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今日から始める脳梗塞  作者: おっとり魚
第四部 新たなる旅立ち(手術)―その一 六月の入院記―
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第五話 現れた悪爺さん

 この二人の爺さん、実は両方自分のイニシャルと同じだったりする。

しかも前出のバイト先の上司M川ともイニシャルかぶり。

何人同じ○行の人間が集まるのかという感じで、自分も混同してM川のことをちょいちょい思い出すので辟易していた。

というわけで善爺と悪爺という呼称で統一させてもらった。

愛せないけど愛すべきボケ老人たちである。

いや本当に愛せないんだが特に今回紹介の悪爺に関しては。

しかもこの爺さん特にボケてはおらず、素で大迷惑な性格だったからたち悪い。


自分の入院後少ししてから入院してきた悪爺は、最初は元気だった。

善爺も多分70代だったと思うが、この悪爺は79歳ということで80にリーチがかかる高齢だった。

その割には元気なのだが、悪い方向にばかり元気なので困る。

最初は歩行器でトイレに行っていた爺さんは、じきに車椅子で運んでもらうようになった。

それでも頻繁にトイレに行きたがる悪爺は、看護師にも早速嫌われたようだ。

それ自体はよくある光景なのだが、どうやら悪爺は一人で勝手にトイレに行き、そこでこけたらしい。

その後看護師のストップが厳しくなったのだが、この悪爺は言うこと聞きやしない。

一人でやかましい善爺とはまた別の意味で騒々しい爺さんで、話題には事欠かなかった。


その後看護師が朝の血中酸素飽和度検査で異様に低い数字を出したことに懸念を抱いたことで、この爺さんの運命は暗転する。

朝の体温計による検温、血圧測定と並んでメジャーなのが、パルスオキシメーターと呼ばれる機械による血中酸素飽和度の計測。

これは指先を挟むと簡単に計測でき、血の中を巡る酸素の飽和度=濃さ? を計測できる。

問題がないと95以上の数字が出るため、例えば多少息切れするほど運動をした後でもこれが90より下がるということはめったにないのだが、悪爺は何もしてないにも関わらずこの数字が妙に低かったらしい。

早速酸素マスクの用意がされ、部屋の都合で他に栓がないということで自分の部屋から線が伸びて酸素が送られることになった。

そしてCT画像撮影の結果、悪爺はどうやら肺炎を起こしているらしいことがわかった。


 最初悪爺さんはちょっと入院して、腰の痛みを抑えるブロック注射を受けて帰るつもりだったらしい。

来週はコロナワクチン摂取の予約があるから、それまでには退院させてほしいと自分と同じ主治医のクロちゃんに説明していたのだが、何日経っても状況は改善せず、さらには肺炎まで併発してしまった。

そしてベッドに縛りつけられて身動きを封じられた悪爺は、おむつをつけられてついにトイレも禁止された。

しかし本人はトイレに行きたがり、看護師を呼んでは「頼むからトイレに行かせてくれ」と懇願し、最初は隙のある看護師に連れられて車椅子で移動してトイレに行ったりもしたのだが、結局出ない上あまりにも回数が多いためそれもついには見限られてしまった。

ついに「トイレ行かせてくれ!」「おむつしているからその中にしてください」であしらわれるようになった悪爺は、また自分で起き上がろうとしては看護師に注意され、結局転落防止柵を張り巡らされて身動き禁止の処分に。

この爺さん自分は肺炎を起こしているという事実を理解していないらしい。

後で看護師や医者に説明されても初めて聞いたという顔をしていたところからも、理解は追いついていなかったようだ。


当然納得できない悪爺は、洗面のため部屋の中の水道を使う自分に「この柵はどうやったら抜けるのか」と半泣きで聞きながら柵をがしゃがしゃと鳴らすのだが、そんなことで俺を共犯にしないでくれという話だった。

