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CROSS WORLD ―五世界交錯のレキハ―  作者: 数札霜月
第二章 第二世界イデア
36/103

14:価値ある存在

 磯銛船里(いそもりせんり)はその晩、なかなか帰らない上の息子に不審なものを感じていた。

 息子の海流(カイル)を最後に見たのは夕方近く。妙に顔色が悪く、思いつめたような表情をしていたのを覚えている。

 だが、これまでにも息子がそう言った表情を見せることはあったし、その原因はこの村に住むものなら皆が抱えている共通のものだ。そのため船里も特に気にかけることもなく、残酷な話だが夕食の時間になればそれ相応の態度に戻っているだろうと思っていた。

 だが、この日、海流は出掛けたまま夕食の時間になっても戻らなかった。

 嫁の水瀬と結婚する前はたまにそんなこともあった海流だが、結婚後こうして夜になっても帰らないと言うのは初めてだ。ここに来て、ようやく船里は息子が何か問題に直面したのではないかという疑いを持った。

 そうして下の息子である海人(カイト)と海流を探し始めた船里は、探し始めて少しして自宅の方で何かの破砕音を聞く。

音に驚いた船里が家に戻って見たものは、この世のものとは思えない、しかし常に忌々しく思っていた人物の顔をした、鱗だらけの怪物だった。






 ミシオが駆け付けたとき、物心つく頃から見ていた村の一軒家は壁に大穴をあけていた。

 周囲には、騒ぎを聞きつけた付近の家の住人が集まり始め、目の前で起こる現実味のない惨状に目を見開いている。

 体のあちこちから血を流し、地面にうずくまるセンリ。頭から血を流し、ピストルを握ったまま意識を失っている村で唯一の駐在。そして、ミナセを庇いながら、家の前で立ちふさがるカイトの姿。そしてその中心、彼らから視線を外してこちらを見るエイガの異形と化した姿があった。


「ようミシオ。やっと来たのかぁ。カイトの具合はどうだい?」


「エイガ……、なに、してるの……!!」


「何ってお前を歓迎する準備だよ。せっかくあんなヤバい世界から帰って来たんだ。パーティくらいしてもいいんじゃないか?」


「パー、ティ?」


「ああそうだ。ただし、パーティのごちそうはお前で、こいつらはその調味料。そして味わうのは俺だけどな。俺だって異世界帰りだ。祝いの一つも味わってもいいだろう?」


 そう言ってエイガは妖装の異形の姿を黒い霧へと変え、元の姿へと戻る。だが表情だけは禍々しさを残し、欲望に満ちた目でミシオを見据えていた。


「その様子だと、あの小僧教えちまったみたいだな。おかげで調理のやり直しだ。その癖本人はどっかに行っちまったようだし。まったく、勝手なことをしてくれたもんだぜ」


「……センリ達に、なにしたの!?」


「んー? ああ、安心しろよ。そのおっさんも駐在も、見ての通りまだ殺しちゃいないよ。お前の目の前でないと意味がないからなぁ」


「……私の、目の前?」


 エイガの物言いに、ミシオは痺れるような寒気を覚える。以前からミシオを苦しめることにこだわりを見せていたエイガだが、さっきや今の物言いは以前以上に邪悪さと不気味さを感じさせるものだった。


「俺はさぁ、お前が死ぬところなんて別に見たい訳じゃないんだよ。親父はお前に死んでもらう必要があるみたいだが、俺は別におまえがへし折れるところを見られればそれでいい。殺すのだって今みたいに立ち直った姿を見せられるのが興ざめってだけの理由だしな」


「私が、折れる?」


「ああそうだ。そのためにこいつらがいる」


 言うが早いか、再びエイガの体から黒い煙が吹き荒れる。周りが驚くなかで煙はエイガの体を鱗だらけのそれに変貌させると、身構えるミシオではなく、離れたところにへたり込むミナセと、その前に立つカイトのもとへと距離を詰めた。


「やめて!!」


 ミシオの叫びもむなしく、振りかぶられたエイガの腕が、まず前に立つカイトの体を殴り飛ばす。とっさに腕で体を庇ったカイトだが、努力もむなしくカイルに勝るとも劣らない巨体が宙に浮き、そばにあった生垣に突っ込んだ。


