29:「8:00」☆
「ほら、こっちこっち! 暗いから、足元に気をつけてね!」
「うわー、寒い! もっと厚着してくれば良かった……」
「ホッカイロ、貸そうか?」
賑やかなみんなの声を聞きながら、すずは白い息を吐いた。
あの地震の日から三ヶ月ほど経ち、今日は大みそか。
初日の出を一緒に見ようとサクに誘われ、すずはここまでやって来た。
景色の綺麗なとっておきの初日の出スポットまで、あと少し。夜の山道を徒歩で登るので、体力のないすずにはちょっと辛い。
「すずちゃん、大丈夫? ほら、手」
前を歩いていたサクが振り返り、すずに手を差し出した。すずが手を乗せると、きゅっと優しく握られる。
サクの手は温かい。思わず頬が緩んでしまう。
「サク先輩ってば、すずちゃんに甘すぎですねー」
ななみがニヤニヤしながら、振り返ってきた。みかとコウも揃ってこっちを見てくる。
「すずちゃんは本当にサクに気に入られちゃったわね。大丈夫? 変なこととかされてない?」
「みか、うるさい。――コウ、その疑わしげな目は止めろ」
サクが口を尖らせて文句を言う。みんなの明るい笑い声が弾けた。
まだ暗い道を懐中電灯で照らしながら進み、ようやく初日の出スポットに辿り着く。
みんなでわいわいしながら、日の出までの時間を過ごすことになった。
「ゼン、またゲームしてるの? こんな時くらい止めとけば良いのに」
「つばきには分からないだろうけど、こんな時だからこそやりたいんだよ。な、すず?」
「え?」
急にゼンに話を振られて、すずはきょとんとした。
「年末年始イベントで、報酬が双子竜のかがみもちコスなのは知ってるだろ? ランキング一万位は狙わないと」
「ゼン先輩は本当に双子竜が好きですね。でも、一万位って、ちょっと厳しくないですか? みんな走ってますよね、今回のイベント」
「うん、油断してたら抜かれる。――すずは今、何位くらい?」
ゼンとふたりでゲームの話で盛り上がっていると、つばきとサクが不満そうな顔をする。
それを見て、ななみとみかが楽しそうに笑った。
この初日の出スポットは割と有名なのか、他にも結構人がいる。親子連れや恋人っぽい男女など、どの人も朝日を待ちわびて同じ方向を見ていた。
空が少しずつ色を変えていく。
「そろそろ、かな」
サクがすずの隣に立った。白い息が夜の終わりの空に溶けていく。
すずはサクの横顔にどきりとしながら、そっと目を伏せた。
黄色い鍵についていた、あのプレート。『生き残れ』という任務の言葉。
あれは、すずひとりに『生き残れ』と言っていたわけではなかったのだと思う。
きっと、ここにいる七人全員『生き残れ』という意味だった。
あの世界へ行けて、良かった。
おかげで、今日もみんな楽しく笑えてる――……。
すずは顔を上げた。
待ちわびた太陽が、地平線から生まれてくる。
ななみが。
ゼンが。
つばきが。
コウが。
みかが。
サクが。
そして、すずが。
新しく生まれた眩しい光に照らされる。
明るい未来へ、歩いていく。
初日の出をしっかりと堪能し、みんなでぞろぞろ山道を下りる。
「山道って登るより下りる方が大変だよね」
「ええー? 登る方が辛いだろ」
「油断してると転びそうになるもん。下りる方が気を遣うでしょ」
どうでもいい雑談をしながら歩いていると、サクがすずを振り返ってくる。
「すずちゃん、転んだら大変だから手を繋いでおこう」
「はい」
もう条件反射のようにサクと手を繋ぐ。すずの冷え切った指先が、サクの手に包まれて熱を帯びていった。
「また手を繋いでますねー」
「サクは本当、お気に入りに熱心なんだから。――ゼンも見習ったら?」
「はあ? なんで俺が」
ゼンが眼鏡を直しながら呆れ声を出す。
とその時、つばきが石につまずいて転びかけた。
さっとコウが手を伸ばし、転びかけたつばきの体を支える。
「あ、ありがと、コウ……」
「ちょっ!」
ゼンが焦ったようにつばきに駆け寄ると、コウから奪い返すようにつばきの手を取った。
つばきが驚いて素っ頓狂な声をあげる。
「え? え? ゼン?」
「行くぞ」
ゼンは不機嫌そうな顔をしたまま、つばきを引っ張っていく。つばきは目を白黒させながら連れて行かれた。
その後を追うように、コウとみかが駆けていく。
「サク先輩とすずちゃんは、ゆっくりで良いですよー」
ななみが楽しげな声でそう言って、先に行ったみんなの後を追いかけていった。
サクとすずは目を合わせ、それからくすくす笑い合う。
「ああ、そうだ。言いたいことはすぐに言っておかないと」
「え?」
繋いだ手がぎゅっと握られた。サクの瞳が甘く、すずを見つめている。
すずの心臓が、どきんと大きく跳ねた。
「ずっと、言おう言おうと思ってたんだ。――すずちゃん」
「は、はい」
「俺、すずちゃんのことが、好き」
囁くように、耳元で。
すずの顔に一気に熱が集まった。何と答えたら良いのか分からなくて、口をぱくぱくさせてしまう。
「あの、えっと、え?」
「すずちゃんのこと、本気で好きだから。俺と付き合ってほしい。俺の彼女になってほしいんだ」
「あああ、あの、あの?」
「返事は急がないから。ゆっくり考えて」
すずは、人見知りで臆病で意気地なし。
小心者で、弱虫で、恐がり。
いつも言いたいことを言えずに、飲み込んでしまう――そういう人間だった。
だけど、ほんの少しだけ、異世界に行って分かったことがある。
すずは、いざという時には度胸が据わっているのだ。
それに、サクの言う通り、言いたいことはすぐに言っておかないと……。
すずは火照った頬もそのままに、サクをまっすぐに見据え、大きく息を吸い込んだ。
「私も、サク先輩のことが大好きです!」
すずの声が、白い息とともに青い空に吸い込まれていく。
サクの満開の笑顔が見られるのは、このすぐ後のこと――……。
このお話は、これで完結です♪
最後まで見守ってくださり、本当にありがとうございました!
ブックマーク、お星さま、感想、レビュー、どれもすごくすごく嬉しかったです♪
もらうたびに、とっても幸せな気持ちになれました♪
温かく、優しく支えてくださったこと、心から感謝しています♪
本当に、本当にありがとうございました!
みなさまにも、たくさんの幸せが訪れますように……♪




