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CROSS WORLD ―五世界交錯のレキハ―  作者: 数札霜月
第二章 第二世界イデア
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4:彼女の逃走

 ミシオの自宅への訪問を終え、智宏とレンドはとりあえず暦波町に帰ることにした。素朴な家が立ち並ぶ道を、海と浜辺で作業をする漁師たち眺めながら歩く。ちなみにこの村の道路は日本のそれと違い舗装されていない。町の方では舗装された道路の方が多かったが、このような小さな村ではその必要性もないのかもしれない。

西周りのコースから北の山を迂回する道にさしかかるあたりになってレンドが口を開いた。


「とりあえず父親の方には問題なさそうだな」


「うん。実際いい人だったと思うよ? 息子のエイガには問題があるようだったけど、でも……」


「でも、どうしたんだ?」


「なんか引っかかってる感じがするんだよ。何なのかがよくわからないんだけど……」


「引っかかってることねぇ……? なあ、だったら使ってみたらどうだ?」


「何をだよ?」


「【集積演算(スマートブレイン)】をだよ。頭が良くなるって言うお前の【刻印】。そっちの方が早いだろ? こういう話をするのはさ」


「……まあ、そうか」


 言われ、エデンで発現した自分の【刻印】のことを考える。脳の機能が強化され、記憶力、というよりも思い出す力が上がるこの力を使えば、確かにこういった考察は有利だ。額に刻印が浮かび上がってしまうが、幸いここには人気が無い。

 智宏がこの【刻印】という異能を今まで使わなかったのは別に忘れていたわけではない。便利で夢のような能力ではあるし、特にリスクもないのだが、それゆえ何となく気後れしてしまうのだ。まるで自分がズルをしているような、微妙な気分になってしまうというのが正確なところだろう。


(まあ、でもそうも言ってられないか)


 自分のなかの葛藤を横に置き、深呼吸をして覚悟を決めると、額に魔力を流してそれを発動させる。


(――【集積演算(スマートブレイン)】!!)


 途端、時間の流れが遅くなったように錯覚が襲ってくる。思考が何倍にも加速しているため、周りの時間が遅く感じるのだ。放っておくとくだらないことに思考を費やしそうだったので、智宏はすぐに記憶をさらい始めた。ミシオと出会ってからを中心に、違和感の正体を探して。


「……ちょっと待ってろ。思い出すだけならともかく、さっきの会話とのつながりを探さなきゃいけないから……」


 そう言って智宏は歩きながら思い出す作業に集中する。とりあえず検索対象はミシオと出会ってから今までの二日間だ。それ以前は可能性として低いためカットし、二日間の記憶を脳内でリプレイする。

すると思いのほか早くヒットした。


「……これか?」


「早いな。……って言っても、もう十分は経ってるか。で? なんだった?」


「電話だよ」


「……電話?」


 不思議そうな顔をするレンドに説明すべく、頭の中で話をまとめる。


「さっき話してた時、マクラさんは『うちに電話がある』って言ってたろ?」


「ああ、実際番号まで教えてもらったな」


「でもミシオは最初に二人で話したとき、『電話自体そう触れる機会があるものじゃない』って言ったんだ」


「……それって一般には普及してないって意味で言ったんじゃないか? 実際、この世界じゃ電話なんてまだまだ有る家に借りに行って使うような普及率だぞ?」


「まあ、普通に考えたならそうなんだけど、でもあのときの口調はそんな感じじゃなかった。まるで、自分の家に電話があるのを知らないような……」


「……気のせいじゃないのか? いくら家に寄りつかないとは言え、もしそうだとしたらこの電話はかなり最近引いたことになるぞ? まあ、それはそれでおかしいってわけじゃないけど」


「あるいはミシオがそれだけ家をあけてるって可能性もあるな」


「でもあの爺さん、家をあけて十日って言ってなかったか?」


「十日の内に電話を引いたと考えるべきか、あるいは……」


 そこまで考え、しかし智宏はそこで溜息と共に思考を打ち切った。確固たる根拠もなくそこまで考えていたらきりがない。もっと決定的な情報がなければこれ以上はただの推測だ。


「おっと。トモヒロ、街が見えてきたからそろそろ刻印を解除しろ」


「ん? ああ。そうだな」


 見れば、すでに目の前の光景は森から建物にシフトしつつある。どうやら考え事をしている間に町についてしまったらしい。

 人に見られてもよくないので、すぐに智宏は額への魔力供給を止め、刻印を解除する。つい昨日手に入れたとは思えないほどスムーズな操作だ。ほとんど体の一部を動かすように操ることができる。


(……いや、実際体の一部なんだっけ)


 歩きながら周りを見渡すと、ちらほらと畑が見えた後、すぐに住宅が見え、それすらもすぐにビル街に変わった。ビルと言っても高いものでも五階建てくらいの規模だ。建物の並び方もかなり雑多で、高さもバラバラなところが多い。ビルとビルの間の路地も狭く、このあたりも日本とあまり変わらない。無計画で無秩序な広がりを見せる街並みだった。

 エデンでミシオと話をしたとき、智宏はこの世界の文明レベルを五十年ほど前のものと判断した。だが、目の前の街並みを見ていると一概にそうとも言えないらしい。確かにアースに比べれば一様に文明レベルは遅れているが、その遅れ方にもバラつきがあるように思える。


(物によっては小さい頃にはまだあったような品まであるな。同じ科学文明でも発展のし方が違うってことか?)