「カイト!!」


「おっと、まだこっちに来るなよミシオォ? 姉貴分のねぇちゃんをバラバラにされたくなかったらな」


「!!」


 駆け寄ろうとしたミシオは、その言葉に反射的に立ち止まる。エイガの腕の先に光る爪は、本物の竜猿人(ダイノロイド)よりも大きく、まるで刃物のような鋭さを持ってミナセの目の前に突きつけられていた。


「シオ、ちゃん……!!」


「はい喋らなーい。他の連中も、余計な手出しはするなよ。まあ、したらしたでそいつから見せつけるように殺すけどな」


「なんで、こんな……!!」


「さっきカイルの野郎の見るも無残な姿を見せたときさ、お前えらく動揺してたじゃん? まあ、あんときはお前自身が犯人って吹き込んだのもあったんだろうけどさ。でももしかしたらこっちの方も結構ダメージになってたんじゃないかって思ったんだよね」


「貴様!! 水瀬や海人だけじゃなく、海流にまで何かしたのか!?」


 それに対し、ミシオのそばでうずくまっていたセンリが声を上げる。突然の発言にエイガは顔をしかめると、視線をミシオからセンリに移した。


「したらどうだってんだ? 例えば俺が、この爪でカイル君に瀕死の重傷を負わせましたぁって言ったら、あんたなんかしてくれんの?」


「貴っ様ぁ……、普段の嬢ちゃんへの仕打ちといい、ここでのことといい――」


「――許さん、とでも言うつもりか? 今まで許してきたあんたらが? 偉そうなこと言って強がるなよ。親父に逆らえなくてミシオ一人を生贄にしてきた奴らがさぁ」


 その言葉に、センリや周りの人々の表情が苦渋に満ちたものに変わる。

 ミシオは知っている。彼らが自分たちの生活を人質に取られ、逆らうこともできずに苦悩してきたことも、彼らがサデンマクラに抗議し、一時は生活が立ちいかなくなるほどの嫌がらせを受けたことも。だからミシオはサデン親子と戦うこと決めたのだ。それこそが、遺産を勝手に使われる事態を防げなかった自分の責任だと考えて。


「確かに今さらな話だ。俺達は嬢ちゃんが頑張っているのをいいことに、仮初の平和の上で胡坐をかいてきた」


 皆がうつむくなか、センリはそう言って立ち上がる。その右手を血が出るほど握って。


「だがな、お前らがそこまですると言うのならこちらにも考えがある!! 今まで何もしてこなかった俺だが、本当にお前らがこの娘や村の者を手に掛けるなら!!」


「ほう、どうするってんだ?」


「貴様ら親子をぶち殺して、一緒に海に沈んでやる!!」


 言うが早いか、ミシオがその言葉の意味を理解するよりわずかに早く、センリはエイガ目がけて駆けだした。その左手にはいつから握っていたのか、ミシオの腕ほどの長さと太さの角材が握られている。


「待って!! やめて!!」


 慌ててミシオも駆けだすが、わずかに遅い。周りがどよめくのが聞こえるが止められるものは一人もいない。

 視界の先、角材を振りかぶるセンリに向けて、エイガが鱗だらけの腕を振りかぶる。その先には先ほどミナセにつきつけた鋭い爪が残酷な光を放っている。


「予定変更だ。最初の調味料はお前にしてやる」


 エイガが言った言葉が届くと同時に、周囲にいた群衆はその場所に鮮血が散るのを目撃した。






「あん?」


 振り下ろした右腕が肉を裂くのを感じ、しかし予定外の光景が目の前に広がっているのを知って、栄河は間の抜けた声を上げた。

 角材を振り上げ向かってきた老人が倒れているはずの視界には、まったく別の人間が倒れている光景が広がっている。

 背中から血を流し、ぴくりとも動かないハマシマミシオが。


「嬢ちゃん!!」


 ミシオに庇われたことで尻もちをついただけで済んでいた船里がようやくその事態を把握する。その声によって周りの人だかりが悲鳴に似た声をあげ、栄河はようやくその現実に気が付いた。

 ミシオがとるに足らない老人を庇い、代わりに自分の爪を受けたという現実に。


「何やってんだよてめぇ!!」


 予定外の事態に、だれよりも早く栄河自身がまず怒りをあらわにする。ミシオを抱き起こそうといていた老人を蹴り飛ばすと、倒れたミシオの頭をつかみ、そのまま宙に釣り上げた。


