初陣と謎の力
コボルトは残り十八匹と数では部が悪い、だが負ける気はしなかった。いや、するはずがない。
たとえ信志が戦えなくても、たとえ秋作や谷村紙がこれが初陣だとしても負ける気がしない。それは寿音がいるからだ。
寿音は一対複数匹でコボルトと対峙しているがそんな事は問題ではなかった。近づいてくるコボルトは次々と灰にされていく。
そんな寿音の心配は少しづつ薄れていき、それに代わって秋作と谷村紙の方に意識が向いていった。
秋作は一匹とタイマンで戦っているが未だに倒せていない。薙刀を右往左往に振るがギリギリのところで、それを受け止めるコボルト。そしてつばぜり合いに入っていく。
リーチは秋作の方が長く距離をとって戦えば有利に進めることが出来るはずなのだが、何故かコボルトから離れようとしない。
何を考えているのかと目を凝らして見ると秋作の口角が少し上がっているのが見えた。まるで自分の思惑にハメてやったという表情、それを見て信志は悟った。
(確かに良い策だな)
秋作は薙刀で上から剣を押さえ込むと、少し間を空けた。勿論コボルトはその間を埋めようと接近してくるがそれこそが秋作の狙い、コボルトの目線まで薙刀を上げると刃先から水を出す。
いきなりの事で対処しきれなかったコボルトは、水がかかった両目をしっかりと閉じていた。
その一瞬出来た隙を逃すまいと秋作は渾身のひと振りをコボルトの首筋に叩きつけた。切れ味の良い刃はスパッと切り抜ける。コボルトの頭はかろうじて皮一枚で繋がってはいるが、両膝から崩れ落ち絶命した。
灰になったコボルトを見て秋作は汗を拭うと周囲を確認した。
まず初めに寿音の戦いを見て数秒固まる。だが、今が戦いの真っ只中という事を思い出したのか他にも見渡した。
次に信志、そして谷村紙を見る。
谷村紙は盾、戦うといっても盾は守るものであり攻撃するための武器ではない。
なので谷村紙は必然的に防戦一方になってしまっている。コボルトの攻撃を必死に弾き返してはいるが攻撃ができなければ倒す事は出来ない。
そんな谷村紙を見てか別のコボルトも近づいてきた。二対一では盾を持っているとしてもとても対処しきれないだろう。それを見ていた秋作は瞬時に地を蹴った。だが魔力を使っているとはいえ、谷村紙が防戦のままに移動した場所までは距離がある。
全力で数十秒、間に合わないだろう。信志も剣を伸ばしてもギリギリ届かない。
女性陣の周りから動けない信志に代わって秋作が到着するまで祈るしかなかった。
「谷村紙さん危ないんじゃなくて?」
近くに立っていた渡邉が皮肉を混じえて口を開いた。
「秋作さん次第です」
目に見えて分かるとおりの返答をすると、渡邉は不服そうにふんっと鼻を鳴らして腕を組んだ。
「守るんじゃなかったの?」
「俺が守ると言ったのは貴方達の事なので」
信志の発言が最後となり、それ以降渡邉や女子高生達も喋る事はなかった。だがやはり心中では全員を守りたい。
(頼む……秋作さん間に合ってくれ……ッ!)
