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神影(しんえい)改訂版  作者: 礎衣 織姫
第十章 抑止
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08【魔物編】その弐

 上位天位者ともなると、戦闘における能力は大変なものである。小物はまとめて蹴散らし、五メートルもの巨体を誇る魔物も、ものともしない立ち回りでなぎ倒す様は、爽快ですらある。

 閃光ほとばしる切っ先は固い皮膚を容易く切り裂き、骨を断つ。驚くような跳躍で攻撃をかわしたかと思うと、凄まじい勢いで剣を振り下ろす。そのような刃の餌食になる魔物は、哀れですらある。

 瞬く間に撃退されていく魔物はしかし、なかなか数を減らさなかった。有象無象に地から湧き出て、対抗してくるのである。

 それでも地上にあるものはまだいい。上空に漂う魔物へはさすがに攻撃が届かず、真っ黒に埋め尽くされるのを見ていることしかできないのは、歯がゆいことだ。割に低空飛行している者は帝人の放つ矢が一掃するが、それ以上となるともう届かない。

「くそっ! どうする!」

 魔物を斬る手を休めないまま燈月は怒鳴るが、帝人は、

「下りて来たところをやるしかない」

 としか答えようがなかった。過去の経験からいっても、それしか方法がなかったのだ。

 しかし次第に日の光が遮られ辺りが暗くなってくると、地上の魔物すら撃退することが難しくなった。魔物の表皮は闇と一体化して見える。ゆいいつ目印になるのは赤褐色の目だが、それだけを頼りにすると本体の大きさが分からず、思わぬ反撃を喰らう。

「いったん引くぞ!」

 どこからともなく虎里の指示が飛ぶと、みな一斉に引いた。


 大講堂のエントランスに退避した一同は、肩を大きく揺らしながら互いの無事を確認した。集まっているのは上位天位者のうち三女神を除けば、神族と魔族の十位以上の男ばかりである。当然と言えば当然だが、腕に覚えのある風門や烈火、虎里や琴京までが呼吸を整えるのに少々時間がかかっている状況では不足である。

