第二話 電話して初めて気づいたこと☆初めての造影剤
受話器を取った自分は、今思い出すと恐ろしく冷静だった。
そういえば普通に119番と言っているが、あれ救急車ってこれでよかったっけ? と今だと逆に混乱してしまう。
警察110番はわかるが、時報と天気予報は117なのか177なのかというレベルである。
そういえば天気予報はネットの影響でもう電話する発想もなくなったなあ。時報もか。
すぐ救急車お願いしますと答える。
この時なにを聞かれたのか、まずは玄関の鍵が開いているかどうかだった?
思えばこれが初めて自分でした119番だ。救急車自体は母親の時を含めてもう五回は乗っているし、入院自体は四度目。
などと感慨にふけっている暇は自分にはなかった。
話し言葉が変だったからだ。これも脳梗塞の典型的症状「ろれつが回っていない」である。
自分でもこの時初めて気がついた。
電話対応の人は「右半身がおかしい」と告げると「ろれつが回っていないとかないですか?」と遠慮がちに尋ねたが、どう考えてもろれつが回っていない。
おかしいことをはっきり伝えると納得してくれたようだ。
その後玄関が開いていて今自分一人であること、一階にいることなどを伝えて電話は終わった。
既に救急車は会話の合間に出動したらしい。
さすが迅速である。
今二階にいて自分で降りられるかとか玄関の鍵を開けられない可能性などにも言及し、隊員の現場到着後のこともよく考えられている。
後は身一つで外に出るだけなので、寝巻にジャンパーを羽織って、予め用意万端な入院用かばんを脇において、玄関で靴を履いて上り框に座った自分は、救急車の音が近づいてくるのに合わせて腰を上げた。
玄関の鍵を締めて救急車に乗り込んだ自分は、早速定番となる質問攻めにあう。
右半身が、ろれつがと既にわかっている病状を説明すると「典型的な脳卒中だと思います」と言われる。
やはりそうか。
もうここまでくれば費用だなんだと言ってもしょうがない。
救急車を呼んだ時点で金はかかっているので、素直に説明する自分は完全に開き直っていた。
希望を聞かれて最新式の機器が揃う病院を指名したが、問題なく受け入れてもらえてその病院に運ばれた。
ここまでは不安を払拭してくれるいい展開だった。
病院到着後、診察室とも病室とも違う独特の雰囲気の部屋に運ばれると、早速狭っ苦しい台に乗せられて、ここで救急隊の面々とはお別れである。
またお決まりの質問攻めが待っている。
今回は右半身がおかしい、ろれつも回っていないと伝えれば、話は簡単に通じる。
血圧が高いですねと言われた。
元から高めの自分は「そうですね」「今まで薬飲んでましたか?」「いいえ、飲むように言われたことないです」とありがちな会話を続けていたが、ふと画面に表示されている血圧を見て愕然とした。
なんと血圧が190を超えている。
高めとはいえそれでも160を超えたことはなかった自分も、さすがにこの数字は驚きが隠せない。
これ自分の血圧ですかと確認したくらいだ。
その後CT、MRIとお決まりのコースに流された。
まずはレントゲンから。板を移動させて背中にいれる形で行う撮影は、さほど苦もなく終わった。
次はCT。
テレビの医療ものでよくある、丸い輪っかの中に通されるあれである。
まず細くて狭い台に乗せられる。
骨折しているわけでもなく直立可能なので、台への移動は楽だった。
以前背骨(ほぼ腰に近い位置)を骨折した時は地獄だったが、それに比べればなんてことはない。
しかしその狭くて硬い台の上で上を向いて寝ろと言われると、途端に悪夢が蘇る。
今までも多分これからも、散々繰り返されるであろう光景である。
普通の人はそれが難なくできるのだろうが、背骨が変形してしまった自分にはそれができないのだ。
以前入院した別の病院では痛み止めの点滴で、筋肉注射でと散々やらされて失敗した末に嫌味を並べられたが、できないもんはできないのだ。
数分どころか数秒も姿勢を維持できないのに、患者が悪いみたいに罵られ、それじゃ検査できないと言われても知るかという話だ。
