3:訪問
魚寝村は南を海に、北と東を小さな山に囲まれた小さな村だ。どれくらい小さいかというと、せいぜい百名弱しか住んでいなかったエデンのレキハ村よりさらに家の数が少ない。面積も海と山に囲まれていることから、断崖に囲まれていたレキハ村と似たり寄ったりで、村の人間のほとんどが海で魚などの海産物を取り、それをここに来るのに通った西周りのルートで暦波町に売りに行って生活している。どうやらこのあたりには同じような村が点在しているらしく、暦波町はそこで獲れた品が集まる町らしい。
そしてそんな村の片隅にミシオの住むサデン家は存在していた。
「でかいな……」
サデン家はかなり大きな日本家屋だった。正確にはこの世界に日本と言う国はないので、日本家屋に近いこの世界の建築様式ということになる。だが、見た目は日本家屋と言って間違いない。どうやらレンドの情報に有った父親が有力者というのはまんざら嘘でもないらしい。
「しっかし、ほんとにこの世界は日本にそっくりだな……」
「まあ、立地っていうか、国のある場所も同じだからね。国の位置が近いとある程度同じような文化が生まれやすいんだよ」
「そうなのか? 一体どういう理屈なんだ?」
「う~ん……、要するに機能性と土地柄の問題なんだけど……。要するにさ。文化や文明、道具や建築物ってのはその土地で必要になるから生まれるものなんだよ」
「まあ、それはそうだろうな」
普通物と言うのは誰かが必要とするから生まれ、便利だと思うから普及するものだ。中には例外もあるだろうが、どこの世界でも基本的にそれは変わらないだろう。
「んで、そうやって生まれたものってのは時を経ると共により使いやすいようにその形を変えていく。より便利に、より効率よく、ね。でも、そうしたよりよい形ってのは大体の場合決まってくるものなんだ」
「決まってくる?」
「そう。考えてもみろ。たとえ世界が違っても最善の形ってのはそうは変わらない。どんなものでも機能性を突き詰めていけば落ち着く形は一定のパターンに収まるものなんだよ」
「それがさっき言っていた機能性の問題か。じゃあ、土地柄ってのは?」
「こっちはもっと簡単だ。例えば暑い地方で熱をため込んで逃がさないような家は作らないだろう?」
「確かに」
それだけで智宏はレンドの言うことを理解した。要するに気候が同じならば作る家の条件が重なってくるのだ。熱い場所なら風通しのいい家を。寒い場所なら熱を逃がさない家を作るように、どんなものにもその土地に合せた形というものが存在する。
「加えて、気候が同じってことは生息する生物や植物なんかもかぶる。土地が同じならばその土地で取れる鉱物なんかもだ。それはつまり同じ材料がそろってるってことになるから、必然的に同じものが作られる可能性がさらに増える」
「なるほどな」
もちろん、まったく同じ結果が出るわけではないだろう。現にこの世界とアースではアースの方が若干進んだ文明をもっている。進み具合の他にも歴史的な事情などで廃れてしまった文化などもあるだろうし、逆にアースで発達しなかった文化が発達している可能性もある。
「まあ、そんなわけで、レキハを持つ国がほとんど同じ場所にあるイデアとアースは、息づいている文化もかなり酷似してるって訳だ。ちなみにこの世界にもわびさびの文化はあるし、和服なんかもあるぞ。だから俺ミシオちゃんを見てて和服が似合いそうだと思ってた」
「……まあ、確かに」
少しだけその姿を想像していいかもしれないと思ってしまった。これではレンドのことをバカにできない。
「後その派生形で、浴衣や巫女服、あと制服姿もいいかもしれないなぁ!」
「……うん、やっぱり僕ここまでではないわ。っていうかお前、僕の世界の文化に染まりすぎじゃない? 正直今言ったような服がお前の国にあるとは思えないんだけど?」
「ん? ああ。確かに今のはアースの世界の文化だよ。俺、何度も世界を行き来してるからな。特にアースの文化はお気に入りなんだ。何せ、絵が動く世界のものだからな!」
「……そうか、よく考えたらオズにはアニメなんて文化はないのか」
「映像技術自体が無いんだよ。メディア自体も未発達でさ、だからああいう娯楽にあふれたアースに行ったときは感動したぁ。さっきの日本の文字だって日本の漫画を読むために覚えたくらいだからな!」
「お前、異世界人じゃなくて二次元の人だったのか……」
予想以上に生き生きと、楽しそうに語るレンドを見て少しだけ納得した。今までの会話で話の通じる部分が多いとは思っていたが、どうりで詳しいはずだった。
「あんたらさぁ、人の家で何騒いでるの?」
「え?」
突然声を掛けられて驚いて振り向くと、そこに背の高い若い男がいた。夏とはいえ肩や腹をむき出しにした露出の多い恰好で、耳にはピアスを付けている。表情はどことなくこちらを見下すようないやらしさを含んでおり、目つきもあまりいいとは言えない。さらには、どうやらガムか何かを噛んでいるらしく少しきついミントの臭いがする。
そんな中でも智宏は、目の前の人物が先ほどの話に出てきた息子のエイガであることを何となく察した。「人の家」と言っているのだからこの家の住人で間違いないだろう。