 かといって、十一位から十五位は避難させた住民への対応に追われているので、手が離せない。そして使族の女神らは寅瞳や桜蓮を守るという大役がある。

「成柢殿や夜菊にも参戦してもらおう」

 虎里が言うと、風門がうなずいた。

「こちらも安土殿に頼んでみよう」

「すまないな。ただでさえ神族には貢献してもらっているというのに」

「数など気にするな。それより、ただ攻撃するだけでは埒があかない。なにか効率よく攻める方法はないだろうか」

「こう暗くては」

「それこそ使族に頼めばいいんじゃね?」

 と口を挟んだのは沙石だ。

「前に、麗から見せてもらったことあるぜ? 光の玉。結構明るいし、打ち上げてもらえば視界がきくはずだ」

「……おぬし、参戦していたのか」

 唖然として聞いたのは琴京である。

「危険だろう」

「なに言ってんだ。オレは連中と最後の最後まで戦った経験者だぜ? 今更やられたりしねえよ」

「しかし」

「私が責任を持って守る」

 そう発言したのは帝人である。

「沙石の強さは見て来た私が保証する。決してやられたりはしない。だが万一の時には、この命に代えても守る」

 琴京は気迫に押されるまま虎里を見た。すると軽く肩をすくめただけで目をそらしたので、問題ないと判断した。

「わかった。おぬしに任せる」


 使族の女神らは、光球という直径三十センチほどの光の玉を両手の平の中で形成し、窓から外へ一斉に放った。

 大講堂周辺はたちまち眩い光に照らされ、魔物達の姿がさらされた。神族と魔族の上位天位者らは、そこへすかさず攻撃を仕掛けた。

 左右へなぎ払い、恐ろしい早さで呪われた身を断っていく。沙石は強いと保証されただけあって、他の者が三十体倒す間に、五十から百もの数を撃退していった。

 だが、地表へわき出る魔物の数はそれをも上回る。斬っても倒してもキリがない状況に、上位天位者らの体力は徐々に奪われていった。

「くそっ! いつになったら終わるんだ!」

 そんな不満が口をついて出るようになると、限界も近い。虎里はタイミングを見計らって、再び退去を命じた。

 大講堂へ避難すると、奥から女神の一人が駆けて来た。暑旬恵である。

「侵入して来るわ!」

 虎里は背にしていた仲間を振り返った。

「結界を張るぞ!」

 みなは瞬時に気を練って大講堂全体に結界を巡らせた。が、数体の侵入を許してしまったようだ。各所で悲鳴が上がると、上位天位者らは討伐のため方々へ散った。


 桜蓮は広間で使族の女神たちに囲まれつつ、身を縮めていた。目の前には三体の魔物がいる。大型犬くらいの大きさで、足が六本生えた異形のものだ。

「やだ、気持ち悪い!」

 桜蓮は床にへたって寅瞳にしがみつきながら震えた。女神らは気丈にも槍を手にして少年少女を守る体勢に入った。

「大丈夫よ。あなた達だけは何としても守るわ」

 桜蓮はつむっていた目をチラリと開けて、取り囲む女神たちを見た。しかし華奢で白い腕はあまりにも頼りない。たとえ天位の力を使っても、彼女達には無理だろうと思った。

「怖いわ! きっと殺されちゃうわ!」

「大丈夫、大丈夫よ」

 半泣きで叫ぶ桜蓮を女神らは必死になだめ、槍を握る手に力を込めた。それを察したように、魔物は飛びかかった。女神の一人、雲春咲迦丞麗が槍を突きつける。一応天位の力が込められているため、魔物の固い皮膚を突き抜けはしたが、麗は槍を引くことができずに持って行かれた。

「キャア!」

 槍が刺さったまま魔物が暴れ回ると、他の二体も触発されて、興奮したような奇怪な声を上げる。

 女神らは振り払われた麗を素早く抱き起こしながら、後退した。

「いや……、もう駄目」

 誰かがそんな弱音を吐くと、一人、また一人とグスグス泣き始めた。

「ちょっと! 泣かないでよ!」

 麗が思わず叱咤したが、いかに天位が高くとも彼女らはか弱い女性である。身辺に結界を張ったとはいえ、みな恐怖に竦んでしまい、互いの肩を抱いて固まることしかできなかった。

 と、その時。

 パン、パン、パン———と乾いた音が広間に響いた。魔物は何かの衝撃を受けたように一瞬飛び上がったかと思うと、床に倒れ込んで霧散した。何が起きたのか分からずに女神らが茫然としつつ見回すが、何もない。しかし、魔物が霧散したあとに光るものを見つけた麗は、近寄ってそっと拾い上げてみた。それはひしゃげた小さな銀の塊だった。


 永治と光治は物陰に潜み、呼吸を整えた。互いの手には銃が握られている。永治が念によって創作したものだ。使用するつもりはなかったが、魔物の侵入に驚いて、とっさに引き金を引いてしまったのだ。

 だが鉛の弾はまるで通用しなかった。思案した永治は、光治が用意した様々な金属の粉の中から銀を選び、弾丸を形成し、装填した。「魔物には銀の弾丸」などという話は迷信だと思っていたが、これが効果を発揮した。

 二人は互いに目配せしたあと、急きょ、銀の弾丸を込めた銃を持って大講堂内に侵入した魔物退治へと走った。

 そこで最初に目撃したのが、三体の魔物に襲われている女神たちの姿である。永治と光治は無言のやりとりを目線だけでおこない、二手に分かれて二方向から魔物を射程距離に収めた。

 永治が一体目、光治が二体目、とどめに永治が三体目と、絶妙のコンビネーションでしとめる。的確さは、軍幹部においても精鋭だった過去世を彷彿とさせるものだ。

 永治が腕を上げて合図を送ると、光治は素早く、かつ静かに兄のもとへ戻り、誰に気づかれることもなく、その場を去った。


 侵入した魔物退治には、むろん上位天位者らが活躍したが、何かが弾けるような乾いた音とともに飛んで来る小さな銀の塊も、十数体の魔物を倒した。それは女神らの証言と、現場に残された小さな銀の塊が証拠である。

 彼らは指でつまんで眺めながら、首を傾げた。一体なんなのか、まったく判別つかなかったのだ。しかし、ふと燈月が思い出した。地球にいたころの記憶で、猟師という職業の人間が持っていた火縄銃である。音がしたあと小さな金属の塊が飛んでくるというのは、考えるうるかぎりそれしかなかった。

 燈月は各自解散したあと、双子を訪ねた。双子は、現場から回収した使用済みの弾丸を見せられると、すぐに観念した。

「すみません」

「やっぱりお前達か。作ったのか?」

「はい」

「今回はこちらも助かったから良しとしよう。しかし今後は指示を仰いでくれ」

 銃は危険なものだという認識が燈月にはあると察し、永治と光治は素直にうなずいた。


***


 討伐しても次から次へと湧いて来る魔物がいっこうに消え去る気配もないまま、一週間が過ぎた。政も滞る中、会議室にて代表や長を含む五位以上の上位天位者と核が膝を突き合わせ、頭を抱えている。

