5:「21:40」☆
教室の扉が開き、サクとななみが入ってきた。
「ただいまー。コウとみか、ふたりとも連れて帰ってきたよ」
サクがちらりと後方へ目を遣る。すると、見たことのないふたりの生徒が現れた。
体格の良い男子生徒と、背が高めのショートボブの女子生徒。ふたりとも堂々としていて、少し威圧感がある。
すずはなんとなく落ち着かなくなって、視線を泳がせた。こういう強そうな感じの人は苦手だ。どうしても必要以上に緊張してしまう。
そんな中、ショートボブの女子生徒がすたすたと歩いて、すずの近くにやって来た。すずはびくりと体を震わせて、その女子生徒を見上げる。
その人はすずをじっと観察した後、ぱっと顔を輝かせた。
「なるほどね! これはサクの言った通りだわ。納得!」
からからと明るく笑われて、すずは面食らってしまう。そこにサクが慌てて駆け寄ってきて、その女子生徒とすずの間に割り込むように体を入れてきた。
「ごめん、すずちゃん! 驚いたよね。こいつは、みか。高三。……で、あっちに立ってる男子生徒がコウ。高一。二人とも体は大きいけど、悪いやつじゃないから」
「体が大きいってのは余計でしょ。サクが小さいだけじゃん」
「小さいって言うな。平均くらいは身長あるし!」
サクとみかがぽんぽんと言い合いを始めた。これまでの優しいお兄さんのような態度とは打って変わって子どもっぽい言い方をするサクに、すずは目を瞬かせる。意外な一面を見た気がした。
みかは近くの椅子を引き寄せて、すずの隣を陣取った。近くに座っていたゼンが居心地悪そうに身動ぎをする。
そんなゼンの様子を気にすることなく、みかが話し掛けてきた。
「サクに何か変なこととかされてない? 小さい頃からサクってお気に入りが見つかるとすごく熱心になるというか、うざいっていうか、そんな感じになるからさあ」
「あ、えっと、特に変なことはされてない、です。むしろ、すごく、良くしてもらってて……」
「ふふっ。それなら良いけど」
微笑んだみかは、すっと長い脚を組み、椅子の背にもたれかかる。制服のスカートがきわどいところまでめくりあがりそうになり、すずはみかの脚からさっと目を逸らした。
どうやらこのみかという人は、あまり細かいことを気にしない性質らしい。
今、教室にはすずを含めて七人の生徒が集まっていた。すず以外の人はみんな、同じ学校の制服を着ている。
男子は白のシャツに黒いズボンの学生服、女子は白と紺のセーラー服だ。男女ともに袖のあたりに緑色の凝った模様が刺しゅうされている。草の蔓みたいなその模様が珍しい。
対してすずは丸襟のついた白いブラウスの制服を着ている。胸元の赤いリボン、それからチェック柄のスカート。
なんというか、ひとりだけ浮いた格好だ。悪いことをしているわけではないのに、どこかに逃げてしまいたい気持ちになる。
「すずちゃん、こっちにおいで」
優しい声で呼び掛けられたかと思うと、不意に手を握られた。突然のことに、すずの心臓が跳ねる。小さく体を震わせながら見上げると、「驚かせちゃったかな」と呟くサクの申し訳なさそうな顔が見えた。すずはふるふると首を振ると、サクの手を握り返す。
ゼンやみかの傍から離れるように、サクがすずの手を引いた。そして、教室の端の方の椅子に座るように勧めてくる。すずがその通りに椅子に座ると、サクは当然のようにその隣の椅子に腰を下ろした。
サクのこの動きを、教室にいるみんながぽかんとした顔で眺めていた。あからさまにすずを特別扱いする様子に、みかがぷっと噴き出す。
「いや、サク。いくらお気に入りだからって独占しすぎでしょ。これから学校を探索した結果報告をしようと思ってるのに、離れすぎだし」
「別にこれくらいなら普通に声は届くだろ。……ほら、報告は?」
サクの拗ねたような声に、みかがため息をつく。ショートボブの髪の毛がさらりと揺れた。
「はいはい、報告ね。とりあえず、外に出られそうな場所は見つからなかった。扉も窓も全然開かない。屋上の扉もがっちり閉まってた。水道とかトイレとかは使えるみたい。でも、電気がつくのはやっぱりこの教室だけのようね。ちょっと大変かも」
「今日が満月で良かったな。月明かりでなんとかなりそうだし」
サクが窓の外に目を遣る。そういえば、ここに来るまでの廊下や音楽室は薄暗かったけれど、月の光に助けられた。
もちろん月の光が入らない場所は闇に沈んでいる。この教室から出たら、気をつけて歩かないと怪我をするかもしれない。
「で、探索の成果としては、サクがすずちゃんを見つけたことくらい? あと、何か新しい情報はある?」
みかの言葉に、全員が首を振った。教室の中に静寂が訪れる。
その静寂を破ったのは、ふわふわ髪のななみだった。
「私が気になるのは、そのすずちゃんなんですけどー」
どきりとした。全員の視線がすずに集まる。
目立つのが極端に苦手なすずは、背中にひやりとしたものが走り、手に汗をかいてしまう。
「一年生なんですよねー? でも、私はすずちゃんのこと、見たことないですー。あ、ねえねえ、コウくんは知ってるー?」
コウが頭を振った。ななみとコウは一年生で、すずと同学年。そのふたりが知らないというのはおかしい、と言われているみたいだ。
「怪しい、ですよねー?」
ななみの一言が、すずに突き刺さる。
馬鹿正直に、異世界から来ました、と言うべきなのだろうか。でも、そう言ったところで状況は好転なんてしない。
すずはどうせ余所者で、できることなんてほとんどないのだから。
膝の上で握り締めた拳が、小さく震えた。
「……怪しくないよ」
すずの隣から、温もりのある声がした。サクの声だ。
「すずちゃんは怪しくない。怪しいのは、この状況だけだよ。俺たちはみんな、この妙な状況に放り込まれた被害者だ――すずちゃんを含めて、ね」
「でもー」
「ななみ。誰かのせいにしても、問題は解決しないよ」
サクに諭されたななみが、ぷくっと頬を膨らませる。女の子らしい可愛い仕草だ。すずにはとても真似できない。
膨れたななみを見つめながら、みかが小さく唸った。
「うーん、でも、そうね。すずちゃんが私たちとは少し違う感じがするというのも確かよね。……すずちゃん、この状況に何か心当たりは?」
「ない、です……」
声が掠れた。心当たりなんてあるはずがない。みかの問い掛けに、すずは首を振るしかなかった。
幸い、みかは頭の切り換えが早いタイプだったようで、すぐに話題を変えてくれる。
「ま、ここで頭を捻っていても何も始まらないね。そうそう、コウと話してたんだけどさ、扉も窓も開かないなら、いっそ壊してみない?」
「壊す?」
「うん。壊せばそこから出られるでしょ?」
緊急事態なんだし、仕方ない。外に出れば、普通に家に帰ることができる。
壊したものは後で謝って、弁償して、それで終わり。親や先生は怒るかもしれないけれど、このまま学校に留まっていてもどうしようもない。
みんなの意見が一致して、ひとまず一階の扉を壊すことになった。七人がぞろぞろと連れ立って廊下を歩く。月明かりに照らされたみんなの影が、つやつやの床に滑っていった。
そして、ある扉の前で止まる。
七人のうち、一番大柄なコウが椅子を振りかぶってその扉にぶつけた。
大きな音がして、ガラスの破片が飛び散る。
ようやく空いた隙間から外の生温い空気が流れ込み、みんなの頬を撫でていった。




