告白と吸血鬼
四十六階は安全地帯になっていた。
「なんか安全地帯多くないか?」
純の発言に違和感は無かった。信志がここに来てからは頻繁に安全地帯があったので、これが普通の感覚になっている。
「そうね、強すぎるボス戦の前に無駄だけど体力を回復させとけって感じの悪趣味なゲームみたいね」
「蓮華さんはなんというか……表現が独特ですね」
俊哉が苦笑いしながらも蓮華とのコミュニケーションをとっている。
「まぁそれでも休める時に休むことは大切だからなここの安全地帯はでかい平屋ってかぁ」
外からの見た目には大きかったが、部屋数は多くはなかった。純、悠亮、俊哉、蓮華は個室だが信志と寿音は同室になってしまった。
「部屋が一つ足りないからな。久しぶりの再開ってことで一夜過ごして下さいな」
純はニヤつきながら自室に入っていった。
「グッジョブ純」
寿音は小さく呟き小さくガッツポーズをした。嬉しいといえば嬉しいが、どこか照れくさい。
「俺たちも部屋に入ろっか」
寿音はこくりと頷きついてきた。部屋に入ってから何分が経っただろうか会話が無い。お互いに壁に背を預け、気まずい状況が続いている。
向かい合って座っている寿音はずっと下を向いている。
「信ちゃん」
沈黙の均衡を破ったのは寿音だった。
「あ、あのさ風呂行かない?」
このままでは何かまずいと思い、立ち上がり着替えの準備をすると部屋から出ていってしまった。
信志は風呂に浸かると頭をかいた。
「なんつーか、気まずいなぁ……」
つい声に出ていた。
「なんだなんだ?久しぶりの再開でラブ展開じゃないのか?」
声を聞きつけた純が近寄ってきた。
「まぁ久しぶりに会えて嬉しいけどさ、久しぶりだからこそ気まずいってやつだよ。ラブは無いけど」
「そういうやつかー、それは時間かけていかないとな。いやラブだろ」
「時間だよなぁ……部屋戻ったら気まずいんだよね。ラブはねぇから。まじ」
「二人っきりの空間ってのも会話続かないもんな。ラブしかないっしょ!!」
「そんなもやもやを飛ばすためにサウナ行ってくるわ」
ここで純に何を言ってもラブで強引にまとめてきそうなので、話題を変えるついでにサウナ室に行くことにした。
信志は風呂から上がると体についている水分を落としだす。
「じゃ俺も入るかな」
純も同様に水分を落とすとサウナの扉を開けた。扉を開けると熱風が体にまとわりつき、微かに残っていた水分まで飛んでいく。
毎回思うが金ダンのサウナ室の温度は少し高いような気がする。そんな急激な温度変化に耐えていると。
「遅いー!!」
熱風と共に飛んでくる声。
「え?遅い?」
信志が風呂に入ってからサウナに入るまで三十分は経っていた。
「お前……まさかずっとサウナの中にいたのか?」
「……うん」
寿音の両頬には焼けた餅が二つくっついている。顔から見て取れるように怒っている。
先の言葉と合わせて考えると、サウナ室に入るのが遅いから怒っているようだ。
「三十分は経ってるだろ!?子供がそんなに入ったてたら体に悪いだろ!てか、角と羽はどこいったんだ?」
「角と羽は飾りだから取ってあるの、じゃなくて!ここしか男湯と繋がってる所ないもん」
「なるほど、あえて男湯には入らずにサウナで待つ。うんうん、いい子だな」
純は目にはなぜか水滴が溜まっている。
「そこかよ!てかここで会えなくても部屋に戻ったら会えるじゃーーー」
「信ちゃんのばか!!」
ドカ と音が聞こえる時には腹に拳が刺さっていた。言葉をさえぎられて罵声を浴びせられた上に殴られる。
今度は信志の方が頬を膨らませるはめになった。寿音は信志を殴るとそのままサウナを出ていってしまった。
「なぁ純」
「なんだー」
「俺なんか悪いことしたか?」
「まぁ悪いよな全体的にお前が」
ついさっきまで涙目だった純の表情は一転して、呆れているのか両手の平を上に向け、首を振っている。
「仲直りがしたかったらいい方法があるけど聞くか?」
希望ともとれる純の言葉に信志は食いつき、前のめにりなった。
「風呂から上がって着替えたら部屋に戻ってすぐには寿音ちゃんには謝るなよ?」
「なんでだ?」
