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第53話 火VS風

「改めて―――私は風の精霊クラリス・シルフィールです」


 力強く宣言したクラリス。


「誰にでも私の素性を明かしている訳ではありません。知っているのはルイ様とルイ様の戦乙女いくさおとめである他の3人の姫騎士のお姉さま方、そしてルイ様の側近の一部の方々だけです」


 淡々と補足するクラリス。


「そうね、そして貴女がそれを明かすという事は、相当な覚悟ということね」


 フェスが納得したように頷いている。


「はい! 当然、ホクト様に真名まなを付けていただきたいと思います」


「おう、わかった」


「ここでの訓練が終わった後にすぐにお願いします!」


 クラリスはまるでスイッチが入ったようにやる気満々だ。


「では早速、飛翔魔法フライトの訓練ですね。ホクト様は私の魔力波オーラを見ていただくのが早いのですね」


「頼む」


「では……行きます」


 クラリスの口元から何か微かに呟きが漏れると、彼女の身体がふわりと持ち上がり、地上から10m程の高さで静止する。


「ホクト様……私の身体の周りに何か見えますか?」

クラリスが俺に呼びかける。


 彼女の周りにたくさんの魔力オドの反応がある。


「ん……お前の周りにたくさんの小さな魔力が見えるぞ」


「それは私を支える風の精霊の子達です。私自身が風の精霊なので本来はこの子達の助けが無くても飛翔べるのですが」


「俺の為の【見本】って事だな」


「その通りです、私と同じ風の精霊である、この子達に、いかに好かれるかで

この魔法の巧拙が決まると言って過言ではありません。……それで巧く発動できそうですか?」


「……ああ、やってみるよ」


 俺は大きく深呼吸をするとこころに思い浮かんだ言霊ことだまを出し始める。


「この大地テラに満ちる息吹の子らよ、森羅万象のことわりのもと自由に闊達かったつ何処いずこへも、我と共にこの大空をたゆたい、そして舞わんとす。ここに我が告げよう……何者も我々の旅路をさえぎる事、非ず」


 クラリスの魔力波オーラを見て、魔力オドを練りつつ放出する俺の風属性の魔力波オーラに親近感が湧くのか、小さな風の精霊達の出す魔力波が共鳴している。


 その好奇心に満ち溢れた魔力波オーラからは、精霊達の笑い声がさざなみのように聞こえて来るようだ


 そして共鳴が頂点に達した時……


飛翔フライト!」


 俺の口から最後の言霊が発せられると、その瞬間、俺の身体はふわりと空に舞い上がった。


「凄い!すご~い!!!」


 俺はゆっくりと上昇し、クラリスの傍らに行く。


 フェスも飛翔魔法フライトを発動し、追ってくる。


 こちらはこの前、俺とフェスで発動した魔法ものである。


「この子達がこんなにホクト様の事を好きで興味津々なんて……普通はありえません……こんな事って?」


「クラリス、ホクト様って、魔人じんがいですもの」


「そうか、フェス姉、魔人でしたものね」『そうそう!』


 こらこら……そこ、3人で納得し合わない。


「折角ですから、少し飛翔んでみましょうか? 速度を上げたり、急降下したり、急停止したり、後方宙返りをしたり、いろいろやってみてください。この子達と同じ魔力波オーラ同調シンクロしながら、協調し合うようにするのがコツです」