「やめろぉおおお!!」


 背後の声に振り向くと、海人を始めとした数人の男たちがそれぞれ武器になりそうなものを持って向かって来る。どうやらこの事態に彼らの我慢が限界を超えたらしい。


「邪魔してんじゃぁ、ねえよっ!!」


 だがその反抗を、栄河は腕のひと振りで黙らせた。爪など使わなくても、巨大化した爬虫類の腕はそれだけで十分に凶器だ。ふるわれたその腕は、向かってきた男たちを軽々と吹き飛ばし、あるものを家の壁に叩きつけ、あるものを地面に沈める。行動を縛ることなどできない単純な暴力ではあるが、それは十分な効果を持って彼らの反抗を鎮圧した。


「や、めて……! みんなに、酷いこと……!!」


「おお、よかった生きてるじゃん」


 弱々しくも確かな意思を伴ったミシオの声に、栄河は若干の安堵をおぼえる。どうやら傷は出血こそ酷いが致命的と言うほど深い訳ではないらしい。

 どうやらミシオは、船里を庇うときに霧状の魔力で身を守っていたらしい。妖属性の魔力は霧状の状態でもある程度の防御力を持つ。流石に密度を増して作られた栄河の爪を完全に防ぐことはできなかったようだが、傷を浅くするくらいの効果はあったようだ。


「まあ、ちょうどいいか。お前には今死んでもらっちゃあ困る訳だしな」


「……な、んで?」


「あん?」


「なんで、そんなに、こだわるの……? 私を、折ることに」


 この状態でなおこんな疑問をぶつけてくる相手に、栄河は無性に笑いがこみあげてくる。やはりこいつは一味違うと再認識し、そうなって初めて栄河はその理由を話してもいいような気分になってきた。ひょっとすると栄河自身話して見ることを望んでいたのかもしれない。


「俺はさぁ。ガキの頃から親父のそばでいろんな人間を見てたんだよ。親父は裏でいろいろ悪どいことやっててさぁ。ヤクザなんかとも繋がってたりしたんだけど、おかげでいろんな人間が親父にひれ伏すのを見られたんだよ」


 幼いころから、父であるマクラは多くの人間を従えていた。マクラに逆らおうとする者も多くいたが、マクラはそう言った人間たちを徹底的に追い詰め、最後には敗北させてきた。


「親父に逆らいきれる奴なんていなかった。俺にとってはそれが普通だった。そんなときさ。お前に出会ったのは」


 今でもその光景を覚えている。ミシオの親権を奪い取り、遺産までも奪うべく家に乗り込んだ真倉と栄河が見た、ミシオの反抗的な態度。自分の命が狙われていると知れば家出をし、行方が分かったときには森の中に潜んで籠城の体制を築いていた。何度も真倉が事故に見せかけて殺害しようと試みたが、ミシオはそのたびに逃げ延びて見せ、その強かさを見せつけた。


「初めてだったよ。親父に逆らい続けられる人間を見たのは。それも当時十二、三の小娘が、それをやってのけてたんだから驚いた。……そして同時にこうも思った」


 そこで栄河はミシオを釣り上げたままこちらに体制を変えさせ、苦痛で脂汗を浮かべるその顔に自身の顔を突きつける。


「親父でも折れなかったお前の心を、親父にも屈さなかったお前という存在を、俺自身の手で屈服させ、絶望させることができたなら、俺は親父以上の存在になれる!! お前の処分を買って出たのはそのころさ。俺はな、お前の強さをこの手でへし折って自分のすごさを証明したいんだよ!!」


「……!!」


 言いながら、栄河はミシオの頭をつかむ手に力を込める。万力のような力で頭を締めあげられたミシオはしかし、体から黒い霧を出すことでそれにあらがった。今込めている力ならばそれでも相応の痛みを感じているはずだが、その眼は反抗的な光を失わない。

先ほどの葉鳥とは天地の差がある反応に満足し、手から力を抜いてミシオを地面に落とす。まともな受け身も取れずに地面に叩きつけられるが、その程度栄河は知ったことではなかった。栄河にとっては生きてさえいればそれでいいのだ。