「謝る前に後ろから抱きつくんだよ、それで謝る。寿音ちゃんはお前のことが好きだだからこそこれでいいんだよ」
「そ、そうかよし上がるわ!」
「頑張れよ!」
信志が扉を占める頃に純がドヤ顔で呟いた。
「夜に気をつけな」
「何か言ったか?」
扉を半開きにして聞いたが純は何でもないと言い、サウナ室の温度をこれ以上下げるのはマナー違反だと思い扉を閉めた。
脱衣場で服を着替えて外に出ると夜になっていた。
(ここにいたら体内時計が元に戻るから少し楽になるな)
家に着くと自室に向かって歩いていく。部屋の前に立って深呼吸する。よし っと小さく気合の言葉を言い部屋に入った。
部屋の隅では寿音が小さく丸まっている。
(抱きつくか……って、待て。よく考えればバカだろ。純)
扉を閉めて寿音に近づくが何を言えばいいかわからない。
「な、なぁ、寿音。こうやって一緒に寝るの久しぶりだなー」
返事はない。
(こいつ……せっかく話題振ってんのに、なんだ)
更に信志から話しかける。
「思い出話とかしたら楽しいんだろーなー」
この言葉には少し肩が動いたが、まだ無言だ。ただいじけてるだけならいいのだが、このまま寿音との間に亀裂を作りたくはない。
どうしたらいいものか考えていると。
「ねぇ、信ちゃん」
寿音が言葉を返してくれた。少し安心し、反応する。
「なんだ?」
「私、信ちゃんのことが好き」
「あーうん、知ってる」
「信ちゃんは?」
信志も寿音のことは好きだ。それは間違いない。
「俺もす……」
いや、好きだが、それは恋なのか……?寿音は信志のことを恋愛対象として見ているだろうが、信志はどうだ。
数時間前まですっかり忘れていた人のことを思い出して恋しているのか……?
胸の奥にある、寿音と一緒に入れる時の温かさは恋から来るものではない気がする。それは……、言葉にはできない。上手く言えないが、恋ではない。それだけは言える。
「好き。だけど、たぶん恋じゃない」
「そっか」
寿音は素っ気なく言うと、肩を震わせる。
決して信志は鈍くはない。だが、乙女心はわからない。見落とすこともよくある。それからか、今寿音が肩を震わせて怒っている。
「……寿音」
「信ちゃん!私は……私は信ちゃんが好き!ずっとずっと好きだった……ッ!けど、けど振られちゃったよぉぉぉ……」
寿音は怒っているはけではなく、泣いていた。何年も前に恋した男の子に、もう二度と会えないと思っていたのに会えた男に恋をしていないと一線置かれると、心に大きな傷ができるだろう。
見た目は小学生。中身も小学生に近い、そんな寿音の脆い心には信志からの言葉は深く、大きく突き刺さるに違いない。
それをわからずに、無意識のうちに信志は寿音を傷つけてしまった。
寿音は わんわん と声を上げながら泣いた、泣いた、泣きじゃくった。
時には枕を信志に投げ、時には膝を抱え、泣いた。そんな寿音の姿を見ていると、信志まで胸が痛くなってくる。
だからといって寿音に恋をすることはない。今の信志にはできることは少ないが、せめてもと思い。
「ごめん、俺無神経だった。寿音の気持ちをもっと軽く見てたかもしれない。けど、今はこれしかできないから」
そう言って優しく後ろから寿音を抱き寄せる。一瞬声をつまらせたようにしたが、今度はしくしくと大人しく泣き始める。
「信ちゃんはせこいよ」
「あれ、これは……みなかったことにしよう」
小さいがその声を逃すことは無かった。半開きの扉を凝視し、ヤツの姿を捉えた。
「お、おま、純どこから見てたんだ……」
信志は完全に動揺している。
「いや、まぁ……なに、振ったところから……です!バイバイッ!」
最悪だ。純に見られた以上明日の朝には仲間から蔑んだような目で見られるのは確定した。
「寿音」
「なに」
「寝よっか」
「うん」
信志と寿音は布団を敷き電気を決して布団の中に入った。
信志は布団に入ってから寿音の手を握った。せめてもと思い抱きついたとはいえ、今夜ぐらいは存分に甘えてもらってもいいだろうと思った。
そんな中ふと思い出した寿音が仲間になる前、吸血鬼である寿音が俺の血を吸ったことが気になった。
(吸血鬼のイメージって血を吸って生きてるから血を吸わないと……死ぬんじゃ!?)
