深夜の恋愛相談1
タクシーに乗り込んだ後、どうやって帰宅したのか記憶がない。頭の中でぐるぐると同じ場面が回っている。凪に告白されたことがずっと頭から離れなかった。
(別れ際、凪は普段通りの態度だった。でも絶対平気なわけない)
凪を傷付けた自己嫌悪で吐き気がする。けれど、他に何と言えばよかったのか分からない。
(付き合うのは無理やけど、あの場で言ってよかった? いや、凪が気付いたばかりの気持ちを切り捨てるようなことは言えへん。それでもいずれ断ったら、凪は友達やめるつもりなんかな? もう話したくないって面と向かって言われたら堪える。できれば友達でいたいけど、それは私の自分勝手……)
一人でどれだけ考えても答えがでない。誰か信頼できる人に相談したかった。莉子と凪の両方を知っていて、どちらかに肩入れせず、客観的な意見を言ってくれる、口が堅い人物に。
(あ。おるやん)
自宅のベッドにふて寝していた莉子はガバッと起き上がった。サイドテーブルで充電中だったスマホを手に取り、ラインアプリを開く。舞花のIDをタップし、トーク画面にメッセージ入力を始めたが、すぐに手が止まる。
(うーん……。告白の前にそもそもなんでこういう話になったのか、再会してからの経緯を細々書いた方がいいんやろうけど長文になるし気が引けるな)
悩んだ末、端的に用件を書いた。
【Riko/凪に告白された】
それだけ打って、いや、さすがにこれはないやろと思い直す。しかし、タイミング悪く大きな物音がして、ビクッとした。上の階の住人だろうと思い至り、ほっと胸を撫で下ろした直後、頭が真っ白になる。
慌てた莉子はメッセージを送信してしまっていた。即取り消ししようとするも秒で既読がついて身悶える。すぐに舞花から着信があった。
「……もしもし?」
『もしもし? やないで。深夜になんちゅう爆弾ライン寄越すん? おかげで眠気が吹き飛んだわ。責任取って洗いざらい吐いてもらうから覚悟してな♡』
「ぐっ……!」
舞花に弱味を握られ、うめき声を漏らして枕を胸に抱き締めた。
『同窓会で再会した後、二人で飲み直したんやんね? その時告られたん?』
「……いや、普通に近況話して、ついでに相談乗って解散した。で、その相談に絡む打ち合わせ? のために一回二人で会って――」
『正真正銘デートやん。それでそれで?』
「食い気味に乗ってくるな」
『そらこんな美味しいネタ……っとと、莉子のレアな恋バナに興味ないわけないやん?』
ワクワク好奇心丸出しの舞花が思い浮かび、じとっと呆れてため息が零れる。
「まぁ色々あって、凪のお姉さんの結婚式の二次会に参加することになったんやけど」
『え。待って。なんでそういう話になったか気になる』
「そこは凪の相談内容に触れることになるからパスで」
『ええええ~~~~、秘密主義反対~! でも続きが気になるからとりあえずスルーしたるわ。ほんで?』
「無事目的を果たして解散しようとしたら、その時、恋してるって気付いたって」
『へえ~♡ きっかけは??』
「他の男に声掛けられてんの見てムカついた。架空の結婚相手想像したら焦ったって」
『きゃああああああ♡♡♡ 完全に嫉妬&独占欲や~~~~ん♡♡♡』
耳をつんざくような歓声に、頭がキーンとなる。スマホを遠ざけてベッドに置き、スピーカーボタンを押した。
『ごめん。良質な萌えの過剰摂取で我を忘れたわ』
「落ち着いたなら何よりや。続き話していい?」
『もちろん♡ 流れ的にその時告白されたんやんな? 何て?』
「……っ。詳しくは言わへんけど、一番目離されへん子やって……」
『きゃああああああ♡♡♡ めっちゃ萌えるうぅぅうう』
大興奮の舞花がバタバタと騒ぐ音が聞こえてくる。他人事だと思ってキュンキュンしているようだが、落ち着くの待つ間の莉子は暗かった。
「悶え終わった?」
『うん♡ それで? 正直なところどう思ったん?』
「それは色々あるけど……私が一番思ったのは――」
一旦言葉を切り、絞り出すように言う。
「凪にあんな顔させたくなかった」
胸に大きな棘が突き刺さったように強い痛みが走り、見えない傷口からドクドクと熱いものが溢れ出てきた。苦しくて、呼吸が浅くなる。
「凪にとっては初恋で、きっと大切にしたい気持ちやったのに。本気であって欲しくないって見透かされてフォローさせた上に、困らせてごめんって謝らせた。もう大人やし、断るにしてももっとマシな対応できたはずやん。なのに動揺して頭真っ白になって、凪のこと慮る余裕全然なかった。好きな人できたらお祝いするって約束しておいて、ほんまに最低なことした」
体育座りの状態で枕を抱き込み、顔を埋める。自分の意思に反してじわっと目頭が熱くなり、枕が濡れた。
「っ誰かを傷付けたことでこんなにいたたまれん気持ちになるのは初めてや。凪の気持ちを踏みにじった自分が許せない。情けなくて、ほんまに耐えられへん。いっそ消えてなくなりたい……」
最後の方は声が小さくなり、舞花には聞こえなかっただろう。けれど声色から相当落胆していることは伝わったはずだ。舞花の返事を待っていると、予想外の反応があった。
『めっちゃ落ち込んでるとこ申し訳ないねんけど、今、聞き捨てならないワード出たから突っ込むわ。初恋って何?』
「!!!!」
枕から顔を上げる。しまったと焦るも、もう遅かった。前言撤回もできず、上手い言い訳も見つからず、無言で目をぐるぐるさせていると、舞花が驚いた気配を出してくる。
『黙ってるってことはそうやんな? でもあの顔とスペックで女と付き合ったことないってことはありえへん。となると、ある程度割り切った関係で恋人がいたことはあるけど、本気で人を好きになったのは初めてってこと?』
「たぶん……そうやと思う」
『それで初恋相手が高校時代親友だった莉子って? 何それめちゃくちゃ尊い……!!』
またも悶える舞花が落ち着くのを待つ。死にそうなほど打ちのめされて落ち込む自分と、純粋に恋バナとして楽しむ舞花とのギャップが激しくて滑稽だった。




