初恋 Side氷室凪1
莉子を一人で残してきたことが気がかりで視線を送ると、楓にぐいっと腕を引かれた。
「あんたなぁ、意中の子がおるんやったらはよ言うてや! わざわざあんたのために条件のいい独身の子集めて無駄骨やん!」
「元々頼んでないし、莉子はそんなんちゃうて。向こうも俺のこと恋愛対象には見てないから」
「はあああ? 休日にわざわざ好きでもない男のために、面識のない姉の結婚式の二次会に参加するん? しかも一生懸命あんたを守ろうとしてたけど??」
「そういう子やねん。義理堅い男前で超のつくお人好しや」
事実を淡々と告げると、楓は信じがたいものを見る目で「嘘やん」と口元に手をやった。
「絶滅危惧種か……まあええわ。とにかく、あんたはあの子を逃さんように。他の男に横取りされる前にさっさとつばつけときや」
「口汚いな。自分が幸せの絶頂やからって何でも恋愛に絡めて想像すんのやめてくれへん?」
「あんたこそこれから幸せ目減りする一方みたいな言い方はやめてや! ていうか、まさか本気で気付いてないん?」
「何を」
「あの子を見る時のあんたの顔。めっちゃ好きって書いてるやん。アホでも分かるわ。さっきからずっと目で追ってるし。無意識なん?」
いちいち恋愛フィルターをかけて邪推してくる楓に呆れ果て、うんざりと首を横に振る。
「それは友達としてや。目で追ってたのは他に知り合いがおらんから気になって――」
「ふうん。ほな想像してみ。今日の主役があの子で、隣にいるのが自分じゃない他の男。どう? あんたは笑ってお祝いできるん?」
「できるに決まってるやろ。たった一人の心許せる女友達やで」
迷わず断言する。楓は怪訝そうに両肩を竦めた。
「友達ねぇ……。実際あの子のことどう思ってるん? 性格の話ちゃうで。あんたにとってどういう存在かってことや」
「どうって、それは……」
遠目に莉子を見遣る。大勢の招待客の中にいても、不思議とすぐに見つけられる。思えば高校の時からそうだった。
彼女は目立たないと思っているようだが、凪にとっては存在感が大きい。
彼女の周りだけ淡く光って、輝いているように――どこにいても自然と目が吸い寄せられる。そして視線が交わると、太陽を仰ぎ見るような心地になる。
(――……眩しい)
心に浮かんだ言葉を口に出さずに瞼を伏せると、楓が「あっ」と焦ったような声を漏らした。
「旦那の友達があの子に声掛けてる」
「は?」
すぐに莉子に視線を戻すと、五歳ほど年上の男が彼女と話をしていた。莉子は少し戸惑った様子だったが、愛想よく微笑んでいて意表を突かれた。驚いた顔を見た楓が半眼で呆れる。
「別に驚くことちゃうやろ。ああいう落ち着いたタイプは嫁候補としてモテるねんで。まあでも関係ないか~。あんたは笑って祝福できるんやもんな~。むしろ結婚適齢期に貴重な出会いの場を提供できて本望やんね~?」
わざと神経を逆撫でするような物言いに苛立ちが募る。けれど、それ以上に腹が立ったのは、相手の男が馴れ馴れしくも莉子の肩に触れるのを目撃したからだ。
(初対面やのに気安過ぎるやろ。莉子もなんで笑ってるん? 普段なら素っ気なくあしらってるはずやのに)
言いようのない黒い感情が湧き上がってきて、胸が痞える。半ば無意識に拳を握り締めると、楓は小さく舌打ちし、思い切り背中を叩いてきた。
「この優柔不断男が! 顔にムカつくって書いてんだよ! 嫌ならデートくらい誘ってこいや! このまま初恋拗らせて魔法使いになる気か!? 氷室家の威信にかけて落としてこい!!」
背中の痛みと、とんでもない暴言に堪忍袋の緒が切れる。
「っ昔からデリカシーの欠片もないな! 姉ちゃんには関係ないやろ! それと余計な心配いらんから!」
勢いに圧されて一瞬言葉に詰まった楓だったが、すぐに、にまーっと好奇心に満ちた笑みを浮かべた。
「へえ~、いつ? 誰と? 初めてでも失敗せんかった?」
内緒話をするようにこそっと距離を詰めてくる楓に、心底嫌気が差す。
「姉ちゃんのそういうとこほんっま嫌。絶縁レベル」
吐き捨てるように言い置いて踵を返し、莉子の元へ向かう。連絡先を交換する魂胆か、男がスマホを出すのが見えて歩みを早めた。




