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「10年後もお互い独身だったら結婚しようか」と言った高校時代の親友(国宝級イケメン)と10年後に再会して結婚した話  作者: 水嶋陸


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初恋 Side氷室凪2


 「美味しそうなん食べてるやん。一口ちょうだい」


 莉子に声を掛けると、明らかにホッとした顔で俺を見る。


 「凪。話終わったん?」


 「ん。姉ちゃんあれでも主役やから独占できんしな」


 さり気なく莉子の隣に立ち、親密な空気を出して肩を抱く。莉子は気付かなかったが、相手の男はたじろいだ。男の下心に確信を持ち、爽やかな笑みを浮かべつつ冷淡な声色で告げる。


 「僕の連れです。僕がいない間、気に掛けていただいてありがとうございました。後は対応するので大丈夫ですよ」


 有無を言わさぬ笑顔で牽制すると、相手はそそくさと退散した。義兄の友人に対して大人げない態度を取ったことに自分でも驚いたが、それどころではない。


 「ナンパされてるやん。今日どうしたん? 隙だらけやで」


 「楓さんの知り合いやったら邪険にできんやろ。それにナンパじゃないで。普通に雑談してただけや」


 「連絡先聞かれたんちゃうん?」


 「いや。話の流れで見せたい写真があったみたいで、スマホ出しはっただけ。気に入ったなら送ると言ってくれたけど、遠慮した」


 「それ、初歩的な手口やで。完全に狙われてるやん」


 「? 詐欺とかそういう嫌な感じではなかったけど……?」


 きょとんと首を傾げる莉子。今日の彼女はレースを使ったミントグリーンのドレスに身を包んでいる。上品ですっきりとしたシルエットが細身ですらりとした莉子によく似合う。TPOに合わせたヘアメイクも綺麗で、思わず振り向いてしまうような華がある。


 けれど、自分が好意を向けられる対象になりえることを全く意識していない様子に、焦燥感が芽生える。彼女はたった今、口説かれたことにさえ気付いていない。


 「莉子が魅力的なのは分かるんやけど、ちょっと目を離した隙にこれか……先が思いやられるな」


 「???」


 訳が分からない様子でじっと見つめられ、内心ため息を吐いた。詳しく説明する気はなく、やや強引に話を変える。


 「なあ。それ味見させてくれへんの? さっきおねだりしてんけど」


 「えっ。これ口つけちゃったし、同じやつまだたくさん残ってたから自分で取ってきいや」


 「めんどい。てか莉子が食べてるのがいい。美味しそう」


 「ええ……。急に五歳児みたいなこと言うやん」


 「だめ?」


 莉子の弱点だと認識した上で、故意に甘える表情と声色を使う。彼女はゴホッとむせた。


 「しゃーないなあ。ほんまに一口だけやで? 新しいフォークもらってくるからちょっと待ってて」


 「いや、このままでいい。食べさせて」


 「え? ――っ!?」


 莉子に向き合い、フォークを持った彼女の手に掌を添え、料理を自分の口に運んだ。莉子は衝撃を受けた表情で目を丸くしている。


 「んー。まあまあやな」


 莉子の手を放し、ペロッと唇の端を舐めると、彼女は動揺して視線を逸らした。


 「人の横取りしといて厚かましいな」


 「ふ」


 「何?」


 「いや。なんで莉子の方が照れるん?」


 「!! だ、だって男の人にこんなんしたことないし……凪が相手でもさすがに照れるやろ」


 気まずそうにもごもご言う莉子を、とても可愛いと思う。俺が同じフォークを使ったことを意識してか、続きを食べられず、かといって新しいものを取りに行くのも気恥しそうにしていて、胸にわだかまっていた靄が晴れた。


 あまり彼女を困らせたくない。自然にフォークを受け取って新しいものと交換すると、莉子はほっと胸を撫で下ろした。


 「さっきはありがとうな。姉ちゃんにお灸据えてくれたやろ。味方してくれて嬉しかった」

 

 「ああ、いや。もう二度と会う機会ないと思ったら、後悔せんようにちゃんと話しときたいって気持ちになって言い過ぎた。せっかくのお祝いの日に余計なことしてごめん」


 「謝らんといてや。ほんまに嬉しかったし、姉ちゃんもあれくらいで気悪くせえへんから大丈夫」


 「そう? ならいいけど」


 「うん。今日のお礼したいな。何がいい?」


 ポケットに手を入れて身を屈めると、視線の高さを合わされた莉子がふっと笑み崩れる。


 「それならもうもらった」


 「え?」


 「楓さんとは初対面やったけど、氷室家の記念日に立ち会えて嬉しかった。今日は凪を含めてご家族にとって一生思い出に残る大切な日やろ? その中心に、かけがえのない存在として凪がいるのを見られて、ホッとした。ほんまに愛されてるんやね」


 自分のことのように嬉しそうに噛み締めて――莉子は真摯な眼差しを返す。


 「大丈夫。期待に応えられんのしんどいって悩んでたけど、心配ないよ。時間がかかっても、ちゃんと凪の選択を受け入れてくれる人やと思う。保障する」


 輝くような笑顔が眩しくて、呼吸を忘れる。胸の奥から温もりが湧き上がってきて、体の隅々まで広がっていく。


 ――このままずっと彼女の瞳に映っていたい。自分のことだけを見ていて欲しい。


 不意に鼓動が逸る。強い熱に身を焦がされ、ようやく自覚する。  


 (あー……ほんまに嫌やな。姉ちゃんの言う通りや)


 他の男に笑顔を向ける姿に動揺した。気安く彼女に触れる男に苛立ち、今日の主役が莉子と見知らぬ男だったらとリアルに想像して、臓腑が焼き切れそうだった。


 (いつからこうなったんやろうな)


 莉子を前にしながら、思考を過去に飛ばした。


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