「まあ、って言うのが俺が異世界に(・・・・・・)行くまでの話(・・・・・・)だ。実はこの話には続きがある」


 自身がふるう暴力に気分が良くなり、栄河は地面にうつぶせに倒れるミシオの頭を踏みつける。踏みつぶさない程度の力を加えながら、痛みだけで屈服させることができないかという考えが頭をよぎるが、その考えはすぐに却下した。それで屈服するくらいならここまで話はややこしくなっていない。


「なあ、ミシオォ? そもそも何で俺がこの力を持っているか、おかしいとは思わないか? お前は俺があいつ等の仲間だからこの力を持っていると思ってたのかもしれないが、七日ほど前にようやく一人目であるおまえが成功したばかりだってのに、それでいきなり身内の改造ってのはおかしく思えないか?」


 栄河たちの体はいわば新兵器だ。栄河とてそう言った事情を詳しく知っているわけではないが、いくら非合法組織であったとはいえ、世界をまたにかけられるほどの組織が七日やそこらで新兵器を量産し始めると言うのはあまりにも性急だ。


「俺がこんな体になったのはさぁ、お前が原因なんだよ。端的に言えば俺はお前の代わりにこんな体になったんだ」


「……!?」


 言われた言葉に、足の下にいるミシオが反応するのを感じる。痛みで流石に声を出す余裕はないようだが、意識はしっかりと保てているようだ。そうでなければ困る。


「おまえもある程度察してるんだろうけどな。俺たちはお前を改造した奴らと繋がってた。正確には親父が繋がってて俺は最近まで知らなかったんだけどな。でも仕事には手を貸してた。仕事は簡単。行方不明になっても騒がれそうにない奴で、かつ能力を持たない人間をリストアップしてその情報を渡すこと。そうすれば後はあいつ等が勝手にリストの人間を攫って実験に使う」


 栄河は知る由もないが、それはまさに智宏が予想していたことと寸分たがわぬ内容だった。ミシオも智宏からその話を聞いたわけではないが、自分が攫われたことについてその可能性は予測している。


「ところが少し前、お前の十六歳の誕生日まであと五十日に迫った頃、追いつめられた親父は欲を掻いた。お前をそれとは分からない方法で殺そうとしていた親父だが、お前がほとんど捕まらないことに業を煮やしたんだろうなぁ。財産の奪還を恐れた親父は、お前の始末を異世界の研究者共に任せられないかと考えた」


 それまで聞かされていただけでも、この実験はおびただしい数の死者を出していた。その死因は内臓機能に障害が出たものから、初期のころにあった実験の失敗で人の形すら保てなくなったものまでさまざまだったが、連れて行かれたものは最終的に死を迎えるという結末だけは共通していた。最悪死亡が確認できなくても、行方不明にさえできればいいマクラにとって、研究者に攫わせて実験に使うというのは、あまりにも都合のいい方法だった。


「ところが、あろうことかお前は実験で生き延び、そればかりか能力を使って脱走までしちまった。おかげでお前に能力があるのを知りながら、お前が非能力者であると偽って報告していた親父はその責任を問われる立場になっちまったのさ」


 今でも栄河はあの晩のことを思い出せる。自分が殺そうとしていた娘によって一転して窮地に立たされた父親が、それまでにないほど取り乱し、怒り狂う様はいっそ滑稽でさえあった。もしもミシオが復讐を考えていたなら、それはあの晩成功していたと言ってもいいくらいだ。

 そしてそのころからだ。それまで栄河が理想としていた父親が、徐々にくすんで見えるようになったのは。


「一方研究者の連中も、お前の脱走で一つの不都合を抱えていた。お前は一応実験を生き延びた訳だが、その直後に脱走してしまったため後遺症の有無を確認できなかった。ひょっとすると何か重大な欠陥を抱えているかもしれない以上、同じ条件でもう一度実験をやり直す必要がある。そこで奴らは親父に一つのペナルティを突きつけたのさ」


 そう言った瞬間、足の下のミシオが明確に動揺するのが伝わってくる。恐らく話の先が予測できたのだろう。だが栄河もここまで来て話をやめるつもりはない。


「ペナルティの内容は親父の身内であるこの俺を、新しい実験体として差し出すこと!! そして親父はその条件に迷うことなく飛び付いた!! なぁ、信じられるかぁ? 下手をすると命にかかわるかもしれない実験に、実の息子を簡単に放り込んだんだぜ?」


