打ち合わせ3
周辺を散策した後、休憩がてらランチをすることになったが、予想通り駅近の店はどこも混雑していた。
長蛇の列に並ぶよりはと、少し足を伸ばして中心街から離れ、高級ブティックが集まる並木道に面したオープンカフェに入る。
店員に四人掛けのテーブルに案内され、凪が自然と奥の席を勧めてくれた。手荷物を隣に置いて前を向くと、タイミング良くメニューを渡してくれる。
「どうぞ」
「ありがとう。どれも美味しそうやな」
ざっとメニューに目を通し、最後の二択で迷っていると、決めかねているのを察した凪が「迷ってるのどれ?」と訊いてきた。
「ランチセットAかCで迷ってる。メインはAが食べたいけどサイドメニューはCがいいなって」
「そうなん。ほなどっちも頼んで分けよ」
「え? そんなん悪いわ。気遣わんと凪も好きなの頼んだらええやん」
「気遣てへんよ。俺あんまり食べるもんにこだわりないねん。莉子の好きなやつ気になるし、今日は同じもん一緒に楽しも」
にこっと笑った凪がスマートに注文し、ついでに取り分け用の皿とカトラリーもお願いしてくれた。
元々気が利くタイプではあったが、今や細やかな配慮まで卒がなく、色々な経験値の差を感じざるをえない。
「ん? じーっとこっち見てどうしたん。おねだりしたいん?」
「アホ、そんなんちゃうわ。あんたのエスコートが完璧で驚いただけや。場数踏んでる感が怖い。凪でなければ絶対ロマンス詐欺疑ってたわ」
「ははっロマンス詐欺て、まだ言うてんか。そんな慣れてへんよ。仕事柄人を観察して好みを探ったり気遣ったりはするけど、今日はプライベートやし俺が莉子にしたいことしてるだけやで」
「それ余計殺し文句やから。私でなかったら惚れてたで」
「え~こんな些細なやり取りで惚れんやろ」
「恋に落ちるきっかけなんて些細なもんやで。無自覚やろうけど女にモテんの煩わしいなら気ぃつけや」
老婆心から忠告したところで食事が運ばれてきた。凪が手際よく取り分けてくれた料理は盛り付けも美しく、見栄えが良い。
お礼を伝えて受け取り「いただきます」と手を合わせて食べ始めると、期待通りの味でほっこり和む。凪も料理を楽しんでいる様子だ。安心したところで、本題に入ることにした。
「ほなそろそろ作戦会議しよか」
「作戦会議?」
「凪のお姉さんの結婚式の二次会、いや、お見合い対策の打ち合わせや。そのために今日会うたんやんか」
「あー、そうやったな。楽しくて忘れてたわ」
「しっかりしてや。楽しむのはええけど本来の目的忘れたらあかんやろ」
呆れて目を細めると、「ごめんごめん」と手刀で謝る凪。ふんわり笑っていて全く反省していなそうな態度に小さなため息が零れた。
「まぁええわ。凪のお姉さんてどんな人?」
「端的に言うとボスキャラやな。典型的なリーダータイプで周りを巻き込んでぐいぐい前進する。仕事もプライベートも効率重視でせっかち。ついでにお節介で意見は遠慮なくハッキリ言う。自分が正しいと思ったら衝突するって分かってても絶対譲らへん」
「それは手強いな」
「うん。俺には子供の頃から口うるさくて鬱陶しいくらいあれこれ世話焼きよる。今回も頼んでないのに勝手にお見合い計画立てて有無を言わさず強制参加命令や。横暴やろ」
はぁ、と疲れたように肩を落とす凪。食欲が萎えたのかカトラリーを皿に置き、椅子の背にもたれる。
「年齢上がるほど出会いの機会は減るしいい相手は売り切れていくから、のんびりせんと積極的に動かなあかんって耳にタコできるくらい言われてきたけど」
「うん」
「今のところ結婚願望があるわけやないし、無理してまで出会いを求める気持ちが分からん。そもそも恋ってどんな感じ? そんな素晴らしいもんなん? 結婚も人生懸けてまで挑戦する価値あるん?」
「なんや哲学的やな。これまで何人かとそれらしいお付き合いしたことあるんやろ? 長続きせんかったって言うてたけどその時はどう感じたん?」
「何も。二人で出掛けたりしてそれなりに楽しかったけど、それだけやな。人は好きやし関わるの自体苦にならんけど、特別好きになるっていう感覚が分からんから認識にズレが生じるんよなー。どうしても分かり合えん部分があるわ」
「それは辛かったな」
「な。最後は毎回『仲良くなっても気持ちに差あんの感じて辛い』って向こうから離れて行ったわ。相手には申し訳ないことしたと反省してる」
「傷付いたのは凪もやろ。たとえ恋愛感情がなくても、人として誠実に向き合う努力を惜しまんから、上手くいかんかった時に傷付くのは当たり前や」
凪が驚いたように目を瞠る。何に驚いているのか分からなかったが、先の質問に答えることにした。
「恋については人それぞれ価値観ちゃうから正解はないと思う。だから参考になるか分からんけど、たとえば――」
何気ない瞬間の表情や仕草にドキっとしたり、少しでも言葉を交わすと一喜一憂する。他愛ないやり取りを何度も思い出して、反芻する。会えるのが楽しみで、会えない時は何をしているのか想像してしまう。
「他のことをしたり考えている時でもその人が思い浮かぶ瞬間があって、いつも心に居場所があるような感じかな。存在そのものが眩しくて余韻を残すような……抽象的でごめん」
莉子自身、あまり人を好きになったことはないし、恋をしても片思いで自己完結してしまい、ほとんど恋愛経験がないアラサー喪女だ。
恋について気の利いたアドバイスをするのは無理があり、感じたことを飾らず伝える他なかった。
けれど凪は茶化さず真摯に耳を傾けてくれるので、変に照れることなく言葉にできた。
「……なんかすごいなぁ、恋って。あんまり興味なかったけど、莉子の話聞いてたら経験してみたいと思ったわ」
凪が神妙な面持ちで感慨深そうに言う。思わず息を抜いて笑った。
「まぁ実際はいいことばかりやないけどな。自分の臆病さに嫌気が差したり、他の子に嫉妬したり、思うように気持ちを伝えられなくてやきもきしたり。私は切り替え早い方やけど、もう好きなんやめたいと思ってもすぐには消せなくて、気持ち消化するのに時間かかってしんどいって話も聞くで」
「そういうもんか。人それぞれ感じ方は違うとなるとますます難解やな~」
「別に色んな形があっていいやん。好きな気持ちは人と違って当たり前で、優劣をつけられるもんやないと思う。伝えるも伝えないも自由。だから難しく考えんともっと気楽に楽しんだらええんちゃう? 凪の場合はその気になればいくらでも機会があると思うで。もし初恋したらお祝いしたるわ」
「はは、叶うかも分からんのに?」
「叶うかどうかは別として、長年の心のわだかまりから解放されるやん。それだけでも生きやすくなるし、十分意味があるやろ? でもこのまま一生恋知らんくても気後れする必要はないで。もし誰かに何か言われて落ち込むことがあったらしょーもない冗談で笑わせたるから安心しい」
少しでも凪の心を楽にしたい。あえて軽く笑ってみせると、凪は憧憬の眼差しを向けてきた。