秋作の走行速度よりもやはりもう一匹のコボルトの方が速い、それは次第に近づいてくる絶望、命を刈り取る死神にすら見える。
残り数十メートルの距離でコボルトが先に谷村紙の背後に立った。
「危ない!」
秋作が信志にまで届く声量で叫ぶが、谷村紙はコボルト一匹を相手するのに手一杯で気が付かない。
それを好機とばかりに背後に立ったコボルトがサーベルを振り上げる。
一人は目を背け、一人は声を上げるなど各々絶望的瞬間を見ないように、捉えないようにするための行動をとったが信志はその時をしっかりと見届けた。
悔しい、自分の無力さに腹が立つがこれが現実だ。せめて最後のその時まで見届けようと思いサーベルが振り下ろされるその時を見た。
が、振り下ろされたサーベルには何もついていない、無色だ。それに加えて切られたであろう背中からも血しぶきが吹き出すことも無ければ、滴り落ちる事もない。
「ど、どうゆうことなの?」
渡邉が喋った。渡邉も見届けようと思ったのか、それとも誰かの死が恐ろしくないのか見ていたらしい。
「はあぁぁぁああ!」
秋作の荒らげた声に続いて谷村紙の背後をとっていたコボルトの中心部が貫かれる。
それこそ背後からの攻撃に対応出来なかったコボルトが崩れ落ち灰になる。
次いで二対一となり、あっけなくコボルトは灰となる。
なんで谷村紙に攻撃が当たらなかったのか、それはただただ魔力の量が潜在的に多く、覆っている魔力の量が信志達のそれとは違うのか、あの盾の力なのかは分からないが危機を脱することが出来て信志は、いつの間にか止めていた息をそっと吐いた。
その後は寿音は一人で、秋作と谷村紙は二人一組で戦い五分もしないうちに全てが片付いた。
地面には灰と化したコボルトが散らばっていた。
「終わった……よし、それじゃあ灰の中に瓶があるはずなので手分けして集めて下さい」
「リーダーでもないのに指図しないでくれる?まぁ、あのヘンテコな瓶が必要なのは分かってるから拾うけど」
またしても嫌味を言われる。高校生相手に大人げなさすぎるだろ、と心の中で悪態をつくと信志は大きく深呼吸をした。
今回の戦いで誰も死なずに勝てたことの喜びと、そしてこの戦いで秋作と谷村紙は少なからず経験値を積んだはず。そうしてここで死なないための力を身につけて欲しいという願いを胸に秘めて信志も瓶集めに動いた。
瓶を集め終わると渡邉が全員を招集した。
「いくつか話があるんだけど、まず一つに寿音ちゃん?貴女は何なの?」
寿音はそっぽを向きシカトを決め込んだ。だが渡邉の追求は止まらない。
「貴女、その……魔力?を使う道具持ってないわよね?」
「いや、こいつは持ってるんだ」
このまま追求されバレてしまえば、嫌悪、憎悪などの対象にされかねない。
それを避けるために信志は苦しが虚言を吐く。
「前にも言いましたけど、俺は金ダンから一回出たことがあります。その時の持ち帰った道具を間違えて食べてしまって、それからこんな人外な力がついたんだ」
それは信志が理想としていた形とは異なるが、優先されるは寿音の身の安全だ。それを置いた上で金ダンの中にいる人たちの安全がある。
決して他の人たちの安全を考えている気持ちが軽いものではない。
もう二度とあんな経験はしたくない。ただそのために。
「ほんとかしら?私には信じられないけど」
だが、渡邉の冷徹っぷりは尋常じゃなかった。それはここではそうしなければ精神を保っていられないのか、それとも単に性根が腐っているのかはわからない。
この人の横暴っぷにり誰も反応しないのは不思議だった。
「ふんっ、いいわ戦ってくれるなら。この話は終わりよ時間のムダ。それともう一つなんだけど、谷村紙君はあの時なんで傷一つつかなかったの?」
話題が変わってくれたことは心の底から安堵した。さすがの信志でもこれ以上は我慢できなかったかもしれない。それは隣で肩を震わせていた寿音も同じだろう。
信志は感情を抑え、切り替わった話題に聞き入った。
「後ろから犬の人に切られたじゃない?」
その言葉に別の意味で肩を震わせる寿音の肩に、吹き出さないようにという意図を込めて頭に手を置いた。
「それが俺もわからねぇんだよな……なんか、こう……切られた?って感覚が無けりゃ、秋作が来るまでわからなかったしな」
信志はあるは言葉に引っかかりを感じた。それは、切られたという感覚がなかった というところだ。
通常、いや、信志の知っている範囲でだが魔力で体を覆っているからといって感覚まで遮断することができるのか? ましてや相手は魔力を行使してやっと戦える台に立てる相手だ。
魔力だけで完全に遮断することができるのであれば、それはこの世界、それにβ世界でも驚異になりゆる存在だ。
