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『異世界転生でアイドル目指します。』  作者: 星空りん
第二章 響きあう想い
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31 はじまりの教室、揺れる気持ち(後編)

 午後の授業は、“感応水晶”を用いた魔力の共鳴実験だった。


「これは皆さんの魔力の“気質”に反応して光る水晶です。感情の揺れや集中の仕方によって、色も強さも変わります」


 エルシア先生の声は、午前中と変わらず柔らかかった。でもその内容には、どこか張り詰めた緊張感があった。


「大切なのは、心と向き合うこと。上手くいかなくても焦らず、自分の気持ちに素直に向き合ってくださいね」


 私は机に置かれた水晶を見つめ、深く息を吸い込んだ。


(……大丈夫。大丈夫。昨日より、ほんの少しだけ)


 ゆっくりと指先を水晶に重ねる。


 手のひらの奥で、なにかが静かに震える感覚がした。


(不安もある。戸惑いもある。でも、それだけじゃない)


 今日、マリナさんがくれた笑顔。先生の声。昨日の、自分の名前を口にしたあの瞬間。


 そのすべてが、確かに今の私をつくっている。


 そのとき――。


 水晶の中に、光が現れた。


 赤、青、緑、茶、白、黒。次々に浮かぶ色の帯が重なり合い、最後に――深い、夜のような紫が、静かに咲いた。


 まるで七色の花が咲くように、水晶が淡く輝いた。


 その光に気づいた瞬間、教室の空気がぴたりと止まった。


「……いまの、見た?」


「えっ、七つ……?」


「一人ひとつじゃないの?」


「なんで……こんなに……」


「まさか、本当に全部……?」


 戸惑いの声、驚きのささやき、疑いと困惑。教室中にさまざまな感情が、波のように広がっていく。


 私は、そっと指を離した。水晶の光が、ふっと消える。


 けれど、その余韻だけは、教室の空間に静かに残っていた。


(……やっぱり、覚えてる子がいた)


 私の胸の奥で、何かがぎゅっと縮こまる。


 誰とも目を合わせられなかった。でも、ただ一人だけ、視線を上げると――マリナさんが、こちらを見ていた。


 その目には、驚きも怯えもなかった。ただ、静かに見つめる、まっすぐなまなざし。


(マリナさんは……知ってる。あの時のことを)


 私の中で、言葉にならない感情が、小さく軋んだ。


(でも……)


 その視線は、私を拒絶していなかった。怖がっても、距離を取ろうともしていなかった。


 それが、ただ――嬉しかった。



 授業が終わっても、教室はしばらくざわついていた。


 でも、誰も私に直接声をかけてくることはなかった。あの水晶が見せた七色の光について、噂は確かに広がっているのに、それはあくまで私から少し離れたところで囁かれている。


 私は、少し肩をすぼめながら荷物をまとめていた。


 目立ちたかったわけじゃない。むしろ、目立たないように、ただ“普通”でいられるようにと願っていたのに。


(……どうしよう、明日から)


 そんな思いが、背中を重たくする。


 そのとき、不意に視線を感じて顔を上げると――フィリーナ様が、教室の出入口からこちらを見ていた。


 誰とも話さず、ただじっと、私を。


 彼女の表情は変わらない。けれど、その目は、まるで何かを言いたげに静かに揺れていた。


 私が口を開く前に、彼女はそっと、まるで風のように言った。


「……知っていたわ。最初から」


 その言葉を残し、彼女は振り返ると、誰にも気づかれないように去っていった。


(やっぱり、王族の人だから……)


 魔力量測定の記録。王命による報告の閲覧。思い出すのは、あの日、父と母が話していた言葉。


(私の力が“普通ではない”こと、知っていたんだ)


 だけどそれをあえて口にせず、無理に接触することもなく、今日この瞬間まで待っていた――それは、彼女なりの優しさだったのかもしれない。



 私は教室にひとり、取り残されるように座っていた。


 窓の外には、少しずつ夕焼けが差し始めていて、淡い光が石造りの壁をゆっくりと染めていく。


 水晶に現れた七色の光。周囲のざわめき。フィリーナ様の言葉。何もかもが、胸の中でごちゃ混ぜになって、整理がつかない。


 目を閉じると、静かなざわめきの中に、自分の鼓動だけがはっきりと響いていた。


(……このまま、どうすればいいのかな)


 そんな時だった。


「シオンさん、少しお話しませんか?」


 背後からかけられた声に、私はびくりと肩を揺らす。


 振り返ると、エルシア先生がやわらかな笑みを浮かべて、そっと立っていた。


 私は黙ってうなずき、先生のあとについて廊下へ出た。



 夕暮れの廊下には、窓から差し込む橙の光が石畳を照らし、長い影がふたつ並んでいた。


 誰もいない静かな通路の中で、私と先生はゆっくりと歩を進める。


 先生は何も急かすことなく、私が話し出すのを待っていてくれた。


 しばらくして、私は小さな声で言葉を紡いだ。


「……やっぱり、普通じゃないんですね。私」


「ええ。あなたの測定には、私も立ち会っていました」


 先生の声は、とても静かだった。


「あの光……私も今でも、はっきり覚えています」


「皆、怖がると思います。七属性なんて……ひとりで全部、なんて……」


 口にすると、胸がずしりと重くなった。ずっと抱えていた不安が、形になって現れるようで。


 先生は足を止め、私の目をしっかりと見つめて言った。


「確かに、“一人一属性”がこの世界の常識です。でも、それがすべてとは限りませんよ」


 その声は、風のように優しく、でも真っ直ぐだった。


「シオンさん。あなたの魔力には、まだ名前がありません。けれど、それは“未完成”なのではなく、これからあなた自身が“意味を与える力”だと、私は思っています」


「……意味を与える……?」


「そう。名前が与えられる前の力は、どんな形にもなれる自由を持っています。恐れずに、自分で選んでいいのです。どんな魔法として育てるのか――それは、あなた自身の手にあるのですから」


