Day 123 挨拶回り
佐藤と再会した翌日、俺は早朝に宿を出てこれからしばらく住むことになるアパートに向かった。
管理人の部屋も含めて全8室の2階建てで、部屋は1DK。
此処、スタディルは世界各地から生徒が集まる魔導学園が存在し、寮に入りきらない生徒が借りたりもするため家賃も安めだ。普通だったら銀貨50枚は取られると思う。
そもそも魔導学園がある理由はタリス自由都市同盟が完全中立国なのが大きい。
3大大国のガルシア帝国、ウィリス聖王国、ト―ラ王国からも一部の貴族を含めた子供が学びに来ている。
戦争はしていないがこの3国の仲はそこまで良くは無い。
だからこそどの国にも属さず、学ぶのに最適な設備がある(世界有数の図書館であったり、近隣で出る魔物の強さ、採取できる物等)この場所に建てられたらしい。
そのおかげで他の町よりも物価も賃貸物件も安い(宿は若干割高だが)。
(とりあえず全部の部屋に挨拶して…… 蕎麦が無いからポーションセットで代用も作ってあるし後は……)
引越し蕎麦の代りにヒールポーション、マナポーション、キュアポーションの3本をちょっと細工したリボンでまとめた物を用意した。
ちなみにそれぞれHP、MP、状態異常を回復する物でランクは7級だ。
「ユウト・カゲノです。 今日からよろしくお願いします。 これ、つまらないものですが……」
「ああ、ありがとう。 これが部屋の鍵で部屋番号は204だ。 面倒を起こすなよ?」
用意していたポーションセットと今月分の代金+敷金礼金を渡し、管理人のクロエさんから鍵を貰う。
そのまま部屋に向かわずに挨拶回りを先に終わらせることにし、1階から順に回って行く。
管理人の部屋である101号室を後にし、102、103号室への挨拶を無事に終え1階最後の部屋である104号室の扉を叩く。
「すみませーん、今度204号室に引っ越してきた者ですが挨拶に伺いましたー」
「ああ、わざわざどうも。 ソディア・ウッドウィルだ。 よろしく」
声をかけて十数秒後、出てきたのは女性のエルフだった。
エルフの姿を見るのはこれまでにも何度かあったので特に気にせず挨拶をし、ポーションセットを渡す。エルフなら気づく可能性が高いな……
「ほう、これは…… なかなか面白いことをするね、君は。 ポーションの質もそれなりだがこのリボン、微弱だが魔力を感じる。 魔導具だね?」
その言葉を聞いて俺は拍手する。ようやく魔導具であることに気づく人が出てきた。
「御名答です。 【魔導具作成】スキルを持っているので少し細工をしました。 試すようなことをしてすいません」
正確には、ようなではなく試したんだけどな。
ある程度のレベルか高い魔力感受性、もしくは目利きの力が無いと魔導具であることに気づかないよう込める魔力を少なめにした。
周囲に住んでいる人の能力ぐらい知っておきたいからやった行為だ。
「それは別にいい。 それよりもこれの効果はなんだい? さすがにそこまでは分からないんだ」
「あった方がましという程度の障壁を戦闘時に常時張る力と1度だけレベル2以下の毒を無効化する力があります。 失礼な事をしたお詫びに少し強化してもいいですがどうします?」
「ふむ、ではお願いしよう」
「分かりました」
俺はマジックポーチから触媒となる魔石を取り出しリボンの強化にかかる。
「はい、できましたよ」
リボンをソディアさんに返す。
強化されたリボンは障壁の強度が上がったぐらいだが、それでも普通に買ったら銀貨10枚近くするものだ。
強化前の物でも銀貨3枚はしたはずだ。魔導具は職人の数が少なく、そのせいで値段が高いのだ。
その後しばらく会話を交わし、俺はその場を後にする。
会話から得た情報によるとソディアさんは魔導学校の教師らしい。優秀な良い先生なんだろうな。
ソディアさんで1階の挨拶が全て終わり、2階へと移る。
201、202号室の住人は魔導具に気づくことは無くそのまま終わる。
そして最後の203号室。出てきたのは俺と同い年ぐらいの少女だった。
「204号室に引っ越してきたユウト・カゲノです。 これからよろしくお願いします。 これ、よかったらどうぞ」
「ありがとうございます。 私はユフィ・カリーナっていいます。 よろしくお願いしますね」
軽く言葉を交わしてすぐに別れたがなんとなく気になった。
別に一目惚れしたとかじゃあない。なんとなく覚えのある匂いがしただけだ。チート臭という俺のクラス特有の匂いが……
(けど魔導具に気づかなかったんだよな。 気のせいか?)
釈然としない思いのまま自分の部屋に入る。キッチンは備え付けのものがあるが家具は一切存在しない。
「さて、《ボックスオープン》」
《アイテムボックス》からシーリスで使っていた家具を取り出して設置する。
シーリスでも安く済ませるため、最初と最後の1週間以外は家を借りて神田と暮らしていた。これらの家具はその時に買ったものだ。(一緒に暮らしていたと言ってもやましいことはしていない)
ベッド、クローゼット、机の設置と荷物の整理を終え、一息つく。
もうすぐ昼になる時間帯だったのでそれから食事を作って食べ、明日からの依頼に必要な物を買うために俺は部屋を後にした……