「うちに何か用? 親父に客か? 見たとこ一人はガキみたいだけど」
「……ええ、マクラさんとハマシマミシオさんに用がありまして」
「あん……? ミシオに?」
レンドがミシオの名前を出すと、エイガはあからさまに驚いたような表情を見せた。その反応を智宏がいぶかしんでいると、エイガはくちゃくちゃとガムを噛みながら智宏とレンドをじろじろと眺めまわし、最後に二人の顔に注目してからようやく納得したような顔をする。
「ふぅん……。まあ、いいや。上がってけよ。少なくとも親父はいるはずだぜ」
そう言うとエイガは、どこか楽しそうに顔を歪めて見せた。
智宏達が通されたのは庭の見える和室だった。どうやら客間らしく、掛け軸や焼き物がそれとなく飾られて部屋を飾り、客を迎えるための家の顔の役を果たしている。
そんな風情のある部屋でしかし、レンドは一つの苦行を強いられていた。
「おいレンド、正座がそんなにきついか? 僕だって慣れているわけじゃないけどそんな苦悶するまでじゃないぞ?」
「……ああ。足がどうにかなりそうだ。異世界でいろんな文化を見てきたが、こういうところは全く理解できない。足にも悪いだろうこんな恰好」
「まあ、足腰に負担がかかるのは認めるが……」
もっともこの差は単純に智宏の肉体が強化されていることによる副産物かもしれない。世界を渡るにあたって濃密な【全属性】の魔力を大量に取り込んだ智宏の体は、気功術を使わなくても身体能力が高まっている。ならば普段以上に正座に耐えられている可能性も否めない。
そんなことを考えていると、ふすまの向こうから人の気配がした。それに気がついて間もなくふすまが開き、着物を着た老人が入ってくる。
「お待たせして申し訳ない。ミシオの養父をやっております、砂堂真倉と申します」
「吉田智宏です」
「レンブランド・リードです。本日は突然の訪問、誠に失礼いたしました」
先ほどまでの様子をおくびにも出さず、しっかりとした態度でレンドがそう挨拶する。内心では足のしびれに悲鳴を上げているだろうにそれを相手に少しも見せないのはさすがだった。
「いやいや、ミシオに関することでしたらいつ来ていただいても構いません。正直あの子のことでは我々にも至らぬところがありますから。……ところで、失礼ですが今日はどういったご用件で?」
そんなことを考えている間に、こちらに歩み寄ってきたマクラも目の前の座布団に座る。途中こちらを見たマクラの視線が、二人の耳元に注がれるのを感じたが、生まれつき長い耳を持つ智宏にとってはいつものことなので特に言及しなかった。それがなくともレンドのような西洋人はこのあたりでは珍しいだろう。
「はい。実はミシオさんと急に連絡が取れなくなりまして、こちらに伺えば何か分かるかと思い来たのですが……」
「そうでしたか。しかし……」
そう言うとマクラは急に表情を曇らせた。しかしすぐに意を決したように話しだす。
「実は私達もあの子が今どこにいるかは分からないのです。もともとあの子は私たちと距離を置いているところがありましたし、特に息子の栄河とは折り合いが悪く、最近も十日ほど前から行方が分からないのです」
十日。その数字に智宏は少しだけ判断に困った。というのもミシオは異世界で少なくとも七日間の時間を過ごしているのだ。そのうち智宏が知っているのは二日、知りあう前にミシオがカウントしていたのは五日で計七日だ。
だが彼女が異世界に行った理由が誘拐であり、彼女が違法な実験を受けていた期間は本人もカウントできていない。誘拐されてから逃げだすまで三日以上かかっていたのなら、最悪家に帰っていない十日間というのはミシオが誘拐され異世界にいた時間そのままという可能性もあり得る。
「私としましても心の痛む問題でして……。何とか良い関係に改善したいとは思っているのですが」
「息子さんと折り合いが悪いと言われましたが……」
「……はい。不肖の息子です。妻を早くに失い、それから私一人で面倒を見てきましたが、私も立場の有る身でしたし、どうしても甘やかしてしまって……。あの通りの人間に育ってしまいました。お恥ずかしい限りです」
そう言ってマクラは小さくため息をついた。確かに智宏もあの息子にいい印象は持てなかった。あれならミシオと折り合いが悪いのも頷ける。
「……ミシオさんの行く先にどこか心あたりはありませんか? 仲の良い知人などは?」
「申し訳ない……。それもわからんのです。なにぶんあの子にはなるべく踏み込まぬように付き合っていましたから」
「そうですか……、わかりました。こちらでも引き続き探してみます。ついては彼女について何か分かったときに連絡したいのですが?」
「うちに電話があるのでその番号を教えましょう。何かあればそこにかけてください」
「ありがとうございます」
そう言ってレンドは名刺のような紙を取りだすと、それをマクラに手渡す。どうやらレンドも連絡先を教えるつもりらしい。
(なるほど……。流石にミシオ本人がいない状態で異世界の話はしないか。……ん?)