そんな漫画やゲームの中の魔王のような魔力の持ち主がいるとは考えづらい。
そうなるとやはり魔力ではなく、使っていた盾に何かしらの力があると考える方が賢明か。
盾の本来の目的は、自身を傷つける行為を防ぐことにある。ならば背後からの不意打ちだろうが守るための何かしらの力があっても不思議ではない。
ここまでくればどんな力なのかは知識と推測からある程度絞ることができるはずだ。
だが、確信がなかった。そのためにはもう一戦交えなければならないだろう。
話し合いは、谷村紙のわからないということに対して渡邉が、貴方がわからなかったら誰もわからない と、軽く嫌味を織り交ぜながら言い放って終わった。
話し合いが終わるとすぐに渡邉の指示通りに次のフロアに行くための階段を上がる。
扉を開けると、そこにはまたしても薄暗闇の空間が広がっていた。
「またここなのね」
渡邉の明らかに落胆した声を聞き全体的に重い空気になる。
全員が入り終わると秋作が口を開いた。
「このフロアにも武器はありますかね?」
「あると思いますよ」
信志はいつも純が居座っていた場所と同じところに陣取り、箱を開ける。信志が箱を開ける瞬間を秋作も息を飲んで見入っている。
箱のに手を突っ込み何かの柄のようなものを握るとそれを引き抜いた。
薄暗く見えずらいこの空間で見れば、形としては剣、だが信志のものより少し細く見えた。
剣は剣だが、見えずらいそれを凝視していると、ある事を思い出した。
「あっ」
我ながらマヌケだと思ったが、信志は剣を地面に置くと、リュックからある物を取り出した。
それを自分が今立っている場所の上、地面から約二メールほどの所に取り付けてスイッチを押しす。
それは、誰もがここに入る度に欲しがる、光、を放つことのできる機器だ。といっても、浩太郎に作らせたどこにでも取り付けられるライトなのだが。
その光は闇を払い、少なからず希望を感じさせる。
「光……貴方、なんで今まで出さなかったの?嫌がらせ?」
最悪だ。渡邉に言われても反抗できないほどのバカをした自分が憎い。
「すみません……」
ここは素直に謝って早く終わりたい。そう思い謝り終わると同時に剣を持ち上げた。
薄暗い中で見た感覚で、信志の剣よりも細く感じたのは、この剣が、刀だったからだ。刀の刃は、両刃ではなく片刃だ。だから、細く感じたのかもしれない。
刀の柄は朱色で装飾され、刀身は刃の部分が根本から刃先まで朱色になっている。
「へぇ、刀もあるんだ。谷村紙さんは刀使えますか?」
「いやいや、俺は剣道もしたことないから」
次の戦いからいきなり刀を使ってくださいというのは難しいだろう。それに盾の秘密を探るために、次の戦いでも谷村紙には盾を使って欲しいところだが……。
盾を女性陣に回すのもいいか、と、信志が思考を回転させている途中で、百合子が近づいてきた。
「あのー、あたしんちの実家道場なんすよ。んでちびぃ時から剣道やってたからー、刀使ってもいっすか?」
その言葉には渡邉も目を丸くした。
「いや、ダメよそんなの。却下。危ないでしょ?怪我したらどうするの?」
(それは、男なら怪我してもいいってことかよ……)
いつも通り渡邉の言葉に対しての怒りを鎮静させながら、会話に集中する。
「いや、だから、適材適所ってやつじゃないっすか?」
「いいえ、それなら女性が盾を持てばいいじゃない。それが適材適所ってことなのよ」
反撃の言葉が思いつかないのか、渡邉に言いくるめられそうになる。
が、百合子ら三人のうちの一人である、何事にも無関心そうな水間が久しぶりに口を開いた。
「一ついい?百合子はこれでもインハイベストエイトまでいってるんですよ。それでも身を守っとく方がいいんですか?」
「これでもとかゆーなし!」
流石にここまで持ち上げられた百合子に刀を持たせないという選択はさせられないだろう。
だが、なぜそんなにも渡邉が女性を戦わせたくないのか、わからない。
前の金ダンでは、理沙だって、蓮花だって生き残るために必死こいて戦ってきたのに。渡邉はまだ金ダンを甘く見ているのか、何かトラウマでもあったのかはわからない。
だけど信志からしたら全員で戦って生存率を上げることを優先させたいところだ。
「わ、わかったわよ。なら刀は飯塚さんに持ってもらうわ」
これは、ここに来て初めて渡邉が引いた瞬間だった。だが、リーダーとしてはそれが正解だろう。
続いて渡邉が喋る。
「でも、飯塚さんは私たちの近くにいること、あんまり戦わないこと。それが条件よ」
「はいはい、わかりやーしたー」
そのやりとりが終わった時、まるで頃合いを見計らっていたのかと思うほどのタイミングで、室内に強い光が差し込んできた。




