血圧のことは忘れたい(2)
結局その後数日、この190を超える異常な血圧の高さは直らなかった。
何度病院に行こうかと思ったが、実生活面では変化はないし痛みもないので、ひたすらじっと自分で作り出した恐怖という怪物に耐え続ける。
もう死ぬなら死ぬわという諦めである。
降圧剤はもうなんの期待もできないので、血液サラサラの薬がかろうじて血栓を作ってくれないことを祈るしかない。
この薬も鼻の粘膜を傷つけた時ちょっと血が止まるのが遅いなと感じたくらい(多分気分的な問題)だが、効いているのかいないのか。
入院時わざわざ採血して検査したのだから、全く効いていないということはないと思うのだが、今となってはこの一錠が最後の砦だ。
結局当面は最初に測定された上190超えの結果に苦虫を噛み潰し、何度かやってやっとちょっとマシな数値が出たらそれを血圧手帳に書き込む繰り返しが続いた。
もちろんこんな測定の仕方は、なんの意味もないので真似しないように。
もうほぼほぼ自分を落ち着かせるために嘘ごまかしを繰り返していただけだった。
このごまかしで出た低めの数字は、二日目にはやっと170を切って168を計測するようになった。
その後上は160台と150台を行き来しつつ、下は100と110台になった。
どう考えても199だの136だのはあり得なかったわけだ。
そう信じるしかない。
その後さらに数値は下がり、140、130と記録は下がっていく。
この頃はもう199などでたらめな数字はでなくなり、やり直しに苦しむことも大分なくなった。
むしろ血圧を上げているのは血圧計のほうじゃないのかこれ。
本当に信用ならん代物だ。
実際血圧は常に変動している。
ちょっと動いたりするだけでも簡単に数値は変わる。
いや動いていなくても変化するのが血圧。
それを朝晩だけ計測して記録することにどれだけ意味があるのか、疑いだしたらきりがない。
本当はもっと長いスパンで数字の中央値を考えながら見ていくべきだと気づいたのは、数ヶ月ほどこの血圧の数字を眺め続けてからのことになる。
瞬間的に高いかどうかはそこまで重要でもない。
日々の同じ条件で調べた数字の平均がどの程度になるか、大事なのはそこ。
だからちょっと高い数字が出たからといって慌てることはない。
20や30くらいはあっさり変動する血圧の、一番高い(低い)地点を計測しただけという可能性もあるのだ。
まあそれでも199なんて数字は普通の人には出ないのだが。
この血圧不安にとどめを刺したのは、かかりつけの医者の言葉だった。
その時のことを話す。
「かかりつけ医を見つけて以後はその人に処方箋を書いてもらえ」と指示されていた自分は、半月ほど経ってから紹介状を持参して近くの内科を尋ねた。
母親のすい臓がんを見つけてくれた例の医者である。
かつて母親はこの病院から紹介状をもらって大きな病院に行ったが、自分は逆のルートを辿ってこの病院にやって来ることになった。
近所にあって高血圧が専門ということもあってその人を頼ったのだが、早速ここで言われたのは「入院中の血圧は低く出る」という驚きの話だった。
つまりあの数値も頭から信用はできないということだ。
すでに家庭用のメタメタぶりを味わった自分にとっては、ならもはやなにを基準にしろという話である。
その医者が使っている血圧計によると、自分の血圧は154/110くらいらしい。
199ではなかったが、それでもかなり高い。
というかそれこそまさに元の木阿弥。
その頃には家庭用で120台もやっと出るようになっていた自分にはがっかりの数字だ。
自分で思っていた以上に高い。
ちゃんと身を切る思いで野菜と豆腐を塩気減らして食べているのに。
そして今のままではちょっと高すぎるからと、降圧剤を一錠増やされてしまった。
これが後発がない新薬だったため、とんでもない値段を払う羽目になってしまった。