 智宏がそんなふうに異世界の文明について漠然と考察していると、唐突に、本当に唐突に、目の前の路地からミシオが(・・・・)姿を現した。


「え?」


「ん?」


「は?」


 それぞれがそれぞれ疑問の声を上げて沈黙する。当たり前だ。少なくとも智宏はこのような状況は予想していなかった。

 見れば、ミシオはこの世界に来たときとは違い、ちゃんとこの世界の服を着ていた。この世界の学校の物らしきセーラー服。それに若干合っていないリュックサックを背負い、靴はスニーカーを履いている。どう見ても今まで学校に行っていましたといった出で立ちだ。


(……ぇええええええ…………、そんな落ちぃ!?)


 智宏の心のなかに激しい動揺が広がる。当然だ。行方不明になって血眼になって探していた相手が普通に学校に行っていたのだから。

 そうしていると、さすがのレンドも沈黙に耐えられなくなったらしい。戸惑ったように口を開き、「えっと」などと言って話を切り出そうとした。

 だがそれに対するミシオの反応は劇的だった。声に反応するように突然踵を返すと、今出てきたばかりの路地に飛び込んだのだ。


『逃げた!?』


 二人揃って驚きの叫びをあげ、慌てて路地をのぞきこむ。すると既にミシオはかなりの距離を走りぬけており、みるみるその姿が小さくなっていく。


「ってミシオちゃん足速ぁっ!!」


「言ってる場合か! 追いかけるぞ!!」


 智宏は思わずそう言って路地に飛び込む。今まで必死で探しておいて、ここで逃がすなどという選択肢はあり得なかった。

 だが、


(……追いつけない!! なんだあの速さ!?)


 智宏の体は世界を超えたことで強化されている。それによって今の智宏の足は相当な速さを誇っているはずなのだ。

 だが追いつけない。ミシオも相当足が速いうえ、どうやら路地裏の走り方を心得ているようなのだ。

 途中に積んである荷物の山を軽々と避け、とび越え、すり抜ける。

 智宏達が少しでもスピードを緩めるようなところをそのままの速度で走りぬける。ミシオの走り方には速さ以上に技術と経験によるものが垣間見えた。


(……単純に速いだけじゃない!! まるで慣れてるみたいに走ってる!!)


 三人が順番に路地裏から飛び出す。どうやら両側の建物の反対側に出たらしい。時間が早いせいかまだ人はまばらだが、どうやらこの場所は商店街のようだ。店の前に立っていた店主たちが驚いたようにこちらを見つめている。

 だが、ミシオはそれには目もくれない。一直線に対岸の路地裏を目指し、そこに飛び込む。


「待ってくれよミシオちゃん!! なんで逃げるんだよぉ!」


 背後でレンドが叫ぶが、ミシオに応える様子はない。それどころかむしろその走りをさらに加速させたようだった。どうやら応える気はないらしい。


「ハァ……、ハァ……、なんだあれ、めちゃくちゃだ!!」


「くそ! このままじゃ見失う!!」


 既にバテ始めているレンドを見て智宏は危機感を覚える。まっとうに追いかけていたのでは追いつけないことはだれの目にも明らかだった。


(幸い、路地裏なら人気もない。……ならば!)


 走りながら決意を固め、智宏も路地裏に飛び込む。そして飛び込むと同時に額に魔力を流した。


(――【集積演算(スマートブレイン)】!!)


 再び思考が加速し、それと共に智宏の走り方が劇的に変わった。ミシオの走り方を観察し、手足の効率のいい動かし方を考える。そうすることで走り方から無駄を取り除き、途中の障害物を最適のコースで回避して疾走する。


(さらに――気功術発動!!)


 意思のもと、体内の魔力を操作すると、地面を蹴る足にさらなる力が加わった。第一世界エデンでは一般的な肉体強化の技術。異世界で学んだ魔力を操る感覚を完全な形で思い出し、手足に魔力を流して強化する。


(行っけぇ!!)


 技術と経験を思考で補い、高まった速度を最大限に使ってとにかく走る。前を走るミシオがだんだんと近づいてくるのを感じながら、さらに速く走る方法を考える。


(よし、これなら――!?)


 追いつける確信を得ようとしたちょうどそのとき、前を走るミシオがスカートのポケットから何かを取り出した。


(……手袋?)


 走りながら手にはめたそれを見て智宏はそう判断した。手先の器用さを失わない、指先のないタイプの手袋。それこそが、ミシオが自身の手にはめたものだった。

 と、突然ミシオが角を曲がった。


(っ!! しまった!)