 いつ解放されるか分からないまま結界を張り続けるというのは、集中力と忍耐力を要するため、二交代、三交代で継続するにしても骨が折れることだ。だが魔物が湧き出る以上、やめるわけにはいかない。引きこもり続けるというのも精神衛生上よくないが、これも仕方のないことだ。

 それをみな了承していても、自然と苦悩が表に出てくるのである。

 そこへ、シュウヤが当たり前のようにやって来た。誰もが毎週訪れることを知っていたが、今回ばかりは避けるだろうと考えていただけに、少々驚いた。

「こんなところにいたのか。寅瞳は——あ、無事みたいだな。それじゃ」

 すると、みんなに守られるようにして座っていた桜蓮が机を叩いて立ち上がった。

「こんな時にまで呑気にグランスウォールの心配!? ていうか、それだけで帰っちゃうの!?」

「ああ? なんでお前がそれ言うんだ? 早く帰ってほしいだろ?」

「今は状況が違うの! 見たらわかるでしょ!? バカなの!?」

「なんだとこの野郎」

「つか、よくあの中かいくぐって来れたな」

 不意に沙石が言うと、シュウヤはキョトンとした。

「あの中って? なにかあったか?」

「へ?」


 沙石は慌ててカーテンを開け、外を確認した。隙間もないほど多く徘徊していた魔物の姿はどこにもない。空はスッキリと晴れ渡り、街は平穏そのものである。

「あ、あれ? どうなってんだ?」

 シュウヤは顔をしかめた。

「だから、なにがあったんだ?」

「なにって、魔物がウジャウジャいたんだよ」

 沙石が答えると、シュウヤは眉間をパッとゆるめて、目をそらした。

「ああ、そういうことか」

「そういうって?」

「泰善が、俺は歩く始点界だって言ってたから、たぶん浄化されたんだ。力はかなり抑えてるけど、魔物だったら耐えられないだろうな」

 沙石は目を丸めた。

「なんだよそれ! んじゃ、てめえが来りゃ、さっさと解決したんじゃねえか!」

「なっ、俺だって知ってりゃ来たけど、何も言われなかったら見過ごすだろ。文句なら泰善に言えよ」

「てったって、来ねえじゃねえか!」

「知るか! アイツなりの考えがあれば俺は口出しできない。それに、俺が来る前にいたっていう魔物は浄化されたかも知れないが、後から出て来る奴まで保証できないぞ? 俺だって、ずっと天上界にとどまってる訳にいかないんだからな」

「なんで?」

「当然だろ? 俺の力の根源は究極浄化だ。それがない世界で長く生きた試しはない。しょっちゅう始点界に帰らなきゃならないし、泰善のそばにいなきゃならないんだ」

「あー、そっか。なんかいろいろ面倒くさいな」

「いやあ、俺は泰善とイチャつけるからいいけど」

「あーはいはい。んじゃもう帰れよ」

「言われなくてもそうする」

 シュウヤは踵を返した。が、それを燈月が呼び止めた。

「あ、ちょっと」

「ん?」

 燈月はシュウヤに寄ると、声を落とした。

「双子のことなんだが」

 あまり人に聞かれたくない話だろうと察したシュウヤは、通路に出たところで聞くことにした。

「なんだ?」

「今回の討伐で、誰にも悟られずに十数体の魔物を倒した。銃を使っていたとはいえ、行動が普通じゃない。あの二人はなんなんだ?」

「ああ、戦闘のプロだ」

「戦闘のプロ?」

「対テロ、戦争、災害なんかを専門に請け負う、いわゆる軍人ってやつだ。おまけに精鋭中の精鋭。敵に回すと恐ろしいぜ?」

 じゃあな、と言ってシュウヤは今度こそ帰った。

 燈月は見送りつつ、一抹の不安を感じた。いくら前世があると言っても、子供のうちからそんな調子では、将来が心配である。


 ともあれ、今は双子のことより魔物だ。シュウヤが後から来るものまで保証できないと言ったとおり、翌々日からはまた魔物が大量に発生した。討伐しようにも果てがないので、今は結界の中に引きこもるしかない。ちなみに、魔物が消えているあいだに都心以外の場所を視察したが、そちらは被害がないようなので、大講堂で預かった住人はいったん地方へ避難させた。

「大講堂を中心とした半径四キロ以内が、魔物の出現する範囲だ」

「何故ここに集中しているんだろうな」

「さて」

 原因は定かではないが、いまのところ探りようもない。上位天位者は、次にシュウヤが訪れる時を見計らい、何か対策を立てるしかないだろうという結論に至った。

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