安心して好きになって1
次の週末、凪とデートすることになった莉子は映画館に来ていた。映画は凪のアイデアだ。事前にどの作品が観たいか聞かれたので希望を伝えたところ、既にチケットを購入してくれていた。
「わざわざ席予約してくれたんやね。ありがとう。チケット代出すわ」
「ええよ。俺が誘ったんやし、気にせんと楽しんで」
「そういうわけにはいかへんよ。前も食事代出してもらったし。これから一緒に出掛ける機会増えるならなおさら、ちゃんと出させてほしい。ここも割り勘でええから」
映画館の売店の列に二人で並びつつ、食い下がる。鞄から財布を出そうとして、ハッとした。
「ごめん。可愛げないよな。凪の体裁考えたら素直に奢られた方がいいんやろうけど、毎回はやっぱり抵抗あって……」
気まずさで視線を逸らすと、凪がふっと笑う。そして人差し指で眉間の皺を伸ばされた。
「また考え過ぎてる」
「!!」
「人前で彼女にデート代出させんのは格好悪いとか、全然思ってへんよ。単に俺がそうしたいだけで、莉子が肩身狭いなら割り勘でいい。でも今日は恋人になって初めてのデートやん? だから俺に出させてや。気になるなら映画の後、お茶する時に飲み物奢って」
気負わない態度で接してくれる凪に、肩の力が抜ける。
「分かった。ありがとう」
「うん。今後も今みたいに思ってること教えてくれたら嬉しい。小さなことですれ違って気まずくなりたくないやん。莉子との新しい関係、大事に築いていきたいから」
自然にするっと手を繋がれ、胸が鳴った。凪の愛おしげな眼差しも、宝物に触れるような手つきも、全てが新鮮でドキドキしてしまう。
結局、売店の飲み物も凪が購入してくれたので礼を告げて受け取り、作品が上映されるスクリーンへ移動した。
指定されていたのは二人掛けのソファー席で、席の間に肘掛けがなく、フットレストがある。席幅が広く足元がゆったりしているのが特徴で、居心地が良さそうだった。
(これっていわゆるカップルシートやんな? まさか自分が座る日が来るとは……しかも凪と)
内心「ん”ん”っ」と奇声を漏らし、むず痒さに耐えながら腰を下ろす。
映画の開演前に予告編が上映されるのを待っている間、凪の横顔に目をやった。
こっそり盗み見たつもりが彼はすぐ視線に気付き、こちら側に片手をついて身を寄せてくる。
「ん? どうしたん?」
「あ……いや。実は映画に誘われた時、もしかしたら家で見るかもしれんと思ったからちょっと意外で」
「ああ。まぁ考えたけど、初回のデートでいきなり家は緊張せん? せっかくなら肩の力抜いて映画楽しんでほしい」
凪の優しい笑みにドキッとする。恋人の距離感に慣れていない莉子への心遣いに、じんわり胸が温かくなったが、
「――というのは半分建前で。後から思い返した時、初めてのデートで映画館来たねって話できたらいいなって思った」
「っ!!」
不意打ちで甘く囁かれ、ギュンと胸が高鳴る。顔に熱が集まるのを抑えられず、慌てて凪の反対側に顔を背けた。
「はは。ときめいた?」
「全然ときめいてないっ」
「そう? 残念。俺は莉子が隣にいるだけでドキドキするけどな」
次の瞬間――――
凪の腕が肩に回り、彼の胸に抱き寄せられた。突然のゼロ距離に驚いてひゅっと息を呑むと、耳に熱っぽい声が降ってくる。
「心臓うるさいの分かる? いつもこんな感じやで」
「!?!?」
凪が喋ると声の振動が伝わってくる。手を握ってきた凪は、自分の心臓の辺りに掌を誘導する。服越しに伝わる凪の堅い胸板の感触にビクッとした。
(見た感じからして引き締まってるけど触れると男の人の体ってダイレクトに分かる……! ていうか近過ぎやしめっちゃいい匂いするし、人前でこの体勢は恥ずかしい! いや、人前でなくても無理!!)
「ちょっと――」
「あ、始まるみたいやな」
解放を促す前にさらっと手を放した凪が鑑賞モードに入る。館内が薄暗くなる中、平然と長い足を組んでソファの背にもたれかかる凪に余裕を感じて憎らしい。
(いちいち経験値の差を感じて腹立つ~~~~!! 何が初恋や。めっちゃ女慣れしてるやん!)
ムカムカがこみ上げて最悪の気分だったが、映画の本編が始まるとあっという間に物語に惹き込まれていった。




