こぼれた本音3
翌朝――
目が覚めた莉子は、右手を包み込む男の人の手にぎょっとした。手の主に視線を走らせると、ベッドに腕をのせ、二の腕を枕にした状態で眠る凪の姿があった。
「……え? ――えっ!? なんで凪がおるん????」
混乱して思わず手を引っ込める。覚醒に伴い記憶が戻り、ものすごく焦った。みるみる顔に熱が集まってきて悶えたが、静かに寝息を立てる凪の下瞼にうっすら隈ができていて、冷静になった。
(昨晩遅くまで看病してくれてたんやな……。このまま寝かせておこう)
おかげで体がだいぶマシになっている。凪を起こさないよう注意してそっとベッドを離れた。凪の背中に夏用のガーゼケットをかけると、「ん……」と身じろぎして息を詰めたが、まだ起きる気配はなく、ホッとした。
今のうちに身支度をしようとシャワーを浴び、髪を乾かして出ると、ベッドに突っ伏していた凪がこちら側を向いて座っていた。
「おはよう。昨日はほんまにありがとう。少しは眠れた?」
「……大丈夫」
寝起きのせいか、反応が鈍い。普段より幼く見える彼が可愛くて、胸が鳴る。静かにすすす、と側に寄って座り込み、ベッドにもたれて片膝を立てる凪を観察した。
数分後、完全に覚醒した凪が急いで顔を上げた。
「莉子。体調は?」
「おかげさまで回復した。凪の献身的な看病のおかげや」
「マジか。あ――、よかった」
突然ぎゅっと抱き寄せられてたじろいだ。けれど、背中に回された凪の腕から、彼がどれだけ心配していたか――不安で夜も熟睡できなかったかが伝わってきて、体の力が抜けた。
凪の広い背中に手を回し、安心させたい一心で優しく撫でた。凪は顔を傾けて莉子の側頭部にキスを贈り、頭の丸い形に沿って後ろ髪を梳く。
恋人らしい親密な触れ合いにドキドキしたが、凪を労わりたい気持ちが上回ったおかげで比較的冷静でいられた。
「不安にさせてごめんな。甲斐甲斐しく世話焼かせて申し訳ないけど、ほんまに助かった。看病疲れが出んように帰ったらゆっくり体を休めてな」
「それは全然平気。でも好きな女が目の前でベッドに寝てんのに手出されへんのはつらかった。控えめに言って拷問レベル」
「!?!?」
「さすがに病人をどうこうしようとは思わんけどな。莉子の匂いがするし、手握ってきて離さへんし、ぎゅっと指に力入れてくるし、えらい可愛くて色々やばかった。正直今もめっちゃ我慢してる」
「!!!! ちょ、ちょっと一回離れて」
焦ってべりっと凪を引きはがすと、彼は悪戯っぽく笑い、自分の首の後ろに手をやった。
「汗が気になるからシャワー借りていい?」
「ど、どうぞ。タオル準備するから待って」
着替えもない、座ったままの状態で一晩過ごさせ、何のもてなしもできなかったことを猛省した。せめて朝食くらいはと、凪の買ってくれていた食材で用意を始める。
シャワーを済ませた凪は、まだ髪が半乾きの状態で出てきた。首にフェイスタオルを巻いていて、頬に滴る水を拭いている。テーブルの上に二人分の朝食を並べて着席を促すと、凪は目を丸くした。
「え? 俺の分もあるん? うわー、こんなちゃんとした朝食いつぶりやろ」
「そうなん? 凪、自炊できるやん」
「うん。でも忙しいと外食に頼りがちやし、朝は適当に済ませること多いから」
「仕方ない部分はあるやろうけど、なるべくちゃんと食べた方がいいで。おかわりもあるから遠慮せんと食べて」
「ありがとー。ほないただきます」
凪がタオルを外し、両手を合わせて椅子に座る。来客など滅多にないが、念のため予備の椅子を用意してあったことに内心胸を撫で下ろした。
「味は大丈夫?」
「めっちゃ美味い。好きな子の手作りって思うとなお感動する」
「大袈裟やな。こんなんでよかったらいつでも作ったるよ」
「彼氏(仮)やから?」
「凪やから」
「また無自覚に殺し文句を……」
わざとらしく胸を押さえる凪にふっと笑みが零れる。他愛ないやり取りが楽しくて、瞬く間に朝食の時間が過ぎていった。




