告白の返事と予想外の提案2
「……凪を男の人として意識して好きになってしまったら、めっちゃ好きになって、取り返しつかんくなる――気がする。今でも凪のことになると冷静でいられなくて、自分持て余すくらい振り回されてる。こんなん続いたら身持たへんし、そのうち呆れられて愛想尽かされる。それだけは嫌やねん」
とても身勝手で臆病な本音を聞かれるのは恥ずかしくて仕方なかった。けれど紛れもない本心だ。
「いつか壊れるの分かってて、深く踏み込む勇気はない。それならこのまま友達でいたい。だから……凪の気持ちは嬉しいけど、受け入れられへん。ごめん」
もう一度凪の顔を見て、頭を下げる。とりあえず言いたいことは全て伝えられたことにホッとした。しかしすぐに緊張が襲ってくる。凪の反応が怖くて、心臓が胸の内で暴れまわった。
(……お願い。何か言って)
いっそ情けないと詰られた方が気が楽だった。凪に失望され、背中を向けられても仕方ないと腹を括ってきた。
それなのに――返ってきたのは穏やかな声。
「色々言いたいことはあるけど、一言でいうと――莉子頑張ったなぁ」
「え……?」
予想外の答えに戸惑う。恐る恐る顔を上げると、なぜか彼は怒った顔をしていた。
「子どもの頃なんて親が不仲でも逃げ場ないし、ましてや仲裁なんて到底無理やん。したとしても根本的には解決せんやろ。自分の力の及ばない部分でずっと心に負担感じながら生活してたと思うとやりきれん。莉子の父親に対して本気で腹立たしい」
「……!」
告白の返事が色よいものでなかったことよりも、ただ莉子を慮り、心に寄り添ってくれる。凪の度量の大きさと愛情深さに胸を締め付けられた。
不意に泣きそうになって俯くと、頭の上に大きな掌がのる。泣いている子どもを慰めるようなひどく優しい撫で方にまた涙腺が緩んで、唇を噛んで耐えた。
「莉子の心に空いているその穴はきっと誰にも埋められへんと思う。記憶を消すのは無理やし、お父さんと疎遠になっても心の傷は残るよな。だから結論として伝えたいのは――」
(もう会いたくない……?)
頭によぎった残酷な言葉を覚悟して身を固くする。けれど――
「これからも莉子と一緒におって、たくさん幸せな思い出を作りたい」
ポケットからハンカチを取り出した凪が、座ったまま距離を詰め、今にも零れ落ちそうな涙をそっと拭ってくれる。驚いて凪を見つめると、彼は今までで一番優しい笑顔をくれた。
「傷を消すことができないなら、傷の痛みを忘れてしまうほど幸せな思い出を増やして、笑って過ごせる日を積み重ねていけばいいやん。痛みを完全に消すことができなくても、軽くしたり、思い出す回数を減らすことはできるやろ? 莉子にとってそういう存在になれたらいいなと思う」
胸が震えて言葉に詰まり、決意が揺れた。
「でも、まだ懸念事項あるねん」
「何? もういっそ全部吐き出して」
「今までずっと友達やったやん? なのに付き合い始めて、その、お、女な部分見られんのが恥ずかしいというか。凪に甘える自分とか想像しただけでむず痒くて死にそう。ほんま無理」
羞恥が限界に達して掌で顔を覆い隠した。数秒後、凪は肺の空気を全て吐き出すような、長いため息を吐く。
「は~~~~」
「……やっぱり呆れた?」
指の間を広げてチラッと様子を窺う。凪は前屈みの体勢で両手を組み、ものすごく不服そうな表情でこちらを見る。
「そうじゃない。莉子さ。最初から告白断る気で来たんやろ? さっきからずっと理由並べて俺に諦めさせようとしてるんやろうけど、逆効果やからな」
「えっ!?」
「今の話聞いて『うわ、重。めんどくさいからやめとこ』って身引く男やと思われてるならそっちの方がショックやわ。莉子がつらい思いしながらも健気に頑張ってきて、でも人に愛情求めるのが怖くなるほど臆病になってるの知って、そんなん何がなんでも幸せにしたろって思うやろ」
「!?!?」
「なんでそこで驚くん? はぁ、もう。噛み合わへんなぁ……」
凪は片手で前髪を掻き上げ、疲れた様子で眉根を寄せる。しかし次の瞬間、コロッと態度が変わった。
キラキラっと光をまき散らすようなすごくいい笑顔を浮かべ、三本指を立てる。
「三か月ちょうだい」
「は?」
「お試しで付き合ってみようや。で、やっぱり違うなーと思ったり、その間に好きになれなかったらもう困らせん。二度と好きとか言わんし、莉子を追い詰めるようなこともしない。だからチャンスちょうだい?」
予想外の提案に面食らい、言葉を失う。けれど凪はこちらが冷静になる前に畳みかけてきた。
「莉子は頭でっかちで理屈にとらわれすぎやねん。考えるより心で感じろっていうやろ? もう難しいことなんも考えず俺と一緒にいてどう感じるか教えてや。それで振られんのなら納得する」
確かに頭ごなしに拒絶するのは誠実じゃないかもしれない。凪が納得できるなら、三か月の間だけ付き合うのはありかもしれない。
前向きに検討し始めた自分にハッとして頭を横に振った。
(いやいやいや! 凪は恋愛的に人を好きになったことがないってだけで、普通に女性経験ありそうやしたぶんものっそい手練れやで。あっという間に丸め込まれて取って食われるんちゃうん?)
「お試しで付き合うって……具体的に何するん?」
やや身を引いて警戒心を隠さず尋ねると、凪はケロッと答えた。
「それはまぁ普通にデートとか」
「とか?」
それ以外の男女のあれこれを想像して指摘すると、意地悪く口角を上げる凪。
「なに? 警戒してるん? かわい」
「!!!!」
「心配せんでも強引に手出したりせえへんよ。そんなん一発で嫌われるし、後味悪いやん」
「じゃ、じゃあお試しの間は恋人らしいスキンシップなし?」
「んー何もしないのは不自然やからなー。ルール決めよか。どこまで許せる? キスは?」
「っ唇はだめ」
「分かった。ハグは?」
「状況によるけど……ギリギリOK」
「ほな手をつなぐのは大丈夫やんな。了解」
にこっと笑った凪が自然に莉子の手を取り、指を絡めて握った。
「今日から三か月よろしくな」
「!! わ、私まだ了承してないっ」
慌てて手を引っ込めようとするも、凪に捕まれた手はビクともしない。だらだらと嫌な汗が流れるのを感じながら、抗議を込めて彼を見る。凪は獲物を捕獲した肉食獣のように、余裕綽々の態度で笑った。
「何言うてるん? 今、自分で条件設定したやん。了承したと同義やろ。言質取ったし言い逃れさせへんで」
しゃあしゃあと正当性を主張する凪にしてやられたと気付くも、もう遅い。
「っ最初からこの流れ狙ってたやろ!?」
「そんなことないで? でも莉子ちゃんは男前やから、二言はないよな?」
「くっ……!」
きゅっと愛しそうに指に力を込められ、心臓が跳ね上がる。さっそく丸め込まれた莉子は敗北感に打ちひしがれながら、我が身に迫る危機にぶるっと身震いした。




