告白の返事と予想外の提案1
助言を受けて腹を括った莉子は翌朝、凪に会いたいと連絡した。
結果、週末に会うことになり――それまでに気持ちの整理をしようと心に決め、頭を悩ませ続けた。
どうにか凪へ伝える返事が決まったものの、いざ当日を迎えるとひどく緊張した。
次こそは凪を待たすまいと、約束の三十分も前に待ち合わせの駅に到着し、改札周辺でそわそわと周囲の様子を窺った。就活の時でさえこれほど余裕なく挙動不審になることはなかった。
凪が現れたのは約束の十分前だった。
駅は利用者が多く、他にもたくさんの人が待ち合わせをしているのに、彼は迷わず自分を見つけてくれる。相変わらず女性たちの視線を独占しながら、それを気にも留めず颯爽と歩み寄ってくる。
「ごめん、待たせた。待ってる間ひとりで大丈夫やった?」
まさかこちらが先に到着しているとは思わなかったようで、申し訳なさそうに眉を下げる。凪とは告白以来初の対面だ。鼓動が逸り、莉子はハンドバッグの持ち手をギュッと握り締めた。
「ごめんっ!」
謝罪して頭を下げると、凪が面食らう。莉子は顔を上げ、凪の目を見てはっきり言った。
「凪が勇気出して気持ち伝えてくれたのに、ちゃんとした返事もせず、その後も連絡が遅くなってほんまにごめん。誠実な態度やなかった」
真摯な面持ちで彼を見つめる。凪は平静を取り戻し、ホッと肩の力を抜いた。
「ビビった。いきなり顔見て謝るから、初っ端振られたかと思ったわ」
軽く笑われてギクッとしつつ、顔に出さないよう気を付けながら否定した。
「自分から呼び出しといてさすがにそれはない。ちゃんと話したい」
「うん。莉子ならそう言ってくれると思った。――移動して話そか」
凪に誘われて移動する。
カフェなど店の中だと周りの人が気になるのではないかと危惧したが、杞憂だった。凪はきちんと心得ていて、人目を気にせず落ち着いて話せそうな公園に案内してくれた。
空いているベンチに腰掛けると、近くの自販機で飲み物を買った凪が一本手渡してくる。礼を言いつつ受け取り、適度な距離を空けて隣に座った凪の方へ体を向けた。
「まず、告白の返事をする前にいくつか言っておきたいことがある。長くなるけど聞いてくれる?」
「もちろん」
さっそく聞く体勢に入った凪に安堵して小さく息を吐く。
「……高校の時、初めて凪に会った時は正直苦手なタイプで、できるだけ距離を置きたいと思ってた。でも凪が何かと声掛けてくるようになって、一緒に過ごす時間が増えていくうちに少しずつ心を許せるようになった。ただ、凪のことは恋愛対象として見ないように注意してた」
「それは友達として気まずくなるのが嫌やったから?」
「いや。凪が私をそういう風に見てなかったのもあるけど、お互い友達として気兼ねなく過ごせる時間を心地よく思ってたから。でもそれだけじゃないねん。うち親が離婚してるって言ったやろ? サシ飲みの時は空気重くすんの嫌で、詳しく触れんかったけど、黙ったままやと理解してもらえないと思うから話す」
公園を取り囲む並木がさやさやと風に揺れて、地面で木漏れ日が揺れる。親子連れが楽しそうにボール遊びしている姿を遠目に眺め、莉子は口を開いた。
「子どもの頃は家族仲良くて、ああやって一緒に出掛けたりしてた。でも小学校高学年になる頃からかな。親の喧嘩が増えて、家の中の空気がしょっちゅう険悪になってた。二人とも私とは普通に話すけど、お互い無視して私を通して会話する感じになってて」
「そのきっかけがお父さんの浮気やったん?」
「うん。母と言い争う声が聞こえて、父の浮気を知ってからは父が気持ち悪くなって――今までどおり接することができなくなった。態度を変えた私を見た父も色々察したのか、積極的に関わろうとしなくなった。その後離婚が決まって、私は当然母について家を出た」
「その場合お父さんにはついて行かれへんよな。立ち入ったこと聞くけど、生活は大丈夫やったん?」
「幸い母は手に職あって離婚してからも生活には困らへんかった。でも時々、寂しかった」
「お母さん仕事で留守番することが多かったんやな。お父さんとはそれ以来連絡取ってないん?」
「取ってないし、取りたいとも思わん。元々父をすごく好きだったわけじゃないねん。もう自分なりに消化してそういう人やと割り切ってる。でも、心に穴が空いたままや」
おそらく父と疎遠になったことよりも、家族として蔑ろにされたことにまだどこかで傷付いているのだろう。
両手で包み込んだドリンク缶を握る指に力を込め、これまで誰にも――母にさえ打ち明けなかった心情を吐露する。
「母と三人で過ごした幸せな時間もあったのに、父には簡単に踏みにじれる程度のものだったんやなって悲しかった。他に関心が移ったら、これまで大切にしていたものを切り捨てて雑に扱えてしまうんやと思い知った」
次第に自分に興味を失っていった父が、最後は顔も見ずに去っていった姿を思い出す。
「一番身近な理解者であるはずの親に背中を向けられたっていう経験は、自己肯定感損なうのには十分で。それからずっと、身の丈に合った選択を心がけてきた。――つまり、分不相応な願いははじめから抱かないようにしてた」
凪は大袈裟な同情は見せず、ただ心に寄り添うように静かに言う。
「莉子が堅実に生きることにこだわってたのはそういう事情があってんな」
「そう。私、自分の努力で叶えられることを追いかけるのは得意やけど、他人に頼ったり、心を預けるのは躊躇するねん。強がってみせても、蓋あけてみたら意地っ張りで臆病な人間や」
膝の上で拳を握り締め、勇気を出して心の内を曝け出す。
「高校の時も、先生のことは好きやったけど、振り向いてもらえるとは思ってなかった。恋人になりたいとか結婚したいとまでは望んでなかった。人に愛情を求めることに関しては諦め癖がしみついてるねん」
これほど無防備に人に弱味を見せたことはなく、凪にどう思われるか不安になった。けれど彼に対して誠実でありたいと願うから、包み隠さず話す。
「話の流れで察したと思うけど、仮に凪と付き合ったとしても、きっと無意識に凪を試すようなことをして心変わりしてないか確かめると思う。こんな猜疑心強い女、めんどくさいやろ? やめといた方がいい。せっかく恋ができるようになったのに、恋愛が嫌になるで。あと、本音いうと……凪を好きになるのが怖い」
「怖い? 何が怖いか聞いてもいい?」