適当にごまかしてその場を抜けた自分は、いよいよこの爺さんとの接点を失っていった。

まともに会話したのはこの時が最後だったように思う。


 しかも爺さんはおむつの中に大便を漏らすということができなかった。

これはわかる気はする。

実際爺さんはこの後音をさせながらおむつの中に自分で排泄するのだが、自分はそれをすぐそばで聞きながら、わかっていてもとても真似できる気がしなかった。

悲惨だったのは気張るタイミングがあまりにも悪すぎて、同時に朝食が配られた時。

爺さんはおしりを拭いて欲しいと懇願したが、看護師は食事が終わるまでは無理と拒絶。

無理もないといえばない話だが、看護師は食事だけ先にしては? とこれまた無茶な提案をしていた。

当然悪爺はこの状態で飯なんか食えるか! と拒否していたが、当然といえば当然。

それを聞く他人としては、飯時に部屋でうんこするか? という話だったが。

結局悪いのはタイミングを見なかった悪爺ということもできる。


これまで自分もおむつを着用する=したくなったらその中にする状況に何度か追い込まれたことがあるが、それだけはさすがに自分でもできそうにない。というかできていない。

それくらい人としての尊厳を傷つける行為だと思う。

冷静に考えれば病気なんだし動けないんだからしょうがないですむのだが、そんなに人は自由ではいられないもんだ。

自分の母親もこれだけはできなかったようだし、それどころか室内のポータブルトイレすら拒絶していたので、年齢の問題でもないようだ。

いやむしろ歳だからこそ拒絶感情は強く頑なになるらしい。

こういう経験は人生においてもっと早めに通過しておいたほうが、いざ歳を食って変なプライドが身についてからよりはいいのかもしれないなと思った。

既に自分も手遅れではあるのだが。

十代前半くらいの学校教育でおむつにわざと漏らしてお世話をしてもらうくらい一度は経験しておいたほうがいいのかも……いや実現不可能だろうが。


 でこの後悪爺がどうなったかといえば、これがなかなか凄まじい。

肺炎でまともに動けないにも関わらず、隙あらばベッドを逃げ出そうとするようになったのである。

手には薬など入れるために針が刺さってルートが取られていたのだが、爺さんこれをいじっては勝手に抜いてしまう。

おかげで血まみれ。

それだけならまだしも、ベッドを抜け出しては歩けない足でその辺を歩こうとする。

酸素マスクなんか当然無視。


加えると元々この爺さん、まだ動けていた頃から入院中のリハビリを拒絶していた。

入院中は寝ていることが多いが、この状況だと老人ではなく普通の人でも急速に体力が落ちていく。

その体力の落ち方は入院してみるとわかるが、想像を遥かに超えるレベルだったりする。

それを防いで退院後も入院時と同じ体力を保持するためにリハビリがあるのだが、この爺さんはそれがわかっていない。

リハビリに誘いにやってきた理学療法士=主に足や体を動かす面倒を見てくれる人に一度はついていったのだが、こんなリハビリは無意味だ、五年ほど前も(民間で)受けたが、全然病気は改善しなかった、いらんからもう拒否すると言い出した。

これに困ったのは理学療法士で、いよいよ切羽詰まった末上司(自分の担当でもあった)も登場し、最後はクロちゃんも「病状が改善したかどうかはリハビリの結果をみないとわからない」=だからリハビリは受けろよと釘を差しに来たのだが、爺さんはこれを断ることしか考えていない。


理学療法士が帰った後もベッドで一人ブツブツとリハビリ活動の無意味さを説き、断り文句を並べて悦に入っているのである。

自分はその無意味な強弁を残らず聞かされてうんざりしていた。

爺さんの弁によると、自分で動かずに機械にかかっているだけなら楽でいいらしい。

そんな療法もあるからやってみましょうと理学療法士も誘ってはみたのだが、実際は自分の思い通りにならないということでへそを曲げてしまったようだ。

悪爺担当の理学療法士は女性だったのだが、彼女は悪爺に文字通り蛇蝎のごとく嫌われ、たまに現れては罵声を浴びせられる羽目になった。

最初から敵としてしか認識されない、あれは哀れなことだったと思う。

こうして最後の運動さえ拒絶して徐々に弱った爺さんは肺炎まで併発し、状況はさらに悪化したわけだ。

ここまでの流れがなんの同情の余地もないから困ってしまう。

自分はその頃やっと起き上がれるようになり、リハビリも始まって少し状況が改善していたので、いよいよリハビリをマッサージかなにかとしか思っていない悪爺の態度が理解できなかった。

そして自分のこの爺さんへの評価は底を打ち、今まででも一番嫌な同室者へと変わっていくことになる。


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