「寿音、起きてる?」
寿音の生死に関わることなら早いうちに知っておかないといけないと思い、切羽詰まったように声を出した。
「ん?起きてるよ?」
「寿音は吸血鬼だろ?吸血鬼って三食血を吸うとかじゃないのか?」
「うーん、できるなら血を吸った方がいいんだけどね、その方が力も出るし。けど吸血鬼でも普通にご飯食べてたら生きていけるんだよ」
やっぱり信志が思っているイメージとは少し違っていた。普通のご飯でも生きていけるのは予想外だが、毎回毎回人の血を吸っていたらいつか貧血でその人が死んでしまう。
だが、血を吸ったほうが力が出るというところに引っかかった。
「待てよ普通のご飯でもいいんだよな?けど明日も次の階で戦わないといけないから吸ってた方がいいんじゃないのか?俺で良かったらいくらでも吸ってくれよ」
「うーん、そんなに信ちゃんに迷惑かけられないよ」
寿音はちょっと困ったように言った。だが信志には無用だ。
「遠慮すんなって吸っていいよ。てか晩飯食べたのか?」
「実は部屋で信ちゃん待ってたから食べてない」
寿音は えへへ と誤魔化しながら喋る。
「食べてないなら尚更だ」
布団を退けて起き上がると寿音が入ってる布団に潜り込んだ。
「う、うん。ありがとう」
ちょっと照れながら言う。月明かりではないが、夜闇を照らす月光の代わりをしている光に照らされる照れている寿音も可愛かった。いやいやそうじゃないと邪念を払いながら寿音に近づいた。
寿音は少し申し訳ないといった表情をしていたが、気にしない。
「そういえばどこから吸うんだ?」
「えっとね、普通に吸うのとちょっと特殊なやつどっちがいいかな?」
「特殊なやつってどんな感じなんだ?」
「普通に吸ってる時より力が増すというか元気が出るというか……一生のパートナーとじゃないとできないから……無理、だよね」
自分で言った言葉でショックを受けている寿音に視線を向ける。
「いいよ。まずはここを抜けることを第一に考えないといけないからな」
「え?あ、そ、そうだね、そう。ここを出るために仕方なくね」
また軽くショックを受けていたが、空気が重くなる前に信志が先手を打った。
寿音の柔らかいほっぺたをぷにぷにとつまみ上げて顔を近づける。
「なぁ。ここを抜けたら一緒に暮らすんだろ?だったらいいじゃん?な?」
摘まれた頬は動かないが、他は頭と一緒に上下運動をした。
「じゃ特殊な方でやろう」
「うん」
寿音は布団をどかして自分の唇を人差し指でゆっくりとなぞり、終わると信志の唇に同じ指を付ける。
「これでパートナーになる契約はできたから」
寿音は頬を赤らめながら、恥ずかしそうに両手を信志の首へと回した。寿音の顔が近づいてくる。月明かりに照らされ、朱色く色づいた頬は白い肌によく映え、長い金髪が揺れる姿は別次元の可愛さに見えた。
そんな姿に目を奪われている時、首筋にチクリと痛みが走る。
寿音の犬歯が突き刺さったのだろう。その穴から流れ出る血は少ないだろうが、吸い取られるとなると話は別だ。
三分ほどじっくりと時間をかけると、寿音は頭を動かした。
「終わったのか?」
「うんもう大丈夫だよ」
「なら、寝よっか」
お互いに布団に戻り、その後就寝した。




