表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/29

7:「22:30」☆

 サクがすずを引っ張って、透明な人影に捕まったななみから距離をとる。

 校舎内の四人も、少し後ずさったような音が聞こえた。


「いや! 助けて、助けてー!」


 ななみが半狂乱で泣き叫ぶ。その手が必死に宙を掻いていた。

 けれど、透明な人影は決してななみを離そうとはしない。


「恐い、お願い、助けて」


 細い声でそう零したななみの体から、急に力が抜けた。人影に掴まれたままの少女の体は、がくりと崩れ落ちていく。


 すずはサクの服をぎゅっと掴み、その様子を凝視していた。


 ななみの瞳が虚ろになり、灰色に染まる。赤く艶めいていたはずの唇もみるみる渇いていき、肌もくすんでいく。


 すずの頭の中に、「ギフト」という単語がよぎった。異世界で、すずが使えるようになるはずの、特殊能力。

 ――まさか。


 ななみに嫌なことを言われ、すずはななみを嫌いだと思った。

 こんな人といっしょにいたくない。()()()()()()

 そんな風に、思ってしまった。


 もしかして、すずに与えられた「ギフト」は、嫌いな人を消す能力なのだろうか。


 一気に背筋に寒気が走った。


 そんな恐ろしい能力、いらない。人を傷つける能力なんて、絶対いらない。


 すずはサクが引き止めるのを振り切って、ななみに手を伸ばした。

 ななみのことは大嫌いだけど、だからといって、すずのせいで消えてしまうなんて嫌だった。


 ななみの灰色の瞳が、少しだけ見開かれた。形の良い唇から、途切れ途切れに言葉が零れ落ちる。


「だれ、なの……? 助けに、来てくれた、の? ……足が、痛いです。……うん。……あああ!」


 何を、言っているの?


 ななみの瞳は、すずを見ているようで見ていない。ふわふわ髪が、流れる涙のせいで頬に張り付いていた。


 もう少し。もう少しで、すずの手がななみに届く。


 届いて。お願いだから。届け、届け――!


 ななみの乾いた唇が、甘えるような言葉を紡いだ。


「お母さん」


 その言葉だけが、残る。


 ななみの体は、まるで砂のお城が風でさらさらと形を失くしていくように、消えていった。

 それに釣られるように、透明な人影もその姿を消していく。


 すずの手は、届かなかった。すずの手の先にさっきまで確かにいたはずの女の子は、もうどこにもいない。


 すずは呆然として立ち尽くす。


 私が、消してしまったの? こんなこと、本当は望んでなかったのに。


「――すずちゃん」


 サクの手が、すずの肩に優しく置かれた。その途端、すずの視界が馬鹿みたいに滲んでいく。

 喉の奥が詰まったようになり、鼻の奥がツンと痛んだ。


「すずちゃんは、悪くないよ」

「サク、せんぱ、い」


 声が上手く出せず、すずはしゃくりあげた。そんなすずを、サクは抱き寄せてくれる。

 サクの肩が、すずの涙で濡れていく。


「校舎の中に入ろう。ここはきっと、危ないから」


 サクは穏やかな声で語りかけ、すずを支えながら歩きだす。すずは零れ落ちる涙もそのままに、サクに従った。

 校舎の中にいた四人が駆け寄ってくる。


「ねえ、ななみは?」


 震えているみかの声が聞こえる。サクがそれに答えた。


「見てたんだろ? ……あの人影に、消されたよ」

「……なんで? あの人影、なに? 消されるって、どういうこと……?」


 それは誰の呟きだったのか、すずには分からなかった。けれど、その問いには誰も答えない。答えられない。

 しんと静まり返る廊下。誰かが身動(みじろ)ぎする音。壊れた扉の向こうから入ってくる生温い風。


「……ここに突っ立っていても、ななみは帰ってこない。みんな、一旦教室に戻ろう」


 サクがすずの手を引いて、あの明るい教室に向かって一歩踏み出した。

 残りの四人も、サクの言う通りに後をついてくる。みんな無言で、薄暗い廊下をのろのろと進んだ。


 電気のついた明るい教室が見えてきた途端、誰かがほっと息をつく。

 六人全員が教室の中に入ると、サクがゆっくりと扉を閉めた。


「これから、どうする?」


 サクがみんなを見ながら尋ねた。誰も、何も言わず下を向く。どうすれば良いのかなんて分からないのだから、仕方ない。


 ななみが消えてしまうのを目の当たりにするまでは、みんなどこかこの状況を楽しんでいたのかもしれない。わけが分からないけど、まあ、なんとかなるだろう。すぐに家に帰れるだろう。

 そんな余裕が、どこかにあった。


 今は、その余裕がない。自分もいつ、あの透明な人影に捕まってしまうか分からない、という恐怖に震えている。


 消えたくない。

 でも、このまま学校に閉じ込められるのも御免だ。


 痛いほどの静寂の中、不意にサクがすずの方を振り向いた。サクの瞳はまっすぐにすずを射貫く。びくりと体が震えた。


「あ、あの、私……」


 声が、上手く出せない。


 どうしよう。「ギフト」のことを話した方が良いのかな。

 すずが「消えてほしい」と願ってしまったら、本当にその人が消えてしまうんだ、と。


 でも、だけど。

 そんなことがばれてしまうと、きっとすずはひとりぼっちになってしまう。

 きっと、みんな、すずの敵になってしまう。


 がくがくと足が震えだす。嫌だ、嫌われたくない。それ以上に、誰も嫌いたくない。

 自分の手に負えない特別な力は、すずを助けるどころか、苦しめてくる。


 ぎゅっと目を瞑って唇を噛む。結局、臆病なすずには、何も言えやしない。

 また、涙が込み上げてきた。


「――すずちゃん、泣かないで」


 サクが、すずの体を抱き寄せた。そっと、壊れものでも扱っているかのように、柔らかく、優しく。

 すずを落ち着かせるように、背中をぽんぽんとリズム良く叩いてくれる。


「恐かったね、もう大丈夫。大丈夫だよ」


 耳元で優しく囁くサクの声があまりに温かくて、すずの目から余計に涙が零れ落ちた。


 嫌いなななみをこの世界から消したのは自分かもしれないこと。このことをサクだけには知られたくないと思った。すずにとことん優しくしてくれる、この人にだけは。


 どんなに優しくされても、適度な距離を置いておくつもりだったのに。

 どんどん、サクのことが特別になっていく。


 すずは、サクの服をぎゅっと掴んだ。サクが小さく息を呑む音がする。

 それからすぐ、強く抱き締められた。


 サクはそのまますずが泣き止むまで、そうして抱き締めてくれていた。




挿絵(By みてみん)

ななみちゃんが、ログアウトしました。


ブックマークとお星さま、それに感想まで!

ありがとうございます!

びっくりして、嬉しくて、飛び跳ねてしまいました!


これからも、よろしくお願いします♪

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] この頃の毎日の読書習慣になってます♪ 毎話、長くも短くもない文量がちょうどいいのと、毎話必ず何かが起こって先が読めないところが好きです。 イラストも素敵です^^ [気になる点] どの男子と…
[良い点] わー陸の孤島だ~♪なんて前回ワクワクしていたのですが、ついに一人消えましたね! 消えていくシーンにすごく緊張感があって、とても面白かったです。 2人目3人目と続くにつれ、どうなるのか……ド…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