで大げさな」


「大丈夫。これくらいの高さなら落ちても死なない」


「君らの常識は明らかにおかしい!!」


 流石に叫ぶようなまねはしなかったものの、なにやら鬼気迫る表情でそう訴えるレンドに、智宏はわずかに自分の行動を省みる。確かによく考えてみれば異世界に行く前はあんなことしなかったかもしれない。


「でもさ、危険って言うならレンドの畑橋さんへの剣幕も、見方によっては相当危険だったと思うぞ? あの状況であんなこと言ったら、下手すりゃ逆上して襲ってきかねない」


 口ではそう言いながらも、あのとき智宏自身はそうなっても対応できるだけの対策は練ってあった。腐っても相手の刻印も看破し、油断も完全に排除された【集積演算(スマートブレイン)】の持ち主だ。畑橋が再出現するまでの間に、相手が打つであろう手や、それに対する対策などはすでに頭の中で用意している。

 だが、だからと言って他の人間が危険を冒すのを看過するわけにはいかない。


「ミシオもミシオだ。最後のあれ、別にわざわざミシオがやることはなかったんだ。近づくのが危険な相手に、わざわざ殴りかかるなんてしなくても、魔術が使える人間がいれば魔術で十分に対応できる。

それに――」


 言おうとしてしかし、智宏は自分がその言葉を吐くことに僅かな躊躇を覚える。だが、自分がどんな立場だろうと言わないわけにはいかないと思い、すぐに再び口を開いた。


「それに、そもそもミシオは戦うべきじゃなかったと思う。助けられた僕らの立場でこんなことを言うのはあれだけど、せっかく命を狙われることもなくなったのにまた命がけの戦いをするなんて、正直あまり賛成できない」


「……知ってる」


 だが、そんな智宏に向けて返されたのは、智宏にとって予想していなかった言葉と、ミシオの予想もしなかった表情だった。


「トモヒロが、戦わないでほしいと思ってたこと、自分が消されそうになっても、私に逃げてほしいと思ってたこと、私、ちゃんと知ってる。智宏が消える直前、あの人の刻印の情報と一緒に、テレパシーで感じ取ったから」


「だったらなんで――」


「できる訳、ない……!!」


 智宏が発しようとした疑問を封じるように、ミシオは突然大声でそう叫ぶ。近所に聞こえればまたも人目を気にしなければいけないという状態になるのだが、そんなことを気にしていられる状況に智宏は無かった。目の前で叫ぶミシオの目から、ボロボロと雫がこぼれ始めていたからだ。


「あのとき、智宏の心を読んでようやくわかった。智宏は、今の私の生活に価値を見出してない! イデアでの生活の代わり、あくまで私ができなくなった生活の代わりとして、今の、この世界での生活を見てる!!」


「それは……」


 図星だった。というより智宏自身そう意識したことはなかったことが、言われて初めて実感できた。どうやら【集積演算(スマートブレイン)】は、あるいは智宏の脳は、理屈で判断できない内面的なものまでは解決してくれないらしい。

 前の世界でできなくなった生活の代わり。確かに、言われてみればそうなのだ。

智宏は、ミシオにとって最善の生活とはイデアでの生活だと思っている。それができなくなったから今この世界で生活しているのだとも。

 違う世界での生活というものがどれだけ大変かは、智宏自身エデンやイデアで過ごして身をもって知っている。実際に、ミシオがこの世界で様々なことに困惑しているのも頻繁に見てきた。彼女の能力が成長したと聞いたときも、驚くと同時にどこか納得してしまったくらいなのだ。

 イデア人の超能力の成長要因は努力とストレス。ここ数日の【情報入力(インストール)】を努力と見ることはできるが、それだけでここまで早く能力が成長するとは思えない。やはり何か、日常生活でストレスを感じていなければ、すなわち何か辛い思いをしていなければここまで能力が成長することはなかっただろうと思うのだ。

 だが、智宏のその考えを、ミシオは涙ながらの叫びで否定する。


「私にとってこっちでの生活は、代えの効く代わりなんかじゃない!! ……確かに大変なことはあるよ。生活習慣は違うし、勉強は大変だし、知らない人がほとんどだし、機械は何で動いてるか分からないし!! でも、それでも、いいこともたくさんあった」


 言われてようやく智宏も思い出す。この世界に来てからのミシオがどれだけ楽しそうだったかを。未知の者に興味を持った時、試験勉強に結果がついて来た時、知らない人だったはずの両親と話しているとき、間違いなくミシオは楽しそうだったのだ。ストレスなどすべて吹き飛んでしまうほどに。

 すべてが楽しめることという訳ではないだろう。実際ミシオは機械にだけはいまだに拒否反応を見せている。

 以前の生活がそれだけ過酷なものだったということもあるだろう。

 だがどんな理由であれ、もうミシオにとってこの世界での生活は、共に過ごす人々も含めて、比べるもののないほど大切なものになっていたのだ。たった二週間で、命を賭けてでも守りたいと思えるほどに。


「トモヒロを置いて逃げるなんてできるわけない……! トモヒロだって私の大切な人なのに!! トモヒロがいるから、私の大切な今が成り立ってるのに!!」


「わかった。ごめん。ミシオ」


 叫びながらこちらに縋りついてくるミシオを受け止め、智宏は静かに謝罪する。自分の無神経さを自覚しながらも、同時にそこまで思っていてくれたミシオの気持ちをうれしく思う。


「ちゃんと私も頼ってよ……!! 私だって、ちゃんと智宏を助けるから。だから、私を助けてくれたのと同じように、私に助けられて」


「それは、……わかったよ」


 最後の言葉は智宏にとってあまり受け入れやすい言葉ではなかったが、胸元で自分を見上げるミシオの目を見て智宏は渋々了承した。これに関しては危険に巻き込まれなければいいだけの話だという考えを胸にしまいこんで。


「どうやら話は着いたようだな二人とも。そろそろ移動しようと思うんだが、いいか?」


「ああ、悪い……、ってミシオ!?」


 レンドに返事を返すべく智宏がそっちに意識を向けた瞬間、智宏の体にすがりついていたミシオが地面へとへたり込み、同時に纏っていた妖装がただの黒い霧に変わる。


「へ?」


「うん?」


 さて、ここで一つ確認しよう。

 今までミシオは妖装をその身にまとい、その上から浴衣をはおっていた。これは畑橋との戦闘時に動きやすくするために帯をほどいてしまい、また下駄なども智宏達を追いかける段階で脱いできてしまったからなのだが、そんな状態で妖装を解けばどうなるか。

 答えは一言、『半裸』である。


「ひょぉぉぉぉぉぉぉうげっ!!」


「何してんだミシオォォォォォッ!!」


 歓喜の奇声をあげるバカに眼潰しをかまし、智宏は慌ててミシオに背中を向ける。背後では慌てて着物の前を掻き合わせたミシオが、何とも少女らしい悲鳴を上げていた。


「帯はどこやった!? いや、今はいい。とにかくもう一回妖装纏え!!」


「どうしようトモヒロ!? 安心して気が抜けて、体にうまく力が入らない!!」


「そんな恰好で腰抜かしてんじゃねぇぇぇぇっ!!」


 この後、騒ぎを聞きつけた近所の住人の目から、三人はもう一度別の理由で逃げ回らなければならなくなるのだが、それはまた別の話。


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