プレゼントを渡したい!(後編)
「むむむ……」
手本通りに仕上がった刺繍をみつめるロゼッタの表情は、あまりよろしくないようだ。
「これ、手作りっていえるのかな」
家庭魔法での実演履修を終えたあと、気を取り直して挑んだ結果は惨敗であった。
微妙な指の力加減や狙いすました位置に針を刺すのは、やはり経験値が必要であり、ほぼゼロのロゼッタがいくら知識を溜め込んだところで、現実に反映されることはない。
そのことに気付いて、すぐに次の手を打つ。
自分の両手に魔法をかけて操り、体に覚えさせる作戦にでたのだ。
瞬く間に刺繍が上達したロゼッタは、同時にあるものを失ってしまう。
(苦労せずに修得しちゃったせいで、思い入れが全く湧かなくなっちゃった)
達人の域にまで高められた熟練の手さばきでは、ひと針ひと針思いを込めて刺す感じにならない。
刺繍の腕前も苦労に裏付けされた自信が育っていないため、なんとなくできたという手応えしかない。
感慨も感動も、なにも生まれないのであった。
「どーしよー」
いや、渡してあげればいいのである。わかっているのだが思い立った当初に描いた、甘酸っぱさが微塵も感じられないことが悲しい。
「なんでもかんでも、魔法に頼るの――よくない」
ここにオスカーやハンスがいたら、耳を疑い目を見開く発言である。
「きっとウィルは喜んでくれるけど――」
同じように喜べないことが、なんだか寂しく感じた。
****
「ウィル、プレゼントがあるの。ペアのイニシャル入りハンカチーフ」
「プレゼント――ってどうして急に?」
「んー、いつももらってばかりだから、お礼に用意したの」
「ありがとう、すごく嬉しいよ。大切にする」
結局、ロゼッタは手作りだということを伏せてウィリアムに渡すことにした。嬉しそうに眼を細め、受け取ったハンカチチーフを広げて刺繍を手で優しく撫でている。
(すっごく喜んでる。渡せてよかった)
寂しさや後ろめたさは自業自得であり、今この場に水を差すのは無粋だと思った。
(これでよかったのよ)
プレゼントは、受け取った相手が喜んでくれることが一番大切だ。
魔法を使ったことだって、早く喜ばせることができたのならよかったのかもしれない。
独りよがりにならずに済んだのだからと、ロゼッタは気持ちを納得させた。
「私も使うから、一緒に使いましょうね」
「汚れるのは嫌だから、飾ってとっておくことにする」
「もう、また作るからちゃんと使ってよね」
「え?」
「あ!」
しまったと口元を手で抑えてももう遅い。手作りだと知ったウィリアムの頬と耳がうっすらと赤く染まっていく。
「作ったの? これを? ロージィが――僕のために」
「う、――魔法も使ったから手作りって言いづらくて……。一応作るときは魔法なしなんだけど、練習は魔法に頼ったから――ね」
ロゼッタの弁明はウィリアムの耳には届いていなかった。見ている側まで嬉しくなるほど蕩けた表情を浮かべて、ウィリアムが笑う。
(――つ、作ってよかった。『手作りのイニシャル入りハンカチーフ』!)
せっかくの「頬を赤らめた笑顔で」シーンも、感激ぶりに耐えられなくなったロゼッタは、手で顔を覆ってしまいあまり見ることができなかった。
少しだけ落ち着きを取り戻したふたりは、刺繍の話をした。
「ロージィが密かに刺繍をしていたなんて知らなかったな」
「ひとりの時間に部屋でできるもの。そうそうバレないわよ」
「あれ、でも刺繍の道具なんて持っていたっけ?」
「クリスティアンに頼んで取り寄せたの」
気持ちが晴れたロゼッタは、そういえば、と刺繍が完成するまでの出来事を話していった。
「図書室へ刺繍の本を借りにいったら、オスカーがいてすごく驚かれたの」
今思い出しても本当に失礼な態度だったと思う。ただ、オスカーから家庭魔法を使うことを聞かされなければ、今頃はまだ特訓していた可能性もある。一応よい結果にはなったので許してあげることにした。
「最初は本を読みながらだったから、指に針を刺しちゃって血でハンカチーフが汚れて大変だったのよ」
どんどんダメになるハンカチーフをみて、たくさん買ってよかったとも一体いくつダメにしたら上手くなるんだとも思い悩んだ。
「ああ、でもそれは魔法で実際に動かしてみたり、魔法で模倣練習したりして起きなくなったんだけどね」
調子よく喋っていたロゼッタだったが、ウィリアムが無言なことにようやく気が回った。
「ウィル?」
横に座っていたウィリアムの様子がなにやらおかしい。目が細められて口元が少々不満げにゆがんでいる。
「――怪我までしたなんて」
聞かされたウィリアムは、思わずロゼッタの小さな手をすくい取って指先をじっと観察した。傷は魔法で癒えていたが怪我をした事実は変わらない。
「っ!」
ウィリアムが手の甲を唇にあてて眉根を寄せる。しばらくして顔をあげ責めるような視線でロゼッタを射止めた。
「クリスティアンやオスカーが先に知っていたなんて、ズルイ」
「ず、ずるいって、言われても」
「別にサプライズにこだわらずに、僕の前でしてくれればよかったのに」
それが嫌だから秘密裏に動いたのだ――とは、ちょっと言いだせない雰囲気になっていた。
「僕のためにロゼッタが刺繍してくれる姿ならずっと見てられる」
「それはちょっと――イヤかな」
やんわりとした拒絶をしたところ、ウィリアムは大層ショックを受けていた。
「だって、恥ずかしいもの」
「刺繍してるだけなのに? なんで!」
ウィリアムはしつこかった。ほかの誰かがロゼッタについて先に知るのは許せない。自分のために時間を使う姿は独占したいという気持ちが彼を頑なにさせたのだ。
「わかった、――わかったから!」
最終的にロゼッタが折れるまで、ウィリアムは粘りつづけたのだった。
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