ロゼッタ・アンデルセンは奪われない(2/2)
「ウィリアム殿下!」
クリスティアンに似つかわしくない大声が廊下に響き渡る。その姿にビックリしたロゼッタは、そのまま釘付けになってしまう。そんなロゼッタに遠慮せずクリスティアンは頭の上で手を交差した。
「なにを――」
しているのだろうかと思考が回り、心当たりに辿り着こうとしたときだった。
「ロージィ、会いたかった。今度はなにをしたの?」
横から、エリーゼをエスコートしていたはずのウィリアムの声が聞こえてくる。
「アンデルセンさん、今日はとうとう魔力を空にするまで発散してしまったんです。先程まで歩くのもやっとでした」
「それは大変だ。なら僕が部屋まで運んで看病しよう」
どこか演技掛かったふたりの会話に、ロゼッタは目を白黒させながら状況を整理した。ぐるりと視界がまわり、気付けばウィリアムの腕に横抱きで抱えられていた。背中越しにエリーゼが顔を真っ赤にして今にも地団駄を踏みそうなくらい怒っているのがみえたのだ。
「オスカー、あとは頼んだよ」
そう言い残して、ウィリアムはロゼッタを抱いてその場を立ち去った。
そんなふたりを見送ったクリスティアンは、未だに残っている目の前の集団の前まで歩いて行く。
「ちょっと、クリスティアン!どうして殿下を呼びつけたりするのよ!」
一連の流れがお気に召さないエリーゼは、クリスティアンに八つ当たりをはじめる。
「私は殿下の指示に従っただけです。イエンセンさんこそ、ちゃんとみんなと仲良くしておいたほうがいいですよ」
「あら、なにを言ってるのかしら。私の光魔法は貴重なの。聖なる乙女として役目を果たすために登城しているだけよ」
「聖なる乙女、ですか。あなたは少し歴史を勉強したほうがいいですね。それでは私は仕事に戻ります」
まだなにか言いたそうなエリーゼをオスカーが制止する。その間にクリスティアンは立ち去り、残されたゴットル兄弟はエリーゼとオスカーに付き従い、彼女が乗る馬車の停まっている出入り口へ歩いて行った。
****
ロゼッタを部屋まで送り届けると、ウィリアムはソファに座り彼女を膝に乗せて具合を確認した。
「もう大丈夫です。魔法薬も飲みましたし心配ならベッドに横になりますから、取り敢えず降ろしてください」
「ダメ。大丈夫じゃない顔をしてる。ロージィ、気にしてることを話して」
「大丈夫だといっているのに……。ひゃ!」
なかなか本心をいおうとしないロゼッタの首筋に、ウィリアムは唇を当てる。そのままついばむように少しづつ移動すると、すぐにロゼッタが降参した。
「エリーゼさんが四六時中ウィルと一緒にいると思うと気になって。仕事で仕方ないのは分かっているんです」
「僕は仕事で仕方なくても、嫌だ。つらい。癒して」
「うぅ。はい。それに、ウィルが対応できないときは王妃様と会っているのも不安です」
「なにを話してるかは分からないけど、母上から話した内容をまとめた手紙が届くようになってる。今度一緒に読もう。ロージィとふたりなら僕も頑張って読むよ」
どんだけ嫌なんだ、とロゼッタが思わずウィリアムの顔を覗き込む。
「だって、とても分厚いんだ。内容もほとんどが雑談で、一度読んでからはなかなか手に取る気がしなくてね」
しゅんと悲しそうな顔をしたウィリアムが可愛くて、思わず頭を撫でて慰める。
「はぁ。早く結婚したい。で、ほかにはなにが心配?」
「イエンセン侯爵家の要求している婚約破棄が心配です」
「国王と王妃と大多数の貴族は僕らの結婚に賛成だ。ほんの一部の奴らが騒いでいるだけだよ。ロージィが王太子妃に相応しくないなら、僕が王太子を辞退する。それでも文句をいってくるなら王位継承権を放棄するから大丈夫だ」
ぎゅうぎゅうと、ロゼッタを力いっぱい抱きしめて宣言する。
「むしろそうしたほうが、すぐに結婚できる?」
がばりと体を離し、清々しい顔でウィリアムが喜んでいる。かなり本気の様子でロゼッタに同意を求めた。
「ウィルの気持ちはよく分かりました。今はこれ以上、混乱の種を蒔くのはやめてください」
賛成が得られずしょんぼりとしたウィリアムを、今度はロゼッタが強く抱きしめた。
「とっても安心しました。愚痴ってごめんなさい」
「いくらでも愚痴っていいよ。どれだけ僕がロゼッタと結婚したいか説明するだけだから。でも気が済んだなら交代しよう。今日も頑張ったんだ」
ロゼッタを膝から降ろして横に座らせる。癒しが必要だと耳元で囁いてロゼッタの頬にキスをした。そのまま耳朶や首筋に移動し戻ってくると唇に辿り着く。
(うぅ。ウィルが、どんどん手慣れていってる気がするわ)
前は手を繋いだり軽く触れるようなキスだけだったのに、いつのころからか深いスキンシップをするようになったのだ。ロゼッタは前世も含めて年齢も経験も未体験ゾーンに入ってきたので、抵抗する知恵がない。与えられるものを素直に受け取ってはいるが、脳も心もすぐにキャパオーバーになってしまう。
唇が解放されると、ウィリアムの胸にすりよって真っ赤に染まった顔を隠す。そんなロゼッタの頭を撫でながら、ウィリアムはいつも同じ言葉を呟いていた。
