打ち合わせ4
「あー……ほんま敵わんな。莉子は昔から憧れの存在やわ。俺にないものたくさん持ってる。十年経った今も本気で尊敬してるで」
心からの賞賛を受け、じわっと体温が上がる。顔を見ているのが照れ臭くなって視線を落とすと、くすっと笑い声がした。
「再会してからの莉子はたまにしおらしいなぁ。今までそんなはにかんだ顔見せてくれへんかったやん。さっきもえらい可愛い反応しとったし、新鮮やわ」
「っあの時は! 急に顔が近くにあって驚いただけやから!」
「久しぶりに近くで見たらときめいた?」
「ご尊顔盾に調子乗るやん。言うとくけど顔が好みとかじゃなくて、凪やったからちょっと動揺しただけや!」
ヒートアップして訳のわからない際どい発言(?)をしてしまったので、一旦深呼吸する。
凪は冗談で済ませようとしてくれているが、あの時――莉子の体が強張ったのを見た凪の表情は、拒絶を感じたのか寂しそうだった。
(ほんまに一瞬でその後すぐに笑ってたし、気付かなかったフリをするのは簡単やけど……)
冷静になった莉子は凪を見据えた。
「……別に嫌で避けたわけやないから誤解せんでな。これからも変に気を遣わず今まで通り接してほしい。遠慮して距離置かれんのは寂しいやん」
あの時は咄嗟に反応できなかったが、今なら素直な気持ちを伝えられる。
寂しかったのは凪だけじゃないという意味をこめてチラッと様子を窺うと、珍しく真顔になった凪がふいっと顔を背けた。
「――上手く誤魔化したつもりやったのになんで気付くん? あんな一瞬で心読まんでや」
手の甲で口元を隠した凪の耳が心なしか赤くてドキッとした。二人の間を流れる空気がこそばゆくて、らしくない雰囲気にどぎまぎしてしまう。
「凪もけっこう顔に出るから分かりやすいで」
「それ莉子の前限定やから」
視線を寄越した凪の声はそこはかとなく不満げで――抗議するような表情なのに、眼差しが甘い。
無粋なギャラリーはいないし、もう演技をする必要はないのに。飴色の瞳が微かに熱を帯びているように感じて、鼓動が逸る。
何となく会話が途切れてそわそわしていたところ、店員が来てホッとした。休日は二時間制らしく、やんわり退席を促されて腰を上げる。
「結局大した話できんかったな。当日気を付けてほしいこととかあればまた教えて。触れてほしくない話題とか」
「ん? 特にないで。姉ちゃんに何か聞かれたら莉子が思う通りに話してくれてかまわへんよ」
「え? てっきり黙っててほしいことが色々あるんかと……。それなら今日集まらんでもよかったな」
「寂しいこと言わんといてや。俺が莉子に会いたくて誘ってん。莉子は楽しくなかった?」
子犬モード発動で寂しげに質問され、ぐっと言葉に詰まる。わざとやっていると分かっているのに素っ気なく突き放せなくて、莉子は観念した。
「……楽しかった」
負けたような気がして拗ねた声色になってしまったが、凪は嬉しそうに「うん」と頷いた。
食事を終えて店を出ると、夕方になっていた。腕時計を見てそろそろ解散しようかと思ったところ、凪がすっと小さな紙袋を差し出してきた。
「今日のお礼に。よかったら受け取って」
「え……私何もしてないで?」
「休日に時間作ってもらったし、元気もらったから。ちょっとしたお返し」
気負いなく笑う凪を見て肩の力が抜ける。両手で受け取りその場で開封すると、中に入っていたのは雑貨店で試着したバレッタだった。
「それ見た時、表情が明るくなって目がキラキラしてたで。たとえ身に着けなくても気分上がるものが側にあったら元気出るやろ?」
優しい眼差しを向けてくる凪に、胸の奥がギュッとなる。
莉子の反応のささやかな変化をよく見ていて、喜ばせたいと感じてくれたことがとても嬉しい。
だからこそ嘘を吐いた後ろめたさが湧き上がってきた。
「……ごめん。ほんまは自分でつけれるねん。こういう綺麗な物に憧れるけど、分不相応というか、似合わへんやろうなと思って今まで手が出えへんかった。でも凪が似合うって背中押してくれたから――勝手に気後れせんとどんどん着けさせてもらうわ」
さっそくバレッタを髪に挟みこむ。自分では見えないけれど、心が浮き立つような気がして満面の笑顔が零れた。
「ふふっ。勇気もらえる御守りみたいやなぁ。ありがとう。ずっと大切にする」
花が綻ぶように笑う莉子を前にした凪は、眼差しを緩める。手を伸ばして莉子の頬に触れようとして――掠めそうな距離で思い留まった。
「? なんか顔についてた?」
「いや。よう分からんけど急に触りたくなった」
「なんやそれ。人恋しくなったん? 友情のハグでもしたろか?」
完全に冗談のつもりで両手を広げた。欧米かといつものように笑って流してくれると高をくくっていたのに――
「うん。ぎゅってして」
次の瞬間、凪に抱き締められていた。
身長差から凪の胸に顔を埋める形になり、爽やかな香りに包まれる。
背中に回された両腕が優しく力を込めてきて、頭上にかかる吐息が地肌に沁み込み、心臓が跳ねた。
「な、なななな凪……っ?」
予想外の反応に衝撃を受け、声が裏返ってしまった。
動揺しつつも凪の背中に手を回し、子供をあやすようにポンポン叩く。
ゆっくり解放され、ホッとして顔を上げると視線が交わる。
凪がふわっと笑った。
「充電完了。協力ありがとう」
「……っ、どう、いたしまし、て?」
通常運転に切り替わるまで時間を要していると、戸惑いを察した凪が申し訳なさそうに眉を下げる。
「ごめん。冗談やって分かっててんけど、莉子に言われたのが嬉しくて甘えた。もう悪ノリせえへんから許してくれる?」
「別に怒ってへんよ。ただめっちゃ驚いただけで……。よほど疲れて人恋しかったんやな」
苦労を慮り「うんうん」としんみり納得していると、凪は拍子抜けしたように肩で笑った。