それを散々やられた末に病院を追い出されるようにして退院した経験がある自分は、かなり頑なになっていた。
が、この病院ではそういうこともない。
主治医は事情を知っているので、てきぱきと対応して指示してくれる。
おかげで不毛な対話は避けられ、ただでさえ上がっている血圧をさらに上げることはなかった。
僥倖である。
この感覚も普通の人にはわからない感情だと思うが、自分的には大事なことなので一応記しておこうと思う。
患者の特性を無視して機械にあわせろなどとほざく連中は医者じゃない。
現代医学において検査は非常に大事なことだが、だからこそ検査器具は柔軟であるべきなのに、それが出来ずに軍服に合わせろと億単位の機械で脅す医療機器メーカーにも苦言を呈したいところだ。
もちろん患者だって少々のことは我慢する。それは当たり前のことなのだ。だが誰にだって限界というものはある。
なんとかCTをパスした自分は、最後にMRIに臨んだ。
MRIは磁気を浴びせて全身を透視撮影する。
レントゲンやCTが放射線を浴びせて透視するのと比べると、MRIは被曝の心配はないが、磁気が思わぬ影響を及ぼすことがある。
金属は厳禁の場所である。
ミリオン○アーで数億のMRIが使用不能に陥ったという都市伝説もある。
ヒート○ックも繊維に金属が入っていることもあって低温やけどの危険があるそうだ。
当然貴金属は全て外すように指示される。
ペースメーカーなども駄目。
入れ墨も場合によっては駄目らしい。
CTと違ってこちらは密閉空間の筒に入れられ、20分程度は騒音と戦わされることになる。
その騒音と戦うために内部ではテクノ系のBGMが鳴っていたりする。
耳栓をされるのでどちらもあまり大音量で聴けるわけではないが、それでも結構うるさい。
やはり今回も上を向いて寝ろの指示は来る。
まあお決まりの話である。
CTはなんとか下に布など入れ嵩増しして斜めの傾斜を作ってもらってクリアしたが、MRIは筒の中が狭いため、嵩増しは通じない。
しかもかかる時間の単位も違う。
ここで以前骨折時にMRIを受けた時は、横向きで撮影してもらった。
横向きなら10分でも20分でも耐えられるので、まあなんとかなるだろうというのが目論見であった。
そのためにはどうしてもこの病院の「最新式の大きいMRI」が必須なのだ。とんでもなく贅沢な話だがしょうがない。
散々嫌味を言われた末に「横向きなら耐えられる」「横じゃ肩がぶつかります」と言われ、最後は薬で眠らされて意識がない間に機械に放り込まれて無理矢理撮影を強行した病院とは大違いだ。
いや、この時の医師の大英断には今も感謝しているが。
(しかしその後再度受診した時は、その時の事情を説明してお願いしたにも関わらず、最初からまた同じやり取りを繰り返させられ嫌味を言われ検査を取り消され、最後は自分から帰るように仕向けられたのだが)
しかし脳の撮影は骨折した背骨とは話が違ったようだ。
事情はよくわからないが、結局撮影は失敗に終わってしまった。
こうして自分はまた部屋を移され、今度は造影剤を使ったCTに挑むことになった。
前段のCTは造影剤なしの単純CTだったが、今度は造影剤を使うことになる。
これがまた中々奇異な代物であったのだが、個人的にはそれよりも横で別の医師に愚痴っている主治医の言葉のほうが今もこびりついている。
「こっちは患者(自分)がどうやこうやでMRI撮影失敗したんでこれから造影CTですよ。脳梗塞疑い、いや脳梗塞じゃないってことはないまず脳梗塞だと思いますが……」
患者が聞いてないと思ってはいけない。こちとら耳と意識はしっかりしているのだ。
こうして正式に告げられる前から、ただの愚痴ではっきり脳梗塞を確定されてしまった。
やっぱりとはいえ、なんとも微妙な感じである。
医者ってのは時々冷淡というか淡白というか、患者の気持ちと思い切り乖離して不意に本音を漏らすから困るよ。
それくらい別に恨まないけどさ。




