サシ飲み1
凪と飲み直す店を探そうと、鞄からスマホを取り出す。
希望があるか聞いたところ、居酒屋へ来る途中によさげな店があったと言う。そこで凪の案内に従い、お洒落な感じのバーに入った。
バーといっても特段気取った店ではなく、友人同士で気軽に入れる雰囲気で、程よい落ち着きがある。
居酒屋ほど騒がしくなく、本格的なバーほど堅苦しくないところがちょうどよかった。
適当に注文した飲み物を受け取った莉子は、さっそく近況を話し合うことにした。
「さっきはあんまり話されへんかったけど、ほんまに久しぶりやな。凪は今も同じ会社で働いてるん?」
「うん。毎日忙しいけど待遇いいし、社内の雰囲気も良くて概ね満足してる」
「日本三大商社のエリート営業マンかー。記憶力抜群でコミュ強の凪には天職やろうな。人の顔と名前覚えんの苦手な私には絶対無理や」
「莉子も公務員試験一発合格してるやん。成績良かったし総合職も狙えたのに、一般職に絞って就職したあたり、手堅い性格が滲み出てるよな。莉子も転職してへんやろ?」
「当然や。高望みせず堅実な人生を送るのがモットーやからな。それで何か変わったことあった? わざわざ飲み直したいって、近況報告だけじゃないんやろ?」
サクッと本題に入るよう勧めると、凪は一瞬面喰らい、破顔した。
「莉子は何でもお見通しやな。実はもうすぐ姉ちゃんが結婚するねん」
「そうなんや。おめでとう」
「ありがとう。ただひとつ問題があって、相談したかってん」
「どうしたん?」
「要約すると――姉ちゃんの結婚式の二次会が俺のお見合い会場になってる」
「んんん? どういうこと???」
日本語として理解はできるが、意味が分からない。頭上に大量の疑問符を浮かべると、凪は順を追って説明してくれた。
昔から恋愛に興味が薄く、浮いた話ひとつない弟の恋愛事情を懸念した姉が、普段から合コンや見合いを勧めていたらしい。
はじめは断り続けていたがあまりにしつこいので、紹介された女性と試しに何度か付き合ってみたものの全員長続きせず――次第に母親まで心配し始めた。
そこで姉が一念発起し、結婚式にかこつけて強制的に出会いの場を設けたという。
「それは何というか……難しい問題やな。家族なら人並みに結婚して家庭を築いてほしいっていう気持ちは理解できる。けど本人の希望もあるし、結婚は相手あっての話やからな」
「そうやろ。けど姉ちゃんは全然納得してなくて、母親にも『誰かいい人おらんの?』ってしょっちゅう探られるのが億劫でな」
「それで凪はどうしたいん? 結婚願望あるん?」
「特には。結婚したい人がおったら真剣に考えるやろうけど、結婚そのものに執着はないし、そのためにわざわざ相手を探そうと思ったことはないな」
「まぁ結婚ってなると慎重になるよな。他人と家族になって毎日一緒に生活するんやで? 価値観の違いで衝突することもあるやろうけど、話し合いで納得できん場合でも折り合いつけていかな続かんし。一人暮らしと同じように自分中心ではいられへんよな。よほど惚れた相手がおって勢いがない限り覚悟決まらんわ」
冷静に告げつつグラスを傾ける莉子に、凪はふっと息を抜いて笑った。
「えらい現実的やな。結婚に夢ないタイプ?」
「うちは親が不仲で離婚したの見てきたからな。裕福ではないけど生活に困らんだけの経済力はあるし、子どもも絶対ほしいわけじゃないから、今後のライフプランも独身前提で考えてる。積極的にしたいとは思わんな」
「そうなんや。じゃあ高校卒業してから好きな人おらんかった?」
「それとこれは別や。いいなと思う人はおったよ。大学の時に少し付き合ってたけど、振られた。知っての通り私は人に頼るのが苦手で可愛げがないし、親しくなったら逆に世話焼き過ぎてオカンみたいって引かれるオチや」
「それのどこがダメなん? 何でも他人頼りにせんとまずは自分で頑張ろうとする努力家なとこも、細かいとこまでよく気が付く面倒見いいところも長所やん」
「そんな風にポジティブ変換してくれんの凪だけやで。あんたがモテるの嫌でも分かるわ。女に惚れられんの自業自得やな」
「え~褒めたのに辛辣」
不満げに文句を言った凪は肩を竦めると、気遣わしげな面持ちに変わった。
「莉子のご両親が離婚してたこと知らんかった。だいぶ昔の話?」
「中一の時な。父の浮気が原因で別れた。まぁよくある話や」
「でも思春期にはハードやん。ようグレんかったな」
「グレてどうするん、何の解決にもならんわ。早く自立したい一心で勉強に打ち込み続けたおかげでいい高校、大学受かって就職先も選べたし。家の中も平和になって結果オーライや」
「はは、強っ。三年一緒におっても知らんことけっこうあるな~」
「そうやな。私も凪にお姉さんがおること知らんかったし。お互い様や」
当時の莉子にとって家族の話題はデリケートだったため、自分からその手の話題を振ることはなかった。
凪も自分から家族の話には触れなかったことから、何かしら踏み込まれたくない事情があるかもしれないと深堀しなかったのもあるが――
凪自身は特に意識していなかったようで、意外そうに瞬いた。
「あれ、言ってなかった? 隠してたわけじゃないんやけど、俺もあんまり自分のこと話さんからな。人の話聞いてる方が楽やし、余計なこと言って気遣われんのも嫌やし」
「普通の枠から外れてると生きずらい世の中やもんな」
「それなー。まともに恋愛したことないって言ったらたいてい驚かれるもん。人が当たり前にできることができないって『なんで?』って目で見られる。理由聞かれても上手く説明できんからお互い気遣って微妙な空気になるの、ほんま苦手」
「うん。そんで相手が家族やと余計気遣うよな」
「そう。他人みたいに適当に距離置いてフェードアウトって難しいし、できればいい関係でいたいと思うやん? だから期待されても応えられへんの、しんど」
一気に胸の内を吐き出した凪が、珍しく弱ったように微笑む。
「時間もらっといて愚痴ってごめん。今更やけど俺めっちゃ莉子に甘えてるな」
「この程度甘えのうちに入らんて。大変なんやろうけど、何だかんだ言って凪はご家族のこと大好きなんやな」
「え、今の話にそんな要素あった?」
「どうでもよかったら苦労してまで歩み寄ろうと思わんやろ? 大事な人やからこそ相手の期待に応えられないことが心苦しくて、何とか安心させたい、でも違いを受け入れてほしいって気持ちになるんやん」
凪の内面が真面目で誠実なことも、繊細な部分があることも知っている。だからこそ――
「凪としては頭が痛いかもしれんけど、結婚式の準備で忙しい中でも凪を気遣うお姉さんも、いつも気に掛けてくれはるお母さんも凪が可愛くて幸せになってほしいんや。――温かくていいご家族やね」
心に感じたことをありのままに告げる。凪は驚き、肩の力が抜けたように表情を和らげた。




