同窓会1
十年後の春――とある繁華街の居酒屋にて、高校の同窓会が開催された。大人数のため、広い座敷部屋が貸し切りになっている。
「ねえ聞いた? 今日氷室くんも来るって! めっちゃ楽しみなんやけどー!」
卒業してずいぶん経つが、女子が盛り上がる話題の中心には変わらず凪の名前が挙がる。
(なるほどな。それでえらい気合入っとるんか)
同級生と再会するにしては着飾った女子達の本気を感じ、莉子は小さなため息を零した。
凪とは高校卒業後もたまに連絡を取り合っていたものの、社会人になった辺りから頻度が減り、この数年は音沙汰がない。
これも仕事にかまけていた莉子がしばしば返信を滞らせていた結果なのだが、プライベートに余裕を持てるようになってからも、きっかけを掴めないまま連絡しそびれていた。
(だから今日は久しぶりに話したかったんやけど、到底無理やな)
早々に諦めて酒を飲み、ぼちぼち食事に手をつけていると、目の前に座っていた女子A(名前は忘れた)がチラッと視線を寄越してきた。
「うるさくしてごめんな~? 久しぶりの再会で盛り上がっちゃって♡」
「飲み会やし別にかまわへんよ」
「ほんまに? よかった~! せっかくやし長谷川さんも一緒に喋ろ?」
愛想よく参加を促されたものの、元々親しい関係ではないためこれといった話題がない。
当たり障りのない世間話を少し交わした後、仲間内の思い出話に興じる女子Aの聞き役に回っていると、女子Aが再度話を振ってきた。
「そういえば長谷川さんって氷室くんと仲良かったやん? 今も連絡取ってるん?」
「いや、全然」
あっさり否定すると、答えを予想していたかのように輝く笑みを向けられた。
「まぁそうやんな~! もう高校生じゃないし卒業しちゃったら接点ないよな。二人ともタイプ違うし」
「タイプ?」
「ほら、氷室くんは愛想よくてノリいいしー、誰に対してもフレンドリーやん? でも長谷川さんはシャキッとして真面目でクールな感じ? 見るからに正反対やのに仲良くて意外やなって当時みんな不思議がってたんよ~」
周囲のキラキラ女子達がみな共感したように「うんうん」と口を揃える。
「付き合ってる感じではなかったけど、あんまり仲良いから女子全員羨ましがってたで! 氷室くんが自分から構う女子って長谷川さんだけやったから、めっちゃラッキーガールやなって♡ なぁなぁどうやって仲良くなったん? 今のうちに仲良くなるコツ教えてや~!」
「そう言われても……。普通に接してただけやし」
「え~っ、普通にしててあんな仲良くなられへんやろ? もう十年経つし時効やん、もったいぶらずに教えてや~! 秘密主義なん?」
「いや、ほんまに何もないねんて。たまたま三年間同じクラスで話す機会多かっただけや」
事実を口にしただけだったが、女子Aの纏う空気が若干険しくなった。
「……へえ~。何もせんと仲良くなれるって、長谷川さんすごいなぁ。絶対真似できんわぁ」
顔は笑っているが、目が笑ってない。こちらの言い分を信じてない上、表面上褒めながら内心見下しているのが伝わってくる。
(あー懐かしいなこの感じ。そういえば高校の時はこういうマウント取ってくる女周りにいっぱいおったな。凪が面倒がるのも頷けるわ)
嫌味をスルーして料理を小皿に取り分けていると、女子Aの隣にいた女子Bが申し訳なさそうに両手を合わせた。
「ごめんな~! この子、氷室くんのガチファンやから氷室くんの話題になると強火やねん。うっとおしいやろけど適当に聞き流したって?」
「大丈夫。全然気にしてへんよ」
強がりじゃなかった。凪には言わなかったが、これまで何度も同じような目に遭っているので慣れっこである。しかし平然とした態度が気に食わなかったのか、女子Aは眉を吊り上げた。
「ずいぶん余裕やね。自分だけは特別やと思ってるんかもしらんけど、長谷川さんも氷室くんと会うの久しぶりなんやろ? もし禿げたり太ってたりしたらどうする? マイナスの方向に変わってる可能性も十分あるんやで~?」
