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神影(しんえい)改訂版  作者: 礎衣 織姫
第七章 受難
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01【使族・魔族・神族】

 容赦なく照りつける太陽の下。ゆで上がった泉に入るわけにはいかず、女神らは肌が透けてみえるような衣装で建物の影にひそみ、冷たい水を飲み干した。

「とばっちりではないのか」

 季条間は汗が流れる首もとをウチワで仰ぎながらぼやいた。

「このような灼熱地獄は酷すぎる。そもそも今回のことを招いたのは神族と魔族。われらは関係ないではないか」

「使族こそ覇権を握るにふさわしいと、界王様に向かって堂々と宣言したのは、アナタではないの?」

 意見したのは、そばにいた海野拡果だ。季条は渋い顔をして、そっぽを向いた。

「ご降臨なされているとは夢にも思わぬ。知っていればそのようなこと」

「界王様はどこにいらしても、お聞きになっていらっしゃるのではない?」

 季条は黙った。拡果にはどう言い訳しても通じないと判断したのだ。そんな季条の横顔を半分睨みつつ、拡果は溜め息ついた。

「まあ、拠点である場所に力の根源を移動してくださったのは、せめてもの慈悲。不平を並べるのはやめましょう。さいわい空呈様が北から氷を運んでくださるし。これから先、混血種には頭が上がりませんわね」

 拡果の言葉は辛辣だ。混血種など、季条が最も軽視していた種族である。それが今の世では、彼らに頼らざるを得ないのだ。ことに三種族の血が混ざっている鷹塚の人間などは重宝する。彼らはすべての力を根源とするため、どこへ行くのも自由なのだ。

 おまけに再挧真の兄・鷹塚空呈は、天位二を授かった。これまでは種族政権の長に遠慮して断っていたらしいが、界王が飛鳥泰善と知るや否や受け取ったというのだから、現金である。

「けっきょく顔ではないか」

 季条は胸中で吐き捨て、舌打ちした。

 そもそも鷹塚というのは、上位天位者の言うことを聞かないのはもちろん、どの政権傘下にも加わらなかった財閥である。そのくせ物流に関わる市場はすべて牛耳っているので、弾圧もできない。まったく疎ましいことこの上ない存在なのだ。そのうえで天位二を先達されてしまったのだから二重に最悪である。

 初の天位者という誇りも、いち早く三位に上りつめたという名誉も汚されてしまったようで、彼女は悔やんでも悔やみきれなかった。

「美しいはずだ。あのような美しさでありながら、私は何故、気づかなかった。心を惹かれていながら、どうして界王ではないかと思い至らなかった」

 考えられるのは、界王がその思考によって理に細工をし、気づかれないようにしていたということだ。そう。本来ならば冷静に考えなくとも気づくはずだ。美を超越したあの男の言動は、界王でなければあり得ないと。

「私たちを試したか」

 季条はこめかみを押さえて深く息を吐き、まぶたを閉じた。


***


 一方、魔族は極寒地獄にあった。暖炉にくべる薪はいくらあっても足りない。これを節約するために、みな一カ所に集まり暖を取る毎日が続いた。

 そんな中、我慢だけでどうにかしのげる男が一人いた。帝人である。スノーフィールドという寒冷地にいた経歴もあるが、元来、寒さに強い体質だったらしい。ゆえに、外から薪を運び入れる作業は彼がやった。天位六以下の天位者は非常に申し訳なさそうにしたが、帝人は「気にするな」と言ってやり過ごした。

 なにを言ったところで仕方ないのだ。寒さに抵抗力があるのは帝人だけで、誰も一瞬たりとも外へは踏み出せない。冷気に当たっただけで手足に凍傷をおってしまう上、暖を取れないだけで数時間のうちに凍死してしまうからだ。