 慌てて智宏もその角に向かって走る。これで巻かれては目も当てられない。身を隠される前にミシオの姿をとらえ直さなければならない。

 しかしそう思いながら曲がった角の向こうにはしかし、ミシオおろか猫の子一匹いなかった。


「……え?」


 しかもただ誰もいないのではない。行く手にビルが立ちはだかり、行き止まりであるにもかかわらず少女の姿だけが忽然と消えているのだ。


「ハァ……、ヒィ……、どうしたトモヒロ、追い付いたのか、って、あれ?」


 遅れてやってきたレンドが驚愕の声を上げる。見間違いかとも思ったが、智宏の記憶は間違いなくこの場所に入ったのを覚えていた。


(なんだ? 一体どうやって……、ん?)


だが、そのとき、何かのもの音がかすかに智宏の耳に入る。それは靴で地面をけるようなかすかな音だ。場所は、


(上?)


 疑問に思いながら上を見上げ、そして見た。

 はるか上、五階建てのビルの屋上の鉄柵を、スカートを翻しながら乗り越えるミシオの姿を。


「はぁあああああああああ!?」


「あれが噂のスパッツ!!」


「驚くところはそこじゃねぇえええ!!」


 反射的に左足でレンドの膝に蹴りを叩き込み、ついでに流れるような動作で軸足を入れ替えて体制の崩れたレンドの背中に右足を叩き込み、さらに行きがけの駄賃で体を回転させ、左足を倒れかけたレンドの頭に叩きこむ。

 鈍い音と共に隣のアホが地面に沈んだ。


「よし! 落ち着いた!!」


「なんでじゃぁっ!!」


 背後でレンドが抗議の声を上げる。

だが智宏はそれをあっさり無視して、壁に、もっと言えば壁面に取り付けられたパイプに組みついた。


「っておいトモヒロ!? どうするつもりだ?」


「決まってんだろ! 追いかけるんだよ! あいつがやったみたいにこの壁よじ登ってな!」


 ことがここにいたり、ようやく智宏はそれが少女があそこにいた、そして智宏達の目を盗んで消えることができた理由だろうと判断した。ビルの壁というのは換気口や雨どいのパイプ、窓枠、さらには窓のひさしなどの足場があちこちにある。それらは人が昇るために作られたわけではないが、それでも昇って昇れないことはない。


(にしたってこんなこと普通はやらないぞ! まったくどういう神経してるんだ!!)


 そう考えながら智宏は瞬く間に三階の窓のひさしによじ登る。【集積演算(スマートブレイン)】で算出したミシオも通ったと思われるコースはまだ先があったが、これ以上はそこを通る必要が無い。


(術式展開―――【多目的鎖(チェーンロック)】!!)


 ここからなら届くだろうことを確信し、智宏は魔術を発動させる。するとすぐさま掌に展開した魔方陣から鎖が放出され、先についた分銅が屋上の鉄柵に絡みつく。


「よし」


「待てトモヒロ。こいつを持ってけ!」


 声に智宏が振り向くと、目の前に何か手のひらに収まりそうなものが飛んできた。

 驚いてキャッチするとそれは手の中で小さく輝く。魔石による通信機だった。


「そいつから声が聞こえたら真ん中の魔石に魔力を流せ! そうすればそっちからの声がこっちにも届く! 後で連絡するからとりあえず今は受け方だけ覚えとけ!」


「わかった!!」


 返事とともに通信機をポケットにおさめると、智宏は鎖を巻きとって一気に壁面を上り始めた。






 智宏とミシオの追走劇が舞台を屋上に移したちょうどそのころ、表の道ではその様子を知って笑みを浮かべる人物がいた。


「……ハハ、アハハハハハ!」


 その笑みは純粋な喜びから来るものだ。にもかかわらず、その表情は邪悪と言っていい形に歪んでいる。


「ハァッハッハッハッハァ、ヒ、ヒィッヒッヒッヒ」


周りにいる通行人がこちらを見ているのが見える(・・・)が、それすらも気にせず男は笑い続ける。


「ヒヒ、ハア、ハハ!」


 ひとしきり笑うと、男はポケットからガムを取り出して噛みしめる。ニヤつく顔を隠そうともせず、男は頭の中で一つの計画を練りだした。


「親父は……、まあ、なんとかなるとして、問題はやっぱあの二人か。……なら、あいつ等の力でも借りるかな」


 これからすることを想像しながらガムをじっくりと噛みしめる。脳裏にこういうことに向いていそうな仲間を思い浮かべ、その中からすぐに連絡の取れる人間を探し出す。


「ハトリの奴ならすぐに連絡が付くかな。はっ、まったく。電話が携帯できる(・・・・・・・・)世界(・・)がうらやましいな」


 ガムを噛みながら面倒臭そうにそう言うと、その男、エイガは街を歩きだした。


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