 俺はしばらくの間、クラリスに言われた通り、いろいろな飛翔のバリエーションを試してみる。


 そんな俺に対して風の精霊の子達は一緒に遊ぶ子供のように、楽しそうな魔力波を送ってくる。


魔力容量オドの残りは大丈夫そうですか? これって魔力オドの燃費が半端ないんですけど」


 クラリスが心配して話しかけて来る。


「俺って使った分だけ外から自然の魔法力マナを吸収して、体内の魔力オドに変換しているらしいから大丈夫そうだな。さっきから全然減らないや……魔力容量オド


「そうですか……やっぱり何と言うか、じんが……」


 いいよ、いいよ、その先は言わなくても、わかっているから。


「ここまで来たら、実戦の訓練もしましょうか?」

 フェスが提案してくる。


「実戦?」


「空中戦ですよ。相手はいろいろ考えられますが、まず対人戦を想定してみましょう」


「成る程」


「じゃあ―――クラリス、まず私達が手本を見せましょう」


 何とフェスの仕切りでフェス対クラリスの対決が見られる事になった。

これは興味深い。


 野球で言えば紅白戦をもっと真剣にしたような物だ。


「ふふ、初めての御前試合が空中戦とはフェス姉……大丈夫?」


「クラリス、貴女という子は、まるで私に何戦何勝か、忘れているみたいね」


 冷静に返すフェスにクラリスは滝汗状態だ。


「100戦70勝くらい……だったかしら」 


「大嘘、付くんじゃあありません」


「う……何勝?」


「手加減してあげて、やっと100戦5勝ってとこね」


「……悔しい! でもいいの、きっと今日から連勝伝説が始まるから!」


 空中に静止した2人の装備を改めて見る。


 フェスはいつもの弁柄色のスタデッドレザーアーマーだ


 付呪エンチャントされた金属鋲(スタッド)を打った竜皮ドラゴンスキン製の魔道具である。


 武器もいつも通りフランベルジュレイピアとバックラーだ。


 対するクラリスも薄い緑色の同じタイプのスタデッドレザーアーマーに、やはり付呪エンチャントされたらしい、スクラマサクスを下げている。


 大き目の戦闘用ナイフをサクスと言うが、鋭い片刃の直刀であり鋭利な刃先が特長である。


 スクラマサクスとはサクスの中でも80㎝以上の長刀をスクラマサクスと呼ぶのだ。


 スクラマは深い切り傷を負わせるという意味で、サクスはアングロサクソンの語源にもなったナイフと言う意であるとされる。


「ホクト様、開始の合図と審判役をお願いしますね」

とフェス。


「いざとなったらフェス姉に回復魔法をお願いしますね、私は本気でいきますから」

とクラリス。


 おいおい、クラリス、よっぽど悔しいんだな。


「準備はいいか? ……時間は5分限定」


「よろしいですわ」「行けます!」


 俺は2人の呼吸を計る……


 そして……


開始スタート!」


 俺の声と共に模擬試合が始まった。


 すぐに2人とも身体強化と加速の魔法が発動される。


「ふふふ、クラリスはフェスティラとはまた違うタイプの有能な魔法剣士ですよ。

しっかり使いこなしてくださいね」


 ルイの言葉と意味有りげな笑いを思い出す。


 確かに性格も戦法も対照的な2人である。


 先に仕掛けたのはフェスである。


 既に炎を纏わせたフランベルジュレイピアを構えると、クラリスの喉を狙って強烈な突きを連続して打つ。


「くっ!」


「どうしたの?伝説を作るんじゃあなくて」


「まだまだ!」


「ほらこちらがお留守よ!」


 フェスの鋭い突きをかわすのに精一杯のクラリスに炎弾ファイアブリットの連弾が襲う。


 アルデバラン等に使ったフェス必殺の剣と魔法の連続攻撃だ。


「そんなのっ! 予想通り! お返しよっ!」


 クラリスは炎弾ファイアブリットの連弾を軽々かわすと、魔法を発動して隙が出たフェスに風弾ウインドブリットを連弾で放つ。


「甘いっ! 威力も足りないっ!」


 それをすかさず障壁魔法で弾くフェス。


「それは囮よっ」


 クラリスが鋭く叫び、すかさず溜めの少ない発動で竜巻魔法トルネードを発動させる。


 竜巻がフェスを襲い、障壁魔法のおかげでダメージはそれほどだが、錐揉み状態になり上空に巻き上げられていくフェス。


「今っ!」


 スクラマサクスを構え、突っ込むクラリス。


 体勢を崩したフェスに真っ向から振り下ろす。


 キイン!


 フェスは空中で逆さになった体勢からバックラーで斬撃を受け流し、フランベルジュレイピアから突きを連続して繰り出す。


「くっ!」


 咄嗟にクラリスは風の壁ウインドシールドを発動させ、フランベルジュレイピアの切っ先を逸らさせる。


「やるわねっ!」


「姉さま、お返しっ!」


 先程のフェスがやったように至近距離で風弾ウインドブリットを3連弾で放つ。


 最初の2発をかわしたものの残りの1発をまともに受けたフェスが吹っ飛ぶ。


「きゃーっ!」


「フェス!!!」


 俺もつい大きな声をだしてしまう。


 それでも容赦しないクラリス!


とどめっ!」


 さらに風弾ウインドブリットを今度は5連弾で放つ。


 吹っ飛ぶフェスに5発の風弾ウインドブリットが襲う。


 その時であった!


 フェスの姿が一瞬にしてかき消える。


「な~んてね」


 そしてクラリスの真後ろに立ち、彼女の首筋に炎を纏ったフランベルジュレイピアの刃を突きつけるフェスの姿が現れた。


「そこまで!」


 俺の声と共に2人の試合は終わったのだった。

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