「城はこれで明後日までもつでしょう。これから避難施設を回って来ますので、あとはよろしく」

 帝人は虎里に言いおいて、部屋を出た。

 避難施設というのは、天位十一位以下を集めた施設と、無天位者を集めた施設である。何年続くか分からないこの生活を乗り切るため、燃料はやはり節約せねばならない。よって、一般人も施設に集めて同じ部屋で暖を取るよう計らったのだ。

 とはいえ、施設の収容人数は限られる。各家庭で燃料を消費するよりいいとは言っても、全員にあてがうとなると千は越えるのだ。つまり、帝人が回る施設はその数と同等なのである。

 一人では大変だが、一日も欠かしてはならない作業だ。気を抜けば人が死ぬという状況で、いろいろ考えてはいられない。

 帝人は丸二日かけて施設を回った。それが終わると城に戻り、また燃料の世話をし、終わると出て、再び施設を回る。休みなどない。しかし文句などは言わず献身的に務めた。

 一度は城を捨て、神族代表と旗揚げした身である。だがそれもこれも界王の意に従ったまでで、とどのつまりは魔族のためにしたことだった。帝人はその理解を得られなくても仕方ないと考えていたが、身を粉にして働く彼を見て、理解しない者はいなかった。


 その日も、帝人はいつものように施設を回って城へ帰って来た。すると空呈が待っていた。帝人は一日のほとんどが外なので、防寒用の衣をまとい、顔も布を巻いてすっかり覆っているため、見慣れない者には誰か分からない。

 空呈も一瞬だけ眉をひそめた。しかし横から虎里が「帝人だ」と小声で知らせたので、空呈は向き直った。

「お久しぶりです。お元気ですか」

「……ええ。何か?」

「いえ、いつも氷を切り出していた場所が雪で塞がってしまいまして。ほかに採取できる場所を知らないかと」

「それならいい場所があります。薪を運び入れ終わったら案内しましょう」

「申し訳ない。手伝いましょうか」

 帝人はいっとき考えたが、ここまで足を運んだのなら外の寒さに耐えられるのだろうと、うなずいた。

「お願いします」


***


 帝人が北でがんばっている、という話を空呈から伝え聞いた沙石は、いっとき首をかしげた。

「あいつ、確かに寒さには強いけど、そんなに強かったかなあ」

 神族が暮らす東は、絶えることのない激しい風に巻かれている。木々の枝葉は引きちぎられ、地に生える草花も根こそぎさらわれる勢いである。よって、ここでもめったに人が外へ出ることはない。

 だが気温は二十度前後と過ごしやすく、屋内にいればどうということもないので、使族や魔族に比べれば天国だ。空呈はここで一息つきながら、沙石としばし歓談することにした。

「でも実際……」

「ああまあ、そうだろうけど。別に疑ってんじゃねえよ。どうしてそんなに強くなったのかなあって思ってさ」

「闇王の称号は関係ありませんか?」

「うーん、どうだろう」

「では君が知らないだけでは」

「んなわけねーよ。前に俺が熱出して寝込んだ時、あいつ薬草採りに行ったんだ。いわゆる氷河期って時にだぜ? 薬草なんてあるかどうかも分かんねえのに、行っちまいやがって。見事に吹雪にやられて意識不明。でも……」

「でも?」

「運よく通りかかった奴に助けられて命拾いしたんだ。薬草もそいつに分けてもらったって話——あれ?」

「どうかしましたか?」

「その通りかかった奴って確か、界王だったとか言ってなかったっけ?」

 空呈は目を丸くした。

「いつの話です?」

「だから前世」

「そんな昔に会っていて、どうして飛鳥泰善の正体を見抜けなかったんですか」

「知らねーよ。つーか、俺も今の今まで忘れてたぜ」

 二人は互いに腕組みして唸った。これはどうでも記憶を封じられていたに違いないと思ったのだ。由々しきことである。だが空呈はすぐに肩をすくめた。

「ま、表向きは封術師でしたしね」

「そういう問題かよ」

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