二人が連絡先を交換する姿を見ながら、ふと、小さな引っ掛かりを覚えた。何か記憶の底で引っかかるような感覚だ。しかしそれが何かがわかる前にレンドは番号の交換を終え、会話を再開する。
「では私どもはもう一度ミシオさんの捜索をしてみます。こちらでも心あたりを当たってみましょう」
「お願いします。こちらでも知人を当たってみますので。……あと、勝手な話なのですが、もう二日たっても消息がつかめなかった場合警察にも連絡しようと思っています。事情が事情なので今まで控えておりましたが、流石に十二日も行方不明となると事件に巻き込まれた可能性がありますから」
「あ、えっと……」
マクラの言葉に思わず智宏は反応した。邪魔になるのもまずいのでこれまで会話に参加していなかったが、さすがにこれは言っておいた方がいいだろうと思ったからだ。
「ミシオは、その、今朝がたまでは元気でいるのを確認しています。ですから心配はいりません」
そういった瞬間、目の前の老人の表情が驚きの表情にかたまる。眼を見開いて口をわずかに開けたその硬直は一瞬だったと思われるが、智宏にはその瞬間が酷く長く感じられた。
「あ、え……、どうされました?」
「え、ああ、いえ。……その、失礼ですがお二人はミシオとはどういった関係で?」
「へ? ……あ」
言われて、智宏は初めて自分の言ったセリフに潜むいかがわしさを自覚する。それによって自身の顔が熱を持つのを自覚し、慌てて智宏はその誤解を解きにかかった。
「ああ、いえっ。彼女とは以前から知り合いだったんですけど、最近急に姿を見なくなって、それで心配してたんですけどっ、今朝道を歩いていて遠目に彼女がいるのを見かけて、でも目を離したすきにどこかへ……」
慌てて訂正しようとし、だからと言って異世界について話す勇気もなかったため、即興でミシオとの交友関係を捏造する。深く突っ込まれたらたちまちぼろが出そうな説明だったが、マクラはそれで納得したらしくすぐに落ち着きを取り戻した。
「……そうですか。ああ、無事を確認しているのですかそれは良かった」
智宏の証言に、マクラは心底安心したようで、今度はしきりに「よかった、よかった」と繰り返す。どうやら彼自身かなり心配していたらしい。
レンドは、そんなマクラが落ち着くのを待つと、話を切り上げるべくこう切り出した
「では、私どもはこれで失礼します。貴重な時間をありがとうございました」
「いえいえ、こちらもミシオの消息がわかって安心しました。異国の方とお話しするのも珍しいですし……。ああ、玄関までお送りしましょう。なにぶん広い家ですので」
そう言うとマクラは優しげな笑顔を浮かべて立ち上がった。レンドもそれに笑顔で何かを答えながら立ち上がろうとしてしかし、すぐに硬直したように動きを止める。
「ええ……と、あの、お構いなく」
顔から脂汗を流しながらレンドはそういう。それに対してマクラは不思議そうな顔をしたが、智宏はすぐに原因を察した。
「すぐには立てませんので……」
途端にレンドは前のめりに倒れ、負けを認めざるを得なかったスポーツ選手のように地面に突っ伏した。
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