安心して好きになって3
「なんかめっちゃ甘やかされてる気がする……」
「ダメ人間になりそうで怖い、みたいな顔で言わんでや。それに彼女甘やかすのは彼氏の特権やろ? 俺の楽しみ奪わんといて」
「……っ!」
「あと、莉子のこと平凡と思ったことないで。自覚ないやろうけど、いつもいい意味で期待を裏切ってくる。莉子に心動かされて、どんどん好きが積もっていく。こんなに惚れ込ませたの、莉子のせいやで」
「……っ!!」
「でも莉子の可愛いところは全部俺だけ知ってたいから。他の男に見せんとってな?」
すっと莉子の手を持ち上げた凪が指先に口づける。世界にひとつだけの宝物を扱うような態度と、恋人に向ける甘い眼差しにヒットポイントが激減し、もはや心臓は破裂寸前だった。
カフェを出た後、夕飯にはまだ早い時間だったので適当に街歩きをすることにした。凪とウィンドーショッピングし始めると、凪が莉子のバレッタに触れる。
「会った時に気付いてんけど、それ着けてきてくれたんや。やっぱりよう似合うてる」
「ほんま? よかった。凪にもらったプレゼントやし、今日着けてこうと決めててん」
莉子が笑みを零すと、凪は眉を寄せ、キュンとしたように自分の胸を押さえた。
「莉子ちゃんが殺しにかかってくる……」
「は?」
「これ以上惚れさせて俺をどうしたいん? キスしていい? 唇以外はいいんやんな?」
「!! い、今はだめっ」
グイグイ距離を詰めてくる凪を慌てて押し返すと、さり気なく腰を抱いてきた凪に耳元で囁かれる。
「ほなお預け食った分、後で充電させてな。いい子で待ってるから、長めでお願い」
「!?!?」
頭からしゅうしゅう湯気が出て、シャッ! と横に飛びのいた。野良猫が威嚇するように毛を逆立てると、確信犯の凪がくっくっと悪戯に笑う。
こほんと咳払いし、気を取り直して散策を再開する。少し歩いたところでユニセックス商品を取り扱っている洋服店が目に入り、ちょっと気になって凪の袖を引いた。
「ん? 何かいいのあった?」
「これ凪に似合いそうやなって」
「じゃあ試着してみよっかな」
マネキンが被っていた帽子をひょいと手に取り、凪が浅く被る。あまりに似合い過ぎていて、店員だけでなく周りにいた他の客まで見惚れていた。
「どう?」
「めっちゃ似合ってる。写真撮ったらそのまま広告に使えそう。で爆売れしそう」
「ははっ。思考が営業やん」
「これよかったらプレゼントさせてくれへん? 高価なものやないけど、今日のお礼に」
照れを隠しつつ提案すると、凪は驚く。莉子の方から積極的に何かをプレゼントしたいと言うのは初めてだった。
「今後どうなるか分からんけど――いつか今日を思い出した時、これ買ったよねって言えたらいいな……とちょっと思った」
言ってて恥ずかしくなり、語尾にかけて声が掠れる。羞恥で俯くと、突然凪がぎゅっと抱きしめてきた。
「!? な、なななな凪っ?」
「今のはアウト。莉子ちゃんが可愛すぎるのが悪い」
ぎゅうぎゅう。凪に抱き込まれて硬直していると、周囲から生温かい、微笑ましい視線を感じて無理やりべりっと体をはがした。
「っ帽子買ってくる……!!」
大きな声で宣言し、レジに猛進する。心を無にしてプレゼント用のラッピングをお願いすると、愛想の良い女性店員がにこにこ言う。
「とっても素敵な彼氏さんですね。ラブラブで羨ましいです」
「……っい、え、はい」
見知らぬ相手に事情を説明するわけにもいかず、胃が捩じ切れそうになりながらもごもご肯定した。
ものすごい疲労感と共にプレゼントを入手し、凪に渡す。わざと素っ気なく目の前に突き出したのに、凪は瞳を輝かせて大層喜んだ。
「ありがとう。初デート記念やな。ずっと大切にする」
超ご機嫌な凪に抗議する気が削がれ、またも敗北感を覚えつつ「喜んでもらえてよかった」と返事をした。
結局、凪に夕飯までご馳走になり、家まで送るという彼の有無を言わさない笑顔に押し切られて自宅のあるマンションの前までやってきた。
まだ比較的早い時間だが、これからまた駅に引き返して別な路線に乗り換えて帰るのは面倒だろう。
「家遠いのに送ってもらって申し訳ない。わざわざありがとう」
「いや。心配やったし、少しでも莉子と一緒にいたかったからむしろ役得」
「っ。凪、こんな押し強かったっけ?」
「ん? そら口説いてるんやから全力で落としにかかるやろ。好きやし」
「!!!!」
(もう何を言ってもカウンタースキル高すぎて瀕死や……! 心臓発作起こす前に退散しよう)
余計な隙は与えずに別れようと、ややぎこちない笑みを返す。回れ右してエントランスに歩き出した瞬間、後ろからぐいっと腕を引かれた。驚いたが、振り向く間もなく耳に声が吹き込まれる。
「この前、俺のことめっちゃ好きになりそうで怖いって言ってたけど。杞憂やから」
「え?」
「――莉子のことは俺が一生大事にするから。安心して好きになって」
バッと耳を押さえて振り向くと、凪が愛しそうに笑う。
「はは。かわい。顔真っ赤」
「か、からかうのも大概にして!」
「最初から本気やって言うたやん。名残惜しいけど、おやすみ。いい夢見てな」
自然と頬に手を添えた凪が、莉子の額にキスを落とす。
思わぬとどめを刺された莉子はその場で硬直し、しばらく動けなかった。