「はぁ。早く結婚したい」
もう一度キスをしようとウィリアムがロゼッタの頬に手を掛けたときだった。ノックが鳴り、慌てたロゼッタが思いっきりウィリアムを突き放す。そして、お預けを食らい突き放されて苛ついたウィリアムの怒りは、そのまま訪問者へと向けられた。
「――こんな時間に、ロージィの部屋を訪問するなんて死にたいのかな?」
「ウィル。オスカーが執務に戻るように呼びにきたんですよ。可哀想だから戻ってあげてください」
連日城に現れるエリーゼのせいでウィリアムの仕事は滞りがちだった。あまり遅い時間にロゼッタの部屋を訪れるのは気が引けるので、最近は夕方に休憩を兼ねて会いにくることが多い。
「オスカーは死にたいようだね」
「ウィル!」
仕事で仕方なく呼びにくるオスカーが不憫で仕方ない。ロゼッタはオスカーを助けるべく、慌ててウィリアムのあとをついていく。
ドアを開けると、眉をハの字に曲げたオスカーとゴットル兄弟が立っていた。
「殿下、執務に戻る時間です。あと、そろそろ彼らにロゼッタ様を紹介し――」
「ロージィ、ちょっと部屋で待ってて。すぐ済むから」
肩を掴まれくるりと回転させられ部屋に戻される。そのまま背後で扉の閉まる音が聞こえた。
しばらく待つと、ウィリアムが部屋にもどってくる。
「みんな、邪魔ばかりするんだ」
ウィリアムはロゼッタを抱きしめた。
「ウィル、また明日も会えますから」
廊下で待機している不憫なオスカーのために、ウィリアムの背中を撫でて慰める。
「ゴットル兄弟が、僕の周りにいたらロージィに会えると思ってついてくるんだ。こんなとこまでくるなんて思わなかった」
「え、あのふたりは私に会いたかったのですか?」
てっきりエリーゼの取り巻きだと思っていたロゼッタは、虚を突かれる。
「弟のラースが魔法学の大改編に感動してロージィに会いたがってるんだ。兄のルーカスはその付き添いらしいけど、どうだか」
「在学中に話してくれればよかったのに」
「同好会は人数制限を理由に入部を断ったんだ。ルーカスを牽制するのも大変だったのに、結局こんなところまでくるくんて頭にくるよ」
「ウィル。あなたはなにをしているのですか?」
将来有望な魔法師の卵の向上心を妨害するなど、あってはならないことだ。ウィリアムの愚行にロゼッタは静かに怒りだす。
「ねぇ。ロージィ。今度、容姿を変える魔法か薬の作り方を教えてよ」
「……」
この話の流れでなにをするか分からないほうがどうかしている。ロゼッタはウィリアムの頬をつねって諫めた。
「もう。あまり変なことばかり頑張らないでください」
「だって、そうでもしないとロージィとの時間がさらに減ってしまう。これ以上は許せない」
顔を歪めて我が儘をいうウィリアムは幼くみえた。頬に両手を添えると、少し口をすぼめ屈んで目線を合わせてくれる。
(昔は目線が一緒だったのに。子供っぽくても今は屈んで貰わないと額も合わせられないのね)
コツンと額を合わせるのは、昔から変わることのないふたりのお決まりの仕草だ。
――大丈夫、心配いらない
不安なことはふたり一緒なら解決できる。そう信じられるほどにふたりの絆は強いのだ。
互いの体温を感じあえば、するすると不安も不満もふたりの中から溶けて消えていった。
「明日が終われば明後日は休息日です。お弁当を持って遠出しましょう。王家管理の所有地にある湖に遊びに行きたいわ」
「うん。なら、ちゃんと休めるように仕事を片付けてくるよ」
「いってらっしゃい。ウィル」
「いってきます。ロージィ」
ウィリアムが去り、閉じた扉をしばらくみつめる。
ここは前世の乙女ゲーム『World of Love & Magic』のゲーム終了後の世界。悪役魔女のロゼッタがウィリアムと成就した世界だ。
(今日のエリーゼさんは、ゲーム補整で現れたようにしかみえなくて焦ったわ)
攻略キャラクターは、結局ヒロインのことを好きになる運命なのだとみせつけるような光景だった。
けれどウィリアムはロゼッタを選んでくれた。ほかのキャラクターも、たまたまエリーゼの側にいただけのようだ。
(考えても仕方ないわ。私はウィルと幸せになることに集中しましょう)
気を取り直して、クロゼットから仕立てたばかりのワンピース数枚とお気に入りのバスケットを取り出した。それからジュエリーボックスに仕舞ってあるリボンを手に取り、色を選んでいく。
好きな人とのデートに向けて完璧な準備をするべく、ロゼッタはウキウキと当日の計画を練りはじめたのだった。
積み重ねた思い出は奪われることはない。この先の未来に乙女ゲームの予定調和は存在しないのだ。だからめいいっぱい楽しもうと心踊らせるのだった
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました( ⁎ᵕᴗᵕ⁎ )❤︎
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