「うわっ、現実に引き戻すんやめてー! 夢が壊れるー!!」
女子Aの警告に頭を抱える女子B。女子Bの反応に満足しつつ、「な? 今からでも心の準備した方がええんちゃう?」とニヤつく女子A。
「仲良かった分、激変してたらショックやんな~? 昔のノリで親しげに声掛けられたら引くやろ」
「別に。外見は年齢と共に変わっていくもんやし、そんなん自然の摂理やろ。今更そんな理由で態度変えへんよ。禿げても太っても凪は凪やん」
迷わず断言すると、空気が凍る。そこにプッと笑い声が漏れた。声の主――莉子の隣で我関せずを貫いていた女子に視線が集まる。
「ああ、ごめんごめん。ご本人さん不在でよう盛り上がってはるなぁと微笑しかってん。みなさん想像力が豊かで退屈せんわぁ」
色白で華奢な体躯、端正な顔立ちに、さらさらの黒髪ロングヘア。大和撫子を体現した、正統派美女の風貌で毒舌を極めるのは、東堂舞花。莉子が信頼を寄せる数少ない友人のひとりだ。
噂話に悪ノリしていた女子Bは気まずそうに視線を落としたが、女子Aは不快感を露わにし、眉間に皺を寄せた。
「東堂さんは関係ないやろ。部外者は黙っててくれへん?」
「嫌やわぁ。私もクラスメイトなんやから関係者やん。今日は同窓会で旧友と親交を深めるのが目的やろ? 一部趣旨を勘違いしてはるおめでたい子らもいてるみたいやけど、浮かれる気持ち分からんでもないから静観してたんよ。せやけどあんまり滑稽で面白いから、つい声が出てしもたわ。私も混ぜてや」
口元に指先を当て、くすっと笑う舞花は有無を言わせぬ迫力がある。
既に凍っていた空気が緊張感を増し、先ほどまで威勢のよかった女子Aはやや怯んだ様子を見せた。
すぐに言い返してこないと分かると、舞花はさらに唇の端を上げた。
「そうそう、なんで莉子が氷室くんと仲良くなれたのかって話。――ずぅっと前から思っててんけど、氷室くんは人を見る目あるなと感心するわ」
「どういう意味?」
「あら、分からへん? 誰が裏表なく付き合ってくれるかよう分かってはるってことや。まぁそれ以前の問題で、気遣う体でマウント取ったりその場におらん人のこと酒の肴にした挙句貶める浅ましい女とは同性でもお付き合い遠慮したいけどなぁ」
「なっ、私はそんなつもりじゃ……っ!」
「ん? たとえ話やで。もしや心あたりでも?」
とぼけてこてんと小首を傾げる舞花は同性でも惚けてしまうほど艶っぽい。ぐっと言葉に詰まった女子Aは顔を真っ赤にして席を立つ。
「――気分悪なった。ちょっと外の空気吸ってくるわ」
「あ、待って置いていかんといて~!」
女子Aを慌てて追いかける女子B。前の席ががらんと空いたのを見て、舞花がカラカラと笑った。
「風通しようなったなぁ」
「舞花、相変わらずやな」
「うふふ。莉子もな。社会に出て荒んでたら嫌やなぁと思っててんけど、変わってなくて安心したわ。私とお友達になれる子はほんまに希少やからなぁ」
可憐な外見に似合わず辛辣な舞花は、分かりやすく女子に嫌厭され、男子に敬遠され――つまり、友人がとても少ない。
歯に衣着せぬストレートな物言いはしばしば反感を買っていたが、莉子としてはむしろ好感を抱いていた。
「舞花は遠慮がないだけで性根はまっすぐやから、お互いを知るきっかけさえあれば誰とでも仲良くなれると思うけどな」
「え~無理無理。私めっちゃマイペースやから人に合わせんのしんどいねん。せやからお友達もたくさんは望まへん。そもそも毒舌で有名な私と積極的に関わりたがる子なんて滅多におらんで? 誰かて自分が可愛いし無駄に傷付きたくないやん。私の性格知ってて近付いてきたの莉子くらいや」
「大袈裟やなぁ。クラスメイトと友達になっただけやろ」
「ふふっ。莉子なら誰が相手でもそう言うよな。噂を気にせず、何の気負いもなく声を掛けてくる――あの時もそうやったなぁ」
舞花は過去を懐かしむように瞼を閉じた。




