打ち合わせ1
凪との打ち合わせ当日――
待ち合わせ場所まで足を運ぶと、先に到着している凪の姿が目に入った。
休日で混雑する中、商業ビルの壁を背に軽く寄りかかって立っている凪は、通り過ぎる人々の視線を独占している。
長身でスタイル抜群、さらに顔面国宝の凪が放つイケメンオーラは凄まじく、「何かの撮影?」とわざわざ足を止めて様子を窺う女性達もいるほどだ。
(忘れてた。凪と一緒におるとえらい目立つんやった)
普段通りの服装で来たことが悔やまれるが、どう足掻いたところで大して変わらないことに思い至り、開き直った。
腹を括って一歩踏み出すと、こちらに気付いた凪がパッと顔を輝かせた。真顔だと冷淡に見える凪が浮かべた人懐っこい笑顔のギャップに衝撃が広がる。
周囲の視線を気にせず凪に近付き、「待たせてごめん」と開口一番謝罪した。凪は気にした様子もなく爽やかに笑った。
「謝らんでええよ。遅刻してへんで」
「でも待たせたし。ひとりで居心地悪かったんちゃうん」
「全然。莉子と会えるのが楽しみで早く着いてもうてん。待ってる時間も楽しかったで」
「ほんまに? しつこく声掛けられたりして困ってへん?」
「大丈夫~。ってか何このやり取り。莉子完全に彼氏やん」
ふはっと凪が破顔する。自分を待っている間に嫌な思いをしたのではないかと心配したが、杞憂だったようだ。莉子を気遣うためのフォローではなく本当に楽しそうでホッとした。
「これからどうする? 適当にカフェでも入る?」
「それもいいけど、来たばっかりやしせっかくやから色々見て回らへん? このへん新しい店できてるみたいやから面白いと思うで」
「そうなんや。まぁ時間あるし散策がてら見て回ろか」
あっさり承諾して歩き始めると、隣に並んだ凪がご機嫌で笑った。
「えらいご機嫌やん。嬉しいことでもあったん?」
「うん。莉子人多いの苦手やしインドア派やったから渋られるかと思った」
「まぁ人混みは好きやないけど、休日の街中ならどこもこんなもんやろ。インドア派は変わってへんで。でも別に引きこもりやないし、たまに街中出ることもある。たまにやけどな」
「はは、強調するやん。てか何気に莉子の私服新鮮やな~。高校の時は制服やったし。同窓会の時も思ってんけど、自然な感じでええやん。落ち着いて凛とした雰囲気によう似合うてる」
「やめてや、こんなん普段着やで。何でも着こなせる人に褒められても居たたまれへん」
「そんなことないて。買い被りや。俺も似合わん服はあるで。その点仕事の時はスーツ一択やから楽やな。あれこれ悩まんでいい」
「ああ、営業やしな。うちはオフィスカジュアルでわりと自由やで。一応ロッカーにジャケット常備してるけど、普段は上着なしで過ごしてるわ」
コンパスの長い凪とは歩幅が違うが、歩調を合わせてくれてるおかげで歩きやすい。
また、会話を交わしながらも人とぶつからないよう、さり気なく誘導してくれる。凪の細やかな心遣いに感謝しつつ、街を歩いた。
「あ、この店見たいかも。入ってもいい?」
「ええよ。見てみよか」
莉子の目に留まったのは、新しくオープンした雑貨店だった。凪が先に扉を開けてくれたので、礼を言って中に入る。
洋風のナチュラルな外観で、温もりを感じる店内はそれほど広くないものの、キッチン用の調理器具やおしゃれな食器、小物やアクセサリーなど、様々な品が揃えられていた。
店の中を見ながらゆっくり移動していると、コロンとして可愛い形のアロマディフューザーが目に入った。
コンパクトで場所も取らなそうなそれが気になり棚の上に手を伸ばすと、横から腕が伸びて、身長の高い凪が代わりに取ってくれた。
「はい。これで合ってた?」
「うん、ありがとう」
「それ何? ルームライト?」
「アロマディフューザーやで。オイルの香りを拡散させる器具。店で見たことない?」
「ああ、何かいい匂いするやつな。莉子そういうの好きなんや」
「柄にもないって言うんやろ」
「いや。前話した時にお互いのこと意外に知らんなと思って聞いただけ。だから今日は莉子の好きなもの色々教えてや。どんな香りが好きなん?」
莉子のじとっとした眼差しを受け流し、軽い調子で聞いてくる。毒気を抜かれた莉子は気を取り直し、質問に答えた。
「私は甘過ぎるのは苦手で、爽やかなシトラスとかハーブとか、ウッディな感じが好きやな」
「何となくイメージできるけどピンとこんな」
「馴染みないとそうやろな。興味あるなら試してみる? たとえばこの香りは男の人もリラックスできそう」
「どれどれ?」
アロマオイルの小瓶を手に持って凪に近付ける。くんくんと匂いを嗅ぐ凪。
「これ匂いする? よう分からんな」
「ボトル入りやしけっこう顔近付けな香らんで。でも鼻くっつけ過ぎるとめっちゃ匂ってむせるからほどほどに」
「じゃあこのくらい?」
ふっと凪の影が濃くなり、距離が近付いた。