 実際、下手をすれば栄河は異世界で死んでいたかもしれない。いくらミシオという成功例があるとはいえ、その成功自体が疑わしいからこその再実験だ。彼らが成功した後の栄河を返さない可能性も考えれば、その生存率は五割もなかったかもしれない。


「……それで、私に復讐を?」


「んん? ああ、違う違う」


 絞り出すようなミシオの疑問に、しかし栄河は首を横に振る。


「俺はさぁ、お前が逃げ出したことなんかどうでもいいんだよ。むしろお前が帰って来てくれたことに喜びさえ感じてる。親父に関しても元からああいう性格だから諦めもつくし、この体だって、なるまでの過程はどうあれ、なってみれば結構便利なもんだ。こっちに関しても特に不満はない」


 実際、それは栄河の本音だった。それはたった一つの問題がエイガの内心で渦巻いていたせいだとも言える。


「俺が我慢できないのは、この俺が、よりにもよってお前なんかと同価値だと親父に判断されたことだ!! ……わかるかぁ? よりにもよってあの親父は、遺産を奪うために殺そうとしている小娘と、息子であるこの俺を同程度の価値しかないと判断しやがったのさ!! それが俺にはどうにも我慢がならねぇ!!」


 ミシオの代わりとして異世界の送られたことで、栄河の価値は決定的に貶められた。それは栄河のプライドを徹底的に傷つける行為だ。断じて許すわけにはいかない。


「俺はお前をへし折ることで、俺自身の価値を証明しなければならない。お前の屈服を持って俺の上位を確認し、あらゆる奴らにそれを見せつける!! そうしたら後は異世界だ。憧れの親父もいつの間にかくだらなくなっちまったから始末したし、このくだらない世界にも未練はない。最後の心残りであるおまえをへし折って、とっととこの世界を旅立つことにしたのさ」


「な、に……? おい、貴様。今何と言った!?」


 栄河の言葉に、どうにか立ち直った船理が口をはさむ。


「おいおい、爺さん。俺は今ミシオと話してるんだ。何を言ったって……、ああ、親父のことか? そういやお前らに朗報だ。親父はさっき死んだぜ。俺の獲物に勝手に手を出したもんだからプッツンしちまってな」


「貴様の、親だろう!?」


「ああ? うっせぇなぁ。いいだろ人の家庭の事情なんだから。つうかお前らは喜べよ。今まで散々親父の好き勝手にされてたんだろう? 良かったじゃねぇか。これからはお前ら借金盾に脅されなくて済むぜ。……まあ、その代り大半はここで死ぬんだけど」


「……!!」


 栄河の意識が周りの人間に向けられたことに反応し、ミシオが足を掴んで引きとめる。だがそれを、栄河は振り払うと同時に、腹部を蹴りつけることで黙らせた。勢いあまってミシオの軽いからだが浮き上がり、近くのブロック塀に傷ついた背中から叩きつけられる。


「う、あ……!!」


 痛みと衝撃に苦悶の声をあげ、それでも性懲りもなくもがく姿に栄河は興奮を覚える。もうすぐその強さを地に貶められる。そのための調味料は周りの無数に転がっているのだ。ここにいる者もいない者も、意識のある者も無い者も、男も女も老人も子供もなんでもござれだ。村一つ殺しつくす頃には流石のミシオも壊れているだろう。

 邪魔する者、できる者はだれもいない。そう思ったそのとき、その考えを裏切る光が、視界の隅で瞬いた。


「な!?」


 猛烈な速度で顔面めがけて飛んできた炎弾を鱗だらけの腕でとっさに防ぐ。

 覚えのあるそのやり取り。栄河が視線を炎弾の飛んできた先に向けると、先ほど邪魔をした少年が、先ほどと同じようにこちらに向かって来ていた。


「また、お前かぁっ……!!」


 再び現れた敵が栄河の憎悪に火をつける。霧と消えた腕の一部を修復し、向かって来る敵を迎え撃つ。


「邪魔をっ、するなぁあああああ!!」


 理性をきれいに吹き飛ばし、栄河は怒りのままに敵のもとへと突進した。


 先日、アルカディアの方にも投稿いたしました。

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