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第78話 2人だけの夜

「只今!」「今、戻りました」


「お帰りなさいませ……」「おっかえり~」「お帰りなさいませ!」


 あれから、フェスと2人で街中をゆっくり流して帰ると時間はもう夕食の時間になっていた。


 俺達は屋敷に戻るとクラリスとナタリアの女子2人から好奇の眼差しを向けられている。


 俺とフェスの顛末が気になっているのは間違いが無い。


 相変わらず背中のクサナギは眠ったままである。


 俺は素知らぬ顔で自室に戻る。


 フェスはクラリスとナタリアの2人に囲まれ、早速クラリスの部屋へ連行されたようだ。


 これから【尋問】が始まるのであろう。


 俺は魔導装置を起動して風呂を沸かす。


 やがて沸いた風呂に浸かりながら今日の事を考える。


 フェスが俺に好意を持っているのは分っていたが、あれだけ気持ちをはっきりと言ってくるとは思わなかった。


 明日から俺達の関係は全く変わってしまうのだろうか?


 いや、見た目は殆ど変わらないだろう。


 ただ今日のやりとりで不確かだと感じていた2人の絆が、見えてくるきっかけにはなると思う。


 クサナギとはまた違う絆が……


 風呂から上がってクサナギを伴い大広間に降りると、既に夕食の用意は出来ていた。


 今夜の分はクラリスとナタリアの2人が頑張って作ったようだ。


 俺達は大広間のテーブルに着くとエールで乾杯をしてから料理を食べ始めた。


 今日の夕食には昨日、女子組が街に遊びに行った際、仕入れたらしい食材も多く使われていた。


 その中にはあの【大飯食らいの英雄亭】で食べたヤマト皇国産の米を使ったヴァレンタイン風パエリアが登場していたのだ。


 多分、あの料理、特にあのおこげ部分をを気に入ったフェスが、2人にアドバイスしたのであろう。


 フェスがパエリアをよそってくれる。


「今度は焦げた所も入れてくれたんだな」


 そう言うとあの時の事を思い出したのか頬を赤らめて俯く。


 一方、クサナギは長い眠りから覚めると何事も無かったかのように俺と意識を繋ぎ、夕食を楽しんでいる。


 多分、俺とフェスの事は全て承知なのだろう。


「皆さん、お食事がお済になった所でキングスレー商会のマルコ・フォンティ様からのご伝言をお聞きいただきます」


 スピロフスがこう宣言し、全員が耳を傾ける。


「明日、朝8時にキングスレー商会にいらしていただきたいと、用件は先日、話し合った新事業と言えばお分かりいただけると」


 マルコはとうとう俺が考えた配送の仕事をスタートさせようと考えたらしい。


 とりあえずは詳細は明日、商会で話を聞くしかないだろう。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 食事が終った後、皆、寛いでいる。


 今日、俺は新たな一大決心をし、それを実行する事にしている。


 辺りを見回すとフェスとクラリスは昨日購入したらしい洋服の話で盛り上がっていた。


 俺の前を丁度、片付けをするナタリアが通る。


「ちょっと……いいか?」


 俺はナタリアを呼び止めてから2人の会話に割って入る。


「ホクト様、どうかしました?」


 不思議そうな表情のフェス。


「え? ホクト様、何?」「どうかされましたか?ご主人様マスター?」


 クラリスもナタリアも俺の意図が分らずきょとんとしていた。


 そりゃ、いきなり分られても困るが……


「ん……その言い難いんだが……」


 俺はやはり口篭ってしまう。


「何ですか?」「何か?」


「……俺、フェスやクラリスの使用人メイド姿……見てみたくてさ」


「わ~っ、やっぱり来た~っ!」


 何故か大声で叫び喜ぶクラリス。


 え? やっぱりって?


 俺の好みが……見透かされていたの?


 もう良い! 開き直ろう!


「ホクト様……意外でしたわ。ナタリアの服装がそんなにお気に入りだったんですか?」


 軽く睨むように微笑むフェス。


 でも何故か、その視線には今までに無い優しさ、いわゆる慈愛のようなものが感じられる。


「ん……何故かなあ。でも……大好きなんだよな」


「分りました、ホクト様がお好みなら私も是非着させていただきます」


 おおおっ! フェスのメイド姿? 見たい、是非見たい!


「ふふふ……フェス姉。 あ、私は最初からOkですので。ナタリアも一緒に着れるから良いよね?」


「はい! 楽しみです」


 ナタリアは自分の制服に誇りを持っているらしく、俺が好みだと聞いて満面の笑みを浮かべている。


 結局、いつかタイミングの良い時に3人が俺の前でメイドのコスチュームを着込んでくれるという実に素晴らしい事になったのだ。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 夜も更けたので皆は各自、自分の部屋に引き上げた。


 フェスとの昼間の余韻は俺の中に……まだ残っている。


 クサナギはそれを察したのか、気を使ったのか、すぐ眠りに入ってしまった。


 ここまで気を遣ってクサナギがお膳立てしてくれたら、今夜は俺がフェスをリードしなくては、不味い。


 そう、俺の方から彼女フェスを呼ばなければ!


 俺の本心はやはり彼女を独占したいのだ。


 それを確かめるために実感する為に―――彼女を抱きたいのだ。


「フェス……」


 俺は隣室の従者の間に居る筈のフェスに声を掛ける。


「……は……い」


 いくばくかの間を置いて普段のフェスには想像もつかない掠れた声で返事が返って来た。


 俺はごくりと唾を飲み込み、意を決して言葉を続ける。


「俺の部屋においで……」


 その呼びかけに返事は無く、その代わりに従者の間に続く扉のノブが、ゆっくりと回される。


 そして音も無く僅かに扉が開き、その僅かな隙間から肌着姿のフェスが滑るように俺の部屋に入って来る。


 俺とフェスはベッドの縁に座り見つめ合う。


 暫くそんな時間が過ぎた後、俺はフェスを抱き寄せその唇を奪う。


 フェスは俺の存在をしっかりと繋ぎとめるかのように背に手を回して俺を強く抱きしめた。


 フェスの華奢な身体は熱く、そして柔らかかった。


「恥ずかしい……です。それに……」


 フェスは何故か口篭っている。


「?」


「私……胸が小さいですから」


 彼女は恥ずかしそうに呟いた。


 そ、そんな事は無いさ……俺はその形の良い胸が……


「フェス……」


「でも……男性は皆、胸に……その……」


 い、良いんだ! 俺は……


「俺はフェスの全てが好きなんだ!」


「あ、ありがとうございます! 私……嬉しいです」


「フェス……こんな俺を好きになってくれてありがとう」


「はい!」


 やがて……2人の影が重なり、熱い吐息と共に1つに溶け合って行く。


 ……その夜、俺はフェスを初めて抱いたのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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