話がまーた逸れるが、以前骨折からの痛みで抗うつ剤を処方されたことがある。
元々抗うつ剤として開発された後、何故か腰痛にも効果ありと認定された薬(実はそんな痛み止めは結構ある)だが、これも後発なしである。
二ヶ月分で一万円近くするとんでもない薬だった。当然三割負担でこの値段。
今回の降圧剤ですら鼻で笑われるレベルのとびきりの薬価。
高いだけあって、確かに痛みには効果てきめんだったのだが、元が抗うつ剤なために副作用も凄まじかった。
その副作用があまりにも次元の違う酷さだったため、途中でもう無理と悲鳴を上げた自分は、勝手に自己判断でやめてしまった。
普通は段階を踏んで減らしていくらしいのだが、自分は自己判断でピタリとやめてしまった。
薬の使用中止判断は自分で勝手に決めず、まずは医師に相談しましょう、くれぐれも真似しないように。
結局別にうつ病ではないので、痛みさえなければ問題ないと整形外科医はあっさり容認してくれたが、本来は相談の上で断薬すべき。
実際リミットまで飲んでいた薬を一気にやめたせいで、離脱症状というものにしばらく悩まされた。
あの苦痛は中々ハードな経験だった。
頭の中でずっと一日中森の小人(童謡)が流れて、その度に物凄い振動で視界(脳みそ)が揺さぶられるのである。
シャンビリと呼ばれているポピュラーな症状だった。
今でもシャンシャンというクリスマス頃よく聞くそりの音は、自分には違う響きを持って聞こえてくる。
そんな薬を半年以上は飲んでいたか、かかった薬代は推して知るべしである。
今思い出すと飲み薬代だけで今回の入院費が余裕で払える額だった。
あれに後発品があれば、もっと安く上がったのだが。
いろいろと批判や不信の多いジェネリックだが、なきゃないで貧乏人には地獄なのである。
その抗うつ剤に後発品が出るのは、多分2021年以降のはず。
今でも使いきれなかった薬が残っているが、見る度にまた森の小人が歌い出さないか不安になる。
例え痛みに襲われても二度と飲む気にはなれない。
また脱線した。というかこんなこと書くまで忘れていたのだが、つい記憶が吹き出してきた。
そして自分病みすぎだなと思い直した。
本当に辛い人に比べたら全然大したことはないはずなのだが……微妙な経験ばっかりしているような気分だ。
後発がないので家計が大ピンチという話だった。
そうして増やされた降圧剤は「効果がゆるく出るので一ヶ月くらい様子を見たい」と連呼する医師は、まるで製薬会社の営業社員のように見えた。
最初から予防線を張られていたように思うというのはちょっと勘ぐりすぎか。
しかしこの薬はゆっくり効くどころかいきなり効果を示した。
服用後の血圧が20は下がったのである。
数値は上は130台から120台、110台と徐々に落ちていく。
下は70台にも手が届き、高くても90は超えない。
正常値ぎりぎりとされるのが下85なので、さすがにこれを常に下回るまではいかないのが惜しいが、今までに比べたら十分平常値近くまで下がっている。
だが二度目の検査でこの医者が使う高級な血圧計は、自宅での測定をまた否定してしまった。
やはり血圧は上150の数字から動いていないらしい。
結局薬はこのままで今後も様子を見たいと言われてしまった。
薬のせいか食事の改善のせいかはともかく、やっと家庭用血圧計も少しは信用できると思っていたのに、なにも変わっていないという事実のおかげで、全てがぬか喜びになってしまった。
高く出てもでたらめ、低いのも正しくないと言われてしまったのである。
治療中はこんなことの繰り返しなのはしょうがないが、家庭用血圧計の数字が全く信用に値しないというのはどうにかしてほしいものである。
これでは計測して日々を過ごす張り合いがない。
だから高血圧治療に関してこんなに不信感が渦巻いているんだということを、肌で感じてしまった経験だった。




