こぼれた本音4
使い終わった食器を下げようと凪が席を立ったが、片手で制止した。昨晩あれほど世話になっておいて、朝食の後片付けまでお願いするのはさすがに気が引ける。
(凪、いつ帰るんやろ。今日は約束してなかったし、きっと他に予定あるやんな)
今更ながら凪の交友関係が気になってきた。
その時、凪のスマホに着信があった。相手は誰かと凪が画面に目をやる。すると小さなため息を吐き、「ちょっとごめん」と席を外した。とはいえ一人暮らし用の1DKでは、話し声が漏れ聞こえてくる。
(誰やろう。若い女の人の声や。しかもかなり親しそう)
凪と一番親しい女性は自分だと思っていたが、もしかしたら違うのかもしれない。凪のちょっと鬱陶しそうな、遠慮のない態度を見てそう思った。
(私にもあんな態度、取らんのに……)
胸にもやもやが立ち込め、無意識に眉間に皺が寄った。通話を終えた凪がテーブルに戻ってくる。また腰を下ろすかと思いきや、彼は申し訳なさそうにスマホをポケットに入れる。
「ごめん、用事できたから帰るわ。何かあったら連絡して」
「どうしたん?」
「んー? まあちょっとした呼び出し」
上の空で返事しつつ、帰り支度を始める凪に強い苛立ちを感じた。自然と声が険しくなる。
「それ急ぎの用なん?」
「いや。でも気短い相手やから待たせると機嫌悪くなるねん。できればあんまり怒らせたくない」
「――凪が好きなのは私やないん?」
感情的に言ってからハッとする。
元々他に約束していた相手がいるなら、それについてとやかく口を出す権利はない。今はお試しの恋人関係であって、莉子が自分の都合で結論を保留にしている状態だ。その間に心変わりされたとしても、文句を言えない。
「っごめん! どうかしてた。後片付けるからはよ行ってきて。長々引き留めてごめんな」
あまりに恥ずかしくて、凪の方を見れない。片付けを口実にキッチンへ逃げ込むと、テーブルの前に立ったままの凪が静かに言う。
「莉子。こっち向いて?」
「嫌」
「じゃあ俺がそっち行く」
コンパスの長い凪が距離を詰めるのは一瞬だった。狭いキッチンの壁際に追い詰められた莉子は焦り、顔を背ける。
けれどすぐに頤をすくわれ、強制的に前を向かされた。凪は無言でこちらを見つめた後、感慨深そうに言う。
「やっと本音いうたな」
「!!」
「莉子の気持ちの変化は何となく察してた。でも俺から指摘したら意地張って本音言わんやろうから、黙って待ってた。今のヤキモチやろ? 自分より優先する女がおると思ってムカついたんちゃうん?」
「そんなんじゃ……」
「じゃあさっきのは何? 自分を好きな男が他の女に愛想よくするのはプライドが許せない? それともただの独占欲?」
「違う! そんなんちゃう」
「違うなら俺の目見て説明して。聞くまで退かない」
凪が空いた方の手を壁につき、囲われ、いよいよ退路を断たれた。期待と不安の入り混じる飴色の瞳に射抜かれ、どうしようもなく胸を搔き乱される。
つま先立ちをすればキスをしてしまいそうな距離感に鼓動が逸り、自分が彼をどう思っているか――嫌というほど思い知らされる。
「……だから嫌やってん! 凪を意識し始めたら最後、沼に転がり落ちるのは目に見えてた。だからどうにか踏み留まってたのに――もう、気付いてないふりできんやん!」
ついに観念し、涙声で本音をぶちまける。何も言わず続きを待っている凪の、熱の灯った表情に胸が揺さぶられる。莉子は自分の腕を守るように抱いて息を吸った。