 その言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなった。


(私の力は、まだ“なにか”じゃない。でも――)


「……こわいです。でも、それでも……向き合ってみたいです。自分の力と、ちゃんと」


「ええ。それを聞けて、私はとても嬉しいです」


 先生の言葉に、私は小さく、でもはっきりとうなずいた。


 それは、怖さに負けないための、ほんの少しの勇気。



 教室の前まで戻ると、窓辺にもたれていたマリナさんが、私の姿に気づいて振り返った。


「おそいよ、シオンさん。待ってたんだから」


 むくれたような顔をしながらも、どこかほっとしたような笑みが浮かんでいた。


「ごめんなさい。少し、先生とお話していて……」


「ああ、やっぱり。顔、ちょっと真面目になってたから、なんかあったのかなーって思ってた」


「そんなに変……でした?」


「ううん、変じゃない。でもね、ちょっとだけ、前よりまっすぐな顔になってる」


 からかうような口ぶり。でも、それは決して悪意のあるものじゃなかった。


「……あ、でも、言いたくないならぜんぜんいいの! 私、詮索とかしないし!」


 慌てたように手をぶんぶんと振って、顔を赤くするマリナさんが、ちょっと可愛くて私は思わず笑ってしまった。


 その笑みに、マリナさんもつられるように笑って、小さく息を吐いた。


「……でもさ。あのときの光、私、忘れてないよ」


 不意に出たその言葉に、私の心がふっと揺れた。


「……うん。知ってる」


「こわくはなかった。……ただ、すごいなって思っただけ」


 それは、たった一言なのに、私の中の何かを救ってくれる言葉だった。


 もしあの光を、誰も受け入れてくれなかったら。もしみんなが怖がって距離を取ったら。私はきっと、もう二度と“歌”を信じられなくなっていたかもしれない。


「……ありがとう、マリナさん」


「うん。じゃあ、明日も一緒にお昼食べよう? 昨日と今日じゃ気持ちも変わるでしょ。いろんなことあるけど……それでも、一緒に食べたら、おいしくなる気がするから」


 その笑顔が、今の私にとっては何よりのごちそうだった。



 夜。私は窓辺に座り、ルナちゃんを膝に抱きながら、夜空を見上げていた。


 七色に輝いた“感応水晶”の光。フィリーナ様の静かな視線。エルシア先生の言葉。そして、マリナさんのやさしさ。


 今日という一日は、私にとって、かけがえのない一日だった。


 泣きそうになったり、不安に押しつぶされそうになったり。それでも、誰かの一言や微笑みに救われて――私は今、ここにいる。


(……私は、歌うために生まれてきたのかな)


 ふと口をついて出たその言葉に、自分でも少し驚いた。


 けれど、それは心の奥底から、静かに湧き上がってきた想いだった。


 誰にも話していない、私だけの“歌の魔法”。


 それがいつか、本当に誰かの心に届く日が来るなら。


 私は、誰かのために歌いたい。誰かの心に寄り添って、少しだけでも明日を照らせたら――それは、きっと魔法と呼べる力になる。


 私はゆっくりと立ち上がり、机に向かってノートを開いた。


 最後のページに、また一行、言葉を加える。


「……“まよっても ふるえても わたしはうたう”……」


 震える心ごと、声にしてしまおう。怖いまま、進んでいこう。うまくできなくても、それが私の一歩になるなら。


 私はページをそっと閉じ、ルナちゃんを抱き直す。


 月が高く昇り、窓の外にはいくつもの星がまたたいている。


「……おやすみ、ルナちゃん。明日も、がんばるね」


 その囁きは、小さな誓いのようで、でも確かな“はじまり”の言葉だった。


 私は眠りにつく。


 今日より少しだけ強くなった自分を、胸の奥に感じながら。


 この一歩が、私の“ステージ”へと繋がっていく。


 それは、誰にも負けないくらい強くて、まっすぐな、私だけの“願い”だった。


はじめての教室で、はじめて見せた“自分だけの光”。


戸惑いと不安が心に渦巻くなかで、それでもまっすぐに手を伸ばせたのは――そっと見守ってくれる誰かの存在があったから。


まだ名もない“歌の魔法”が、ほんの少しだけ、世界と触れ合った日。

それは、揺れる気持ちのなかで踏み出した、小さな、けれど確かな一歩でした。


大丈夫。うまくできなくても、迷っても、歌はきっと道を照らしてくれる。


そんな想いを、シオンと一緒に大切に育てていけたら嬉しいです。


次回も、どうぞお楽しみに。

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