第三話 贅沢なお買い物
結局八月九日に入院、手術が決まった。
やはり折れ曲がった背骨は無視できないらしい。
「酷い」とR先生は直接形容していたが、確かに酷い有様だと自分でも思う。
そんなわけで明日即手術ではないものの、来月手術ということでスケジュールが動くことになった。
この時もR先生はどう処置するか悩んでいたようだが、自分はお任せしますと言いながら、実際は折れた部分の補強のみで終わるだろうなと思っていた。
トラムセットをもらって痛みからは解放されたのだが、結局机に突っ伏して寝る習慣は変わらなかった。
トラムセットをもらう前、痛みに悶えて夜中も眠れなかった頃からだが、自分はたまに深夜のテレビを観るようになっていた。
身の詰まっていない深夜帯特有のCM大増量の中で、芸人のおしゃべりとか、中身の入ってこないアニメとか、もうただ流しているだけでまともに観る気もしなかったのだが、そんな中で不意に自分の心を鷲掴みにしたのは、これまた退屈な通販番組のとある商品の紹介だった。
そうそれはマットレスの紹介。
自分が使っているマットレスの数倍の値段はしようかというその商品は、厚みも薄いのに当然CM上の演出でだろうけどやたらと強力で、ああこれなら安眠できるかな? と惑わせてくれる。
あれは自分にとって魔法の言葉だった。
そして興味を覚えた自分は、ネットでいろいろ調べて商品を漁り始めた。
あまりにも酷い今のマットレスではもう一瞬も眠れない。
この問題は例え手術をしてもつきまとう問題になる。
かといって車並に高いベッドを買うお金も、それを置くスペースもない我が家では、やはりマットレスが関の山ということになりそうだ。
しかしそれで本当に効果は出るのだろうか?
しかもそのマットレスも、今の自分にとって簡単に買える額とは言えない。
今まで生活保護費で買った最大のお買い物は、新型のスマホが二万円を切る程度だったが、少なくともそれの倍は費用がかかってしまう。
当然かなりの節約をしなければそんなお金は出てこない。
しかしこれは自分にとって今後を決める買い物なわけで、出費そのものはどうしてもやむを得ない。
いや本当にこんな贅沢が許されるだろうか。
考えに考えて悩み抜いた自分は、ついにコストなど考えて一つの商品を購入することにした。
いや決めてからもまだ悩んで数日注文が遅れたくらい。
そんなわけでかなり悩んで堂々巡りを繰り返しつつ買ったマットレスだが、高いだけあって寝心地は最高だった。
しかしいかんせん骨が折れている自分は長くそこに寝転んでいることもできず、結局云万円したマットレスは、しばらくは寝る者がおらず単なる邪魔な敷物にしかならなかった。
相変わらず机に突っ伏して寝ながら、飾りとなった自分史上最大の買い物が真価を証明するのは、九月を過ぎてからの話となる。
この頃自炊はもう無理だと諦めた自分は、ほぼ菓子パンで食いつないでいた。
ジャムパンにアップルパイ、クリームパンがメイン。
カレーパンを一度だけ食したこともあったが、高い塩分にしては満足度がいまいちで、二度目はなかった。
それらを麦茶で流し込む。
もうコンロに火をつけてコーヒーや紅茶を淹れるのも辛かった。
アップルパイは「トースターで焼いてひと手間」と書かれていたが、その手間すら惜しむほどだった。
後にやったがやらないほうが美味しかったというのは秘密だ……。
辛うじて卵の少量パックを買ってきて、ゆで卵を作ることで栄養を多少考えたが、それですら多少の覚悟を必要とした。
もう豆腐も野菜も刻む気力はなし。
他にヨーグルトを食べようと考えたが、今までのように容量の多さを考えるのではなく、食べやすさを考えて四個や三個に仕切られた小分けパックを買うようになった。
もう量で安さを選択する余裕もなし。
他にスーパーの弁当を物色するようになった。
しかしこれの塩分が高いこと。
さすがに4gを超える品は怖くて手が出ない。
しかしメインの弁当は平然と5gを超えてくる。
ちらし寿司が2g台だったのでそれを、後に豚塩カルビ弁当が同様に2g台だったので好んで購入するようになった。
なんとか一日6gの壁は死守していたが、しかし普段2、3g以下で済ませていた頃に比べると、栄養も塩分も相当荒れていた。
それでも体重は横ばいだったのが唯一の救い。
六月の入院で実は結構太ってしまったのだが、それも半月もするとようやく減り直して、入院前の水準に戻っていた。
ただ醤油辛い味つけに慣れたせいか、今まで食べていたチョコチップのパンや、古めかしいビスケットが美味しいと思えなくなっていた。
久しぶりに食べた時なんだこのバニラエッセンスのきつさは? と驚いたくらい。
大分味覚が変化していたようだ。
ただゆで卵も最初は塩を少量使っていたのをやめて卵のみにしたり、再矯正は地道に進んだおかげで、後にそれらもおいしく食べられるようにはなった。
とにかく能動的な行動が取れなかった自分は、ほぼ一日中眠ることに尽力していたように思う。
当然眠れないのだがだからといって起きてなにかする気力はないので、ただただ突っ伏しているか、たまに視線を上げて退屈なテレビを観るか、それだけ。
こうして一日千秋の気持ちで八月九日を待つだけの存在に。
これが自分の七月末の状態だった。




